讃岐うどん

三澤洋史 

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讃岐うどん
 僕が最近秘かにハマっているものがある。それは讃岐うどんだ。特に新宿ヨドバシカメラの向こう側、新宿中央郵便局の向かい側の「はなまるうどん」は、なにかにつけてよく行く。 きっかけは、新国立劇場で副指揮をしている矢澤君と二人でヨドバシカメラにペンライトを買いに行った時。
「夜の練習の前に何か一口食べたいのだが、なかなかふさわしいものがないんだなあ。」
と僕が言うと、
「三澤さん、讃岐うどんって行ったことあります?」
と矢澤君。
「最近よく見かけるのだが、なんとなく作法が分からなくて恐くて入れない。」
と僕が言うと、彼はげらげら笑って。
「ほんじゃあ、行きましょう。」
と連れて行ってもらった。

 店に入ると、まずお盆を持つ。なんとなく学食みてえだなと思ってグズグズしていると、
「カケショー、ネギヌキ!」
といきなし矢澤君はまるでアラジンの呪文のように大声で唱えた。
「うー、びっくりした!」
「三澤さん、軽く済ませたいならこれで充分。たったの百五円ですからね。」
「なにい?百五円だと?」
出てきたのはかけうどんの小サイズ。矢澤君はネギが嫌いなのでネギ抜きだったわけだ。「お客さん、何にします?」
「あ、あああ、・・・・えーと・・・カケショー、ネギつけてね。」
 見ると鰹節と揚げ玉取り放題。ゴマやおろし生姜もある。うほほ、得した気分。昔ソウルに行って焼き肉屋に入ったらサンチュとキムチが食べ放題だった時のあの気分が蘇ってきた。嬉しくって、めんが見えなくなるくらい鰹節たっぷり乗せちゃった。これじゃあ名古屋のきしめんも真っ青だなあ。
 ネギはやはり関西風に万能ネギだ。これって僕が子供の頃には見たこともなかったんだよ。なんてったって下仁田ネギの群馬県だからね。ネギは大ネギ以外なかった。

 続いて矢澤君は小皿を取り出し、天ぷらをひとつ乗せた。僕も彼に習って天ぷらを選ぶ。そしてレジーに並ぶ。棚を見ると、他におにぎりやいなり寿司や、冷や奴など数々のお総菜があって、好きなものを好きなだけ選ぶことが出来る。
「面白いですな、この店。」
「本場ではですね、田んぼの真ん中に突然製麺所があって、めんを買うと、みんな勝手につゆをかけたり醤油をぶっかけたりして食うんですけど、これがうまいんです。」
「ふーん・・・。」

 それからは、休憩時間に新宿に出て買い物をし、小腹が空くともっぱら「はなまるうどん」に行くようになった。僕は昼と夜の間の休憩時間には何か食べるのだが、なるべく少量で済ませたい。夜の練習が終わった後どっちみちお腹が空くし家でビールも飲むからね。しかし一口だけ食べられるような外食屋って案外ないんだ。コンビニのおにぎりは何が入っているか分からないし、オリジン弁当のおにぎりはちょっと大き過ぎ。京王線新宿駅を出たところの「おだむすび」は手頃でよく行ってたんだけどね。
 讃岐うどんの存在は、まさに僕にとっては朗報。初台にあればもっといいのに・・・・。

 そのうち気が向けばお昼にも食べるようになった。「はなまるうどん」のカレーライスは、具が全部溶けてしまっているカレー屋のカレーと違い、にんじんやじゃがいもなどが丸のまま入っていて、家のカレーのようななつかしい味なんだ。

 関西人に言ったら怒られるので、くれぐれも口外しないで欲しいのだが、かけうどんのつゆは、関東育ちの僕には正直言ってやや薄い。特に天ぷらをつゆの中に入れて食べる時などは物足りなく思うこともある。そんな時は、周りの目を盗んですばやく醤油をかけて、また知らんふりして食べる。まるで阪神タイガー ス・ファンの真っ直中に一人で巨人ファンがいる心持ち。バレたら袋だたきに遭うかも、なんて小心者の僕は心配する。
 でも、そうしながらも、ダシのたっぷり効いた関西風のつゆは、関東風より最近ずっと好きになっている。これも讃岐うどんに教育された成果。

 僕にとっても充分に濃くて満足で、讃岐うどんらしいのは、なんといっても「ぶっかけうどん」だ。これは「かけうどん」と違って突然高くて、294円とかする。まあ「かけうどん」の方が損得抜きにしたサービスって感じなのか。
 「ぶっかけうどん」は、「はなまるうどん」ではだし汁の他に大根おろしとレモンが乗っているが、渋谷のヤマハの帰りに偶然寄った店では、レモンではなくスダチが入っていた。
「おお、これぞオリジナルって感じだな。四国はなんといってもカボス、スダチの国だものな!」
と妙に感動を覚えた。

昔話に寄り道
 こうした讃岐うどん屋のお客には学生が多い。やっぱり安いからだろう。思い出すけど、僕も学生の頃は質より量だったものな。あの頃こんな店があったら、きっと喜んで行っただろうな。

 そこでだんだん話はそれてしだいに学生時代の思い出に入っていくけど、国立音大の声楽科にいた頃は実に食欲旺盛だったなあ。中華料理屋に行っても一品ということはなかった。必ずスープをつけたりしないともたなかった。
 国立には、当時の国立校舎(現在の音高)の近くにスタミナ丼が名物になっている中華料理屋があった。ここだけは一品でも大丈夫だった。にんにくがたっぷり効いた豚肉のスタミナ丼はボリューム満点。しかも安い。ここで知らない人がご飯をうっかり大盛りで頼むと大変なことになる。どんぶりからご飯が二十センチくらい盛り上がる。
 そんな風に食べていたけど、当時の僕はかなり痩せていたんだよ。不思議だな。

 大学四年生の頃は、立川駅の近くのダンケというドイツ・レストランでピアノ弾きのアルバイトをしていた。そこはギャラは安かったけど、なんといっても最大の魅力は食事付きだったのだ。けれどおかずはメンチカツ一個だけとかいうシンプルなもの。みそ汁も漬け物もなかったと思う。しかし若い僕にはなんのその。
 ご飯は、お客さんと共用の巨大な炊飯器から好きなだけ食べていいので、僕はメンチカツを少しつまんではご飯をガバッと食べ、メンチやハンバーグ一つで三杯くらい食べたよ。

 卒業と同時に新宿の「ライオン」で働くようになった。ここも食事付き。ありがたいのはみそ汁と漬け物や野菜の付け合わせがあったことだった。ベルリンへ行く留学資金を貯めていたのでお金がなかったから、お昼を節約して夕方に備えた。だから食べる、食べる!周りの人達みんな驚いていたよ。

 そんなことやりながら、なけなしのお金をはたいて一所懸命山田一雄先生の家に指揮レッスンに通った。伴奏者にもお礼を払うし、スコアも買わなくてはならないから、無駄遣いする余裕なんて全くなかった。そのレッスンとベルリン留学の夢だけが当時の僕の心の支えだった。僕は声楽科にいながら声楽の道は断念 し、指揮者としての勉強を積んでいたわけだけど、指揮者としての仕事なんてあるわけがない。だって国立音楽大学声楽科卒業という肩書きしかないんだもの。
「畜生、いつか本当に指揮者になってやる。」
と思いながら暮らしていたな。

グルメにはなれない
 「はなまるうどん」のような店に行くと、僕の心はすぐに昔の時代にトリップする。実は先日、ノヴォラツスキー芸術監督と共通の知り合いに招待されて、フ ランス料理を食べてきた。いい身分になったものだ。料理も極上、ワインも極上。特にデザートと一緒に飲んだ貴腐ワインときたら、ノヴォちゃんをして「人生最高」と言わしめたほどだった。
 でも僕は、こんな料理を食べた次の日にはなんとなく不安になって、気がつくと「はなまるうどん」に来てしまう。根が群馬の田舎っぺだから庶民根性が抜けなくて、
「これは何かの間違いに違いない。本当の自分ではない。」
と思ってしまうんだな。
 フランス料理はフランス料理で楽しめるし、ワインの味も分からなくはない。うんちくも語れと言われれば語れなくもない。でも、あまり語りたくはない。グルメを自称するのは、なんとなく罪の意識が咎める。むしろ僕は、あのハングリーな時代を今でも愛しているのかも知れない。

地味に多忙
 今本当に多忙だ。しかし華々しくではなく、地味に多忙なのだ。先週、新国立劇場では「セヴィリアの理髪師」公演の間を縫って「ホフマン物語」「アンドレア・シェニエ」「カルミナ・ブラーナ」の音楽練習が入っていた。「アンドレア・シェニエ」は、今週から立ち稽古。「カルミナ・ブラーナ」はバレエと共同の舞台稽古に入る。
 それだけでもかなり忙しいのだが、加えて先週は、24日(月)にある「来年の新作子供オペラの為のプレゼン」に備えての準備に追われた。予算を取っても らうためにも、このプレゼンはきちんとこなさなくてはいけない。僕は音資料を作り、演出を担当する田尾下君はパワー・ポイントで映像資料を作っている。まだ上演出来るかも分からないので、皆様には何もお知らせできないけれど、ひとつだけ差し支えないことを言っておくと、これは大ヒット間違いなし(自称)の スペース・ファンタジック・オペラとなる予定。ま、「とらぬ狸のなんとか」だけど・・・・。

 一方、ミュージカル「おにころ」の2006年上演用改訂台本は、やっと木曜日に仕上がって芸小ホールと新町歌劇団に送った。第二幕以降の場割りと音楽ナンバーを整理したので、それに従ってこれから楽譜を急ピッチで仕上げなければならない。

 締め切りが近づいているのは、12月1日にサントリーホールで行われるオルガンのランチ・コンサートのための編曲だ。これは椎名雄一郎君という優秀なオルガニストとバリトンの初鹿野剛君の二人によるジョイント・コンサートである。
 ランチ時にわずか30分のプログラムで行うのだが、クリスマス・シーズンにかかるので、プログラムの最後に僕が昨年名古屋のモーツァルト200合唱団でやったクリスマス・メドレーの一部をやりたいと言ってきたのだ。
「おお、いいよ。どうぞ!」
と軽く返事はしたものの、よく考えてみたら、合唱、独唱、弦アンサンブルとオルガンという編成のものをバリトンとパイプ・オルガン独奏用に編曲し直さなければならない。このホームページでもMIDIファイルで発表した「来ませ救い主」の合唱ソプラノのメロディーもバリトンには高すぎるので、全体を移調する。締め切りは10月いっぱい。

 モーツァルト200合唱団のモーツァルト版「メサイア」は、合唱団が使っている譜面はベーレンライター版だが、オケ譜とスコアはカルマス版で、両者はドイツ語の歌詞をはじめとして曲番号、練習番号などかなり違う。それをきちんと整理するのに果てしない時間がかかっている。「メサイア」公演のプログラム用原稿は、もうとっくに締め切り過ぎている。ヤベー!

 ヤマハの講演の準備は11月に入ってからだな。8日には本番だけど・・・。ピアノ教師を対象にした「インヴェンションは楽しい」というタイトルのこの講演では、バッハの驚くべき大傑作インヴェンションのアナリーゼに始まって、パソコンで様々なシンセ音での演奏を録音して聴かせたり、およそ考え得る限りのインヴェンション演奏の可能性を提示したいと思っている。おそらくほとんどの受講者は目からうろこ状態になること請け合い。ま、これも「とらぬ狸」。
考えてみると「とらぬ狸」ばっかりだニャア。かなり危ない橋を渡っている人生だニャア。

パソコン納品
 21日金曜日、娘の杏奈が妻の車でおばあちゃんに会いに行くというので、お袋のために自作してあげたパソコンを持って行ってもらった。やっと納品できる。
 僕は最初一人で東京に残るつもりだったが、「アンドレア・シェニエ」の合唱団の暗譜が問題なさそうだったので夜の練習を休みにしていたのを思いだし、この多忙の生活の最中、昼の練習の後群馬に向かった。
 新町に着いてみると、おばあちゃんは孫のためにけんちん汁と串カツを作ってくれていた。
「凄いね。本格的なパソコンだね。」
お袋は驚いている。へん、どんなもんだい!

「でもね、通子(僕の姉)がお前のホームページを読んで、『お母ちゃん、気をつけないと洋史に騙されているよ。』って言うんだよ。」
ゲッ、子供の頃の兄弟喧嘩が復活したみてえだな。通ちゃんったらお袋に言いつけているよ。全くヤな性格だね。年取っても変わんないね。

「通子が言うには、洋史があたしのお金で19インチを買って自分のものにして、あたしには自分の使い古しの17インチをくれたって・・・・。」
 ほんだば、この際ですから読者の皆様にも誤解のないようにきちんと説明しますからね。ホームページ読んでる通ちゃんもちゃんと読んでね。分かった?

 まず僕は、パソコン本体を制作した時点で、これに17インチのディスプレイをつけると、何もソフトを入れなくても、それだけでもう予算ぎりぎりになると思っていた。でも生来のオタッキーの癖か、グラフィックはオンボードでもいいのだけれど、やはりグラフィック・カードでなければと思ったり、静音に気をつけるとCPUファンは既製のものでは駄目だろうと思って新たにファンを購入したりしている内に予算を軽く超えた。
 フロッピーディスク・ドライブだって、カード・リーダーと一緒のタイプにした。お袋はどう考えてもCDを焼く必要はないだろうけど、とりあえず焼けるし、DVDも見れるんだぜ。
 本当はサウンド・カードも購入したかったのだけれど、まあ「自分で使うんじゃないし」(ここの点は強調しておきたいのだが)サウンドはオン・ボードで我慢した。

 一方、僕の妻はお袋にパソコンのお金を負担させることに心を痛めていた。何故なら三澤家は今ちょっと大変だ。CD制作でこの先お金が出ていくのが予想されるし、マルメゾン音楽院に合格したばかりの娘にクランポンのA管クラリネットを買ってやったばっかりなのでやむを得なかったのだ。だから妻は、僕が多少予算オーバーしても「お母さんのためなんだから少しくらいいいじゃないの。」と言ってくれた。
 その言葉をいいことに、僕は17インチのお金に少し足せば19インチが買えると19インチを購入し、17インチをお袋にあげた。またスピーカーの分は全く予算に入れてなかったのが後で判明し、二千円くらいのセコいやつを買ってもよかったんだけど、僕が昔五千いくらで買ったEDIROLのスピーカーをお袋にあげて、代わりと言ってはなんだけど、二万円弱のもっといいやつを購入してメイン・スピーカーとし、これまでメインで使っていたBOSEはリア・スピー カーとして後方に置いた。この事によって僕のパソコンはかなりのアップグレードを成し遂げることが出来た。

 その上にWINDOWS XPだの、OFFICE2003だののソフトをお袋のパソコンに入れなければならなかったんだよ。もう騙すも何もないじゃない!

「随分オーバーしたけど、なんだか自分の周りが充実してこない?」
と妻は鋭い突っ込みを入れる。
 要するに僕は、お袋のパソコンを作るという名目で、自分のお金をはたいて自分のパソコンのアップデートも果たしたわけだ。だから、妻に批判されても、姉の通っちゃんに非難される言われはないんだよ。自分のお金で自分のパソコンをよりよくして何が悪い!
 バーカ、バーカ、なんにも知らねーで勝手なこと言うんじゃねーよ。お前のかーちゃんデベソ!あれ、僕のかーちゃんも一緒か。
 五十歳過ぎても兄弟っていうのは子供の時と変わんねえな。でも、かーちゃんに言いつける癖だけは止めた方がいいぜ。通っちゃんよ!




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