日本丸演奏会のチケット

三澤洋史

「ジークフリート」のコレペティ稽古
■5月14日月曜日。旅人(ヴォータン)役の青山貴さんと、ミーメ役の升島唯博さんを相手にコレペティ稽古をつけた。19日土曜日には、名古屋で愛知祝祭管弦楽団の「ジークフリート」の練習がある。その時に、この2人が名古屋に行ってオケと合わせる。その前段階として、今日は僕自身がピアノを弾きながら、彼らに稽古をつけたわけだ。
■しかも19日に練習するのは、彼らの全ての箇所ではない。特に升島さんは、第1幕冒頭のソロのシーンからジークフリートとのシーンを通って、ヴォータンとの謎々のシーンのみをやる。彼の役の3分の一ほど。まだまだ流す練習なんてとんでもない。少しずつ、何度も何度も繰り返して、体に入れてもらうのだ。

■「ジークフリート」の第1幕はテンポも速く、ピアノを弾くのは難しい。この忙しいスケジュールの中で、ピアノを練習する時間を捻出するのは楽ではないが、これだけははずせないんだな。やはり、自分の手で紡いだ音楽に歌手を乗せることがオペラ指揮者の基本だ。大規模なオペラという分野だからこそ、こうした肌を寄せ合うような関わりが必要なのだ。
■また、僕はピアノで彼らに細かくニュアンスなどを指摘すると同時に、反対に、彼ら歌手達が発する様々なもの、すなわち、どういう感性やテンポ感、あるいはブレス感覚を持って彼らが曲に関わってくるのかを、体で吸収し覚えようとつとめる。それが阿吽の呼吸になるまでコレペティ稽古は続く。

■世の中では、本番直前だけ歌手が加わってオケ合わせをするのが一般的である。でも、僕たちは、9月の演奏会のために、すでに歌手達を東京から名古屋に呼んで練習する。これから順次、他の歌手達も加わってくる。本当はそのくらいしないと、ワーグナーの神髄に迫ることは日本人には無理に決まっているだろう。
■今日は3時からたっぷり3時間かけて彼らと稽古した。いや、稽古したというより、「ジークフリート」をおかずにして、一緒に戯れたと言った方が当たっているかも知れない。

■これまで「ラインの黄金」「ワルキューレ」と成功を収めてきて、今回の「ジークフリート」はチケット発売から一週間で完売したが、それは偶然ではない。このように採算を度外視して、良い意味でアマチュアリズムに徹して、丁寧にひとつひとつを積み上げていけば、結果は当然ついてくる。
■愛知祝祭管弦楽団は、僕が予言したとおり「行列の出来るオケ」になった。そうしたら、せっかく入ったお客が出てくる時には、みんなしあわせな顔をしていないといけない。僕が行うコレペティ稽古は、このプロジェクトの隠し味。でも、企業秘密でもなんでもない。何度も何度も合わせて、ひとりひとりが変にドキドキしたりしないで、落ち着いて表現に徹することが出来るようにするだけだ。これしか王道はない。

日本丸演奏会のチケット
■5月8日火曜日。帆船日本丸を愛する男声合唱団の練習に行ってきた。基本的には、どんな感じの合唱団で、どんな風に練習しているのかな、という見学のつもりだったが、とりあえず、持ち運び可能なトラベル・コンガ持参で行った。
■桜木町駅から歩いて数分の海沿いに、本物の帆船日本丸が保存、展示してある。この一角そのものが「日本丸メモリアルパーク」となっていて、船の前には横浜みなと博物館がある。そのすぐ横に帆船日本丸保存財団の所持する日本丸訓練センターの建物がある。練習はその建物内で行われている。

■6月1日の演奏会で指揮するのは大森いちえいさん。僕は彼の指揮に合わせてコンガを叩く。実際に僕が叩くのは、バンドも入ったポップスのステージで3曲だけ。「バナナボート」、「漕げよマイケル」そして「夕日に赤い帆」だ。そのうち最初の二曲は新国立劇場合唱団のテノール団員である大久保憲さん(クボケン)がソロを取る。
■「バナナボート」は、コンガのロールから始まり、テノール・ソロが入ってくるので、僕は早速トラベル・コンガを取り出した。合唱団は、きちんとまとまった男声合唱団らしい響きを持っている。なんだか楽しくなってきて、軽く触る程度に叩くつもりでいたのだが、気が付いてみると、結構ノリノリになってしまった。コンガは、本当はふたつ一組なのだが、今日持ってきたのは携帯用なので一個だけ。

■練習は、アカペラでやっていたから、コンガ一丁だけでも随分雰囲気が出たようだ。でも「夕日に赤い帆」では、独特のユルいスイング感がなかなか出てこなかったので、初めての合唱団で指揮者でもないのに、出しゃばりにもコードネームに合わせて即興でピアノ伴奏を弾いてあげた。すると、ガラリと雰囲気が変わって、俗に「アトノリ」と言われるまったりとした揺れが生まれてきた。
■家ではよく遊びでジャズ・ピアノを弾いている僕だが、仕事としては勿論クラシック一辺倒だ。こうしたノリの世界は久し振りで新鮮だな。この日の練習の感じを踏まえて、僕は今週の水曜日の午前中、もう一度本間修治先生の所にコンガのレッスンに行く。

■それで、皆様にお知らせがあります。この演奏会のチケットを自主的に預かってきました。というのは、何人かの人達から行きたいという問い合わせが来ていたからです。それと、昨年までの定期演奏会はずっと神奈川県立音楽堂で行われていて、毎回満席になっていたということですが、今年は県立音楽堂が改修工事を行っていて閉鎖ということで、ちょっと遠い鎌倉芸術館に変わったため、いつもほどチケットが売れていないと聞きました。そこで、少し多めに預かってきたのです。なので、この演奏会に興味がおありの方にチケットをお譲りします。なんと一枚¥1.000です!

■それで具体的な応募方法ですが、スキー・キャンプを行った時のメルアドを使うことにしました。これまだ生きているので、これからも、何かあった時にはこんな風に使わせてもらおうと思っています。アドレスは以下の通り。
maestro.takemeskiing@gmail.com
ここにお名前と住所をお送り下さい。簡単なメッセージを添えてくれると助かります。メルアドは受信ファイルにそのまま残るので、そこに返信するから書かなくて結構ですが、連絡に使うアドレスが別のをお望みの方は書いて下さい。チケットや代金の受け渡しについては個々に対応します。

ということで、僕のコンガ奏者としてのデビューに興味ある方は、是非6月1日鎌倉芸術館に集合!


日本丸演奏会

青春の門~不条理から他力へ
■五木寛之氏が1967年に書いた小説「青年は荒野をめざす」を読んでいろいろ思うところがあり、雑誌「福音宣教」編集長のサジェスチョンもあって、その後すぐに長編小説「青春の門」を読み始めた。これは1969年に書き始めて、なんと最近まで作家が書き続けている超長編小説である。
■ところが、僕は読み始めてみたら、どうもいろいろ抵抗感があって、第二部「自立篇」まで読み進めたものの、この先読み続けるかどうか迷っている、と先週の「今日この頃」では書いた。
■確かに僕は、何度やめようと思ったか知れない。しかしながら、とにかく次の章までいってから考えよう、やめるのはいつでも出来るし、と思いながらダラダラと読み続けていた。ところが、気が付いてみたら、なんと第三部「放浪篇」を読み終え、現在のところ、第四部「堕落篇」も読み終わって、次の第五部「望郷篇」も昨晩Kindleから購入して読み始めた。なんでやめないの?何の読み続ける義務もないのに・・・。自分でもびっくりポンや!

■はっきり言って、僕は主人公の伊吹信介に全然共感できない。というより彼の生き方は大嫌いだ。彼の行動は常に僕の真逆を行く。僕は暴力は嫌いだし、ヤクザさんなんかとは一生関わりたくもないし、お金で女性を買ったことは一度もない。新宿二丁目なんぞは、通過したことは何度もあるけれど、いわゆるニチョーメ的世界には最も縁遠い人間だ。
■それに、なんといっても、幼なじみの織江に対する態度が気にくわない。そもそも彼は、女性にルーズでだらしなく、誤解を与えるような行動ばかりして、織江に対しても好きなんだかそうでもないのか分からない蛇の生殺しのような曖昧な態度をとり続けている。織江がどんなに信介の態度や言葉によって傷ついても、空気読めずにいて、関係を修復しようともせずに放置している。それでいて、彼女が離れようとすると変に未練がましい。そういう全ての態度がフェミニストの僕からは許せないんだな。

■こんな風に嫌いな小説なのだが、では何でやめないのかというと・・・よく分からないのだけれど・・・とにかく読んでいるとやめられないのである。こういう小説は人生で初めてかも知れない。
■ひとつ確実に言えることがある。それは、ストーリー展開は間違いなく面白いのだ。五木氏の場合、最近の著作である「親鸞」にしても、宗教的題材だから読み続けるというよりは、いきなりドラマチックなストーリー展開に出くわして、夢中で読ませてしまうところがある。

■大学に入学した信介は、ろくに授業に出ずに、学費を稼ぐためのアルバイトに明け暮れるが、緒方に誘われて地方巡業の演劇集団に入り函館に渡る。その集団は、函館のアルバイト先で不当に労働者を搾取している関西系ヤクザのことを題材にストーリーを作り公演しようとするが、様々な形で邪魔される。
■読んでいると、ヤクザの妨害によって、このまま平穏に公演を成功させることなど絶対に不可能だと思わせるし、そのヤクザの警告を無視しての公演当日の様子では、五体満足でもいられないだろうと絶体絶命の危機に陥るのだが、思わぬ所から想像もしていなかった助けが入り、痛快ともいえる展開を見せる。
■では、それで公演が千穐楽まで滞りなく興行出来てハッピーエンドを迎えることが出来るかというと、これもそうはいかないんだなあ。しかも、最大の障害は思わぬ所から来るのだ。なんという不条理!こんな風に物語の構築の仕方が巧みで、まあ悪口を言うと、かなり「劇画調」ではあるのだが、読者を飽きさせないテクニックは一流といえる。

■さらに読み進んでいくと、函館を引き上げて大学に復帰した信介は、当時の反体制派の学生運動にのめりこんでいく。前にも言ったが、僕は1970年に群馬県立高崎高校に入学している。高崎高校の僕のクラスには、ひとりの筋金入りの学生運動家がいた。彼は民主青年同盟(民青)に入っていて、成田空港建設に反対する三里塚闘争などに積極的に加わっていた。そいつはやたらマセていて弁が立ち、僕と高校二年生の時にサシで議論したが、とってもかなわなかった。彼は授業をさぼってばかりいたので、出席が足らなくて留年した。その後は知らない。恐らく退学したのではないかと思われる。
■彼自身はとても純粋な奴であったが、70年代前半になると、学生運動は初期の純粋な理想主義から離れて党派闘争(いわゆる内ゲバ)の時代に入っていて、閉塞感に満ちていた。ちょうど群馬県では、浅間山荘事件などが起きていて、理想とは裏腹の醜い面ばかりが炙り出されていたので、僕たちクラスメートの彼を見る視線も冷ややかなものであった。せっかく県下一の進学校に入ったのに、人生を棒に振るなんて馬鹿みたい、という雰囲気であった。同じように人生を棒に振って、音楽の道に方向転換しようとした僕は、他の者達よりずっと彼にシンパシーを感じていたことは間違いないのだが・・・。

■「青春の門」の信介の世代は、僕より上の学生運動がまさに旬だった時代。つまり、みんなが純粋な気持ちで理想に燃えていた時代が描かれている。僕は、今回「青春の門」を読んで初めて、彼らが活動にのめり込んでいく心情が理解できた気がした。
■きっと、彼らは、それらの活動を通して、自分が独りぽっちではなく互いにつながっているという確かな手応えを得ていたに違いない。そして、社会に関わり、社会を自分たちの手で変革していけるのだという甘酸っぱい情熱や、自分が今まさに生きているんだ、という確かな証を手にしていたに違いない。
■ただ、リアリストの五木氏は、その純粋さ故のあやうさ、すなわちより良い世界を望みながら、主義主張の違いに対する驚くべき不寛容などに目を向け、信介をその矛盾の真っ只中に置くことによって、そこからも彼が挫折していくように筋を運んでいった。

■何故か?何故、五木氏は、これほどまでに主人公に挫折体験を味わわせるのか?そして、これほどまでに不条理な世界ばかり描き続けるのか?また、これほどまでに、信介の人生が全て裏目に運ぶよう仕向けるのか?

■そこまで考えて、はたと気付いたことがある。それは、五木氏は、もしかしたら、人間の醜い部分を徹底的に描き、人生の不条理の部分を徹底的に描くことによって、読者に、終わりのない問いを投げつけようとしているのではないかと・・・。そして、その問いには、恐らく、この超長編小説が終わるまで、答えが与えられないのではないだろうかと・・・。

■五木氏の晩年の宗教的心境と、これら初期の小説との間には、決して越えることの出来ない断絶が横たわっていると思っていた。しかし、それは恐らく写真のネガとポジとの関係なのだろう。
■だからこそ・・・・だからこそ、五木氏は、その終わりのない問いの答えを晩年になって「他力」信仰に見出そうとしているのかな。だとすれば、この真逆に見えるギャップは、そのギャップが大きければ大きいほど、反転した時の覚醒の深さも大きいのかな。いや、どうだろうな・・・。この時代の五木氏は、そんなことなんか全く考えていないでただ書いていたのかな?
■まあ、この小説、これっぽっちも宗教的ではないもんな。でも、読み進める内に、突然、神や仏を感じて涙したりして・・・いや、それもないだろうな。相変わらず、蓮っ葉な女達や、喧嘩っ早い男たちが出てきて、その度に僕は幻滅し、腹を立てて本を閉じるが・・・あ、いや、Kindleのスイッチを切るのだろうが・・・また思い返して続きを読むのだろうな・・・・。

いやはや、なんとも変な読書の仕方を覚えてしまったもんだ・・・。
でも、はっきり言って、面白や。この小説。

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