Bayreuth 2001

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

8月13日(月)
 今日は、名古屋のアマチュア・コーラスの「モ-ツァルト200合唱団」のメンバー達がバイロイトに遊びに来た。といっても勿論日本から直接バイロイトを目指して来た訳ではない。
 実はミュンヘンを中心にした演奏旅行の計画が昨年からあって、合唱団員は僕に「もしかしてバイロイトの本番の合間を縫って演奏旅行の指揮をしてもらえたらいいのにな。」と密かに期待していたのであるが、事はそううまくは運ばなかった。
 僕はこの時期バイロイトに缶詰になっていて離れるわけにもいかず、彼らは仕方なくミュンヘンに住んでいる別の指揮者を立てて演奏会を行っているのである。そして演奏旅行の中日、ミュンヘンから電車を乗り継いで数人のメンバーが僕のいるバイロイトを訪れたという訳だ。

 11時24分のインターシティーでバイロイト駅に着いた彼等は、列車から降りるなり進行方向の丘の上に聳え立つ祝祭劇場にみとれ、それをバックにみんなで写真を撮り始めた。僕が迎えにいってるというのに見向きもしない。僕がそばに行って後ろから「おおい!」って行くとびっくりして振り返り、「あっ!先生だ、本当だ!」って驚いていた。
 旧市街を案内してまず新旧の宮殿を見せてから、あらかじめ彼らの為に僕が予約しておいた「オイレ」というレストランに連れて行った。オイレはドイツ語でフクロウという意味で、たいていの旅行ガイドには乗っているバイロイトの名物レストランだ。
 ここは昔からバイロイト音楽祭の音楽家達の溜まり場になっていて、その音楽家達と話がしたい常連客なども加わって毎晩賑わっているのである。店内に入ると歴代の名歌手や指揮者達の写真が沢山飾ってあって雰囲気満点だ。

 僕は肉とかあまり食べたくなかったので鮭の料理を注文しようとしたら、みんなもそれを注文した。やっぱり彼等も日本を離れて数日経っているのでコテコテの料理に飽きていたらしい。「オイレ」はドイツにしては味も量も上品で繊細である。僕もみんなに付き合って久しぶりにここの味に触れた。
 みんなはヴァイツェン(小麦)ビールや地ビールを昼間から飲んでいた。僕も飲みたかったが、みんなが帰った後夕方から「神々の黄昏」第二幕以降で仕事しなければならないので我慢した。

 「オイレ」で一同大満足してから、ストリート・ミュージシャンなどを冷やかしながら目抜き通りをワイワイ歩いて、ワーグナーが晩年住んでいたWahnfried(妄想の平和)に辿り着いた。
 ここは、現在ではワーグナー博物館となっている。僕は、数日前からみんなを案内する為にいろいろ準備していた。インターネットでワーグナー関係のホームページを検索し、彼の生涯や作品との関係などについて資料をあさり、プリントアウトして片っ端から頭に叩き込んでいたのだ。
 そしてすでに昔から知っているような顔をして、年代順に展示してある各部屋をみんなに説明してあげた。みんなとても喜んでくれた。自分で言うのもなんだけど結構良いガイドだったと思うな。ほとんど一夜漬けだけど・・・・。

 その後、バスでいよいよバイロイト祝祭劇場に向かった。劇場が見えてくるとみんな興奮していた。ちょうど「神々の黄昏」が始まるところだったので、盛装した人たちが劇場の周りをシャナリシャナリと歩いていくのをポカーンと見ていた。
 バイロイト音楽祭では、開演の15分前から5分ごとにバルコニーで金管のファンファーレが演奏される。メロディーはその作品によって違うし、幕ごとも違う。15分前は一回、10分前は二回、5分前は三回演奏して、その辺を散歩している人達に開演を知らせるのだ。
 そのファンファーレを劇場の正面からバルコニーを見上げながらみんなで聴いた。団長はやたら感心していた。
すぐに僕に向かって、
「今度の9月の終わりにある我々の演奏会、開幕前にオケに頼んでうちらもファンファーレやらない?」
と言い出した。

 それから一行は劇場の裏手にある僕の家に向かった。一同は、僕が近くて素敵な家に住んでいるので驚いていた。団長は僕の大好物の名古屋名物えびせんべいの「ゆかり」を持ってきてくれた。僕はコーヒーを沸かし、「ゆかり」をみんなで食べた。なつかしい名古屋の味がした。
 そしてひとしきり歓談した後、再びバスで駅まで向かい、みんなとさよならをした。帰ってきたらすぐ僕はピアノの練習をした。「神々の黄昏」は先ほどみんなが開演のファンファーレを聞いたとおり4時から始まるが、2時間にも渡る第一幕では合唱は入っていないので、声出し練習自体が6時半から始まる。
 この演目は僕の管轄だ。声出し練習の伴奏も、照明塔からのフォローも、舞台裏からのカゲコーラスの指揮も僕が一人で行わなければならない。ここのところちょっと体調を崩していて、ずっとピアノをまともに弾いていなかったから、弾き始めてみたら手が他人の手のように感じられた。ちょっとあせった。でも今年は、ピアノを自分の部屋にレンタルで入れたのが正解だった。いつでも好きな時に練習出来るのだ。



Cafe MDR HOME


© HIROFUMI MISAWA