マイルス・デイビス・コーナー

スケッチ・オブ・スペイン
 i-Podで聴くために、昔レコードで買ったアルバムをCDで買い直している。最近の復刻CDには、ボーナス・トラックとかいって、かつてレコードに収められていた曲の他に、余計な曲が入っていることが多い。それは編集にあたってお蔵入りとなった別テイクだったり、カットされた曲だったりする。マニアにとってみれば嬉しいのだろうが、ほとんどの場合、無用の長物だ。

 だいたいアルバムというものは、それそのもので完結している世界だ。制作する方も、それぞれのアルバムに個別のコンセプトを投影させている。曲目の順番も、どの曲で始まるか、どの曲でA面を終わってどの曲でB面を始めさせるか、といったことに配慮している。その配列にマッチしないために、出来が良くても割愛された曲もあるだろう。

 マイルス・デイヴィスが編曲家ギル・エヴァンスと組んで作り上げた「スケッチ・オブ・スペインSketches Of Spain」というアルバムにも、レコード制作時にお蔵入りされた曲があった。先日買ったCDには、それが収められている。で、聴いてみて笑ってしまった。

 元々「スケッチ・オブ・スペイン」には、有名なロドリーゴ作曲のアランフェス協奏曲第二楽章を先頭にして、残りはスペイン情緒溢れたギル・エヴァンス作曲の作品が四曲入っている。これはアランフェス協奏曲の雰囲気の発展であり、タンゴやフラメンコなどが持つ独特の息詰まるような精神が表現されている。
 ここにおけるギル・エヴァンスの才能たるや、他に追従を許さないものがある。メロウで上品なギルのサウンドをマイルスも好んでいたという。そのサウンドに乗って繰り広げられるマイルスのインプロヴィゼーションときたら、もはやジャズとかクラシックとかいうジャンルを語ることが無意味なくらいだ。マイルスのトランペットは、ほの暗い音色を持っていて、ストレートでメロディーを吹いても味わいがあり、惚れ惚れするほどリリカル。マイルスがトランペットを吹くと、その合いの手にハープがパリンと鳴る。マイルスのソロが入ることをあらかじめ予測して、ギルが仕掛けていたのだ。こういうやりとりが絶妙。

 特にアルバムの最後を飾るSOLEAという曲のマイルスのソロは圧巻だ。緊張と弛緩。攻撃性と癒し系。全てが自由自在に演奏されながら、聴き終わってみると全て計算されていたのかと思えるような見事なソロ。
 スペインの音楽は、ペレス・プラードの「闘牛士マンボ」もそうだけど、基本的にミファソラシドレミのフリギア旋法を使う。ソは場合によってシャープになったりならなかったり。だからこれはフリギア旋法(モード)によるモード・ジャズなのだ。
 曲の配列も、ゆっくりなアランフェス協奏曲から、不思議なリズムを持つWill O'The Wispやトランペットのファンファーレが鳴り響くSAETAを通って、SOLEAに流れ込んで終わると、その統一性に驚く。学生時代、このアルバムをレコードで買った時は、聴き終わるとまた最初から聴きたくなって、何度でも聴いたっけ。

 ところが、そんなギル・エヴァンスへの尊敬も、ボーナス・トラックを聴いて、一気に失望に変わってしまった。SOLEAのすぐ後に入っていたのは、名プロデューサーとして有名なテオ・マセロによってお蔵入りされたSong Of Our Countryという曲。これがとんでもないしろものだったのだ。しかもこの新CDのために書かれた英語のライナー・ノートによれば、ギル・エヴァンス自身は、この曲が気に入っていて、「スケッチ・オブ・スペイン」の中に収めたがっていたという。ライナー・ノートを書いたフィル・シャープという人は、
「だけど、この場合、スケッチ・オブ・スペインというよりはスケッチ・オブ・ブラジルだし、ロゴリーゴというよりはヴィラ・ロボスじゃないか。」
と書いている。

 そうなのだ。他の凝縮されたスペイン音楽の世界とは全く相容れないおおらかな音楽。マイルスのソロも伸びやかで、曲の出来自体は悪くはない。でも、これをもしこのアルバムの中に本気で入れようとギル・エヴァンスが思っていたとしたら、彼の感性を疑うね。 マイルスは、元来自分の録音が終わると、それがどのように編集され、どのように使われようと、いっこうに興味を示さなかったというから、あまり彼には罪はないが、
「これ、他の曲と合わないんでねえの?」
くらいは言って欲しかったよ。
 さて、そうなると、こうしたアランフェス協奏曲以後のアルバムの出来は、やっぱり、プロデューサーとしてテープを切り貼りしていたテオ・マセロが鍵を握っていた事が証明されたわけだな。

 そのSong Of Our Countryの後、CDジャケットには、ボーナス・トラックとして、「アランフェス協奏曲(Part One)、(Part Two Ending)」と書いてあった。僕はちょっと勘違いをしてしまった。元のアルバムに入っていたのが、アランフェス協奏曲の第二楽章だけだったので、
「もしかして、ひょっとかして、このPart Oneって第一楽章のこと?Part Two Endingって第三楽章のこと?いくらなんでもそんなことねえよな。」
と、思いながらも、それでもひょっとしてという感じで買い、本編はすっ飛ばしてドキドキしながらPart Oneから聴いてみた・・・・・。
 出てきたのは「カルリ・カルリ・カルリ・カルリ・・・パラリーーーー!」といつものハープの高音とカスタネットの開始。畜生、やられたぜ!単にNGとなった第二楽章のテイクじゃねえか。マイルスのソロもプスーッと息の音が多くて、採用されたテイクの味わいに遠く及ばない。聴きたくねえよ。こんな出来の悪いテイク!

 マニアだったら、一度はNGテイクも聴いてみたいと思う気持ちもあるだろうが、せっかくプロデューサーがアルバムを完璧に作ろうと、テイクを選り分け、NGとしてお蔵入りしたものを、わざわざ物置から引っ張り出してくることないだろう。だったら「マニア向けNG集」とか、別のCDにして売ればいいのに。こういうの、はっきり言って迷惑です!

2008.9.21

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