Bayreuth 1999

三澤洋史 

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7月4日(日)
 今日は女性が休みの日。男性は、10時から1時まで本舞台で「トリスタンとイゾルデ」第一幕をやる組と、「ローエングリン」の初心者稽古の組とに分かれた。僕はマリーと一緒に「ローエングリン」組にいる。細かくつっつくと、まだ音の怪しい所が沢山見つかる。そんな時はピアノでポンポンたたいてやる。

 昼休みが3時間あったので、岡本君の誘いでレストラン・ゾンネンホーフに行った。イギリス人のピーターと、シンガポール人のメンが同乗して岡本君の車でバイロイト郊外の森を抜け、麦畑と遠くの丘を眺めながら隣村のオイベンに着いた。村はずれのゾンネンホーフは、昨年と同様のどかなたたずまいを見せながらも、沢山の客で賑わっていた。昨年はハクセを食べたけれど、今日はここのもうひとつの名物料理であるウィーン風カツレツを食べよう。フライドポテトとサラダを付け合せにして、レモンをたっぷり絞って口の中にほうばる。薄いカツレツだが、肉はやわらかく衣が芳ばしくてなんとも形容し難い。周りの客達の飲んでいるビールが、畜生!おいしそうでたまらないんだが、まだ練習があるのでやめとく。せめてガス入りのミネラルウォーターの炭酸の刺激で我慢しよう。

 午後4時。ローエングリンの立ち稽古。パパーノはとても気さくで、誰とでもdu(親しい間柄でだけ言い合う、君という言い方)で話し合う。僕も仲良くなった。彼のことをアントニオともトニーとも呼べるし、彼も僕をヒロと呼ぶ。バレンボイムがトリスタンの練習の合間を縫って遊びに来ている。いろいろパパーノにアドヴァイスをしている。彼もおとなしく聞いている。やっぱり可愛がられているんだなあ。ワーナーは相変わらず稽古場を走り回っている。練習はどんどんはかどっていく。やっぱり凄いよ、こっちの演出家って、みんな。好みや趣味の問題はともかくとして、それぞれが頭の中にドラマに対するはっきりとしたヴィジョンを持っていて、それを実現する為の方法論まで確立している。いい人達と仕事するのって気持ちいい。

 午後7時バラッチの合唱音楽練習。みんなもう疲れている。バラッチもそれを察して、9時までの予定が8時過ぎに終わった。
 家に早く帰れたので、ご飯を鍋で炊いてみた。日本のガス台のかわりにこっちでは電気の丸いプレートが熱せられるので、使い方を知らないと失敗するのだが、昔ベルリンに留学していた時に妻がやっていた火の加減を思い出して恐る恐るやってみる。バンザーイ!うまく出来たぞ。軟らか過ぎもなく、焦げもせず、芯もないぞ。でも米がまずいなあ。やっぱりスーパーの米はいかんなあ。井垣さんが言っていた旧市街の近くのアジア食料品屋に行っておいしい米を仕入れてこよう。それでもね、先日井垣さんが置いていったカツオ節を醤油と一緒にかけて食べると、ああやっぱり自分は日本人だい、と胸を張りたくなる。ご飯は日本の心です。二杯目はちょっと洋風にハムエッグで食べる。醤油を少々かけるだけで立派な日本食になってしまう。残りはおにぎりにしてサランラップに包む。こうしておかないと空気が乾燥しているのでバリバリに硬くなって食べられなくなってしまうのだ。かつてのベルリンでの経験がいたるところで役に立っている。満腹になって落ち着いたら、ふと家族は今ごろどうしているのかなあと思った。おやおや早くもホームシックかい?第一、時差があるから日本は明け方さ。みんな寝ているよ。不思議だよね、時差があるなんて。地球が丸いなんて。そして宇宙にポッカリ浮かんでいるなんて。



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