Bayreuth 2001

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

8月8日(水)
 バイロイトから西へ車で30分くらい行ったところにSans Pareilという場所がある。これはフランス語でサン・パレイユと発音して「比べるもののない」という意味だけど、ドイツ人達はドイツ語読みにサンス・パライルなどと発音する。ここにはバイロイトのマキシミリアン辺境伯婦人ウィルヘルミーネが作らせた石造りの教会と、有名な「岩の庭園」がある。


バイロイト~サン・パレイユ
(画像クリックでGoogleMap表示)

 この一帯は岩が多くフランケン地方のスイスと言われているが、その岩を使って庭園を造ることをウィルヘルミーネは思いついたのだ。庭園といっても通常のヨーロッパ庭園とは違って、日本のような自然を生かしたものだと思っていい。森の中に岩場があってどことなく陰気な雰囲気が漂っている。今にもトロルやグノームなどの妖精、妖怪達が木陰から顔を出しそうだ。

 Sans Pareil というフランス語の命名はベルリンのフリードリヒ大王が、ポツダム王宮をSan Souci(心配事のない)と名づけたのに似ている。ウィルヘルミーネはフリードリヒ大王の妹だから、さもありなんという感じだ。  

 この「岩の庭園」の一番奥にNatur Theater (自然劇場)と呼ばれる、石造りの建物の廃墟跡を劇場に仕立て上げたところがある。ここで毎年夏の間お芝居が行われる。今日はそこの「ドラキュラ」というミュージカル風の芝居を見た。
 数日前から妻が来ているのでレンタカーを借りて地図を頼りに行ってみたのだ。彼女がバイロイトに着いてすぐにプレイガイドに行ったら、もう売り切れ寸前だった。結構人気あるんだ、と意外に思っていたが、行ってみたらこれがメチャクチャ面白かったのだ。

 ストーリーはとても簡単で、いわゆるドラキュラ物語をちょっとひねったものなのだが、ドラキュラ自身は舞台には登場しない。それがかえって恐怖をあおるような形になって興味をそそった。加えて、なんにも仕掛けをすることが出来ないような素朴な舞台なのに、随所にあっと思うような工夫を凝らしながらストーリーをつないでいく演出家の力量に僕は舌を巻いた。
 たとえば、ちょうどあたりが暗くなる頃に、(ほとんど野外なので外光プラス控えめな照明で公演を行っている)牢獄の場面になり、俳優が松明を持って登場し、数ヶ所に松明を設置する。それはその後場面が変わってもそのまま置かれる。だんだんあたりが暗くなるごとにその松明による本物の炎は舞台上でますます効果を増し、岩場やあたりの森の雰囲気とあいまって我々に原始の感覚を呼び起こすのだ。
 演出家はUwe Hoppe (ウヴェ・ホッペ)という。なんでもバイロイトにあるピアノ製作所のシュタイングレーバーにある小劇場で、毎年バイロイト音楽祭の開催時期と平行して、ワーグナーにちなんだ面白い劇をやっているという。

 あまり期待していなかっただけに、(失礼)思いがけない収穫に僕はとても幸せな気持ちになった。もし読者の中に運良くバイロイト音楽祭のチケットを入手できた人がいて、音楽祭を見るためにバイロイトに数日間滞在していたら、合間にこのような周辺の催し物に参加することをお奨めする。
 上演する方も音楽祭に来ている観客をターゲットにしているのでレベルは決して低くないし、ワーグナーの大掛かりな楽劇とはまた一味違った楽しみが味わえる。

 公演後は、もう真っ暗になった長い「岩の庭園」の道のりを再び歩いて帰らなければならない。不安になっていたらドイツ人の観客達は心得たもので、みんな手に懐中電灯を持っている。一行に混じってなんなく駐車場まで辿り着いた。これもまた雰囲気満点で、「ドラキュラ」を観た後のひんやりとした夜の森は僕をわくわくさせた。日本では到底味わえない世界だなあ。



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