Bayreuth 1999

三澤洋史 

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7月9日(金)
 今日はアクシデントの連続だった。10時からの第二幕の通し稽古の最中に、ゼンタ役のディーナーの後ろの壁が突然倒れてきて、彼女はその下敷きになってしまった。一瞬あたりがものものしい雰囲気になってみんな舞台の上に駆け上っていく。僕もその瞬間を見ていたのでドキドキしていたが、彼女はすぐに立ち上がった。壁はそう重いものではないらしく、ケガはなさそうだ。でも相当ショックを受けているらしい事が傍で見ていてもよく分かる。話に聞くとディーナーは妊娠4ヶ月だそうだ。大事に至らなければいいが・・・。
 練習はその事によって長い間中断され、再び始まってもディーナーの姿はなかった。アシスタント・コンダクターがオーケストラピットから歌い、演技は演出助手の女の子がやっている。第二幕の終わりまでどうしてもいかないと後の予定がつまっているので、1時までの練習が20分くらい延びた。
 終わって合唱アシスタントの控え室に帰ってくる途中、バルサドンナが何処から聞いてきたのか「午後の3時からの練習はなくなった。それと5時~8時の練習は変更になって、6時~9時になった。」と言う。僕はそれをてっきり信じてしまった。午後の時間が突然あいたので、昼寝をしたり、知り合いにFAXを送ったりしてのんびり劇場に戻るとバラッチに会った。 
 「結婚行進曲のフォローはどこでしますか?」
 「もう終わったよ。」
 「はい?」
 「練習は5時から始まったんだ。」
 「ええ?でも僕は6時に変更になったと聞いたのですが。」
 「言ったのはバルサドンナだろう?」
 「はい。そうです。」
 「それはあいつが何か聞き間違ったのだ。でも大丈夫。今練習は中断している。テクニカルに問題が発生してなおしている最中だからあわてることはない。結婚行進曲はオーケストラ・ピットの中に合唱団が入ってやる。まあ少し休んでいなさい。」
 なんだなんだ一体どうしたのだ。バルサドンナの奴、許さないぞ!とにかく僕は舞台の様子を見に行こうとカンティーネの前の廊下を歩いていると向こうからマリーがやって来た。
「我々は昔の教訓を思い出すべきだね。イタリア人を決して信じちゃいけないという教訓をね。」
 彼もバルサドンナの事を信じたのだが、ちょっと不安に思って5時ちょっと前に来てみたら、みんなが居たのでびっくりしたそうだ。

 塔に行ったらオッペンアイガーとバルサドンナが居た。僕を見るなりバルサドンナは
 「ヒロ、ごめん。この通りだ、本当にごめん。」
と平謝りになっているので、もうそれ以上強い事は言えない。
 「大丈夫だよレナート。バラッチにも会ったし。でもどうして間違ったんだい?」
 「おかしいなあ。そう聞こえたんだけどなあ。」
やっぱりマリーの言う通り、こいつはつまり正真正銘のイタリア人っていうことか。

 その後がもっと悪かった。休憩の時、カンティーネの前にオッペンアイガーと二人でいたら、バラッチが「オッペンアイガー!ちょっと話がある。」と言ってきた。見ると真っ赤になっている。ヤバイととっさに思った。かなり頭にきてる証拠だ。向こうの方でバラッチは、オッペンアイガー相手に怒鳴っている。凄い剣幕だ。しばらくたって戻ってきたオッペンアイガーに「どうしたんだい?」と聞くと、「もうどうもこうもないさ。」とすっかりいじけている。
 つまりこうだ。オッペンアイガーは、バルサドンナの情報が嘘だと分かった時に、僕に知らせなければいけないと思ってくれたそうだ。でも電話番号が分からないので、事務局のタウト女史のところに事情を話しに行った。そこに運悪く、ヴォルフガング・ワーグナー氏が通りかかり、情報が錯綜する問題が合唱セクションで起こっているらしい、何?三澤が時間に来ないと?一体何をやってるんだ?という風に問題がどんどん大きくなっていってしまったらしい。きっとバラッチは、その事でワーグナー氏に何か言われたんだろう。オッペンアイガーめ、余計な事しやがって、という感じで戻ってきたのだ。オッペンアイガーもなんか気の毒だなあ。タイミングが悪かったんだ。彼はここに来てからというもの、やる事成す事ついてない。



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