僕の年末年始

三澤洋史

角皆君の一日レッスン
■さて、いよいよ僕のスキー・シーズンが始まった。それと共に、
「この記事、一体誰が読むんだ?」
という、僕の一方的スキー・レポートも開始した。

■2016年の暮れの押し迫った12月28日水曜日。白馬五竜スキー場での角皆優人(つのかいまさひと)君の1日レッスン。引く手あまたの角皆君を、親友のよしみで丸1日独占して個人レッスンを行う贅沢。今回は、僕と一緒に長女の志保も受講した。最初は午前中だけのつもりだったが、僕自身が初滑りなので、シーズン初めの基礎レッスンに終始したから、結局志保も1日付き合った。
■角皆君は、レベルの違いや“求めるもの”が異なる複数の人達を同時にレッスン出来る不思議な能力を持っている。“基本は一緒だから可能”とはいえ、こうしたフレキシビリティは、本当に優秀な教師でないと不可能だ。あとで詳しく述べるが、それで二人とも、それぞれに1日でとても上達したのだ。

たかがボーゲンされどボーゲン
■さて、午前中のほとんどはプルーク・ボーゲンでのレッスンであった。でもそれは、志保がいたからではない。僕ひとりのレッスンでも恐らく同じであったろう。

■長野冬季オリンピックの男子モーグルで優勝したジョニー・モズリーのコーチであるクーパー・シェルは、新しい指導体系を考え出した時、
「最初にスタンスのトレーニングをおこない、それから選手達に3本もプルーク・ボーゲンを滑らせれば、基本的メカニズムをみんな理解するだろう」
と考え、全米最高のモーグル選手達を集めたキャンプを始めた。ところが、結果として選手達は、4日間のキャンプの間ずっとプルーク(・ボーゲン)のみを滑り続けることになったという。

■たかがボーゲン、されどボーゲンである。ボーゲンだけのレッスンなんて、今さら面白くないと思うだろう。しかし、角皆君の一日レッスンが終わった時、志保の滑りが見違えるようになっていたのは、ボーゲンのレッスンによって重心移動を完全に理解したからだ。僕自身も、レッスンを受けた時点でまだコブは滑っていなかったが、どんなコブでも安定して滑れるイメージが、その間にいつしか出来上がっていたのを自覚した。

■以前も書いたが、普通の人はボーゲンのことを、パラレルに至るまでの初心者用のフォームであって、一度パラレルを習得したらもう忘れてもいいくらいに思っているだろう。しかしながら、パラレルとは、実はパラレル(平行)スタンスのボーゲンなのであり、スキーはボーゲンに始まりボーゲンに終わるのである。そして、スキーが加重や抜重、あるいは重心移動のスポーツであるならば、ゆっくり落ち着いてそれらを確認するためには、ボーゲンで行うのが最適なのである。
■というか、ボーゲンで確認すると、特に上級者になるほど、それらのことがいかにテキトーに行われていたかを思い知ることになるのだ。だからアメリカ中から集まった優秀な選手達が4日間もボーゲンを続けるような事態が起こるわけである。要するに、ボーゲンすら、完璧に出来る人はいないのである。声楽家が、自分の発声法をシビアに見つめた時、イタリア古典歌曲すら、完璧な発声で歌い切る人がいないように。

様々なドリル
■たとえばこんなレッスンをする。ボーゲンで真下を向いて直滑降で滑り始め、それから完全に停まる練習をする。ボーゲンは後傾しながらすることも可能なので、初心者は恐怖感も手伝って、やや仰向けに反りながら滑ったりもする。小学生なんか、後傾の体勢で急斜面を猛スピードで滑ったりもするが、そのままでは、決してパラレルに発展することは出来ない。
■ボーゲンで完全にスピードを制御するための理想的な体勢とは、足のスネでブーツのベロを押すくらい前傾した姿勢。つまり、スキー板の先の部分に圧がかかっていなければ、急斜面で意のままに停まることは難しい。
■また、その体勢を作っただけで、人それぞれの癖が出る。僕の場合には、ハの字が左右シンメトリーではなかった。右足の方が微妙に加重が大きく、両スキーの角度に差が出てしまった。こういうのは自分では気がつかないので、人に指摘されて初めて分かる。こうした基本体勢の癖や過ちを矯正するのにボーゲンは最適。左右差は、パラレル・ターンでの左右差にそのまま反映されるから、あなどれない。

■次のドリル。緩斜面で、ボーゲンの形をしたまま、ピョンピョンと後ろにジャンプする練習。これだけのことであるが、これは上記の前傾姿勢が完全に出来ていないと不可能なのだ。実際、僕はしばらく出来なかった。
■でも、ある時、あっ、ここだな、と分かる位置があって、それを掴んだら難なく出来るようになった。そこがまさに、前過ぎでも後ろ過ぎでもない“スキーにおける理想的重心位置”なのである。この位置を基本にして、大回転の選手もモーグル選手も滑るのである。

■次に、ターン中の外向傾を徹底させるためのドリル。切り替えが終わって、新しいターンの外足に乗ったら、逆側の内スキーの先端を持ち上げて、外スキーにクロスする。つまり外スキーだけの片足滑走。
■この練習はパラレルでも出来るが、ボーゲンでは、内スキーの先端がそのまま上半身を向ける外向傾の角度を示しているので、要領をつかみやすい。
■この徹底的な外足加重は、コブをはじめとする不整地を滑る人には必要不可欠。不整地を滑る時に両足に加重していると、雪面の状態がバラバラなのを受けて、両方の板があっちこっちにバラけてしまって必ずバランスを崩し、極端な場合は転倒に至る。

中井さんとの出遭い
■午前中のレッスンが終了すると、志保は杏樹達とお昼を食べるためにスキー・センターのエスカル・プラザに戻り、僕と角皆夫妻は、とおみゲレンデの中腹にあるレストラン風舎(ふうしゃ)に向かった。ここで、僕たちはあるスキーヤーと出会って、一緒に食事をすることになっている。

■その人は、キンドル本「アルペンスキー・ターンテクニック」の著者である中井浩二さんである。中井さんは、京都大学大学院工学研究科で修士を取ったインテリで、1996年SAJの1級を取得。現在は自動車関係の会社に勤め、自動車の運動力学をベースとしたアルペンスキーにおけるターンの仕組みを研究している。
■僕は、ある時中井さんの「アルペンスキー・ターンテクニック」を読んで感動し、その感想文を「今日この頃」に掲載した。すると、それを著者である中井さんが読んで、わざわざ僕のホームページのメルアドにアクセスしてくれて、僕と中井さんとのメールによる文通が始まったというわけだ。
■同時に僕は角皆君にも彼のキンドル本を薦めた。すると、角皆君もそれを読んで大いに賛同してくれて、3人の文通となり、ではそのうち会いましょうねと言っていたのだ。でも、僕は東京、中井さんは静岡県裾野市、角皆君は白馬に住んでいて、とうてい3人一緒に会えるなどとは思えなかった。
■ところが、僕が年末に白馬に行くことをメールやホームページから知っていた中井さんが、自分が白馬に来れる日を決めて連絡してきたら、なんとその日は僕が角皆君から1日レッスンを受ける日だった。こうして僕たち3人は、ついに出遭うことが出来たというわけである。

■前にも書いたが、中井さんの理論はこうだ。みんなスキーのフォームのことばかり言い、静止した形から入っていこうとするが、スキーの本質とは(以下中井さん本人の文章)、「雪面を移動するスキー板の運動の原理のことであり、それはつまり雪とスキーはどのように力をやり取りしてターン運動を行うのか」ということなのだ。別のところでは、こうも言っている。
「スキーヤーがスキーを介して雪に力を加えるのではなく、あくまで雪からの抵抗力のバランスを変えることで、体の方向や移動する方向を変える」
こうやって書いてみると、なんだか当たり前のようであるが、これは画期的なことなのである。

中井理論の成果!
■さて、中井さんと風舎で出遭い、楽しい語らいをした。彼は、寡黙な人ではないが、気がついたら僕と角皆君ばかりがしゃべっていた。でも、そのくだらない話を楽しそうに(辛抱強く?)聞いていた。
■午後のレッスンには、その中井さんも加わって、受講生は僕と志保と彼との3人になった。午前中と違ってパラレル中心のレッスンとなったが、ここで角皆君は中井さんの理論をレッスンに取り入れたので、実質的には中井理論実践レッスンとなった。
■時々角皆君は、中井さんの方を振り向いて、
「こういう理解でいい?」
と尋ねるのがウケた。中井さんは、いきなり振られて、
「は、はい・・・」
と戸惑いながら答えていた。しかし僕にとっては、このレッスンは、自分のターンを一変する画期的なレッスンとなったのである。


角皆君の一日レッスン


■僕のターンにはひとつ欠点があった。それは、ともすればターン前半(谷まわり)にスキーを回し過ぎてしまって、ターン後半(山まわり)が長くなり、きれいな円にならない傾向があったのだ。
■レッスンで角皆君は、これまでに言ったことのないことを言う。
「ストックを突いて切り替えて新しい外足に乗った時に、テールで向かい角を感じながら少し後ろに回すようにしてごらん」
■やってみたら、ターンの最初が滑らかになった。そうかあ、僕はこれまで、ターン初動からスキー板が真下を向くまでの間は、スピード・コントロールすることをあまり考えておらず、ほとんどズラさないでスルッと回ってしまったのだ。
■でも、こうやってテールで抵抗を作ることが出来たら、ターン初動からすでに制御可能なので、どこでも均等にスピードコントロールが出来る。つまり、円がきれいになるだけでなく、どんな急斜面でも、安定した美しいフォームを保つことが出来るではないか。
■僕がそう思っていたら、ほとんど同時に角皆君がこう叫んだ。
「三澤君、ターン全体がとってもきれいになったよ。僕にはね、三澤君が将来どんな美しい滑りをするスキーヤーになるか、今イメージが見えたよ!」
■確かに僕のシュプールは、美しい円を描くようになった。美しいスキー・・・そうだ、僕が目指しているものに一歩近づいた!中井さん、ありがとう!

■さあ、これから僕は、これらのレッスンを受けて、ひとり雪山に向かう。自分のスキーと向かい合うために。別に、誰からも期待されているわけでもなければ、強要されているわけでもない。でも僕は、自分の人生において、今、スキーを極めることが絶対的に求められていることを知っている。これなくして、これからの人生もないことを知っている。
■また、用もないのに、勝手なスキー・レポートが皆さんの元に届くと思いますが、みなさんは読み飛ばして下さい。でも、僕にとっては、自分の人生のきらめき。今では、スキーなくして何の人生か、と思っている今日この頃です。


だるま市のぬいぐるみ


Tweet


Copyright (C) 2004-2017
HIROFUMI MISAWA
All rights reserved.