六本木男声合唱団倶楽部札幌公演

三澤洋史 

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六本木男声合唱団倶楽部札幌公演
「あれっ?まだ更新してないな。」
と、何度もホームページを訪問しながらお怒りになっていたリピーターの皆様。更新が遅れてしまってごめんなさい。六本木男声合唱団倶楽部札幌公演に出掛けていました。
 愛用のノートパソコン、EPSONのENDEAVORを持って行ったのですが、札幌で泊まったホテルでうまくインターネットにつなげなかったので、今日までかかってしまいました。BIGLOBEのアクセスポイントが全国一律になり、 0035で始まる番号なんだけど、どうもこのホテルの電話は、そういった00なんとかで始まる別回線の電話は受け付けないようで、途中でツーツーツーと音 がしたと思ったらホテルの交換台が出てしまうのです。 街の公衆電話にあるジャックにつないでとも思ったのですが、雨が降っていたのと、練習が立て込んで 身動きがとれなかったのとで、とうとうつなげませんでした。そうこうしている内に毎日少しずつ原稿が増えてちょっと長くなりました。最終的には本番の様子まで書けたので、遅れた分たっぷり味わってください。では。

8月21日(日)、朝
 今札幌にいる。六本木男声合唱団倶楽部の北海道合宿に来ているのだ。でも六団らしく、宿泊するのは青少年センターとか勤労福祉会館ではなくて、中島公園に隣接する高層ホテルだ。それにこの合宿、ただでは終わらない。合宿の成果はただちに明日に控えているキタラ・ホールでの演奏会で発揮されるというわけだ。
 東京はこの夏最高の暑さとも言われているのに、こちらは日中でも23度、夜は涼しくて快適そのもの。悪いねえ、みなさま。

 今回は妻も同行している。僕が北海道に行くと言ったら、自分も行くと言ってきかないので、六団事務局に連絡した。
「妻が行きたいと言っているので、差額は払いますので連れて行ってください。」
すると二、三日経ってから返事が来た。
「三枝(作曲家三枝茂彰氏)に話したら、いつもお世話になっているお礼に、今回は奥様をご招待しますので、是非ご一緒にいらして下さいとのことです。」
だってさ。ヤッター!三枝さん、太っ腹!

 でもね、世の中タダほど高いものはない、という言葉があるでしょう。練習予定を見たら、着いた日の20日と21日は夜の7時までで終わりなので、夕食は “北海道ならでは”のうまいものが食えるぞと楽しみにした。
 ガイドブックを見ながら、
「やっぱり札幌に来たら、サッポロ・ビール園で産地直送生ビールとジンギスカンでしょう。」
と僕が言うと、
「海の幸も捨てがたいわ。」
なんて意見が分かれるのもまた楽し。
 結局、一日目の晩はサッポロ・ビール園、二日目の晩はガイドブックに出ているおいしそうな店でうに三昧いくら三昧かな、って感じに落ち着いた。

 しかし、現地について練習場に入ると、いきなり三枝さんから、
「六団の今後のスケジュールと運営について役員達で話し合いがありますので、練習終了後集まっていただけますか?」
という話があった。
 僕は勿論仕事で来ているのだから、断るわけにはいかない。
「おっと、妻はどうしよう・・・・。」
と思っていると、三枝さんは、
「奥様もどうぞ参加して下さい。」
と言う。どうやら夕食を食べながら会合という設定らしい。

 で、行ってみた。話し合いは真面目にやった。飲みながら食べながらで、僕も自分の意見を言った。とにかく話し合いがメインだからね。ジンギスカンは論 外。うに三昧いくら三昧ともほど遠い。場所はなんの変哲もないごく普通の居酒屋だった。目隠しされて食べて、「ここはどこだ?」と聞かれたら、「つぼ八か 和民、あ、もしかしたら養老の滝かな!」と答えたかも知れない。ビールも産地直送のサッポロ生ビールではなく、キリンの瓶ビールだった。あははは。これも仕事のうちさ。言っとくけど、遊びに来ているんじゃないからね。分かった?千春ちゃん(妻の名前)!

 今日もこれから一日中練習して、夜はどうやら現地の合唱団との合同の夕食会らしい。明日は夜本番でその後盛大な打ち上げが予定されている。で、23日に は東京に帰ってきて、その夜は新国立劇場の「マイスタージンガー」の立ち稽古にでるのさ。あれ?北海道ならではの夕食は?うには?いくらやイカやほたてやカニは?ジンギスカンは?おおい!

 22日の演奏会は、札幌の男声合唱団ススキーノとのジョイントコンサートだ。すでに出来上がっているプログラムを見て驚いた。このススキーノという合唱団、そもそも六本木男声合唱団倶楽部を北海道に呼ぼうとして約9ヶ月前に立ち上げた合唱団だという。
「どんな人が入っているの?」
と三枝さんに聞いたら、
「やっぱり政界、財界人を巻き込んだ、六団的怪しげな合唱団だ。」
だって。おいおい、自分で「怪しげな」なんていうかね、三枝代表会長!

8月22日(月)、朝
 昨日の六団は、朝10時に集合。12時までパート練習をやり、13時から15時まで再びパート練習。15時から18時まで全体練習。18時から19時ま で男声合唱団ススキーノと合同練習と、かなりハードな一日だった。
 僕は、パート練習の間は各パート間を見回り、サジェスチョンを与えるという良い身分だった。よく考えたら、よそのパートに行っているというフリをして、 結局どこにも行かなくったって誰にも分かんねえやということに気がついて、午前中はのんびりして、早お昼をすすきのラーメン横町の「ひぐま」で妻と二人で 食べて、午後から練習に出た。ちょっと良心がとがめたので、視察ではなく、志願してバリトン・パートを自分でピアノを弾きながら見てあげた。僕が練習をつ けると、パートだけではなく左手で和声も薄くつけながらやるので、みんなの飲み込みが早い。バリトン・メンバー達に感謝されたが、14時からはボーイ・ソ プラノのレッスンがあるので、僕が練習をつけたのは一時間だけ。
 15時からの全体練習は、ガシガシしごきまくった。おかげで見違えるように良くなったが、団員達はヘトヘト。

 「バイロイトや国立劇場合唱団も見ている三澤先生にとって、こんなアマチュアの練習なんてつまらないでしょう。」
とみんな言ってくるが、僕は違うんだな。僕は、ある一定の練習時間の中で、どうやったらそれぞれのレベルの合唱団の成果が上がるかに命を賭けているんだ。 アマチュア相手にプロのやり方を使ったって駄目だし、その反対も駄目なんだ。東響コーラスのようにプロ的アマチュアもあれば、以前やっていた芸大声楽科合唱のようにアマチュア的プロもある。みんなみんなやり方が違うんだ。それを楽しんでいる。
 だから六団のように、本番の直前なのに音もとれてない者がかなりいるという団体は、まるで名人が飛車、角、金、銀抜きでどこまでやれるか、みたいな、また違った意味での限界への挑戦なのである。

 さて、晩は男声合唱団ススキーノとの合同練習。ススキーノは、予想に反して結構上手な合唱団だった(失礼!)。
「ここのところをまず六団だけ歌って。テノール、飛び出さないように少し抑えてね。次にススキーノのみなさんだけお願いします。」
と歌わせてみたら、なんと六団よりもずっとまろやかな音色できれいにハモっているではないか。
「おおっ!」
六団のメンバーに動揺が走る。
 これは指揮者の長内勲さんの指導が良いからであることが、僕には手に取るように分かる。経歴を見ると、長内氏は東京芸術大学声楽科で畑中良輔氏や中山悌 一氏に師事し、現在では、北海道教育大学岩見沢校教授、全日本合唱連盟常務理事及び北海道支部長、札幌合唱連盟理事長、札幌交響楽団評議員などなど素晴ら しい肩書きを持つ。
 合唱指揮者というのは雰囲気で指導しているように見えるが、合唱団員全員の声を一定方向に整え、バランスを整えるだけでも実は相当の「合唱指導のテクニック」が要求されるのだ。その土台に立って、今度は曲をどう構築するかという、いわゆる「指揮者としてのテクニック」が要求されるわけだから、合唱指揮者というのは楽ではないのだ。
 百五十人を越える六団とススキーノの合同演奏の響きは圧巻だった。長内氏が清水脩編曲の「ソーラン節」を振り、僕は、ハワイ沖で起きた愛媛県宇和島水産 高校の実習船「えひめ丸」の事故をもとに三枝氏が作曲した「希望海」という曲と、アンコールの「いざ立て戦人よ」と「鉄人28号」を振る。

 その晩の夕食会に行ったら、
「マエストロは特別待遇だから、みんなと違ってなんでも好きなものを頼んでね。」
と三枝氏が言うではないか。そして彼がお店の人に、
「このお店は何が名物なのですか?」
と聞いたら、
「うちは牡蠣の店です。」
と言うので三枝氏は、
「牡蠣でもウニでもどんどん持ってきて頂戴。あ、カニも食べる?」
「いい毛ガニが入っていますよ。」
うひひひひひ。で、生牡蠣、うに三昧、カニ三昧になりました。

8月23日(火)、朝
 普通、本番の日は、午後あたりからゲネプロをして、ゆったりと晩の演奏会を迎えるだろう。しかし六団の本番は、いつもそうだけど、そんな生っちょろいも のではない。
 まず練習は、朝の10時から始まる。「三枝レクィエム」の難曲中の難曲、「サンクトゥス」が今回の合宿ではまだほとんど手つかずだが、この曲は5月のキューバ演奏旅行でもやったし、8月2日、長崎でも被爆60年メモリアル・コンサートでやったばかりなので安心していた。だが六団に「安心」という言葉は 禁物だ。やってみたらぐちゃぐちゃ!必死で練習をつけなんとかお昼を迎えた。
 13時から14時までススキーノと合同練習。今回の演奏会は、ススキーノの他にコールトラウベ-ボーチェという女声合唱団が賛助出演しているので、六団 のゲネプロ開始時間は15時30分から。
 しかし!六団は、合同練習の後、ゲネプロまでの間にも練習するのだ。実は本番当日になってもまだ音も取れてない団員がいるからね。短い休憩時間にピアノ のところで必死で音を取っている人がいるので、誰かと思って見ると、三枝氏だ。
「あれっ?自分の曲では・・・・・。」

 僕はゲネプロに集中したいので、合同練習の後のつまみ練習はアシスタントの初谷君に任せて楽屋に入る。
「ふうーっ!」

三枝さんは、
「ゲネプロから本番までの間にも練習するぞ!」
と言っていたが、今回彼は風邪を引いていたため、強行する元気がなく、結局それはなくなった。

 そんな状態で大丈夫かなと思うでしょう。ところが六団の本番をあなどってはいけない。彼等みんな普通の人ではないんだな。本番になるとみんなから独特の オーラが出て、なんとかなってしまうのだ。この不思議さは六団以外では味わえない。
 僕は昨年の秋以来、ここの音楽監督、常任指揮者となっている。三枝さんに実は数年前から口説かれていて、ウィーン、ベルリンの演奏旅行も頼まれたのだ が、新国立劇場ではノヴォラツスキー新芸術監督就任の時だったので、お断りし続けていたのだ。
 でもこの合唱団に来てみて、なんて面白いところ!とびっくりした。三枝さんは、日本で一番ヘタクソな合唱団だなんて自分で卑下して言うが、僕はそうは思 わない。確かにおせじにも上手な合唱団とは言えない。それに一般的には、ただ有名人が集まっている「お遊び合唱団」のように思われているふしがあるのも 知っている。でも僕はこの際、この場を借りて訂正しておきたい。この合唱団はただ者ではない!

 音楽の価値というのは上手下手だけではない。もし、聴衆に何かsomethingをもたらすか否かで芸術の存在価値を図るとすれば、六団の演奏の存在価値はかなり高いのである。この合唱団、舞台で物怖じする人はひとりもいない。それどころか白を黒と言い切ってしまって聴 衆を納得させてしまう独特の“気迫”があるのだ。それに、音楽に向かう姿勢は皆驚くほど真摯で謙虚なのである。今回は選挙が近いので参加していないけど、 あの忙しい羽田孜元総理大臣なども、ほとんど皆勤に近い感じで練習に出てきているし、僕に怒られてもみんな嬉しそうにうなずきながら微笑んでいる。なによりも練習の最初と最後のレベルの進歩の度合いは、僕の関係しているどの合唱団よりも高い。ま、忘れるのも早いんだけど・・・・。

 この団の唯一の欠点はみんな忙しい人達ばかりなので、練習に来られない人が多く、本番まで果たして誰が乗ってどんな音になるのか把握できないところだ。 だからこうして合宿でみんなを逃げられなくして一気に本番まで持って行くのが、この合唱団の最も効果的方法だ。
 昨晩のビールは通常の本番と違って、また格別のものだった。僕は満足の気持ちでこの涼しい北海道を後にし、東京に向かう。「マイスタージンガー」今頃ど うなっているかなあ。こうして僕は僕の日常に戻っていく。




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