僕の年末年始

三澤洋史

クリスマスは神の家で
■今年は、読売日本交響楽団の第九が終わっても、東京交響楽団の第九が29日まであったので、恒例の三澤家全員集合年末白馬スキーは見送り、30日に国立の家から直接群馬の実家に車で帰省した。

■12月24日は、読響第九の最終日でもあり、クリスマス・イヴでもあるので、大忙し。みなとみらいでの演奏会を3時半に終了すると、そのまま電車に飛び乗った。今は、みなとみらい線~東横線~副都心線と直結しているので、みなとみらい駅から乗り換えなしで、なんと池袋まで行けちゃうんだよね。あろうことか、東京カテドラル関口教会での17時のミサに滑り込みで間に合った。
■とはいえ、17時のミサは、アシスタントの井上充代さんに指揮をお願いしていたので、僕は聖歌隊の中に混じって歌った。その後、19時と22時のミサを指揮して、迎えに来てくれた妻の車で深夜に家に帰り、翌朝10時のミサを指揮した。
■10時のミサには家族も参加したいと言っていた。長女の志保は仕事で無理だったが、次女の杏奈、孫の杏樹を乗せて、妻の車が我が家を出発した。ところが、走り出したら渋滞の情報が入ってきたので、僕は急遽府中から電車で関口教会に向かった。結局彼女たちが関口教会に辿り着いたのは、10時を30分近くも過ぎた時だった。
■数年前まで、クリスマス・イヴは、家族で立川教会のミサに行き、その後家でゆっくりとお祝いの食事をしたものだった。今は奉仕に徹するクリスマスとなっている。でも、それはそれで魂の充実感がある。「僕は今神の家に居る」という安堵感があるのだ。

本物のお山での初滑り
■東響コーラスのオケ合わせが27日にあるが、その間の12月26日火曜日、僕は次女の杏奈を連れてガーラ湯沢に行った。それまで狭山スキー場でトレーニングに励んでいたが、やっぱり本物のお山は全然違うね。今年は寒い分だけ、湯沢あたりでも充分な雪の量と雪質で、ゲレンデの状態は最高。

■杏奈は、それまで僕が使っていたVelocityで滑り、僕は買ったばかりのSpeed Chargerを試した。見ていると、杏奈の滑りがみるみる上達していく。どうも杏奈とVelocityの相性がとても良いらしい。そういえば、志保もVelocityだと落ち着いて滑れるという。おかしいな。僕にとっては、とってもやんちゃで最初は手を焼いた板だったのに・・・。
■一方、僕はというと・・・ヤバイ・・・ヤバイのである。Speed Chargerは、Speedという言葉がついている通り、徹底的にスピードを出すのに向いている板なのである。雪面にピタッと貼り付いて、グッとエッジが噛む。板の重量があるだけ、滑り出すと極上の安定感がある。急斜面で、これまでの感覚だったら、これ以上スピードを出したら板がブレて転びそうになってしまううううう・・・あれれ???・・・ならない。では次は、もうちょっとトライしてみようかな・・・おおお!大丈夫なんだ。マジ?
■こうなると、あとはそれを受け止める僕の筋力にかかってくる。つまり、僕に筋力さえあれば、いくらスピードを出しても大丈夫ということなのだ。おお、恐ろしい、悪魔の板!

■ところがコブ斜面ではちょっと苦労した。自然コブをショートターンでサバいていくのはOK。でも、ちょっと険しいバンクターンに行くと、次のコブの山にトップを下げてぶつけてもVelocityのようにはしなってくれないため、しなりによるブレーキがかかるよりも、直接の衝撃となって体に跳ね返ってきてしまう。だからちょっと恐怖を感じて、トップを当てるのを躊躇してしまう。そのことを、家に帰ってから角皆君にメールしたら、次のような返事が返ってきた。
スピードチャージャー、なかなか気に入ってもらえたようで嬉しいです。
深いコブと固いコブは、できるだけスピードチャージャーで滑らない方が良いです。
かなり大量のメタルが使われているので、場合によって曲がることがあります。
でも、もし曲がっても少しの曲がりならすぐ直せるから安心してください。
椅子くらいの高さにスキーの片方を置き、足で乗ってベンドを曲げ直せば大丈夫。
ちなみにわたしのスピードチャージャーはもう三回くらい曲がってしまいました。
■おいおい、冗談じゃないよ。嫌だよ。一番高い板なんだから、曲げたくなんかないよ。それより、こんな硬い板を3回も曲げるなんて、角皆君ったら、どんだけ強い力でコブにトップを当てているのだ?僕の恐怖感なんて、彼の前には屁でもないんだね。こんな風に彼の場合、質問して、何気なく返ってくる答えがとてつもないのである。なんて非凡な奴が親友なんだ!
■とにかく、僕は両極端のタイプの板を2セット買ったのだから、大回り&スピード系のSpeed Chargerがあまり深いコブには向かないと言われたって仕方ない。コブのトレーニングは、もっぱらもうひとつの極端であるコブ専用の244で行うことだな。こっちは軽くてビュンビュンたわむので、どんだけぶつけても曲がったりしません。。

  頑張れ、東響コーラス
■さて、12月29日の東京交響楽団の第九演奏会が仕事納めとなった。東響コーラスは、ベルカント唱法にこだわりまくった練習が功を奏して、以前の「とても優秀なアマチュア合唱団」の声を脱皮して、玄人っぽいオ・ト・ナの合唱団へと変貌を遂げた。ドイツ語の発音や言語的表現も彫りの深いものになった。お客さんの中でどのくらいの人が、この違いを分かってくれたかなあ?
■ただ、本当の事を言うと、ここからが大変なのだ。要するに、東響コーラスは守られた内海を出て、外海に乗り出してしまったのだ。外海とは、新国立劇場合唱団のようなプロの合唱団と同じ土俵に乗ってしまったということである。でも、外海に出てしまったからには仕方がない。荒波の中で自らの道を歩んでいって欲しい。
■でも、僕は東響コーラスに期待しているのだ。我が国のアマチュアコーラスは、確かにレベルは高い。しかしそれは単に“仕上がりにおけるレベルの高さ”にすぎない。その背後には、「合唱コンクール」を中心とした薄っぺらい合唱文化がある。そこでは、きちんとした発声による彫りの深い表現に背を向けて、重箱の隅ばかり突っついてミスを探す、熾烈な過当競争の世界が展開している。
■僕は、東響コーラスには、真実の意味でのアマチュアの旗手となって“ほんものの音楽表現”を追求し、提示してもらいたいのだ。芸術の気の遠くなるようなはてしない目標に向かって、一歩一歩進んで行って欲しい。これが僕の心からの願いである。こんな短期間に、こんな進歩を可能にした団員の熱意と真摯な姿勢があれば、必ず成し遂げると信じている。

東響コーラスの皆さん。久し振りに一緒に仕事が出来て、僕は本当に楽しかったよ。ありがとう!

年始のファミリー・スキー


於菊稲荷でボール遊び

■群馬における年末年始はいつも通り。僕は紅白歌合戦を見ながら蕎麦を打ち、0時の年明けとともに神棚に水をあげ、娘達と一緒に宝勝寺に鐘を突きに行き、


宝勝寺で鐘つき

その隣の八幡宮にお参りして甘酒をもらい、次の朝初日の出を拝み、虚空蔵様にお参りし、また甘酒をもらって焚き火の側で飲む。


八幡宮の初参り

■1月2日の晩に、旧三澤家に親戚一同が集まった。わいわい盛り上がって、3日には姪や甥たちと一緒にスキーに行った。早朝6時、眠くてグズる杏樹を強引に車に押し込んで出発。場所は群馬県の北西にある吾妻郡嬬恋の、パルコールつま恋スノーリゾート。正月のスキー場なんて激混みが普通だが、ここは穴場といえるね。

■行きは長野自動車道に乗り、軽井沢インターを降りて浅間山の東側を通り、鬼押し出しや北軽井沢を経て行ったが、帰りは、真横にダラダラと山道を走って渋川インターから帰ってきた。とにかく寒かったし、その日はまさに大吹雪。
■孫娘の杏樹のスキー・デビューをもくろんでいたが、顔に吹き付ける雪にすっかりテンションが落ちてしまい。ほとんどスキーを履いただけで終わった。ただちに室内に入って体を暖めたけれど、後で再び外に出て行って、ファミリーランドパークのタイヤやソリなどで遊んだが、やっぱりあまりに寒いため、長続きしなかった。

■僕は杏樹の面倒を見るのがメイン。自分がガシガシ滑るよりも、その日は基本的に娘達に時間を譲った。でも、しばらくしたら彼女たちが戻ってきたので、タッチ交代して僕もゲレンデに出た。
■ここねえ、穴場の理由が分かった。まず、ゲレンデがやたら長いうえに、リフトやゴンドラが遅い。最新式のものではないのだ。つまりリフトの上などで待っている間に体がすっかり凍えてしまうんだよね。いやあ、寒いっす!インナー手袋を持ってこなかったことを後悔した。ブーツの中の足指の先も感覚がない。それにプラスして、最大斜度24度というなだらかな地形なので、凍えた体を暖めるほど体力を消耗しないのだ。
■山頂は標高二千メートル以上。しかしその分雪質は極上。サラッサラのキュッキュ。あまり人がいないので、ゲレンデの両端には処女雪の地帯が広がっている。入ってみると軽~いパウダースノウ。
■なんでみんなこっちに来ないの?こんな時に過保護な圧雪ゲレンデしか滑らないなんて、せっかくマグロを食べているのに赤身ばっかり食べて大トロを残しているようなもんだよ。新雪スキーのこの浮遊感。雪はニセコほど深くないけれど、このパウダー感が本州でも味わえるとは思ってなかった。

■夕方新町の家に帰って、またみんなでワイワイ。でもテレビではNHKニューイヤー・オペラコンサートが流れている。みんなの会話の声が大きくて、あんまりテレビの音楽がよく聞こえないんだけど、杏樹が突然叫んだ。
「あ、よりさん!」
■見ると、ナディーヌや「おにころ」の桃花を演じた前川依子(まえかわ よりこ)さんが合唱団に混じって歌っていた。次女の杏奈がその瞬間をiPhoneでナイスショット。「ナディーヌ」でニングルマーチを演じていた秋本健さんもいた。


あっ!よりさんだ!


■国立宅にはみんなで4日に帰ってきて、そのまま僕は3時半にイタリア語のレッスンに行った。帰ってきてみたら、杏樹は疲れていたのかお昼寝している。結局6時くらいまで2時間半も寝ていた。その間に志保は仕事に出掛けて行った。
■杏樹が起きたので、僕は彼女のところに行って、
「一緒にお風呂に入ろうか」
と言った後、
「ママはね、お仕事に行ったよ」
と言い出したら、
「お・し・ご・と・・・」
と言ったと思うと、急に顔がくしゃくしゃになって泣き出した。
「ママがいい!ママがいい!」
と叫びながら30分も泣いていた。
■暮れからお正月にかけて、ママがずっとそばにいてくれたものね。それがまたいなくなっちゃった。しかも、にっくき“おしごと”という言葉。いつも本当はママと一緒にいたいのに、ママはお仕事でいなくなっちゃうんだ。ずっとずっと幼い杏樹はその淋しさを我慢していたのか。そう思ったら、いじらしくていじらしくて抱きしめてしまった。杏樹も、抱っこされてつかの間の安堵感を感じていたらしい。
■お昼寝が長かったので、夜はいつもより遅くまで起きていたが、そのうちママが帰ってきた。そしたら杏樹はうっとりとした顔になった。ママが大好きなんだね。僕もとてもハッピーな気持ちになった。誰かが誰かのことを大好きだっていうのを見るって、本当に素敵なことだね。志保もすっかり母親らしくなってきた。
こうして三澤家の新年は始まった。

試聴会で仕事始め~新しい時代の予感
■今年は、新春早々新国立劇場合唱団にとっては大変なことに、5日及び6日、来期契約更新のための試聴会が行われた。僕にとってはこれが仕事始め。通常は3月くらいに行われる試聴会であるが、今年は、オペラ部門の次期芸術監督の大野和士さんが同席するので、彼のスケジュールに合わせてこの時期の開催となった。
■そのため、合唱団員達はお正月がのんびり過ごせないとぶつぶつ言っていた。それが大野さんのせいだと知って、彼に対して負のイメージを持った人もいるかも知れない。でも合唱団員のみなさん、僕はあえて言いますが、大野さんに聴いてもらってよかったのだよ。彼が今の新国立劇場合唱団の状態をきちんと把握することは、合唱団員にとっても、これからの新国立劇場にとっても、とても有意義なことであるから。

■僕にとっても同じだ。この二日間は、彼といろんなことについて話し、彼の現在の考えや音楽に向かう姿勢などを伺うことが出来た。それは、彼の元で働くことになる僕にとって予期せぬほどの大きな収穫をもたらした。
■一番の驚きであり嬉しかったことは、大野さんの声楽的知識の豊富さと歌唱に対する判断力の確かさを知ったこと。
休憩の間に彼は言う。
「“うた”っていうのは、しっかり横隔膜で支えて、息を1本筋のようにスーッと上げてきて、細身にしまった声帯で響きを作ることなんだ。あの人は、支えは出来ていても声帯が広がってしまっているだろう。声帯は、一度広がってしまうと、もうコントロールが取れなくなるから、どんなに支えてもだめなんだ。
あの人は、中音域では支えているけれど、高音域になると上体が上がってきてしまう。背伸びするみたいにして高音域を歌う人はダメ。実際に音色も硬直してしまうし、言葉も分からなくなる。なんでこんな簡単なことがみんな出来ないんだろう。きっと、日本には良い先生がいないんだろうね」
どうです、読者のみなさん。この彼の意見って、僕が最近この「今日この頃」で繰り返し書いていることと完全に一致しているでしょう。まさに我が意を得たり!
だから僕は彼に言った。
「こういうと上から目線みたいだけれど、本当に良い耳を持っているんだね。こういう人を芸術監督に迎えることが出来て僕はとっても嬉しいよ」

■彼とは実は80年代終わりから90年代にかけてよく一緒に仕事した。90年に二期会がフィンランドのサヴォンリンナ音楽祭に参加した時も、彼の指揮する「蝶々夫人」を合唱指揮者及び副指揮者として支えた。僕は彼の音楽作りを当時からとても評価していたし、彼も僕が作る合唱を評価し、年下の彼をアシストする僕を信頼してくれていた。
「新国立劇場合唱団契約メンバーのソプラノのクォリティは凄いね。こんなレベルの高い合唱団員、世界中何処に行ってもいないよ。よくこんな人材を集めて、そして束ねているね。ブラボー!」
と言ってくれた時には、かなり背中がこそばゆかったけれど、嬉しかった。久し振りの再会と、これからの僕たちのコラボに僕の期待は膨らんだ。

■今年の夏からスタートする、大野和士新芸術監督のシーズンは、きっと新しい時代の扉を大きく開いてくれるであろう。みなさんも期待してください!

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