Bayreuth 1999

三澤洋史 

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7月1日(木)
 こちらに来て始めての休日。寝坊してやるぞと思っていたら、なんといつもより早く目覚めてしまった。今まで言うのを忘れていたけれど、僕の一日は、毎朝向かいのパン屋で焼きたてのパンを買うことからはじまる。ドイツのパン屋は朝6時ぐらいから開いている。ドイツ人は朝食にフレッシュなパンを食べるのが常識なので、朝早くからパン屋の周りには車が止まったりして人が賑わっている。僕は一人なので小丸パンを二つだけ買う。気分に応じてそれが胡麻付パンになったり、ういきょうの実入りパンになったりする。コーヒーを煎れて、パンにバターをたっぷり塗る。ジャムを重ねて塗ったり、まわりに胡椒の付いたサラミを乗せたりして食べると最高。今朝は特に釜から出したてのアツアツのパンだった。ああシアワセ!
 朝食が済んで、テレビでニュースを見たりして少し落ち着くと、僕はスーパーマーケットに行った。夜の集まりに備えてビールを買う。500mlのビンが20本入っている箱ごと買って手で運ぶが、重くてアパートに着くまでに途中で何回も休んだ。
 それから中心街にバスで出る。なんてったって時間があるもんね。練習の合間に走り回って買い物をするのとはわけが違うよ。石畳の舗道にスタンドの店が建ち並んでいる。鳥の丸焼きを売る店。チーズとハムの店。花屋。それらをひやかしながらのんびりと通り抜け、本屋に入る。買うわけでなく好きな本をただいたずらにめくっては次の本へと移る。どうだい、ざまあ見ろ、休日だい!
 本屋から出たらいきなりマリーに出くわした。何してるの?と聞いたら、「散歩さ。」と答えた。少したったら今度はオッペンアイガーに会った。
 「おいマルクス!さっきマリーに会ったぜ。」
 「おれはヴィーデブッシュに会ったよ。」
二人でしばらく立ち話をしていたら向こうの方からなんとフリードリヒが歩いて来るではないか。なんだ、合唱アシスタント全員街に繰り出したって事か。みんな考える事は同じなんだな。

 結局そのままブラブラしているうちに時間が過ぎて家に戻り、晩になった。井垣さんは車で料理の為の1セットを持ってきた。岡本君と僕はビールを飲みながら、手伝うような手伝わないような感じで井垣さんがテンプラを作るのを見守っていた。井垣さんが言うのには、マリーは毎年「さまよえるオランダ人」の亡霊の合唱に命をかけているそうだ。亡霊の合唱は、本舞台からかなり離れた合唱練習室にマイクロフォンを立てて、ライブで拾って会場に流すと言う。生音の全く届かない所でモニターだけを頼りに指揮をするのが、この道何十年のマリーの役目なのだ。彼はこの役目だけは絶対誰にも渡さないらしい。そういえばこの間僕の練習に乱入してきた時も亡霊の合唱だったわ。納得。もうひとつ思い出した!一度マリーが僕からピアニストの役目を奪った事があったけれど、それも「さまよえるオランダ人」だった。そうかあ、マリーはオランダ人を人の手に渡したくないんだな。でもバラッチはそれを知りながらかどうか分からないが、全く関係なくローテーションを組んでいる。マリーってなんかかわいいね、と井垣さんと話していたら、横で岡本君がケタケタ笑っている。
 井垣さんが言ってたけれど、僕とオッペンアイガーの二人でやった初心者稽古、結構評判良かったんだって。あれで僕の印象が随分良くなったらしい。ちょっぴりうれしい。
 三人の語らいは話題の途切れることなく果てしなく続くと思われたが、明日また10時から夜の9時までみっちり練習が入っている事に気がついて、二人はシンデレラのように日付の変わる直前にそそくさと帰って行った。楽しかった。僕も久しぶりに日本語をしゃべりまくった。酔っぱらっているし、少々疲れたのでもう何もしないで寝る。ああ、リフレッシュした良い1日だった。明日からまた頑張るぞう!



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