山口百恵はやはり女神であった

三澤洋史

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■新町歌劇団は、今年はミュージカルはやらないで、8月25日日曜日にコンサートをする。場所は、ラスクで有名なガトーフェスタ・ハラダ本館シャトー・デュ・ボヌールのホワイエ。題して「おかしな(お菓子な)コンサート」

■ハラダは、もともと普通のどこにでもあるようなパン屋及びケーキ屋さんだった。僕の実家から歩いて5分くらいのところにあるが、今でもそこは中仙道店として残っている(実は、ここが一番並ばないですぐ買える)。でも昔から、パンやケーキはおいしかった。当時からラスクもあったけれど、これは食パンを4つに切った四角いものであった。
■それが、あれよあれよという間にGouter de Roi(ラスク)が飛ぶように売れ、巨大な本館が建ち、今では全国展開している。ちなみにハラダは、新町歌劇団が「おにころ」をはじめとするミュージカルをやる時には、常に賛助金の大口出資主である。

■その本館ホワイエでの「おかしなコンサート」も、すでに過去2回行い、今回はPartⅢである。サブ・タイトルは「新しい日本の美を求めて」。日本各地のご当地ソングを集めたプログラムである。新町歌劇団の合唱に加えて、テノールの田中誠さんと、田中さんの弟子で当団の指導者をしているバリトンの猿谷友規さんをソリストに迎える。
■最初は、8月25日15時だけの公演だったが、チケットを団員達が知り合いに売るのがこれからという時期なのに、すでにほとんど完売に近い状況になってしまったので、急遽予定を変更して、18時からの夜公演を追加した。
■最近、僕が行う公演でよく完売という言葉を聞くのは嬉しいが、お客さんには気の毒である。その昼公演はすでに完売。夜公演のチケットもよく売れているらしい。

■新町歌劇団が歌う曲は、僕が全て編曲している。それは元来、新国立劇場合唱団が文化庁主催のスクール・コンサートで演奏するために編曲したものだ。しかし、そのオリジナルは、新国立劇場合唱団の力を最大限に生かすために凝って作ったものだから、とっても難しい。ということで再び編曲し直した。箱根馬子唄なんか、ゴスペル調で楽しいよ!こんぴら船ふねは輪唱だが、拡大カノンだったり縮小カノンだったりで、みんなびっくりすると思う。

■そのコンサートのラストで、二人のソリストもまじえて全員で歌う曲を探していた。そしたら、ピッタリな曲があったのだ。このプログラム自体が「旅」のようなものだから、それまで演奏した全曲を締めるような形で、「いい日旅立ち」にしようと思ったのである。
■参考までにYouTubeを開けてみたら、谷村新司と山口百恵の二人が歌っていた。この二人のデュエットの映像もあった。作詞、作曲は谷村新司本人ということになっているが、山口百恵の映像の最初には作曲・川口真と字幕が出ている。どちらが本当だろうか?

■その山口百恵の映像に釘付けになった。


「こ、これはただものではない!」と驚き、次いで「凄い!」と思った。曲が終わって「う~~~ん」とうなっている自分に気が付いて、ひとりで笑ってしまった。
まず、なんといっても、山口百恵から出ているオーラが凄い!ちょっとクールで、憂いがあり、そこはかとない色気。まだ少女なのにオトナの雰囲気。歌いながら、自分が今、人にどう見えているのかを完全に把握している天性の舞台人!途中でさり気なく目を閉じたり、半開きにしたり・・・どこにもピントを合わせないうつろな瞳・・・ううう・・・たまりませんな・・・。
■白状すると、僕は山口百恵全盛時代、そんなに彼女を好きではなかった。僕の好みの女性は、むしろ、いつもニコニコしている人。だから今の僕の理想の女性は孫の杏樹!だって笑った時のエクボが可愛いんだもん!そして、ティーンエイジャーの頃、大ファンだったのは小柳ルミ子。ということで、クールな山口百恵はむしろ真逆だったわけですね。

■ところが・・・ところが、である。もうじいさんになって、そうした色眼鏡で女性を見ることがなくなってくると、かえって物事の本質が見えてくるわけですよ。今だからこそ、分かるわけです。山口百恵が一世を風靡したそのわけが・・・。これは、単に一個人だけのことではなく、周りのスタッフや事務所や全てを巻き込んで、ひとつの山口百恵という現象、あるいはワールドを作ったわけだ。そしてそのど真ん中に、まるで台風の目のような、あの悟り切ったお釈迦様のうつろな瞳のような山口百恵がいるのである。
■そして、また、歌がうまい!いや、歌そのものといったら、谷村新司の方がうまいのかも知れないが、自作した谷村新司の歌唱が嘘っぽく聞こえるほど、山口百恵の歌唱に真実味を感じ、惹き付けられ、感動させられる。
■いやあ、この時代の歌謡曲って馬鹿にならないですね!そしてまた、こうした“うた”を人々が求めていた時代なんだね。

■ところで、この谷村新司の歌詞なのであるが、ワーグナーの楽劇の歌詞と一緒で、詩だけで味わおうとすると、そんなに優れたものに思われない。ところが、歌と合わせて聞くと、そのところどころのキャッチーな言葉がメロディーとうまくマッチして心に迫ってくる。
いい日旅立ち

雪解け間近の 北の空に向かい
過ぎ去りし日々の夢を 叫ぶとき
帰らぬ人達 熱い胸をよぎる
せめて今日から一人きり 旅に出る

ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 夕焼けを探しに
母の背中で聞いた 歌を道連れに

岬のはずれに 少年は魚釣り
青い芒(すすき)の小径を 帰るのか
私は今から 思い出を作るため
砂に枯れ木で書くつもり “さよなら”と

ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 羊雲を探しに
父が教えてくれた 歌を道連れに

ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 幸せを探しに
子どもの頃に歌った 歌を道連れに
■1978年11月にリリースされた山口百恵24枚目のシングル・レコードの「いい日旅立ち」というタイトルは、当時の国鉄の旅行誘致キャンペーンのキャッチコピーでもある。この「いい日旅立ち」とは、めちゃめちゃキャッチーな言葉だね。
■しかしながら、この詩を全体を通して読んでみると、シューベルトの「冬の旅」にも似た淋しい内容に感じられる。ところがね、たとえばリフレインのメロディーに乗って「日本のどこかに 私を待ってる人がいる」と盛り上がって歌われると、自分がこれから出遭うであろう人への期待の方が強調されて、とってもポジティブな印象を受けるし、「母の背中で聞いた歌を」とか「子どもの頃に歌った」とかいう歌詞も、何かなつかしいような印象を与える。

■僕には個人的に、2番の、魚釣りしている少年の描写が唐突に感じられる。1番を歌った後だから、もう旅に出ていて海辺にやってきたのかな、と思っていると、この主人公は、今から思い出を作るために砂で“さよなら”と書くというのだ。

■まあ、あまり細かいところをほじくり返して批判するのはやめよう。とにかく、
「あ~あ~~~、にほんのお~どこかにいいいい」
とサビが始まったら、もう全て帳消しさ。くーーー、いいね。このリフレイン!

■このリフレインが終わって、
「いいひ~~たびだち~~」
となると、ベースが半音ずつ下がって、(移動ドで)ラソ#ソファ#と1小節ずつ降りてからファソと上がるが、その時にレミファソソソファ(母の背中で)のメロディーとの間に連続8度という和声学上の禁則の進行が起きる。これを「どうしたもんじゃろのう?」と思ったが、一応オリジナルに従った。その他、前奏間奏及び後奏も全て山口百恵の映像の雰囲気をなるべく生かしながら編曲した。
■ちなみに、こうした曲の著作権は、過去の演奏会でもみんなハラダがJASRACに届けてくれているので、心配しないでくださいね。

■山口百恵の映像にすっかり魅せられて、興奮して階下に降りてきて、妻に、
「いやあ、山口百恵って凄えんだよ。あれは天才だね!」
と言ったら、
「あら、あたしこの間会ったわよ」
「へ?」
「谷保駅の近くのセブンイレブンでレジに並んでいたら、あたしの前の前に並んでた!全然気が付かなかったけど、百恵さんが買って帰った後、レジのおばさんが『百恵さんよ』と言ったの」
「およ??」
「普通のおばさんだったわよ」
やめろ!夢を壊すな!

■そういえば、僕はあまり国立の街を徘徊しないので一度も遭ったことはないのだが、妻は昔からよく会っていたという。スーパーの紀伊國屋とかサエキとか・・・要するにお買い物の時だね。
■サエキは百恵さんの家からすぐだ。今の一軒家に引っ越す前に僕たちが住んでいたマンションは、百恵さんの家から歩いて10分くらいだった。それが、国立のはずれの谷保に引っ越してからは、ほとんど会っていないそうだ。昔は、会ったらすぐ分かったって言ってたがね・・・・。

ええと、何の話だっけ?
女神からフツーの主婦になった人の話・・・うんにゃ、違う!
女神山口百恵は永遠です!

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© HIROFUMI MISAWA