8月23日(木)
バイロイトの街の真ん中にシュタイングレーバーというピアノ屋がある。ここはワーグナーの時代から続いている店で、ワーグナーは2週間に一度ずつここから調律師を派遣させて、自宅(ヴァーンフリート)のピアノの調律をさせていたという記録が残っている。
ここの入り口の門を入ってすぐのところにテントを張って作った仮設の劇場がある。この劇場では、毎年バイロイト音楽祭の期間中楽しいお芝居が上演されている。内容はワーグナーの楽劇をもじったもので、演出はウヴェ・ホッペ。Sans pareilの自然劇場での「ドラキュラ」の演出家だ。
僕が最初にバイロイトに来たおととしからすでに噂は聞いていて、とても面白いという話だったのだが、今年は「ドラキュラ」で大いに楽しんだので、何としても見てみたいと思ったのだ。
わずか五人の俳優で、全てのワーグナーの作品を上演する。この正気とは思えない試みをウヴェ・ホッペは驚くべき方法で成し遂げた。狭いステージを所狭しと駆け巡る役者達。限られた空間にある数少ない小道具を使い回しして、いろんなものに見立てるやり方はSans Pareilの自然劇場の時と同じだ。
あっという間に物語が発展し、あっという間に次の作品に突入していく。そのスピード感は、ワーグナーを扱っているだけにかえって新鮮で圧倒される。
ワーグナーの作品はどれも長いが、ストーリーをエッセンスにしたならば、実はとても簡単なのだ。かえって個々の場面があまりに長い為に、物語の流れそのものを聴衆も見失っている場合が少なくないのである。
僕もこの劇を見ながら今まであいまいになっていたシチュエーションが自分の中でクリアーになったりした。たとえば「ジークフリート」で、目覚めたばかりのブリュンヒルデにジークフリートが何気なく「叔母さん!」と言う。それを聞いて僕はハッと思ったのだ。
ジークフリートの両親、すなわちジークムントとジークリンデは、共にヴォータンから生まれている兄妹の関係なのだ。一方、ブリュンヒルデの父親もヴォータンである。母親は違うので直接とは言えないかも知れないが、ジークムント達とブリュンヒルデもヴォータンを父に持つ異母兄弟と言える。だとすればジークムントの子供ジークフリートから見るとブリュンヘルデは確かに叔母さんなのである。ホッペの台本はこんな複雑な関係をサラリと言ってのける。
それにしてもコメディー・タッチでいろんな場面を茶化しながら、きちんと全ての物語の要所要所を押さえて、ワーグナー楽劇の隠れた本質を示唆してくれたウヴェ・ホッペの才能に敬服する。