Bayreuth 1999

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

7月14日(水)
 バルサドンナは奥さんに赤ちゃんが産まれそうなので、バラッチの許しを得てブリュッセルに帰って行った。
 いよいよパルジファルの立ち稽古が始まった。演出助手のシュテファン・ヨーリスは、ソロのパートをきれいなテノールの声で歌いながら、合唱団員の動きをてきぱきとさばいてゆく。動きのきわめて少ないスタティックな舞台だが、合唱が登場する神殿の場面は、本舞台に乗って照明が入ると見違えるようになると思う。僕の脳裏には昨年のテレビ録画撮りの日々が蘇ってきた。
 静かな行進曲に乗ってゆっくり歩くだけなのに、右足と左足を反対に出したりして間違えるドジな団員が居る。

7月15日(木)
 11時からフリードリヒがパルジファルの初心者男性の稽古をつける。僕とオッペンアイガーで交代でピアノを弾いた。でも練習が終わった時、フリードリヒはオッペンアイガーを呼び寄せて、
「お前、そんな弾き方じゃ役に立たないよ。お前のはねえ、最初から最後まで常に安定しないんだ。テンポも和音も何もかも・・・。もっときちんと弾けよ!」
と言う。うわあ!シビアだなあ。
 オッペンアイガーはすっかりしょげかえっている。後で僕と二人きりになった時、
「オレもう自信なくしちゃったよ。」
と僕にこぼした。
「でもいいさ、もうすぐ終わるんだ。バイロイトは僕にとっては辛い所だったけれど、沢山の事を学んだ事は事実だし、自分の劇場に帰ってそれを生かせばいいのさ。きっともうここには二度と来ないと思うよ。」
かわいそうなオッペンアイガー・・・・。
 この劇場のソリストの稽古ピアニスト(コレペティトア)の中には、何人かすごくピアノのうまい人達がいる。また、ベルリンからやって来たマイヤーや、フランクフルトから来たローランドのように、立ち稽古や舞台稽古をきちんと振れる指揮者もいる。アシスタント達もみんなそれなりに選び抜かれているってわけだ。そうした中でオッペンアイガーのように間違って入って来ちゃったような者は、別に誰がいじめるわけでもないけれど、結構随所で辛い思いをする事になる。こっちの人達はみんな思っている事をはっきり態度に出すから、良くない時の反応もダイレクトなのだ。やはり厳しい世界ではある。



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