「僕はただ僕の愛について語りたい」無事終了

三澤洋史 

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「僕はただ僕の愛について語りたい」無事終了
 ふうーっ!疲れたあ。でも楽しかった。これがいつも演奏会後の僕の感想。でも今回はまた格別。今までにない新しいことをやったからね。レクチャー・コンサートのようだけれど、ちょっと違うし、朗読会でもない。僕がやっていて一番近い形式というと、実は「受難曲」の上演かも知れない。
 僕はクララ・シューマンの物語を語っている。これが福音史家だ。必要なところにくると演奏が始まる。これがアリアに相当する。では場をドラマチックに盛り上げる群衆の合唱は?というと、これが映像なんだな。そうやって全てが一体となってひとつのドラマを形成していく。つまりは、僕が「ナディーヌ」というひとつの劇作品を作ったりするのと同じ事なのだ。新国立劇場合唱団から来てくれた4人のソリスト達も、普段から劇場で舞台表現に接しているだけに、こうした流れの中にスーッと入っていってくれたのはさすがだなと思った。

 こうしたことのおもしろさに目覚めてしまうと、もう譜面通りにただなぞって演奏会をやるのが、つまらなく思えてくる。勿論そんなことはないんだけど、どんな中でもクリエイティブなことは出来るんだけど、そのくらい新しいことをやるのは面白い。
 前にも書いたように、この演奏会は「ドイツ・レクィエム・ゼミナール」の副産物である。ドイツ・レクィエムのことを調べていたら、クララ・シューマンに行き着き、クララの事を調べていたら、彼女の生き方に惹きつけられ、共感を持ち、この気持ちをなんとか形にしたいなあと思い始めたのである。
 クララの生涯にシューマン、ブラームスの生き方を重ね合わせるというストーリーの構想を練っている内に、僕は、
「この三人って、三人ともなんて純粋な人達なんだろう!」
と、驚きを禁じ得なかった。
 偉大なのは、どんな境遇になっても大切なものを守り抜く意志。僕はあらためて、ドイツ・ロマン主義って凄い時代だったんだなと思った。

 今回は朗読、すなわち演じ手も僕だったが、こちらの方は少し後悔と反省が残る。台本が出来たのがギリギリだったから、アクターとして練習する時間が不足してしまった。レクチャー・コンサートのようなつもりで演奏会に臨んでしまったのだが、聴衆の前で語り始めてから、
「いっけねえ、みんな演じ手の僕に惹きつけられているぜ。」
と気がついた。
 僕がシューマンの死を語り、「女の愛と生涯・終曲」が演奏されると、早くも聴衆からすすり泣く声が聞こえる。思った以上の劇的効果に驚いたのは僕だった。曲の長い後奏に言葉をかぶせる。

  あれほど苦労して辿り着いた結婚生活。
  あんなに自分の芸術家としての活動を犠牲にして、妻として、6人の子供達の母親として尽くしたのに、さらに運命はクララに追い打ちをかけるように夫を奪ってしまいました。
なにも報われず、なんの喜びもない人生。
  神は何故彼女にばかりこのような仕打ちをするのでしょうか?

すると聴衆からのすすり泣きは益々強くなる。
「ヤベエ!こんなことならもっと練習しておくんだった。」
それからアガり始めた。その後随所で舌を噛み、言い損なってしまった。
 ここは感動的な良い場面だからきちんと話さなければ、と思う。すると聴衆の気持ちがグーッと迫ってくる。それに圧倒される。自分からそういう内容に持って行っているんだから、圧倒されてどうする、という感じだが、演じ手としての心の準備が不足していたんだな。一番良い箇所で言葉が滑りしどろもどろになったりして、その瞬間もう家に帰りたかったよ。

「泣けました。感動しました。ありがとう御座いました。」
というお声を沢山いただいた。うっ、そんなに言われるとかえって申し訳ない。みなさん、こちらこそありがとう御座いました。
 これから国立の本番に向けてなおいっそう精進してまいります。今度は伴奏者が変わって娘の志保です。7月5日に帰国するので、彼女が日本にいる間は「パリ通信」はお休みです。

 あんなにクララと近い関係にいたのに、クララの死に目にも逢えず、葬儀にも間に合わなかったブラームスのドジさ。そして自分の目の前でシューマンと一緒にお墓に入るクララを見なければならなかった彼の無念さ。
「僕たちの築き上げたシューマンの死以降の長い年月は一体なんだったんだあ!」
というブラームスの嘆きの部分の描写がちょっと充分でなかったような気がするなあ。この辺を多少手直しして、くにたち市民芸術小ホールの7月17日の公演ではもっと落ち着いてやってみたいと思います。
 だから新町に来てくれた人も、また国立は国立独自のものが出来ると思うから、また来てもいいのです。どうぞみなさん、いらしてください。

また多忙な夏が・・・
 さあ、新国立劇場では今日から「蝶々夫人・高校生の鑑賞教室」の練習が、本公演の本番を縫って佳境に入ってくる。本公演では合唱指揮者だけれど、鑑賞教室は指揮者だからね。新町の演奏会の映像や原稿の作成で時間を大幅に取られていたので、僕自身もやっと今日から本腰を入れて頑張ります。
 昨年の夏は、「ナディーヌ」と「ジークフリートの冒険」の二本立てで、よく生きていたねと思うほど忙しかったけれど、今年もどうしてどうして・・・。「蝶々夫人」を6回指揮して、国立の演奏会をやって、アカデミカ・コールの演奏会をやって、「ジークフリートの冒険」を6回指揮したかと思うと、もう休む暇もなく、次の日から「マイスタージンガー」の合唱音楽稽古が始まる。
 その間に来年から始まる新しい子供オペラのプロジェクトを秘密裏に進行させて・・・と・・・・何?・・・・その秘密裏知りたい?
 ダメダメ、まだ何も教えられませんよ。でも実は、もの凄いプロジェクトが秘密裏に進行しているんです。うふふ・・・・内緒内緒・・・・うふふ・・・・。




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