コロナ・ウィルスと愛の関係

三澤洋史

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■スキー場に雪がないのと、新型コロナ・ウィルスの蔓延は、無関係ではないような気がする。ただそれは、いわゆる「神からの天罰」ではないと思う。神様は、そんなことにいちいち関わって意図的に罰を与えたり、反対にご褒美を与えたりはしない。

■その点に関しては、キリスト教よりも、むしろお釈迦様の説き方の方が分かり易い。すなわち“因果の法”だ。
世界的に著名な物理学者でありながら、思うところあって東京カテドラル関口教会の助祭を務めている三田一郎氏は、ある時、ミサの説教でこう述べた。
「世界には法則というものがあって、それは数式に表すことができます。その数式は本当に美しいのです。こんな美しいものは神様にしか作れません。神様は法則を創造し、それをこの世界にゆだねたのです」
■世界は、クールに“因果の法”に従って動いているだけで、いちいち細かいことを神様は「ちょっと懲らしめてやろうかな」とか、さじ加減で天罰を下したりしない。だから災害に遭って、
「神様はどうしてこんなむごいことをお許しになるのだろう?」
と嘆くのは見当違いだ。
■天変地異も疫病蔓延も因果応報ということだ。いや、もしかしたらクールではないのかも知れない。地球そのものにもし意識があったとしたら、地球は激しく傷ついているかも知れない。物理的に“環境として”傷ついているのみならず、もしかしたら精神的にも・・・だからといって地球さんが意図的に嫌がらせをして災害を起こすわけではない。身体の傷が自然に治るように、地球の自浄作用だ。

■大宇宙に意識がある。それは愛そのものであり、全ての被造物の目的も愛の成就にあると僕は信じている。その考え方からすれば、今の世界は、その真逆の価値観に支配されている。
■政治的に見ても、大国の元首は、アメリカのトランプ大統領に始まり、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、韓国の文在寅大統領、北朝鮮金正恩最高指導者と、みんな内向きでエゴイスティックな政策を取り、我が国の安倍晋三総理大臣も、経済最優先を掲げながらアメリカに追従している。
■イラクを中心とするイスラム教国ではISを中心とした過激派組織が、キリスト教的資本主義と激しく対立していて、先日もアメリカとイランとの間で、全面戦争にすらなり兼ねない状況を作り出していた。
■こうした負の想念が、愛の完成を目指している宇宙を・・・そして地球を日々傷つけているとすれば、地球が身もだえしても不思議ではない。それどころか、もっと大きな天変地異が明日我々を襲うかも知れない今日この頃である。

■でも人は、具体的に自分に降りかかって来ないと、無関係で無責任のままでいる。いや、現実に自分に降りかかってきている最中ですら、それと自分の生き方と結びつけて考えられない。台風19号があれだけの被害をもたらしたとしても、普段の災害対策が不充分だったのだと、むしろ他人を責めている。
■確かに、3.11で原発が水素爆発を起こしたのは、お前の生き方が間違っているからだ、と言われても困るかも知れない。ましてや、津波の被害で亡くなった人が悪い人間で、助かった人が良い人間という決めつけは、むしろ宗教としてはやってはいけないことだと思う。そこに神様を持ち出して、天罰などと言うのは卑怯なやり方だとすら思う。

■ただ、もっとジェネラリーに考えてみよう。宇宙が目指す愛の成就という目的に対して、人類全体があまりにも正反対に生きていて、まるで高速道路の逆走のような状態を引き起こしているとすると、各地で大事故が起きても不思議はないのだ。
■その場合、大事故に遭う人は、逆走している本人である可能性もあるし、巻き込まれた犠牲者である可能性もある。これは人には分からない。まさに「神のみぞ知る」だ。
■でもね、はっきり言えることはひとつある。それは、みんなが正しく道路を走行しているならば、逆走による事故がおきる可能性は限りなく少なくなるし、巻き込まれる可能性も同じように少なくなるということだ。
■僕自身も含めて、人間というのは誰しもみんな少しずつエゴイスティックなものだし、厳密に言ったら罪を犯さない人などいない。ただ、ふたつの場合だけは、そのささやかな罪とは次元が違う。
■ひとつは、意図的に人を貶めるとか略奪するとか、長い間に渡って執拗に物理的及び精神的に危害を加えるという、意図的な悪を行うこと。もうひとつは(こっちの方がもっとやっかいなのだが)、自分に対して、また他人に、あるいは大自然に対して、少なからぬ罪を犯していながら、本人に全くその自覚がない場合。
■まあISなんかだと、自覚がないどころか、むしろそれが使命感となっているではないですか。でもね、理由は何であれ、結果的に他人を敵と思い、その敵を殺すことで、同じ人類であるのに相手の人生を破壊するという行為は、それ自体が、愛の成就を目指す大宇宙の目的からすれば逆走なのだ。
■その意味では、この地上に戦争や戦闘状態が存在しているだけで集団逆走状態であるし、その影響が日本にまったく降りかからないと、誰が断言できようか。

■新型コロナ・ウィルスの蔓延は、中国だけの問題ではないのだ。日本で仮に感染が広がらなかったからといって、
「死人が出たのが中国だけで良かったね!」
と思考停止してはいけないのだ。
■その一方で、今後もし日本で広がったとしても、それを発祥の中国だけのせいにして、一方的に責めたり、ましてや中国人を差別や迫害したりすることなどもってのほかだ。いや、すでに現実に、日本に旅行に来た中国人がマスクを買い占めているのを、冷ややかな目で見ている日本人が少なくないだろう。

■現代は、ビジネスの世界でも、中国とのコラボなしではあり得ないだろう。国交断絶というのは現実的ではないだろう。中国の安い労働力で部品を作らせて儲けるだけ儲けておいて、リスクが生まれたら、はいさよなら、というわけにはいかないほど、世界は互いにつながっているだろう。
■今、原発事故で生まれた汚染水を海に流すなんて話をしているが、そこで困るのは、福島近隣の風評被害を心配する漁民だけではないだろう。海の向こうの国が必ず、
「おいおい、なんてことするんだ!」
と言うだろう。日本だけの問題ではないだろう。

■すべてのことは、単に物理的につながっているだけではなく、魂の世界でもつながっているのだ。だから、オーバーに言えば、ここで自分がどう生きているかということが、遠い外国に影響を及ぼしている可能性があるのである。自分の中のちょっとした弱さや罪が、自分の知らないところでつながっているのだ。
■別の観点から「つながっている」ということを見ると、たとえばね、今年の冬が異常に暖冬だということは、単にスキー場の経営が大変ということだけでは済まないと思う。この暖冬は、我々の目に見えないところでいろいろ困ったことを、すでに引き起こしているし、これから引き起こすことになるだろう。だから、今後思いもかけないところで、その影響を見ることになるだろう。
■こんな風に、空間的にも時間的にも、全てがつながっている。もっと極端に言ってしまうと、全ての魂も、自然も、全部元はひとつ。神の体なのである。

■いずれにしても、僕たちは凄い時代に生きているのだ。でもそれは・・・もしかしたら・・・我々人類が、もうひとつ前に進み、新たな認識を持って新たなステージに到達するための“産みの苦しみ”であるかも知れないのだ。
■教皇フランシスコはこう言い切った。
「カトリックの神などというものはいない」
つまり彼は言いたいのだ。存在しているのは創造主だけだ・・・と。創造主は全宇宙の創造主なんだから、カトリックだけ守るわけないだろう。そこに思い至ってみれば、キリスト教とイスラム教とが戦うとかいうことが、いかに愚かなことかが分かる。

■そして僕は、さらに加えたい。「神は愛である」という言葉は比喩ではないし、ロマンチックな言葉ではない。事実だ。しかも、それは、もの凄い哲学的な命題であると同時に、驚くほど単純な現実であり事実なのだ。

■つまり僕が誰かに愛を感じるとする。そこには創造主の息吹がかかっているのだ。反対に僕が誰かを憎むと、創造主の息吹は僕から離れて、僕からエネルギーが失われる。あるいは僕の中に負のエネルギーが生まれる。
■つまり創造主とは、どこかに、
「はい、私が創造主です」
と居るようなものではなく、大宇宙に充ち満ちているエネルギーそのものなのである。
■ではどうして、この世には充ち満ちていないかというと、神は本来、この物質的世界の住人ではなく、もっと高い霊的存在だからだ。これ以上は、霊的次元論となって話せば話すほどややこしくなるので今日はやめておくが、要は、僕もあなたも、純粋な愛の思いを抱き、愛から出る行為を日常生活の中で行えば行うほど、世界は浄化され、自然もあるべき姿に戻って行くということだ。

イエスは、こう言った。
「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイによる福音書第5章44節)
この意味分かる?これはね、自分から愛のエネルギーを出すことで、“負の連鎖”を断ち切り、世界を“愛の連鎖”に好転させよ、ということなのだ。
■最近分かったのだけれど、キリストの言った言葉ばかり集めてみると、教会で説いているキリスト教の教えと随分違う。キリストは徹底的な博愛主義者で、生き方も無欲で質素で謙虚で、徹底的なプラス指向だった。僕たちが見習うべきなのは、本当はその点なのだ。なにもキリスト教徒になる必要はないのだ。

■ひとつだけお願いがある。
瞞されたと思って、一日に一回だけでいいから、心の中であるいは実際につぶやいてください。
「世界が平和でありますように」
と。
■必ず効果があります。その結果、ただちに“因果の法”によって、あなた自身にも具体的な何らかの効果をもたらします。それを体験として感じてください。

もっといろいろ書こうとしたけれど、今週はこれだけに絞ります。

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© HIROFUMI MISAWA