働いているという訳ではないが、決して忘れてはいけないのは花田夏枝さんの存在だ。二年前、新国立劇場での「ローエングリン」の立ち稽古の時、通訳としてあのフランケンなまりの強いヴォルフガング・ワーグナー氏の言葉を一語漏らさず訳すのに、一同舌を巻いたものだった。それもそのはずで、彼女はプライベートな意味でもワーグナー家と親密なのだ。特に夫人のグートルン・ワーグナーと仲が良く、日本人でバイロイト劇場に顔パスで入れるのは花田さんぐらいだろう。彼女はちょうど夫人がヴォルフガング・ワーグナー氏と再婚した頃、バイロイトに合唱団員として入ってきた。夫人が言うのには、当時新米同士でお互い助け合ったのだそうだ。
花田さんの戸籍上の名前は、Natsue von
Stegman(ナツエ・フォン・シュテークマン)と言って、ギムナジウム(高校)教師をしているシュテークマン氏の夫人であり、今年も演出助手でバイロイトに来ているマティアス・フォン・シュテークマンのお母さんでもある。住まいはミュンヘンにあって、何かというとひょこっとバイロイトに現れる。