東京トホホ会正会員就任

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

東京トホホ会
 パソコン雑誌「週刊アスキー」に“東京トホホ会”というページがある。パソコンを普通に使っている者にとっては、どうしてそんなことが起こりうるのか、と思うほど、いろんなアクシデントに見舞われたトホホ者達のボヤキ&嘆きが満載している。
「ハード・ディスクがついにクラッシュした!」
「マザー・ボードから煙が・・・・あああっ!火を噴いた・・・。」
それらを、この東京トホホ会の方々はみな、
「トホホの神が降臨した。」
と言って神様のせいにするのである。
 これを読んでいた僕は、昨年初めてパソコンを自作した時、怖くて怖くて、組み立て終わって最初に電源を入れた瞬間、もしかして爆発するんじゃないかと思って、思わず飛びのいて陰から見ていた。結果的には何も起きずに無事起動したので、
「なあんだ、そんな状態になるっていうのは、よっぽど迂闊なんじゃないの。」
とすっかり安心したものだった。それからは“東京トホホ会”の記事は、半ば優越感に浸りながら対岸の火事という気持ちで読んでいた。
 ところがある日、トホホの神は僕の元にも訪れてしまったのだ。

ふとしたきっかけが・・・・
「何の不自由もなく満たされているけれど、なんだか物足りない毎日。」
ふと思った昼下がりの主婦が転落のワナにはまっていくように、この一年間何もトラブルが起きなくて、あまりにもスムースに沢山の仕事をこなしてくれていた我が自作機「ドクター」に対し、
「このままでもいいんだけど、何か変化が欲しいな。」
と思った僕は、その瞬間どうやらトホホの神の餌食に選ばれたらしい。

騒音
 愛機「ドクター」は申し分なかったが、強いて言えば唯一難点があった。騒音である。パソコンの騒音源は発熱源と一緒で、発熱を抑える扇風機の音が騒音を出す。そのワースト・ツーは、「CPUクーラのファン」と「電源ユニットのファン」だ。
CPUファンについては、僕は早めに手を打っていた。マザー・ボードと同じギガバイト社から出ている、回転数コントローラー付きの大きくて重くて高価で素晴らしいファンを使っていた。しかし電源ユニットはパソコン・ケース付属のもので、このファンがかなりうるさいのだ。
 そこで僕はビック・カメラに出掛けた。ポイントがたまっていたのでお金を払うことなく静音電源ユニットを購入。パソコンに取り付けた。

魔が差した瞬間
 その時、おとなしく電源ユニットだけ替えていれば何も起きなかったのだ。でもこういうのを魔が差したと言うんだろうな。ふと頭に浮かんだ事があった。
「そうだ、CPUのグリスを塗り替えてみようかなあ。もう随分このままで使っているし・・・。」
 自分で熱を出すくせに熱に弱いCPU(演算を行う、まさにパソコンの中枢器械)を冷やすために、クーラはまずCPUからヒートシンクに熱を逃がす。それからそのヒートシンクをファンで冷やすのである。CPUとヒートシンクは隙間なくくっついていないと熱がうまく伝導しないので、ここに金属グリスを塗るのだ。クーラをはずし、電源のコードも引っこ抜くと、まるでご神体のように奥からCPUが現れてくる。この瞬間はなんか感動的だ。

Enthüllet den Gral !
 Enthüllet den Gral !(聖杯の覆いを取れ!)
「パルジファル」の神殿で聖杯の覆いを取る時の、あの神聖なる雰囲気があたりにただよっている。僕の周りには今聖杯の騎士達が円になって取り巻いている。とは言っても、僕の横で寝そべっている愛犬タンタンには、その神々しさはどうも理解出来ていないようだ。
「ふふ、あわれな奴め。」
タンタンを横目で見ながら、僕はソケットから聖杯をゆっくりと抜き取る。手が震える。聖杯の神聖なる表面にヘラをあてる。ゆっくり丁寧にグリスを塗っていく。なるべく薄く、なるべく均等に塗らないといけないんだ。聖杯を冒涜しないように・・・。

静寂
 さて、神聖なるイニシエーションは終わり、いよいよ電源を入れる。
「うわあ、嘘みたいに静かだ!」
そこにあるのは静寂。本当に無音に近い。感動的!そこで僕は有頂天になってしまい、CPUに負担がかかりそうなアプリケーションを片っ端から起動して様子をみたが、静かなまま。本当に静か。いつものCPUファンの音も聞こえない。ん?そんなことってあるかな?ちょっと不安になってファンのコントローラーを回して回転数を上げてみようとした。上がらない!
「え、どうして?」
急いでパソコンに再起動をかけてバイオスを起動し、CPUの温度を測ってみた。

「96℃」
「なぬ?」
僕はそこに出ている数字に我が目を疑った。マジ?あり得ない数字だった。CPUは70℃を超すと要注意。80℃以上になると自分の熱によって壊れると言われる。
「一体、何が起こったんだ?」
急いでパソコンを終了し、震える手でケースを開ける。その瞬間、ボワッという熱気がケース内から押し寄せてきた。CPUファンのヒートシンクに手を触れる。
「あちっ!」
火傷した。

トホホの神、御降臨!
 原因はどうやら、グリスを塗るためファンをはずして再び取り付けた時、コントローラーの電源をきちんと差し込まないで接触不良になっていたことにあったらしい。つまりファンが回っていなかったんだ。どうりで静か過ぎると思った。そこにもってきてバンバン使ったものだからCPUの温度はうなぎ登りとなったわけだ。CPUピンチ!一刻も早く救わなくては!!しかし、ファンはあまりに熱くなっているのでさわることも出来ない。気が動転していた僕は、ファンをフーフー吹いていたが、自分でおかしくなってやめた。
「また電源を入れれば、ファンが回って冷やしてくれる。」
とも思い立ったが、それでは同時にその下にあるCPUもまた熱してしまう。
 いたたまれなくなって、僕はうちわを持ってきてクーラを全速力で扇ぎ始めた。扇風機をうちわで扇ぐなんて、なんとトホホな風景でしょう・・・・。横で妻が冷ややかに見ている。
「何やってんの?」

 温度が落ちたのを見計らってクーラーをはずした。
「うわあ、焼けた、焼けたあ!中からホクホクのCPUが出てきましたよう。香ばしそう。トホホホ・・・・。」
かくして我が愛機「ドクター」の奥深くに鎮座まします聖杯、Pentium4-2.8GHzのCPUは、神の元へ召されてしまいました。合掌。
 それだけではなかった。マザー・ボードまで熱のためにいかれてしまった。なんだかソケットのところが熱で変形していて、CPUを入れるとグラグラしている。意外ともろく作ってあるのね、ギガバイト君ったら。
こんな風にして僕も立派なトホホ者の一人になることができました。

結局高くついたただの電源ユニット
 マザー・ボードは使っていたのと同じものを買った。ドライバとか入れ直さないで済むように。今となってはひとつ前のタイプなので、一年前からみるとかなり値下がりしていた。喜んで良いのか悲しんで良いのか複雑な気分。
 CPUはちょっとだけグレード・アップしてPentium4-3GHz Prescottを買った。というか、今ではもう3GHz以下は売っていないのだ。両方で約3万円の臨時出費。ポイントを使い、ただで手に入れたはずの静音電源ユニットは、結局のところ随分高くついたよ。トホホホ・・・・。

もったいないかも
 Prescottコア・タイプのCPUは画期的性能を誇ると言うが、噂通り発熱が半端じゃない。起動しただけでもう60℃になってる。壊れてしまったNorthwoodタイプのCPUでは40℃くらいだったのに。それにCPUだけで100W以上電気を消費するという話だ。 実は、コスト・パフォーマンスを重視する僕は、それを知っていたから昨年Northwood2.8GHzでやめといたのに・・・・。いまさらPrescottを買うなんて賢い話じゃないね。DTM(パソコンでの音楽)をやっている時は、確かに役に立つんだけれど、それ以外は、こうして書類を書いたりメールしたり、たいしたことやっていないんだからね。電気代もったいないね。こんな風にトホホ者はどこまでいっても損をするように出来ているのでしょうか?

パソコンの嫉妬?
 でも僕は時々、パソコンにももしかして心があるの?と思うことがある。最近EPSONのノートを買って、Pentium M という省エネCPUでメールや書類作成を行うようになったので、「ドクター」をあまり可愛がっていなかったんだ。
 どうやらすねたんじゃないのかな?そう思ったので、更新原稿やメールを再び「ドクター」で行うことにした。これでどうやら一件落着。時々「ドクター」を「可愛いね。」と撫でてやっている。もうしばらく余計なことは考えないでおとなしく使います。電気代かかるんだけど。トホホの神よさようなら!もう来ないでね・・・・というか、これからずっと電気代がかかるのが、一番トホホなんじゃないの?

 

オケ・ピットに入って

飛車、角、金、銀抜き
 過酷な条件であることは了解済みだった。本公演が進んでいる中で、オケ練もオケ合わせも与えられずに、いきなりオケ付き舞台稽古、A組B組一日ずつで本番という考えられないスケジュールである。しかしこれ以上どうやりくりしてもオケの時間を確保できなかった。劇場側の人間として言えば、こんな条件で外の指揮者に頼むことなど失礼すぎて不可能なので、劇場内の僕が引き受けるしかなかったのである。
 与えられた14:00-19:00二日間の時間をどう使おうが「指揮者の自由」とは言っても、ダブルキャストの歌手達は、それぞれに早替えをしたりペース配分をしたりするし、劇場側も大道具の転換などあるので、通し稽古は必ず一日ずつしなければならない。
 結局最初に一時間だけオケ練をさせてもらって、通し稽古、それからダメ出しという順序でやることに落ち着いた。二日目は30分のオケ練の後、通し稽古だ。
 それにしてもパルンボの指揮にずっと慣れている東京フィルハーモニーを相手に、わずか一時間の練習で僕の「蝶々夫人」に塗り替えてもらおうというのだから、ほとんど絶望的だよなコリャア。

救世主現る
 ところが助け船は思わぬところから来た。鑑賞教室のコンサート・マスターが、オケの都合で替わったのだ。それを聞いた時、最初は何という無責任な!と思ったのだが、結果的にこれが良かった。鑑賞教室のコンサート・マスターは平澤さんが務めることになった。
 オケ練では、オケの方はいろいろパルンボの癖が染み込んでいて、なかなかすんなりいかないところもあったけれど、平澤さんがかなり救ってくれたのだ。彼はパルンボの音楽を全く知らず、しかも「蝶々夫人」は知り尽くしているし、ヴァイオリニストとしてもコンサート・マスターとしても腕は第一級という、こういうシチュエーションに絶好の人材だった。
 僕も今回は、自分のことをちょっとはほめてやりたいと思うが、平澤さんこそ賞賛に値する。みんな出来上がっているところに飛び込んで、ほとんどぶっつけ本番でよくあそこまでやってくれました。やっぱりプロフェッショナルな仕事とはこういうのをいうのです。

踊る指揮者全開状態
 なんといっても一日目の通し稽古が一番きつかった。とにかく説明は出来ないので、全て棒で表現するしかなかったから、全部の表情を全部体で表現した。ただでさえ「踊る指揮者」と言われている僕だが、踊るポンポコリン状態!まるでマラソンをしているくらい動きまくった。めちゃめちゃ疲れたよ。汗はどんどん出てきて眼鏡を濡らし、スコアが途中で見えなくなった。でも僕は意地でも「自分の音楽」がしたかったのだ。今日こそは戦いの日と思って覚悟していた。だから一カ所も手を抜かなかった。
 そんな状態での通し稽古だったが、見に来ていた畑中良輔先生は、僕を見るとニコニコ笑いながら寄ってきて、
「とても良い音楽だよ。流れているし、何よりもオペラを知り尽くしているのがよく分かる。」
と言って下さった。嬉しかった。

 なんとか二日間で自分の「蝶々夫人」が出来てきた。勿論本当はオケ練習をやり、オケ合わせをやりという手順を踏めば、もっと徹底させることは出来ようが、このシチュエーションの中では、もうこれ以上出来ないというところまで行ったと思う。戦いが終わった二日目、すなわち金曜日の晩は、家に帰ってきたら疲れ果てて、ビール飲んでそのまま気を失うように寝てしまった。

再び裏方へ
 一夜明けて土曜日。パルンボの「蝶々夫人」の最終日。僕は再び合唱指揮者に戻って、客席後ろの監督室から赤ランプで合唱団のフォローをする。ピットで指揮をしたのだから、もうこんなことをやる気が起きないのかな、などと考える人もいるかも知れないが、とんでもない!
 ピット内での指揮者は、本当の音が客席でどう響いているのか分からない。はっきり言えば、バランスは指揮台の場所が最悪だ。オケが最強音で鳴ると、もう歌手の声はほとんど聞こえないし、通常の配置と違って、下手後方に座っている木管楽器は遠くて、弦楽器とどういうバランスで鳴っているのかなど全く分からない。
 僕がよく指揮者と喧嘩する合唱のタイミングも、ピット内にいると分からない。でも僕は岡本君や佐藤君、矢澤君達を信じているから彼等の意見に従うんだ。この劇場のいつもの状態をよく知っている彼等が、
「オケが大きい。」
と言えば、そうかも知れないと思って、今自分の耳に聞こえてくるバランスから客席のバランスを推し量る。そうすると、
「この聞こえ方をしている時は、きっと客席ではこうに違いない。」
と、だんだん分かるようになる。

 合唱が遅れて聞こえていても、
「大丈夫です。」
と言われれば信用する。僕がいつも合唱指揮者としてマエストロに忠告していることだもの。
 このように、劇場では指揮者は万能ではないのだ。だからいかに経験豊かで有能なアシスタントが必要とされているかを、僕は自分がピットに入ることによってあらためて思い知らされたよ。

僕の使命
 同時に僕は悟ったね。劇場を訪れる指揮者達に、いかにして我々アシスタントの能力を信用してもらい、我々の判断を信じてもらえる体制を築き上げるか・・・・それこそが、これから僕達劇場付きのスタッフ達が本気で取り組んでいかなければならないテーマなんだってね。
 来年は音楽ヘッド・コーチの岡本君もピットに入る予定になっている。こうしたことは必要不可欠だと思う。陰で働くだけでなく。まさに陰になり日向になり、そしてまた陰に戻ってきて、劇場のエキスパートになるのだ。 
 僕も、合唱指揮者や副指揮者や、その他裏方の地位の向上をこの国で求めるためには、プレスにでも何処でも厭わずに出掛けていって、自分達の仕事の内容と価値を広くアッピールするべきだと強く思うようになった。

再び多忙な夏が・・・・。
 さあ、来週は13:00からの「蝶々夫人」鑑賞教室が、月曜日から土曜日まで6日間休みなしに続く。その本番後、毎晩「ジークフリートの冒険」の練習がある。鑑賞教室が16日に終わると、次の日17日は、くにたち芸術小ホールでの演奏会「僕はただ僕の愛について語りたい」だ。娘の志保も帰ってきて合わせも始まった。
 三澤家では、二人の娘が加わり、急に賑やかになって毎日がお祭りのよう。タンタンも超上機嫌。
 昨年に引き続き、またまた超多忙な夏に突入だぜ!気を引き締めていこう!ファイト!



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