ジョン・コルトレーン John Coltrane(Tenor Sax)
ブルー・トレイン Blue Train    Blue Note ST-1577    TOCJ-6404

奇蹟のアルバム
 ジョン・コルトレーンは、このレコーディングが行われた1957年の頃、一時的にではあるがマイルス・ディビスの元を離れていた。その間に、まるで一時の浮気のように、このコルトレーンをリーダーとするアルバムがブルー・ノート(ジャズの名盤を沢山作り出しているレコード会社)から生まれたのである。そのいきさつを語ると長くなるが、とにかくこれは奇蹟のアルバムである。

 ジョン・コルトレーンが最初にマイルス・ディビスのグループに入ってきた1955年(僕が生まれた年、あ、関係ないか)の秋には、
「なんであんな下手なサックスを入れたんだ!」
とリーダのマイルスがみんなに非難されたそうだ。それがわずか2年ほどの間に驚くべき成長を遂げた。その秘密は何か?それは新人の発掘とその教育の天才マイルスの功績以外にはない。マイルスって本当に偉大なんだ!僕が世界で最も尊敬する人の内のひとり。

 そんなにマイルスを褒めているのに、どうしてマイルスのアルバムを紹介しないのか不思議に思う人もいるだろう。それは、マイルスの音楽はしばしば難解で、ジャズの入門にはあまり向かないと思うからだ。それに比べてこの「ブルー・トレイン」は、とってもオーソドックスなジャズっぽいジャズなので入門にも最適。しかも名盤中の名盤ときているので、皆様に是非お薦めしたい。
って、ゆーか、最近CDを買って、今i-Podで一番聴いている曲なんだ。

 ジャズというのは、だいたい数人でやるのが一般的だ。決まっているのは十数小節(時には数十小節に及ぶ)のテーマと、それについているコード・ネームだけ。テーマで始まって、各ソリストがアドリブをする。一回りするとまたテーマで終わる。アドリブは、テーマのコード進行に基づいて即興的に行われる。二度と同じ演奏は出来ない。つまりジャズの演奏家というのは、演奏者であると同時に作曲家でもあるのだ。これがジャズの基本。

 このアルバムでは、コルトレーンのテナー・サックスの他に、トランペットのリー・モーガン、トロンボーンのカーティス・フラー、ピアノのケニー・ドリュー、ベースのポール・チェンバース、そしてドラムスのフィリー・ジョー・ジョーンズの六人が演奏している。コンボ・ジャズでは多い方だが、それだけにひととおりの楽器を味わうことが出来る。

シーツ・オブ・サウンド
 コルトレーンのサックス奏法は音が多い。よくシーツ・オブ・サウンド(響きのシーツ、あるいは敷き詰められたサウンド)と呼ばれるが、それは一息の中に出来るだけ多くの音を演奏する奏法だ。それが本当に発揮されるのはモード奏法においてなのだが、ここでもひとつのコードの中で、彼だけが細分化された和音を驚くべき早さで奏でる場面が随所に見られる。その音の洪水に身を任せているだけで楽しい。

地下鉄の中で
 アルバム5曲中、4曲がコルトレーンのオリジナルだ。コルトレーンの他に最も光っているのは、カーティス・フラーのトロンボーン。これにはいきさつがある。
 録音の前日、地下鉄でコルトレーンはフラーにばったり会った。
「よう!」
って感じで気軽に声を掛け、明日レコーディングすることを告げると、フラーは極度に不機嫌になり、
「なんで俺を誘わないんだ。」
とゴネ始めた。
「じゃあ来たら。」
とコルトレーンが言って急遽加わったんだ。なんていい加減な。でもそれでこれだけの名演が出来ちゃうんだから、ジャズってのは面白いよ。
 
 フラーのソロは、確かなテクニックに裏付けられていて、フレージングもきれい。このアルバムでも非の打ち所がない。

 トランペットのリー・モーガンは、わずか18歳の時にディジー・ガレスピーに見いだされた若き天才。このアルバムでもまだ20歳そこそこ。ガレスピー、クリフォード・ブラウンの流れをくむ正当派バカテク、ハイノートびんびんのハード・バッパーだい。
 大天才クリフォード・ブラウンが、わずか25歳で自動車事故で夭逝した後は、ブラウンの後継者と言われたけれど、独立してリーダーになってからはパットせず、期待倒れに終わってしまった。しかし、ここでは最も素晴らしい姿を見せている。
 天衣無縫、天真爛漫、やんちゃ坊主丸出し。時にふざけ過ぎだが、それも許せるほどの鮮やかな腕前。

 その他、ブルースの魂を秘めつつ華麗なテクニックを披露するケニー・ドリューを初めとしてリズム楽器奏者達の充実感は比類なきものだ。
 みんな自由に振る舞っていながら、見事に統一されたカラーでアルバムが仕上がった。こんなことは本当に稀なんだ。オーバーに言うとジャズ史における一大事件だ。

BLUETRAIN(John Coltrane)
 ブルー・トレインって夜行列車のことだよね。コルトレーンはトレーンとみんなから呼ばれていたから(スペルはColtraneTrainとは違うけれど)、ブルーな(憂鬱な)コルトレーンと引っかけている。
 これはEs-Durのブルースだ。ブルースというのは、12小節でCFCCFFCCGFCCというコード進行を持つと決まっている。それはあたかも俳句が五、七、五と決まっているようにだ。勿論バリエーションは沢山あって、ブルー・トレインでも最後の4小節はDmGCCなんだけれどな。
 テーマは、どこから見てもEs-mollなんだけど、アドリブが始まるといつの間にか長調に変わっている。この短調だか長調だかよく分からないのがブルーな感じでいい。元々ブルー・ノートといって、ジャズでは、ミとシが半音下がった音階を使用する。
 ブルー・トレインではミディアム・テンポに乗って、各自がリラックスしながら緊張したプレイを披露している。

MOMENT'SNOTIS(John Coltrane)
 速めのテンポ。メロディーとコード進行が洒落ていて素敵な曲。Es-Durの曲だが、いきなりサブドミナントから始まって、Es-DurとC-mollとの間をさまよう。通常の16小節の倍の32小節に、属音上のバスの上に繰り広げられる6小節が変則的に追加、さらにブレイクが2小節あって、合計40小節の曲。コルトレーンの作曲の腕もたいしたものだが、アドリブ・ソロもオーソドックスで実に良い。
 トロンボーンのフラーを初め、ブレイクの時に各ソリストがちょっと気の利いたフレーズを演奏する。

LOKOMOTION (John Coltrane)
 アップテンポのB-Durブルース。ただし12小節のブルースだけでなく、AABAの形式をとり、Bの部分は8小節。つまり12+12+8+12で44小節の曲だ。短いモチーフから曲は成り、12小節中最後の4小節はコルトレーンのアドリブみたいなもの。さらにBの8小節に至っては、全部アドリブみたいで、これでテーマって言えるのって感じだ。
 その代わり、ソロはみんなゴキゲンだよ!リー・モーガンに渡る時、長いブレイクの中で彼がするソロが素晴らしい。彼のソロは饒舌だが、ここでは無駄がなく楽想も冴えている。ケニー・ドリューのブルースもいいなあ。最後にフィリー・ジョー・ジョーンズが格好良いドラムソロをとる。
 テーマに戻って、終わる前にコルトレーンをフィーチャーしたイカしたコーダあり。

I'MOLD FASHIONED(Kern-Mercer)
 Es-Durスロー・バラード。しかしコルトレーンのソロは甘くない。もうちょっとやさしく出来ないの、とも思うが、しっかりした音でがっちりテーマを吹く。それを言い訳するようにフラーのソロが甘く響き渡るとやっとホッとするよ。ケリー・ドリューのソロも素敵。意外と詩情に溢れて良いのはリー・モーガン。やるね、若いの!で、このまま終わってしまう。あれ、コルトレーンに戻らないの?
 でも全体を聴き終わって思ったのは、コルトレーンのソロが甘くなってしまったら、全体が締まんなくなってしまうので、これでいいのだということ。もしかしてそれを見越していたとしたら、コルトレーンって良いリーダーかもって思った。

LAZYBIRD(John Coltrane)
 最初の8小節のメロディーを基本にAABAの構成を持つ曲。G-Durだが始まるとすぐにEs-Durに転調するし、Bの部分のサビも転調を繰り返すので調性感が希薄。とは言え、全体の印象はシンプルかつロマンチックな雰囲気を持つ。
 リー・モーガンがメロディーを受け持ってそのままソロに突入。コルトレーンのソロは、変な意味ではなくて、実に正統的でマトモ。よどみなく溢れ出てくる楽想。それを支える確かなテクニック。神格される前に普通の意味で優秀なテナー・サキソフォーン吹きなんだなあとあらためて実感させられた。ドラムソロの後、習慣に従ってテーマに戻るが、本当に上品で良いテーマだね。

表面的な甘さより・・・
 コルトレーンって多分とても大きい音の持ち主だったのだと思う。僕はいつも全力投球し過ぎるコルトレーンの音がこれまであまり好きではなかった。彼の音は甘くないのだ。 しかし最近では、表面的な甘さより、一見冷たく聞こえる彼の中に静かに流れる内面的なやさしさに気がつき始め、これにハマッている。人間もね、表面的にやさし過ぎる人は、かえって信用できないよね。朴訥なコルトレーンは、我々が失いかけている何かに目覚めさせてくれる。

今こそコルトレーンかもな。

2006.3.28

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