Bayreuth 2001

三澤洋史 

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7月24日(火)
 今日は12時から、僕が編曲した「お墓参り演奏」(Grabsingen)の為の金管合奏の練習に行ってきた。「お墓参り演奏」とは、毎年バイロイト音楽祭の初日の朝に、ワーグナーのお墓の前で合唱団が何かを演奏するのだ。昨年まではミッケルセンという、ここでアシスタント・コンダクターをやってる人がその為のアレンジを一手に引き受けていたのだが、今年からは来ていないので、何故か僕がやることになった。

 編成は毎年違っていて、昨年はホルンのアンサンブルが伴奏してくれたし、今年はトランペット5本、トロンボーン3本、チューバという金管アンサンブルだ。曲目はまず金管アンサンブルがバッハのコラールを演奏し、次いで合唱団がヴェルディの「主の祈り」というアカペラの曲を歌い、最後に合唱と金管アンサンブルで、マイスタージンガーの冒頭の合唱を演奏する。
 僕のアレンジは、そのマイスタージンガーだ。フル・オーケストラを金管アンサンブルだけの為に編曲し直すわけだから簡単ではない。第一金管楽器だけだと音色がみんな似てるから、旋律を受け継いでいく場合の音色の変化をどう表現していったらいいか随分迷った。トランペットがただ5本もいるというのはいかにも芸がないので、僕はこれを2本のC管と3本のB♭管トランペットという2つのグループに分け、それぞれに交互に旋律を受け持たせた。

 オーケストラのインペクのゲルテル氏はトランペット奏者でハノーファー音楽大学の教授だ。彼にそのグループ分けの話をしたら、
「それはいい考えだ。あのね、僕がとても音の柔らかいD管トランペットを持っているから、それで最初のグループを吹こう。そうすればB♭管とかなり音色の差もでるし、変化もついて単調にならなくてすむ。」
 そんなわけで、ここ数日間その編曲にとりかかっていた。今日はいよいよ僕の書いたスコアが音となって陽の目を見る日だ。ああ、ドキドキするよ。
トランペットの楽屋に行ったら、彼等はもうとっくに集まっていて、バッハのコラールの練習をしていた。僕が来るとすぐにそれを切り上げて、僕を真ん中に立たせ譜面台を設置してくれた。

 僕の指揮で練習が始まった。う、うまい!自分の書いた楽譜からまるで嘘のようにきれいな音が流れてくる。これがバイロイト祝祭管弦楽団の金管奏者の実力か!特にドイツの管楽器の上手な人達って音がとても上品で美しくて、旋律線もデリケートに出るし、何よりもまろやかで全く威圧感がないのにボリューム感があって、およそ「ラッパ」というがさつな呼び方とはマッチしないのだ。
 バランスを整理して、誰が今主旋律でイニシアチブを取るべきかを説明し、テンポが動くところだけ確認すると、たちまち仕上がってしまった。きれいなブラス・アンサンブルってパイプオルガンのような音がする。

 ゲルテル氏は僕の編曲をとても気に入ってくれて、
「素晴らしいよ、この編曲。金管楽器の特性をよく知り尽くしているね。」
と言ってくれた。僕は中学生の頃、ブラスバンド部でトランペットを吹いていた。だからトランペットの事に関しては特別くわしいし、金管楽器全体に関してもそれなりの知識を持っているのだ。でもまさかこんなところでそれが役立つとは思わなかったなあ。まあ、でも褒められると悪い気はしないな。



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