Bayreuth 1999

三澤洋史 

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7月25日(日) バイロイト音楽祭初日とGrabsingen(墓碑前演奏)
 Grabsingenは、Grab(お墓)とSingen(歌う事)という言葉の通りワーグナーのお墓の前で演奏する行事である。
 毎年音楽祭の初日の朝、ワーグナー博物館のヴァーンフリートの裏にあるワーグナーのお墓前で、合唱団と金管楽器奏者達が何か演奏することになっている。いかにもワーグナー聖地バイロイトらしいしきたりだ。よく日本の劇場では初日に神主を呼んで御祓いをするが、向かう対象がどっかの神様でなくて作曲家本人というのはとても分かりやすくて良い。でもこれって本当はどういう気持ちで演奏するべきものなんだろう?「こんな素晴らしい曲を作ってくださってありがとう御座います。」と、ワーグナーに対する感謝の気持ちを持って演奏するべきか?それとも「お蔭様で初日を迎える事が出来ましたが、音楽祭が今年も千秋楽までとどこおりなく行われますように。」という願をかける行為なのか?考え始めると悩んでしまう。さらに聴衆も沢山居るから、一種のパフォーマンスの意味もあるかな?まあ、どっちでもいいかな。

演奏は午前10時から始まる。市立劇場で軽く合わせ稽古をした我々は、街の中心にあるお城の裏庭の公園をぞろぞろと長い列を作って歩いて行った。
 みんな昨晩の疲れが取りきれていないで眠そうな顔をしている。あくびをしている者も少なくない。Grabsingen は相当な音楽祭通しか知らないはずなのに、お墓の近くにはもう沢山の群集が集まっていた。
 演奏が始まった。最初に金管楽器奏者達がルネサンスの金管アンサンブルの曲を美しく吹いた。続いて合唱団がブルックナーのモテットをアカペラで歌った。指揮は勿論バラッチ。
 その後、合唱団インスペクターのリヒャルト・ロストによるスピーチがあった。驚いた事に、お墓の前なのに来年から国からの助成金がカットになる話題などに触れている。それを聞いていたら、さっきの僕の「どういう気持ちで演奏するべきか。」なんという疑問などどこかに飛んで行ってしまった。全く死者を揺り起こす事なんかを平気でするよ、ドイツ人ったら。
 スピーチの後は「ローエングリン」第一幕の「お祈りの合唱」だ。
周りの群集も雰囲気作りに一役買っていたと思われるが、全体としてとても厳粛で身が引き締まるようなひとときだった。現地で解散になったけれど、みんな去り難いのかしばらくそこに留まっていた。
 さあ、いよいよ初日の幕が開く。でも全行程からするとまだやっと半分にさしかかったところだ。まだまだ先は長いな。



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