無力

三澤洋史 

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無力
 ベッドの上で明け方近くまで小説を読んでひとりで泣いた。久しぶりだなあ、こんな経験。本屋で何気なく目についたひとつの本。白い表紙に薄く描かれた羽毛のところが涙の形に切り抜かれていて、青い下地がのぞいている。きれいなので手に取り、ぱらぱらっとめくってみたら、文章の爽やかさに惹きつけられた。村山由佳の「天使の梯子」(集英社)という小説だ。
 今時珍しい純愛小説だ。傷つきやすい主人公達の心理が繊細に描かれていて、罪や赦し、苦悩や癒しといった西洋的な「価値観の立体性」も併せ持っている。と言っても神様や宗教が登場するわけではないが・・・。物語がドラマチックに展開していくところなどは、オペラで大げさな表現に慣れているはずの僕でさえ気恥ずかしいほどだ。主人公の独占欲からくる嫉妬、焦燥感に触れていると、僕の心は一気に青春時代にタイムスリップしてしまった。
 あまり感動したので、その前編ともいえる「天使の卵」も買ってたちまち読んでしまった。作品は「天使の梯子」の方がずっとよく出来ている。でもいずれにしても村山由佳というこの人、美しい心とみずみずしい感性を持っている。秋の夜長にみなさんもどうですか?

 11月3日に青山の国連大学でやった「Peace & Earth~世界はひとつ。愛の力で地雷除去を支援しよう。~」のイベントの事は事前にもっと大勢の人に知らせておくんだった。実は僕自身も、どういうシチュエーションで行われる催し物だか全然知らなかったのだ。休日の正午、屋外での特設会場。六本木男声合唱団倶楽部によるオープニング・セレモニーとして僕は数曲指揮をしたのだ。羽田前首相が一番前で楽しそうに歌っていた。
 六本木男声合唱団倶楽部の指揮を引き受けるやいなや、沢山の人から「六本木やるんだってね。」と声をかけられた。こんなに影響力があると思わなかった。僕とすれば、親しい作曲家の三枝成章さんから頼まれて、断り切れずに「忙しいのであまり練習には出られないけど、いいよ。」と返事をしただけなのだ。
 でも、この合唱団、やってみると面白い。すごく上手な人と、すごく「ん?」という人とが同居していて、練習はやり易いわけではないけれど、本番近くになると、なんだかもの凄いパワーを発揮する。
 イベントでは三枝さんが地雷除去の運動の為に作曲した「ピース・ロード」が初演された。眞木準さんの歌詞もとてもいい。KOKIAというポップス歌手とジョイントの上演だった。上手な人だった。
 団内には各界で活躍するいわゆる「一筋縄ではいかない人達」があちこちにいるが、音楽に対する姿勢や、こうした運動に対する想いは驚くほど純粋だ。地雷という、最も卑劣な武器が今もなお世界に沢山残っている事を日頃から悲しく思っていた僕は、このような運動をやるのに六本木男声合唱団倶楽部や三枝成章というブランドを使用することは悪いことではないと思った。僕も微力ながら運動に協力出来たことは嬉しい。

 しかし、世界はちっとも平和にならない。アメリカでは、イラクに対して「大量破壊兵器」という偽りの大儀を掲げて先制攻撃に踏み切ったブッシュが再選した。アメリカ人のひとりひとりを責めるわけではないが、やはりアメリカ人は結果としてああいう人を指導者として選ぶのだ。それがアメリカという国であり、それがアメリカ国民の姿なのだ。それがイラクの収容所で、自分たちより劣等民族とみなすイラク兵士達を笑いながら虐待するのだ。野蛮人とは彼等のことを言うのではないだろうか?キリスト教国などと口が裂けても言ってくれるな。
 我々日本人も人のことは言えない。というより覚悟しないといけない。これからは第二、第三の香田さんが出てくることを・・・。テロリストからしっかりねらわれることを・・・。   
 自衛隊のイラクにおける活動が平和活動だとどんなに言っても、イラク人達にはもう届かない。だって、我々の本音はそうでしょう。我々は、いざとなった時にアメリカに守ってもらいたいから、だからアメリカに追従するのでしょう。だから、自分たちが独自に本当に平和活動をしたいからイラクに行ったんじゃなくて、アメリカのいいなりになってイラクに自衛隊(軍隊)を送ったんでしょう。そんなのもうとっくにイラク人は読んでる。当たり前じゃないの。きれいごと言ったって駄目なんだよ。
 我々日本人は、イラクに先制攻撃をかけて、国中の沢山の人を殺し、イラクというくにをめちゃめちゃにしたアメリカに追従する加害者なのだと、これからは僕もその罪の意識を持ち続けて生きていきます。

 ううう、今日はかなりハードな内容になってしまった。でもね、新潟の人達の事を思うとね、安穏としていられない。こんな風に机の前でのんびりパソコンに向かっていられるのさえ申し訳ないと思う。
 世界中で苦しんでいる人達の為に祈りたい。

さいわいなるかな、悲しむもの。その人はなぐさめられん

 でも、高いところからこんな事言ったって、石が飛んできそうだなあ。無力だなあ。ひとりの人間なんて・・・・。



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