Bayreuth 2001

三澤洋史 

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8月22日(水)
 昨夜のクリニクム演奏会から一夜明けた。演奏会で疲れていたのでたっぷり睡眠をとろうと思っていたのに、神経が高ぶっていていつもより随分早く目が覚めてしまった。さわやかな早朝。

 合唱祭が終わり、クリニクム演奏会が終わると、僕にとって、バイロイトの夏は、もう終わったようなもの。ほとんどの劇場では、来シーズンの練習が始まっているので、3回目の「ニーベルングの指輪」が回っている間は、僕達クリニクム組以外の連中はみんな本来所属している劇場に帰っている。もうそれぞれの「現実」に戻っているんだ。
 
 この時期になると毎年なんとなくバイロイトには物悲しい雰囲気が支配している。「夏は終わり、宴は過ぎ去る。」って感じ。僕もちょっぴりセンチになっている。何故かと言えば、この静かな隠遁生活が終わると、新国立劇場を始めとした、いわゆる「日常生活」が僕を待っているからだ。でも、勿論それも僕の大切な「現実」。日本には家族もいるし、そこに帰っていかなければならないのだけれど・・・・。

 クリニクム演奏会の当日というのは意外に時間を持て余してしまう。ピアノの練習も難しいところはとりあえずさらったし、練習しても指慣らし程度で充分。いまさらあせっても仕方がない。本番会場に行く前に劇場の合唱練習場で軽い合わせ稽古をしようという約束になっていたけど、それは夕方6時半から。
 そこで僕は果てしなく長い午後の時間を漫然と過ごす代わりに、何か価値のある「別の事」をしようと思い立ち、映画館めざして自転車を走らせた。こんな時は肩の凝らないものがいい。折りしも、僕が以前ドイツ語の勉強の為に原語で読んだことのあるケストナーの少年文学「エミールと探偵たち」が映画化されて上演されていた。

 映画館に入ろうとしたらまだ開場時間になっていなくて、大勢の子供達が前でワイワイ言いながら待っている。
「ゲゲッ!この子達もしかしてみんなエミールを見にきたのか?会場の中うるさそう!」
と思っていたんだけど、扉が開いてみんなが殺到していったのは、「ジュラシック・パーク3」の方で、エミールの方には誰もいない。
 結局エミールのお客は、僕とあとは2組の母子達だけ。教育熱心な母親といかにも「おりこうさん」という雰囲気の子供の組み合わせ。僕を合わせて合計でたったの5人!駄目だよ、ドイツ人なんだからケストナーの少年文学知らなきゃ!目先の派手なものばかりにみんな殺到してしょうがねえな、全く!

 ケストナーの文学は、大体戦前のベルリンが舞台となっていて、現代ではあまり受け入れられない「貧困」というテーマが盛り込まれている。昔からベルリンという街は普通のドイツの街とは随分風情が違っていた。
 僕は最初に留学したのがベルリンだったから、ドイツってみんなこんな風かと思っていたが、ベルリンを支配しているのは大都会の退廃であり、殺伐とした雰囲気であって、たとえばここバイロイトのようなのんびりとした素朴な空気とは正反対である。
 ベルリンはドイツの中でもかなり特殊な街である。特にその特殊性は、第二次世界大戦以後の冷戦時代に、パンク、ネオナチ、売春、麻薬、人種差別など様々な悪徳を培養させる温床となって極端なところまで発展していった。
 加えてベルリンには若き日の僕の苦労した思い出の数々がしみついている。初めて経験した外国生活で様々なカルチャーショックを受けながら一歩一歩努力していったかつての日々が、ベルリンを思い出す度に蘇ってくる。もちろん楽しい日々も沢山あったけれど、その留学生活のあと果たして音楽家として「食っていける」のかどうかも分からなかったし、とにかく無我夢中で頑張るしかなかったガムチャラな時期だったのである。
 だから今でも僕には「ベルリン大好きー!」とノーテンキに言い切れないところがある。とは言いながら同時にやっぱりベルリンは僕の第二の故郷でもある。そんな風に屈折しているのが、僕のベルリンに対する感情なのだ。

 映画は僕に我を忘れて没頭させるほど、「ベルリンの街」というものそのものを表現していた。観終わって僕は、やっぱり自分はベルリンを愛しているんだと思って嬉しくなった。  
 動物園駅、崩れたままの皇帝ウィルヘルム祈念教会、ドーム、アレキサンダー広場。ベルリンのいたる所を子供達が駆け回る。ラップの音楽に乗って。スケートボードや携帯電話といった現代の武器が、オールドファッションの原作を飛び切り新しいものに変えた。 
 まずしい母親とエミールとの2人暮らしという原作の設定は、人は良いんだけど甲斐性がなくて奥さんに逃げられてしまった父親との2人暮らしに変えられていた。原作にはないベルリンの子供探偵団の親玉ポニー(女の子)との淡い恋というのもちょっと胸がキューンとなった。クリニクム演奏会が終わったらベルリンに行ってみようかな。

 さて、僕たちが単純にクリニクム演奏会と呼んでいる「バイロイト病院の慰問演奏会」は、僕にとって今年は3年目。ここではいつも気持ち良く演奏できる。お客さんの大半は、この病院の入院者。彼らがとても温かいのだ。それにこの演奏は放送に乗って各病室で聴かれているという。このホールに来られないベッドに寝たきりの人たちにも届いているわけだ。
 なんとなく人の役に立っているって感じがするが、ちょっと心配もしている。ヴェルディのアリアなんか病室で流したら、重病人なんかもっと病状が悪化して危ないんじゃないかとも思う。

 演奏はまあまあ自分としては良く弾けたかな。なんか僕が東京からバイロイト音楽祭の為だけにわざわざ来ているというのが聴衆に受けているらしい。曲の間に毎回スピーチが入ってね、
「演奏するのはソプラノ誰々、ピアノはヒロフミ・ミサワ!」
って言うと毎回会場から「おお!」って声があがる。で僕に対する拍手が多い。

 そこでオリバーがやきもち焼きはじめた。彼は演奏会が終了した直後に僕のところに来て、
「なんか、この演奏会Hiroばっかり拍手を浴びてさ、公平なローテーションじゃあなかったよな。僕ちょっと気分悪い。」
と言い放って帰っていった。当然打ち上げにも出なかった。
 彼はとてもおとなしい奴なんだけど、実は内面では人一倍プライドのある音楽家だったのだ。ピアノのテクニックは僕よりもあるので、僕なんか彼の前に行くと正直言ってかなり気後れがするほどなのだ。
 でも彼の作る音楽は焦点が集まっていなくて、彼がどういう音楽をやりたいのかっていう点が希薄なのである。加えて僕は、自分が担当したアンサンブルに対しては責任を持って練習をつけてあげるので、歌手達は直談判で僕のところに伴奏依頼をしに来る。

 この演奏会は僕とオリバーの二人でやることになっていた都合上、僕ばかりみんなの伴奏をするわけにはいかない。結局うまく割り振って不公平にならないように取り計らったつもりだったが、演奏会が始まってみると、別に僕の方が受けやすい曲ばかり選んだわけでもないのだけれど、結果として僕の方が聴衆の人気をさらっている。
 オリバー伴奏の曲では、全体の仕上がりが何故か地味になってしまい、人を惹きつける魅力に欠けるのである。聴衆はそういうことには敏感である。拍手の勢いに当然差がついてしまう。それが彼にとっては面白くなかったのである。

 でもさあ・・・でもさあ・・・だからって怒る事はないよな。ここまで来るまでの間にどうにもやりようがあったじゃないの。
「曲、変えてくれ!」
って言ったって良かったしね。
 演奏会やってて仲良くなるんだったら大歓迎だけど、演奏会後になんかおかしくなるのって嫌だね。喜んでいるところに冷水ぶっかけられたって感じだよね。おかげでさ、演奏会後のレストランでの食事が少しまずくなったよ。
 まあ、あんなにおとなしい奴でも、こういうことをはっきり言うんだね。日本人にはないな。日本人は、後でカゲで悪口言うとか、陰険に意地悪するとか・・・それより分かりやすくていいや。

 クリニクム演奏会の後は毎年同じレストランでの食事に招待される。この演奏会は慰問の意味も兼ねて、完全にボランティアであり、一銭もギャラはもらわないのであるが、終演後の食事だけは特別で、小さいみずうみに囲まれた素敵なレストランで何でも好きなものを食べていいのである。夜遅かったのにスープ飲んで魚料理を食べた後、アイスクリームまで食べちゃった。け、血糖値が心配!

 ブリュッセルに住んでいるハンガリー人のチャバっていうバリトンは、もうずっと前から、
「お前と一緒に仕事がしたいから、新国立劇場の合唱団に雇ってくれ。」
と言ってるんだけど、昨日も僕の前に座って食事しながらしつこく言っていた。本気かいな全く?!
 チャバはギリシャ彫刻のような美男子だ。よく女性合唱団員が噂している。彼はきっととってもプレイボーイに違いないだの、いや、あれはもしかしたらホモ・セクシュアルかも・・・・。
 でも僕は思った。こういう人達を確かに新国立劇場合唱団はどんどん雇ったらいいのにな、って。日本人だけでやろうと思わないで、積極的に外国人を入れたらいいのだ。現代ではオーケストラだって外国人が沢山入っているし、プロ野球やサッカーなどスポーツの世界でも当たり前ではないか。
 今や日本人が日本人だけでどう外国人と張り合っていくかなんていう時代ではないのだ。日本人が日本人の壁を破っていくためには日本人だけの発想では限界があるのだ。新国立劇場さえOKしてくれたら、僕はどんどんバイロイトから人材を送り込んじゃうんだけどな。

 さあて、朝食はひまわりの種入りの小丸パンを食べようっと。朝食は、バイロイトに着いてから毎朝、早朝から開いている近くのパン屋に行って、焼きたての香ばしいドイツパンを食べているけれど、その生活もあとわずかで終わるんだ。



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