休日

三澤洋史 

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休日
 どしゃぶりの雨の中、フランスパンを持って歩くのは辛い。バス停から家までのわずかな距離なんだけど、紙袋の中に雨が入ってきてパンが湿ってしまったらどうしようと気が気ではない。保存の為のビニール袋をわざわざ入れてくれるんだったら、雨の日はもうそれで包んでくれよ。親切なくせにちょっと気が利かないな、サンメリー!

 実はここ何日か娘と二人暮らしをしている。家内は「実家に帰らせていただきます。」と家を飛び出して行ってしまった・・・というのは嘘で、長女志保の面倒を見にパリに行っている。この時期、新国立劇場は演目の谷間で、合唱団はこれから20日間くらいの秋休みに入る。僕はこの時とばかり別の合唱団の練習に行ったりしているんだが、それでも仕事は夜だけなので日中は結構暇。だから炊事、洗濯、掃除、なんでもやっている。バイロイトで一人暮らししていた僕は全然苦にならないんだ。それどころか、夏の間もずっと練習と本番に明け暮れて、夏休みなんか1日もなかったから、こうした生活は逆に新鮮。
 クラリネットに燃えまくっている次女杏奈は、一週間後にちょっとした本番があるので、授業前の朝練だと言って、とんでもない早い時間に起きて朝食を一人で食べて、学校に出かけていく。僕は自分のお昼の分のご飯を少し余分に炊いて夜に残しておき、材料を買っておく。夕食は、それを使ってどちらかが作る。

 今日は8日金曜日。珍しく1日オフ。午前中はシーケンス・ソフトのSinger Song Writer 8.0 でいろいろ遊んでみる。以前買ってきた親切な攻略本を使う。その本に従って今風の曲を作っていくと、その過程で自然にこのソフトの可能性が探れるようになっている。おかげでかなり分かってきたぞ!
 でも手本になっている音楽が僕の感覚と離れているので、作れば作るほど、「ああ、僕の曲って、みんながナウい(失礼、死語)って褒めてくれるけど、作風は完全に30年遅れているな。」と思ってメゲてしまった。和声を頭に描きながらメロディーとバスのラインを同時に作って、それから対旋律をあてはめて、なんていう堅固な作り方があまりに昔風なんだな。今の音楽はもっと感覚的なのさ。
 こうしたとまどいは、たとえばブラームスがリヒャルト・シュトラウスの音楽に触れて感じる不安感と似ている。勿論、このやり方で僕だって僕なりのものは出来るだろう。でも、それが新しい世代の人達が受け入れてくれるようなものになるかどうかは自信がないな。まあ、僕は何も無理して一番新しいシンセ・ミュージックを作らなければならない必然性はどこにもないんだけど・・・・。

 お昼食べてから、少しだけピアノに向かってドイツ・レクィエムのスコアと戯れる。気持ちが落ち着く。そうさ、僕は古い世代の人間だよ!それがどうした!って居直ってしまうわ。
 11日に東京交響楽団と東響コーラスのコンビ(つまり僕の演奏会と全く同じコンビ)でドイツ・レクィエムの演奏会があるのがとても楽しみ。指揮は大友氏。合唱指揮は栗山氏。
 僕は、今回は完全にお客様として行くのだ。スコアを頭に入れた上で演奏会に出向き、このコンビが基本的にどういう音の特性を持っているのか?といった、つまり・・・言い方が悪いんだけど・・・僕なりに「エディットする前のデフォルトの状態」を是非見ておきたいと思っている。もう今月中には僕のドイツ・レクィエムの第一回練習が始まるんだからね。どこからどう始めるか戦略を練らなければ・・・。みんな僕がそんな風に思っているなんて信じないかも知れないけれど、初回の練習はいつもとても緊張するんだ。

 さて、午後は雨の中バスで国立の街に出た。行く当てのない外出って気楽でいい。まず北口に行き、音楽の森(国立楽器)で楽譜や楽書を立ち読みする。鈴木雅明さんがバッハの本を出していた。ぱらぱらっとめくってみたけど、偉いなあ、演奏活動の合間にこんな研究しているなんて、と思ってとても勇気づけられた。
 それから駅前の東西書店とちょっと離れた増田書店をはしごする。結局増田で文庫本を買って、今度はドトールに入る。国立のドトールの二階三階は、窓から大学通りの銀杏の木が見えてちょっと素敵なんだ。血糖値がやや気になったけど、ブレンドのMサイズと一緒にミルクレープを頼んじゃった。ここのケーキは意外とおいしい。
 禁煙席の三階で、本を読むわけでもなく読まないわけでもなく、しばらくただ自由の時間を楽しんでいたら、雨脚がしだいに強くなってきたので、そろそろ買い物をして引き上げることとする。
 紀伊国屋に入る。全く、いいものは置いてあるけど何でも高いなあ。今日は鶏肉を使ってクリーム・シチューをしようと思っているので、材料を買う。イタリア・フェアーをやっていて、おいしそうな直輸入のサラミがあったので買ってみた。
 それから国立駅に向かって戻り、バス停近くのサンメリーでバケットと食パンを買ったら、雨はいよいよどしゃ降りになってきたのだ。紀伊国屋の袋は、中にお姉さんがビニールを入れてくれたけど、紙製なので、雨で濡れたら取っ手の部分が切れないかと心配だったし、サンメリーのパンは冒頭に書いたようだったので、バス停から家までの間に気を遣ってほとほと疲れ果ててしまった。

 少しソファーに横になりながら愛犬タンタンと戯れる。それから気を取り直してサラダとシチューを作り、放課後、飯田橋までフランス語のレッスンに行った杏奈の帰りを待った。
 イタリアン・サラミの入った特製サラダやクリーム・シチューはおいしく出来たよ。僕はギネス・ビールを飲んでフランスパンをちぎりながらゴキゲンだった。
 普通の、のんびりした休日。でも、こんなところに人の世のしあわせ感ってあるなあ。



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