Bayreuth 2003

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

7月12日(土)
 一緒に仕事していたトーマス・アイトラーは体の不調を感じ、昨日の休日の間に医者に行って見てもらったら脳腫瘍が発覚した。腫瘍は幸い良性ということだが、いずれにしても摘出しなければならない。ということはつまり手術をするんだ。なんと気の毒な奴。ブレーメンの歌劇場の合唱指揮者としてやっと活動し始めたばかりだというのに・・・。バイロイトでもよくやっていたし、みんなとも溶け込んできて良い雰囲気だったのに・・・・。
それよりこっちの現場も大変だ!フリードリヒと僕とオリーの三人でこれからどうするか考えた。重要な練習の時期は確かにすでにほとんど過ぎ去った。2人ずつ二班に分かれて練習する事ももう必要ない。大部分は僕とオリーの二人のアシスタントでなんとかこなしていけそうだ。だが「タンホイザー」と「さまよえるオランダ人」の公演中の裏棒だけはこれまでフル体制で行ってきた。さあ、その分だけはどうしたって誰かに頼まなければならない。フリードリヒは昨年まで来ていたシュテッフェン・シューベルトに頼み込んでみようかと考えているようだ。でもシューベルトは、今年は生化学のドクターを取得するための勉強と研究に追われていると聞く。
フリードリヒが言った。
「これから全部、なんていう頼み方は彼には出来ないだろうが、例の二演目の日だけ来てもらうということだったら、なんとか頼み込めばやってくれるかも知れない。」
僕は言った。
「そうだね。シュテッフェンだったら僕達も慣れてるし気兼ねなく出来るよ。」
そこでシューベルトにフリードリヒの方から頼む事となった。

 今日から再び「タンホイザー」。朝の合唱練習場にティーレマンが来た。オリーがピアノを弾いたが、ティーレマンはやはりただものではない。凄い才能だ! 上にしゃくりあがるタイプの一見分かりにくい棒だが、内にある音楽は揺るぎなく、注意はすべて簡潔かつ適切だ。合唱団はみるみる内に良くなってくる。やっぱりオペラは指揮者が良くなくちゃ。

 今日はお芝居「ホヨトホー」の初日だ。練習が5時半くらいに終わったので、自転車でWinterさんの家に行き、ディーターと一緒に軽く食事をした。Winterさんの娘のナオミもいた。いろいろ話をしている内にゲネプロの話になり、「神々の黄昏」のゲネプロ券が余っているので、ナオミにあげようかと言ったら凄く喜んだ。
Winterさんの家に行く途中、自転車で小さい石をはじいた。石はパシッという大きな音を立てて道路の脇に飛んだ。通行人もびっくりして振り向いた。気になったのでWinterさんの家に着いた時空気入れを借りた。彼女が、
「最近高いけど素晴らしい空気入れを買ったのよ。試してみて。」
と言うのでタイヤの挿入口に差し込んだら、どういう訳か瞬時にしてタイヤ中の空気がみんな抜けてしまった。
「あららら。ヤバイね、これは。」
と言って僕は再び空気入れを差し込んだが、何回試しても空気が抜けるばかりでらちがあかない。仕方がないので別の空気入れで入れたらなんなく入った。
でもその時以来この自転車なんだか様子がおかしい。とてもゆっくりなんだけど空気が抜けていくのだ。小さい携帯用空気入れをWinterさんから借りたので、いつも乗る直前に一杯にしてから乗ることにする。

 さて話は戻って、ピアノの会社、シュタイングレーバーの店先に作ったテントで催される「ホヨトホー」の公演に来るのは今年で3年目。いつも自分で切符を買っているけれど、今日はシュタイングレーバーの社長直々の招待なのでタダだ。Winterさんがとても親しくしているからだ。さすがバイロイト住民。顔が広いね。
いつもながら抱腹絶倒の2時間半だった。一晩で「さまよえるオランダ人」から「パルジファル」まで全て上演してしまうのだ。しかもたった5人で!とてもコンパクトにまとまっているので、話の筋が楽劇そのものを見ているよりずっとよく分かる。今回は「マイスタージンガー」をずっとフランケン訛りで演じていたのが可笑しかった。あまりに強い訛りなので何を言っているかさっぱり分からないが、僕は台本を最初の年に買っているので流れは分かる。確かにニュルンベルクのお話なんだから、こんな訛りでやっても不思議はないよな、と思った。周りの客達も腹をかかえて笑っていた。
公演が終わって僕達は初日のパーティーに招待された。ピアノ売り場をどんどん奥に入っていくと突然裏庭に出た。緑に囲まれた裏庭のあちらこちらに松明が焚かれていてとても幻想的だ。
「うわあ、ロマンチックね。」
食事はドイツらしく焼きソーセージとザウワークラウト、それにパン。飲みものはビール。シュタイングレーバーの社長、ウドー・シュミット夫妻が僕達の席に来た。夫婦揃ってとても気さくな楽しい人で人生を正しくエンジョイしているって感じがする。
瞬く間に12時近くになり、僕は酔っぱらって夜のバイロイトの街をのんびり自転車を漕ぎながら帰ってきた。そのうち自転車屋に行かないと駄目だな、こりゃ。



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