フランス紀行 (食事編)

三澤洋史 

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モン・サン・ミッシェル
 ここの名物は巨大なオムレツだというが、有名なラ・メール・プーラールで食べたら高いし(オムレツだけで\3,000以上する)、食べた人はみんな味より食感だと言って誰もおいしかったと言わないのでパスした。
 もうひとつの名物はバター・クッキー。入城するや一つ買って早速味見。バターが豊富に使ってあり、香ばしくておいしい。カロリーは高いはずだけど、食べ出したら「かっぱえびせん」のように止まらない。

 昼食は、リンゴ酒のシードルを飲みながらガレットと呼ばれるそば粉のクレープを食べた。これは厳密に言うとノルマンディーの料理ではなくてブルターニュの名物。でもモン・サン・ミッシェルはブルターニュとの境目だし、文化的にはブルターニュなのだ。
 シードルは日本でも飲めるが、土地のものはかなり味が違う。リンゴの味が強くしてちょっと渋く、独特の匂いがある。志保は美味しいと言ったが、僕は一度飲んだらもう結構という感じで、次の食事からワイン専門になった。ガレットは本当にそばの味がぷんぷんする。シードルと合わせていただくと、もう土着の食べ物だな。
 夕飯はムール貝を前菜として、メインにはプレサレと呼ばれるこの地方の羊料理。ここの羊は、海辺の草を食べて育ち、潮の風味があると言われる。でも僕には潮の風味はよく分からなかった。羊の臭みはほとんどなく、逆にかなり洗練された味。それよりムール貝が新鮮でおいしかった。あさりの酒蒸しを思い出した。
 デザートにはノルマンディー名物のリンゴ・ケーキ。間の抜けた素朴な味。

キブロン
 港町なので魚料理に期待集中。ほとんど食べる為だけにカルナックを後にしてこの町に来た。港の近く、魚屋さんの隣、その魚屋さんが経営する直営レストランに入った。お客様がどんどん来る。ここなら間違いないだろう。
 最初に生牡蠣を注文した。12個入りの大皿。水揚げしたばかりの超新鮮な牡蠣。これは僕のこれまでの生涯において最もおいしい生牡蠣となった。ワインはミュスカデの白。さっぱりしていて癖が無く、牡蠣との相性は完璧。
 メインは舌平目を蒸した料理。とろけるような味。Avec pommes と書いてあったのでフライド・ポテトが付け合わせで出てくるかと思ったら、なんとリンゴを四つ切りにして煮たか蒸したかしたものが出てきた。志保はマグロが入ったグラタンを注文した。ここまで来てマグロかい?と思ったけれど、ちょっともらってみたらグラタンの味がどこにもない個性的な味。材料も新鮮だけど、それだけに溺れていないで、料理の腕も第一級。
 気が付いてみたらミュスカデを一瓶空けてしまっていた。ホテルまでの帰り道、志保が言う。
「パパ、恥ずかしいから真っ直ぐに歩いてよ。」
「そう言うお前だって、かなりヨロヨロしてるよ。」

パリ編
パン

 バケットの味は店によってかなり違う。チェーン店のポールのは小さめで堅い。僕はあまり好きではないが、これが好きで遠くからわざわざ来る客もいると聞く。
 ここのクロワッサンは芳ばしくておいしい。決め手はパリパリ感だ。バターを沢山使った方がおいしいと思うが、同時にパリパリ感を出すのが難しい。しんなりなってしまったものも結構ある。すると逆にバターを使った分だけしつこくなってしまうんだ。
 クロワッサンに関して言うと、最近は日本のパン屋もかなり頑張っていると思う。パリのまずいクロワッサンよりは、日本のおいしいものの方が断然良い。
 逆にバケットの方が日本では絶対に味わえない味と食感だ。これには湿気とかが影響していると思われる。日本でパンを置いておくとふにゃふにゃに柔らかくなってしまうが、こちらでは反対にカチカチに堅くなってしまうからだ。パン・オ・レザンのような菓子パンは、僕は日本の方がむしろ好きだな。

焼き栗
 とうとう長年の念願であったパリの焼き栗を食べた。昔、アルバイトでシャンソンの伴奏をしていた時、よく歌手達が「パリの焼き栗売り」といったような題名の曲を歌っていて、その当時から食べてみたかったんだ。
 焼き栗は、ドラム缶のようなもので焼いて、アラブ系の人達が売っている。小さいサイズでわずか2ユーロ。これにはハマッた。日本の栗と比べて黄色っぽくて、味はちょっと焼きトウモロコシのよう。かなり焦げ目がついているけれど、アツアツをふうふうしながら食べると、芳ばしくて頬っぺが落ちそう。日本の栗や天津甘栗とは別物だと思った方が良い。

ポトフ専門店
 ポトフは家庭料理なので、通常レストランのメニューにはない。僕が知っている限り、ポトフを出すレストランはパリ中でもここくらいだ。
 マドレーヌ寺院からサン・ラザール駅に向かって歩いていく途中にポトフ専門店がある。志保に連れて行ってもらったので、店の名前や通りの名前も分からないが、ここはお薦めです。[事務局注]
 最初にポトフの汁がスープとして出る。この味はうなぎのタレのように代々受け継がれているという話で、ちょっと真似の出来ない味。テーブルに置かれている赤ワインの瓶は、そこから好きなだけグラスについで飲んで良いが、飲んだ量だけ後で精算する。
 スープを飲み終わると、いよいよ中身がお皿に盛られて出てくる。こちらは出がらしって感じなので、自分でも作れそうだ。牛肉は骨のついたスジの多い部分。にんじん一本まるごと。キャベツ四分の一。ネギを長いままほぼ一本。カブ一個。じゃがいも一個。瓶に入っているピクルスをお好みでとって、カラシつけて食べる。
 こちらはまさに素朴な家庭料理の味。自分ですぐ作れそうにも思うが、味がしみている先ほどのスープがあるので、やはりそうはいかないようだ。
 [事務局注] ル・ロワ・デュ・ポトフ ( Le Roi du Pot au Feu 、34 Rue Vignon, 9e tel:47-42-37-10

演奏会編「ナクソス島のアリアドネ」
 21日は、旅行から帰ってその晩にオペラ・バスティーユでリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」を見た。オペラ・バスティーユは、オペラ・ガルニエとは対照的に超近代的な建物。内部も広く、新国立劇場のような雰囲気だ。しかし音響はかなり違う。
 新国立劇場の音響は良いとみんなが言うけれど、一方ではマイクでひろっているの?と常にささやかれているように、どう考えてもやっぱり響きすぎだなあ。特にオケ・ピットが響きすぎるので以前からなんとかしてくれと騒いでいるのだが、誰も何も動いてくれない。最近は騒ぐのにも疲れてちょっとあきらめかけていたのだが、こうやってあらためて他の劇場の響きに触れると、日本に帰ったらもう一騒ぎするべきかな、と思ってくる。オペラ・バスティーユの音響は、ちょうどあるべきものがあるように聞こえ、堅すぎず柔らかすぎず、理想的かも知れない。残響というのは長ければ長いほどいいというものではない。ここのところを勘違いしている日本人が多いのは困るな。

 さて、肝心なオペラの方はというと、良かったよ。特に指揮者のフィリップ・ジョーダンは、普通の指揮者が四つ振りするところを二つで振ったりして、フレーズを大きく捉えて確実な音楽を作っていた。それにオケのレベルは相当高い。「アリアドネ」は小編成だから一人一人のクオリティが分かる。
 しかし、なんだねえ。シュトラウスという奴は、こんなくだらねえ物語に、あんなきれいな音楽をつけて何が面白いんだろねえ。歌手達も粒は揃っていたけれど、新国立劇場だってそう馬鹿にしたものじゃないって思った。

春の祭典
 22日はシャトレ座でロンドン交響楽団演奏会。ピエール・ブーレーズ指揮。これはラッキーだった。
 最初にブーレーズの最近の作品。いつもの通り情緒のない攻撃的な作風。歳取ってもまだこんな曲書いているのかよ、おっさん!と、聴きながらかなり頭に来たけれど、若干の変化もある。以前のように完全に調的な色を否定するのではなく、たとえばひとつの音のまわりに他の音を集めるとか、調性に多少なりとも近づく事に抵抗がなくなっているようだ。

 休憩後はストラヴィンスキー特集。第一曲目は管楽器の為の交響曲。ロンドン交響楽団の管楽器奏者のアンサンブル能力をまざまざと見せつけられる。
 そしてメインは、なんと「春の祭典」だい!しかし不思議なものだ。歳を取ると聴き方が若い時とは随分変わってくる。昔ブーレーズのハルサイと言えばもう無批判にあこがれの的だったハズだ。でも今こうやって聴くといろいろ感じるよ。
 まずロンドン交響楽団って凄く上手なんだけど、結構おとなしいオケだ。それに指揮しているブーレーズも冷静なもんだから、意外と盛り上がらない。
 と言っても、ブーレーズのバランス感覚には頭が下がる。スコアの音が全部聞こえるんだ。これは信じられないことだ。だけど、全てをバランス良くさせる為に「押し出していきたい」音まで押さえる事になってしまうんだな。
 ここまできたら二者択一の世界なんだけど、時にはバランス悪くなっても「行っちゃエー!」というのもアリでしょう。でもブーレーズにはあり得ないんだ。その結果、ストラヴィンスキーの持つ原始的なエネルギーとか異教的なパワーというものは全く感じられない演奏になってしまった。別にそれでいいじゃないと言われれば反論はしませんけどね。
 僕は批評家じゃないから、客観的な評価というものはしなくていいんだ。結局ブーレーズにとって「春の祭典」というのは音符でしかないんだな。演奏は素晴らしかったし、お客は大喜びでブラヴォーの嵐だったけど、僕は昔あんなにあこがれていたブーレーズってこんなだったのか、という軽い失望を伴って、シャトレ座を後にした。

番外
 昼間、志保のアパートの近くのスーパー・マーケットの魚売り場で、今晩のおかずは魚だ、いや肉だと志保とけんかしていたら、いきなり後ろから、
「三澤さんじゃない!」
と呼び止められた。
驚いて振り向いたら、なんと松尾葉子じゃないの。
彼女は3ヶ月の文化庁在外研修でパリに来ているのだという。志保の家のすぐ近くに自炊可能のウイークリー・マンションのような所を借りている。びっくりしたあ!なんという偶然!演奏会場というなら分かるけど、スーパーだよ。買い物かごを下げてレジーにならぶ彼女の姿は主婦以外の何者にも見えなかった。ごめんね、嘘です、松尾さん!




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