名古屋三昧の2日間

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真 平成~令和
■この更新原稿を最後にして「今日この頃」平成版は終わる。こういう風に書くと、あたかもこの時代の変わり目に僕が大きな意味を感じているようだが、実は全然なんにも感じていない。本来、時というものは、節目を持たず連続的に進む。その意味では2018年が19年になり20年になり、と淡々と変わる西暦の方が潔くて好きだ。
■それに僕はもともと、書類を書いていても、
「今年って平成何年だっけ?」
と周りに訊くほど元号に疎い。というか興味がない。それなのに、過ぎ去る平成を惜しめ、と言われてもねえ・・・。

■だって、平成ってろくな事がなかったじゃない。バブルがはじけ、阪神淡路大震災が起き、地下鉄サリン事件が起き、9.11が起き、イラク戦争が起き、サブプライム問題やリーマンショックによって資本主義の負の部分が浮き彫りにされ、3.11が起き、ISの台頭が目立ち、世界中にテロ事件が後を絶たない。一方、トランプ大統領をはじめとしてポピュリズムが各国に波及している。こんな平成のどこに、去ることを惜しむ要素があるというのか?
■まあ、元号はあってもいいし、新しい令和の時代に希望を抱くのも、抱かないよりはいいだろう。「今度こそ、良い時代を作るぞ!」という決意表明をみんながするなら賛同しても良い。でもさあ、元号を大事にするようなタイプの人ほど、イノベーションから遠かったりするから、たとえば「良い時代というのが経済最優先」というんじゃ、元の木阿弥でしょう。
■平成もそうだったけれど、令和も2019年という中途半端な年を元年とするんだよね。僕は役所の書類に記入する毎に、きっとまた、
「今何年?」
と訊くに違いない。

もしかしてベートーヴェンも首位?
■先週のベートーヴェンに関するの記事で、ベートーヴェンの不滅の恋人のことをこう書いた。
そうして最後に残った「不滅の恋人」の候補を、今僕があっさりと、
「ヨゼフィーネ・シュタッケルベルク(旧姓ブルンスヴィック)とアントニー・ブレンターノですよ」
と書いてしまっても、そう深刻なネタバレにはならないのではないか。
たしかに読者の中には、
「え?ジュリエッタ・グイッチャルディじゃないの?」
という人もいれば、
「エリーゼのためにを捧げたテレーゼ・ブルンスヴィックじゃないのか?」
という方もいらっしゃるであろう。
しかしながら現代の研究では、それらの2人は候補からはずしてしまって差し支 えないのだ。
■実は、この中に、ひとつだけ間違いがある。読者の中にお気づきになっている方はいらっしゃるであろうか?正解を言いますと、「エリーゼのために」をベートーヴェンが捧げたのは、テレーゼはテレーゼでも、テレーゼ・マルファッティである。
■ちゃんと調べないで書いてしまった僕も悪いが、あんまり周りに女性がいすぎるベートーヴェンも悪い(?)。だってみなさん、結構なプレイボーイでもなければ、なかなかおんなじ名前の女の子と付き合わないでしょう。生涯に二人だけ付き合ったのが同じ絵里子という名前でした、という人は別にして。

■あれからね、ベートーヴェンがアントニー・ブレンターノのことを思って書いたといわれる連作歌曲An die ferne Gliebte(遙かなる恋人に)の入っているヘルマン・プライのCDをAmazonで取り寄せて、iPodに移して名古屋からの帰りの新幹線で聴いたり、角皆君からもらったピアノ三重奏を聴いたりと、静かにベートーヴェン・ブームが続いている。
■というより、もともと僕が仕事以外でクラシック音楽を聴くのは、ほとんどベートーヴェンに限られるというのは、考えてみると不思議だ。高校時代はむしろモーツァルトの方が好きだった僕だが、しだいにベートーヴェンに強く惹かれ、大学時代前半はベートーヴェン命。バッハ、ワーグナー、マーラーは、それからしだいに惹かれていった。ブラームスなんか、良いと思い始めたのは40歳過ぎてからだからね。
■今では、バッハとワーグナーが首位争いしているが、あまりにも作風が違いすぎるので、どちらが一番などと決める気にもならない。しかしながら、恒久的に接しているという意味では、案外、番外編としてベートーヴェンも首位にいるのかもしれないと思う今日この頃です。

名古屋三昧の2日間
■僕は本当にこういうことをうっかりしているんだと思い知らされた。4月27日土曜日28日日曜日が愛知祝祭管弦楽団の練習日であることは分かっていたのだけれど、それが10連休の初日とは結びつかなかった。
■いつも新幹線の切符は当日乗る直前に取るけれど、妻に、
「ねえ、新幹線の指定席大丈夫?」
と言われて、さすがにちょっと心配になって、25日の木曜日、新国立劇場合唱団の「ドン・ジョヴァンニ」音楽稽古の前に新宿駅に行って自動券売機で27日朝の指定席を取ろうとしたら、あらら・・・始発から普通車両はおろかグリーン車まで全て満席じゃないの!ヤベ!どうしよう?まあ、どうしようもない、自由席で行くしかないね。
■でもね、結構これまでにもそういう目には遭ってきた。連休中によく地方の合唱団などの練習を入れちゃうから。
「なあに、いざとなったら、デッキであぐらかいて行けばいいか」
と、どこまでも呑気。

■27日早朝。いつもなら新横浜から乗車するのだが、やはり始発の東京駅に行った方がいいだろうと、国立駅から中央線に乗った。土曜日の7時前なのに案外混んでいる。スーツケースを持った人達が結構いる。無理矢理起こされて不機嫌になっている子どもたちを、若い両親が恐い顔をして睨んでいる。
■ヤな予感がした。この人達、もしかしてみんな東京駅に行ったりして・・・・だが、新宿駅で降りていった人達も多かったので、ちょっとホッとした。みんな大宮から新幹線に乗って、東北方面や、新潟方面や、長野~金沢方面に行くんだね。すると、残りは・・・。

■東京駅で扉が開くと、乗客達はまるで吐き出されたように一斉にエスカレーターに向けて殺到した。なんか習性なんだよね。こうなると、僕も負けてはいられないような気がして、ほとんど走るくらいの早足。ゴロゴロの車輪が壊れるような勢い。
「ヤッター!ひとり抜いたぜ!」
■勢い余って、ゴロゴロを抱いたまま、エスカレーターの右側を駆け降りる。この早さで転ばないで降りられるのはスキーをやっているお陰。直滑降!ほうら速いだろう!しかし、コンコースに着いてみると、そんな目先の「ひとりふたり抜いた!」などという競争に何の意味もなかったことを思い知る。
■すでにコンコースは、ロックコンサートが終わった直後の最寄りの駅までの情景。すなわち、溢れかえる人の群れが新幹線の乗り換え口まで怒濤のように続いている。始発からこんな状態だったのかも知れない。それであきらめて、流れの中に混じって新幹線のホームまでベルトコンベアーに乗っかった感じで行く。ノロノロと。
■もう諦念の世界。ブラームスの交響曲第3番の第3楽章が脳裏に流れる。ターリラー・リーラリー・・・流されていくしかないんだ・・・僕の運命・・・ホームでも溢れる人の群れ・・・あはははは・・・座るなんて夢のまた夢・・・。
■ところがね。あろうことか自由席が一席だけ空いていたんだ。B席だったけどね。品川駅では、立っている乗客が通路まで入ってきたし、新横浜ではその通路がいっぱいになった。これ、名古屋で降りれるのかなあ、と心配になった。

■さて、通路の乗客をかき分けかき分け、なんとか名古屋のホームに降り立つことが出来た。10回は、
「済みません!降ります」
を言ったな。
ホームに降りると、不思議なアナウンスが響いてきた。
「名古屋からご乗車の方、自由席車両はすでにデッキまで一杯なので、ご乗車にならないでください。本日だけ特別に指定席車両を解放しますので、みなさま、指定席車両の方にご移動をお願いします」
名古屋で待っている乗客が一斉に後方に走って行く。どんだけ混んでんだ!
■さて、よく考えてみたら、朝起きてから何も口に入れていない。どこかで朝食を食べなければ、と思っていたら、なんと「住よし」が目に入ってきた。自由席車両は前の方だから、たまたまきしめん屋の前に降りたのだ。ヤッター!今日はどうも神様に愛されているらしい。
■みなさまに忠告します。新幹線ホームの立ち食いきしめん屋は、上下線とも2カ所あるけれど、大阪寄りの「住よし」に入ること。ここは、わざわざ新幹線を途中下車してまで食べる人もいるほど、立ち食いとは思えぬおいしさです。ということで、また冬が戻ってきたかと思うほど肌寒い27日の朝、僕はきしめんのつゆを最後まで飲み干し、ポッカポカの気分で、練習会場のある刈谷に向かったのだ。


住よしのきしめん


■午前中は、グートルーネ役の大須賀園枝さんのコレペティ稽古。僕のグートルーネのイメージを彼女に伝えた。
「これは僕が勝手に思っているんだけど、絶世の美女であるグートルーネが何故ひとりでいたのかというと、あまりにもプライドが高くて、そのへんの男では満足出来なかったからだ。
それが、ハーゲンから最高の勇者であるジークフリートのことを聞いて、もうそれだけで半分惚れている。どんな男かも知らないで。グートルーネってそんな女なんだ。
だから第2幕第2場でジークフリートが隠れ頭巾でグンターに変装して無理矢理ブリュンヒルデを連れ帰って来た時、ブリュンヒルデに何かしなかったでしょうね、と詰問する口調にはプライドの高い女の醜ささえ見えていい。
その辺でよく演じられている特徴のないグートルーネにだけはしたくないからね」

■そうなのだ。僕の演奏するリングが何故面白いかというと、こうしたことをとことん突き詰めて作っているからだ。
「名古屋のリングの演奏がとっても面白かったので、家に帰ってCDを聴き直してみたんだけど、ちっとも面白くないんです」
という感想を言ってくれる人が多い。ありがたい。でも、生意気言っちゃうけど、当然なのだ。
■お菓子や料理など、おいしいと言われるものを出す職人は、人知れずいろいろ細かいところに工夫を凝らす。そのひとつひとつをお客は知らない。知らなくていい。でも、漠然と、
「おいしい。また来よう」
と思ってくれればそれでいいのだ。

■言っとくけど、なんとなく作っていたら、たまたまおいしいものが出来ちゃって、たまたまリピーターが来る、なんてことは絶対にないのだ!これが僕のプライド。

■午後2時から愛知祝祭管弦楽団の練習。今日は第2幕。僕は、細かいところも決めながら練習するけれど、あまり細部にこだわりすぎてみんなが充分に弾けなかった、という練習だけはしたくない。みんなにどんどん弾かせて慣れさせたい。
■ああ、ここ止めて直したいな、と思っても、あえて通してもう一度返す。すると一回目に弾き損じた瞬間に「あっ!」と気が付いていた個所は、次に自ずと直っている。それでも直らなかったら、今度は落ち着いて間違いを指摘する。

■演奏者は、常に意識化と無意識化との間をさまよっている。細かいパッセージは、最終的にはほぼ無意識化するまで弾き込むわけであるが、時々それでもあえて意識化させる。分かり易く言えば、とってもとってもゆっくり弾かせることで、指や意識に覚え込ませる。それから本来の速さで弾く。またゆっくり弾かせる。これを繰り返す。
■奏者は、速いパッセージをいちいち「ドレミファ」と意識して弾いてはいないが、無意識化だけだと危険だ。オートメーションのようになり気持ちが離れる。つまり無味乾燥になってしまう。また記憶からも離れる、ある時突然、
「あれ?なんだっけかな?」
と弾けなくなってしまう。
■こうした練習の極意を僕はどこから学んだと思う?それはね、スキーなんだよ。スキーでも、いつも速いスピードばかり滑っていないで、時々プルーク・ボーゲンに戻って自分の体幹やフォームを確認するべきなのだ。それから高速までその意識を持ちながらスピード値を上げていく。とはいっても、いつも意識化ばかりしていても駄目。意図的に無意識化して皮膚感覚まで落とし込むことも必要なのだ。
■不思議なんだけど、僕の人生の中で、愛知祝祭管弦楽団の練習の仕方とスキーの進歩とが連動している。こんなことに気付くと、自分の人生そのものが、まさに神の御手の中にあることを感ずる。

■その日は、一応20時までだったので、最後のコマで前回やり残した序幕「ノルンの景」を練習して7時半過ぎに終わろうと思ったら、コンサートマスターのピロシこと高橋広君が、
「どうせだから、次のジークフリートとブリュンヒルデの二重唱までやっちゃいましょうよ」
と言う。
「え?マジ?みんないい?よっしゃ!」
というので、元気溢れる二重唱の景を通した。確かに地味なノルンの景で、
「綱が切れた、世界はもう没落しかない」
と盛り下がって終わるよりずっといいね。みんな満足して終わった。
■プロの練習では考えられないこういうノリが僕は大好き。その後、ホテルにチェックインしてから団員の何人かと一緒に刈谷駅近くの居酒屋で食事。くつろいだ楽しいひとときを持った。


刈谷の居酒屋にて


■翌朝28日日曜日。ホテルで朝食も出来るのだが、「満室で混み合うことが予想されます」とフロントで言われたので、僕は早朝散歩の最後に、刈谷駅に隣接しているコメダ珈琲店に入り、店にある朝日新聞を読みながら、ゆったりとした気持ちで朝食をとった。僕のお気に入りは、ゆで卵付きのモーニングAセットにミニサラダを付け、コーヒーはたっぷりブレンド。


コメダ僕の定番

■僕は何故コメダに入るのだろう?コーヒーは特別おいしいわけではないし、サラダも昔ながらのポテトサラダが入ったものだし、ドレッシングもチープな感じ。要するに、全然どーっつうことない二級品なのだが、何故か僕はコメダが好き!

■その日はまず10時から弦楽器だけの分奏を1時間だけやった。その後、場所を移動して、近くの別の練習場で練習している男声合唱団の処に行く。愛知祝祭合唱団の合唱指揮をしているのは、かつて「ラインの黄金」でミーメを歌ってくれた神田豊壽さん。大変な熱の入れようで、損得を抜きにして、出来ていない団員を個人的に練習前などに呼んで懇切丁寧に稽古を付けてくれているという噂は聞いていた。
■その噂は本当であった。合唱指揮者を長年やっているこの僕がお世辞抜きで言うけれど、実に素晴らしい指導力である。それに、今言ったような「目に見えない努力」が実を結ぶのだ。それも合唱指揮者である僕が日々実践していること。
■合唱団員はみんなやる気満々で、しかもオタッキーで個性的。ハードなワグネリアンが多く、いろいろ質問してくる。
「私たちの首領であるハーゲンの人物像を教えて下さい」
あらヤダ。こんな質問に僕が弱いの知っているの?出来れば練習を中断して1時間でも説明したい!
「ハーゲンは、ワーグナーが創造した『絶対的ワル』なる人物です。彼の父親アルベリヒには、まだ色気や様々な欲望があったけれど、指環という絶対的権力を得たいが為に、あえて愛を捨てた。そのアルベリヒが愛なきセックスをして生まれたハーゲンには、愛のかけらもないどころか、人間としての美徳を全く持たない『悪徳の純粋培養』という存在なのです。
現実的にはあり得ないだろうけれど、それを劇場空間においてワーグナーは作り出してみたかったのでしょう。
だから、その家臣であるみなさんも、ハーゲンのことは嫌いです。それどころか、どこかの国の独裁者に対するように、極度に恐れている。逆らえばどんな制裁を受けるか知れたものではない。なにせ血も涙もない人間なのだから。
ただ、そのハーゲンが珍しく笑っている。だからみなさんも嬉しいわけです。もちろん、ハーゲンにはアルベリヒから吹き込まれた『ジークフリートを倒す』遠大なる計画があるわけです」
■おっとっとと・・・こんな事話しているといくら時間があっても足りない。午後から始まるオーケストラのトゥッティには女声合唱も加わって、みんなで盛大に第2幕を中心に練習しなければならない。12時15分にとりあえず合唱練習を終えた。

■それから、団長の佐藤悦雄さんは、僕をあるお店に連れて行った。そこは名古屋名物のあんかけスパの専門店「あんかけ家」であった。


あんかけ家

前の晩の居酒屋で、僕は東京から通っている団員の人に、
「名古屋グルメどのくらい知ってる?」
と尋ね、鉄板ナポリタンなどの話で盛り上がっていた。でも、名古屋通を気取っている僕が、あんかけスパも知らないことを察知した佐藤さんが、僕に初体験させてくれたのだ。うーん・・・この微妙にチープな感じでいながらめっちゃおいしいのが、名古屋グルメの特徴。


あんかけスパ


■午後の練習は、先ほどのやる気満々な合唱が入って、オケの方も異常な盛り上がりを見せた。午前中の弦楽器分奏も効果を発揮している。もうこの時点で僕は8月の本番の圧倒的な成功を確信したね。勿論、これから越えなければならないハードルは数え切れないくらいあるんだけど・・・・。
■でも・・・なんだろう・・・名古屋の人達のこの盛り上がりは・・・。東京では絶対にこうはいかないんだ。きっと、僕と名古屋の人達との波動が合うのだろう。そういえば、1984年にベルリン留学から帰国した僕は、85年から愛知県立芸術大学非常勤講師として名古屋に通い始めたが、その時からずっと途切れることなく名古屋に通い続けている。
■愛知芸大は91年3月で辞めたが、名古屋バッハ・アンサンブルコール、セント・ミカエル・クワイアー、モーツァルト200合唱団、ソアー合奏団、名古屋芸術大学客員教授、そしてマーラー・プロジェクト名古屋を母体とした愛知祝祭管弦楽団と綿々と続いている。

これも運命なんだね。

■さて、今日はこれで終わりではないんだ。練習後、なつかしの愛知芸大に行かなければならない。何故なら、グンター役の初鹿野剛君のコレペティ稽古をつけるためだ。初鹿野君は、今や愛知県立芸術大学(地元の人は県芸と呼ぶ)の准教授として自分の研究室を持っており、そこで稽古をする。久し振りだ。僕は先ほども書いた通り、85年から91年まで大学院の重唱とオペラ実習の授業を受け持っていた。


愛知芸大の新しい音楽棟

■県芸に着くと正面に新しい音楽棟が出来ていた。超近代的!そこで彼の研究室の美しいカワイ・グランドピアノを弾きながら2時間ばかり合わせた。


初鹿野君の研究室


■ふうっ、長い一日でした。最後にもうひとつオマケがあった。佐藤さんの車で送ってもらって、地下鉄東山線の藤が丘から乗車して名古屋駅に着いたのは午後8時前。さすがにお腹がすいた。そこで名古屋駅でお弁当を買おうと思ったが、なんと、どのお店に行ってもお弁当コーナーが空っぽなのだ!いくつか走り回ったが、ホームも含めて名古屋駅中ひとっつもないのだ!きっと、もっと前の時間に売り切れてしまったに違いない。これも連休効果か?
■ただ、新幹線は連休といっても中日だったので、普通と変わらず指定席が確保出来た。最初の方に書いたけれど、ベートーヴェンをiPodで聴きながらストイックに帰り、食事は午後10時半に自宅に着くまでおあずけだったんだけどね。

■さて、来週は、僕も連休のため一週間お休みします。3日は、新町歌劇団で集中稽古をし、そのまま、またまた名古屋に行って4日5日が愛知祝祭管弦楽団の練習です。
みなさん、有意義なゴールデンウィークをお過ごし下さい!

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© HIROFUMI MISAWA