航空券着いた!しかし・・・・

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

最悪の展開
 世の中起こり得ないことが起こるものさ。一ヶ月前の3月17日に娘がパリから出した書留郵便Chronopostは最悪の展開となった。でもご心配なく。航空券は手元にあるし(って、ゆーか、二つもあるよ。いらねえんだけど・・・)、僕は、17日には心安らかにパリに向かって旅立てる(Ihope・・・・)。

 途中までの事の顛末は、先週号「ふらんすへ行きたしと思えど」を見てもらえば分かるが、それにしても先週に、
「これからすぐ送ります。」
と書留郵便Chronopostの職員が電話で娘に言ったので、いくらなんでも今週中には着くだろうと思っていた。それでも、もし着かなかった時のことを考えて、10日の月曜日、念のためにパリのJALに電話を入れて、航空券の再発行とかいろいろ聞いてみた。

パリのJAL
 応対した女性職員は、
「困りましたね。ロンドンから再発行は出来るのですが、それもまたパリの娘さんのところに着いてしまいます。それからまた送るのですから、もう間に合いません。郵便局の方が、先週これから送るとおっしゃったのなら、今週中には着くのではないでしょうか?」
僕はだんだんいらいらしてきて、
「では、あなたは、券が手元にないと駄目とおっしゃるのですか?」
「ええ、残念ながら。でも、その航空券は、お客様が17日にお乗りにならなくても、半年間は有効なので、同じ名義で同じルートでしたらお使いいただけます。」
「ちょっと待って!半年有効なんてどうでもいいの。僕はとにかく17日に乗りたいの!それにはチケットがないと絶対に駄目なのですか?」
僕は自分の声がうわずっているのを感じていた。
「そういうことになります。でもまだ航空券が着かないと決まったわけではないではありませんか。」
「あのねえ、普通だったら、きっとあと二、三日で着くだろうと信じて待ってますよ。でも、3月17日に出した書留郵便がここまで来てまだ着いていないんですよ。もう何も信じられないじゃないですか。それなのに信じて待つしか手がないなんて!」
「・・・・・。」
「もういい!あなたに怒っても始まらないからね。」
僕は電話をガチャンと切った。唇がぶるぶる震えていた。妻が心配そうに見ている。

パパ怖いよう!
 それからすぐ娘に電話した。次女の杏奈が出た。
「あのねえ、すぐお姉ちゃんに代わって!」
「うん・・・・。」
「早く!」
「お姉ちゃん、出ないよう。杏奈が聞く。」
なんだそりゃ。さてはこっちの怒りの波動が電話を通して伝わったか。
「今週中にチケットが着かないと、パパそっちに行けなくなった。」
「ウッソー!」
「お姉ちゃん、最後にChronopostの人と話したとき、ちゃんと信用出来そうだった?」
「なんかね、前の時と違って今度はいろいろ聞かれていたよ。」

 杏奈は、電話を一時中断しては志保と話し、今度は志保の話をこちらに中継している。だったら直接出ろよオメー。なんかパパが怖いんだね。
「お姉ちゃんね、チケットは17日出発だからって電話の人に言ったって。でね、郵便局の人は、分かりました17日までには着くように届けますって言ったって。」
「ふうん。本当だな。」
「本当だって!」
杏奈も電話の向こうで泣きそうだったかもしれないな。

 電話を切って少し経ったら、また杏奈から電話。さっきとはうって変わって声がめっちゃ明るい!
「あのね、今JALの人から電話があったよ!さっきはよく分からなかったけど、調べてみたら東京では有楽町か新宿のチケッティング・センターで、一万円出せば再発行出来るんだって言ってきたよ。でもね、週末には休みになるから、14日の金曜日までに行くことだって。」
「なに?本当か?」
「うん!」
僕は胸がドキドキしている。
「有楽町か新宿のなんだって?」
「チケッティング・センターとか、そんなようなこと言ってたよ。」
「そんなようなことじゃなくて、きちんといいなさい!」
「わかんないよお・・・。」
「もういい!パパが自分でインターネットで調べるよ。ま、とにかく最悪金曜日までにチケットが着かなくても、そこに行って一万円さえ払えばパリには行けるんだな。とうとう行けるんだな。むふふふふふふ!」
「・・・・・。」

 インターネットで調べてみたら、どうやらそれはJALプラザ有楽町のことだ。新宿店は昨年すでに閉鎖となっていた。ちなみにチケッティング・センターなんて言葉、どこにもなかった。一番近いのは発券カウンター。ふん。どこまでも役立たずの娘だよ。まあ、分かったからいいか。

11日火曜日。航空券着かず。

JALプラザ有楽町で会いましょう
12日水曜日未明。
 妻が寝ぼけ眼で志保に電話したら、開口一番、
「さっき郵便局から電話があった!」
「何て言ってきたの?」
「今送ったって。」
「何を?」
「例の書留。」
「あきれた。だって先週すぐ送るって言ったんでしょう。」
「すぐ送るとは言ったけど、送ったとは言ってなかったもの。」
あきれてものが言えない。もう出発までに着かないことが決定的になった。僕はベットから飛び起きた。
「今日、午前中の内に有楽町に行ってくる。」
「あら、なにも今日行かなくっても、金曜日までまだ日があるわ。」
「ダメダメ。こうなったら、この手に航空券の実物を持つまで何も信じられない。金曜日に行って、何か書類とか足りなくて、またいらっしゃいと言われたらアウトじゃないか。こうなったら、なるべく早い方が良い。」

 朝の中央線は遅れていた。のろのろ走っていてちっとも進まない。しかも、東京行きが変更になって新宿止まりになってしまった。僕はあせった。天は僕を決して有楽町まで辿り着かせないと決めているのではないか。その不安はマゾヒスティックな確信となって僕を責めさいなんだ。でも僕は、いざとなったらマラソンででも有楽町に辿り着くんだと覚悟を決めていた。
「死んでも行くぞう!有楽町!ゆーうらくちょうでー、あーいまーしょうー、とくりゃあー!」
まあ、そんな念が通じたのか、新宿で乗り換えた後はスムースで、有楽町にはあっけなく着いた。

「ご用は一体何でしょう。」
JALプラザは駅のすぐ近く。感じの良い若いおにいさんが応対した。
「ええと、話せば長い物語ですけど、一言で言えば、つまり航空券の再発行をお願いしたいということです。」
そこで僕は、航空券予約の控えをおにいさんに渡しながら、これまでのいきさつを話した。

どうしても実物をこの手に・・・
「再発行も出来なくはないのですが、お客様の場合、航空券を紛失されたわけではないので、このような方法をとることが出来ます。」
僕の話を最後まで聞いた後で、おにいさんは冷静かつにこやかに話し出した。
「空港などで、航空券をご自宅に置き忘れた方などが取る方法でして、一度航空券を買い直していただきます。その際、お客様の乗られる便の席分は確保してあるので、その便にお乗りいただくことが出来ます。そして後日、最初の航空券と買い直した航空券の控えを当方にお持ちになれば、千円の手数料だけで買い直した航空券の全額を払い戻し出来るのです。一方、再発行しますと一万円の手数料がかかり、しかも郵便が届いて最初の航空券が手に入っても一万円は戻ってきません。」

「ふうん・・・。」
また予期しない新たな情報が入ってきて、僕の頭は多少混乱している。
「ちなみに、今から買い直すといくらかかるの?」
「ええと、航空運賃が28万なにがしで、それに税金やら空港使用料やらかかって、合計30万なにがしです。」
「ゲッ!一時的にではあれ、30万円ものお金を払うのかい?」
「ですが、戻ってきますよ。お客様の場合、ぎりぎりで着くかも知れないので、このまま何もしないでぎりぎりまで待ってみてはいかがでしょうか?それで、いよいよ着かなかったら、空港に行ってから家に置き忘れたことにして、買い直しの手続きをなさってもいいのではないですか?」
「ダメダメ!駄目だよそんなの!」
急に血が逆流してきた。手が震えている。
「あのねえ、僕はねえ、今日なにがなんでも航空券を手にしたいの。一万円払ってもいいから、今この手に航空券が欲しいの。」
「ですがお客様、その一万円は戻ってはきませんよ。」
「いいんだよ!」

 自分でもびっくりするような大きな声を出した。まわりの職員も振り返って見た。一瞬JALプラザ中の空気が止まった。
「あのね、娘がパリから書留で送ったのが3月17日。それで今日まで着いていないんだよ。考えられる?考えられないでしょう。考えられないことが起こっているの。そうなったらね、もう何も信じられるものなんてないんだ。もう待つのはコリゴリなんだ。
だってそうでしょう!空港で手続きすればいいってあなたは簡単に言うけれど、当日空港まで行く道で何が起こるか分からない。事故渋滞に巻き込まれるかも分からないし、自分が事故に巻き込まれるかも知れない。それで、もしぎりぎりに空港について、そんな手続きする時間がなくなったら、もうアウトでしょう。
ああ、まさかそんなことは起こりっこないとあなたは思っているね。ところが起こるんだな。何が起こっても不思議はないんだ。いや、もう絶対また何かが起こるに違いないんだ。そして僕はふらんすに行けないんだ。ははははは。
だから・・・・だからお願いだから、一万円払わせて!今、この手に航空券を頂戴!」

「ブラボー!アンコール!」
と、オペラだったら、こんな時聴衆が沸き立つだろうな。なにしろJALプラザは完全に僕の独壇場。僕は身振り手振りを交えながら体を揺らして自らの演説に酔っていた。
 ハッと気がついてみると、目の前でおにいさんは完全に引いている。いや、僕の剣幕に怯えていると言ってもいいな。 他のカウンターのお姉さん達もみんな自分の仕事をしているふりをしているが、耳はダンボのように大きくなっている。

「わ、わかった、わかりました。発券ね。分かりました。すぐやりますので、どうかあちらのお席でお待ち下さい。」
わははははは。どうだ、まいったか。おにいさんったらめちゃめちゃあわてているぜ。

そしてついに発券!
 いざ発券するときはあっけないなあ。機械でガチャンガチャンと出てきてホッチキスでとめて終わり。こんな簡単だったらいっそのこと念のために三つくらい作っておいてもらいたいなあ。
「はい、では再発行の航空券です。お願いが一つあります。最初の航空券が着きましたら、必ずこちらに届けるか郵送してください。では、ありがとうございました。」
ああ、夢にまで見た航空券。ずっとずっと待ち続けた航空券。こーくーけーん!うひょひょひょひょ!
なんだか道行く人達が振り返っているぜ。僕がスキップしているからあ?なあに構やしない。ざまあみろ!航空券だあーっ!曲を作っちゃおうかな。航空券のアリア。航空券バラード。航空券ブルース。さまよえる航空券。航空券よいつまでも。

領収書、これで完璧!
 そのままスキップ状態で有楽町駅前のビックカメラに入っていった。パリのプリンタのインク・カートリッジなどを買っていたら、ふとひらめいた。
「そうだ!Chronopostに一万円請求しなくちゃ。結局着かないことで損害を被ったのだからな。そのためにはちゃんと向こうに人に分かるような領収書が必要だ。」

 僕はあわてて再びJALプラザに戻った。おにいさんは僕の姿を見つけるやいなや、再び怯えるような表情をした。
「あの、まだ何か・・・・?」
「パリの郵便局に損害請求するために領収書が欲しいんですけど。」
「あ、はい、はい、領収書ね。分かりました。」
「ちゃんと向こうの人に分かるように書いてね。」
「はい、はい。」
おにいさんはキビキビ動いてたちまち領収書を作ってくれたよ。これで完璧だあ!
 でもさ、もし万が一行く前に書留が届いてしまったら、ここまでした努力は水の泡となるし、損害賠償も請求しづらくなるなあ。こうなったら、絶対に出発まで書留は着かないで欲しいなあ。

そして・・・・
 14日金曜日未明。妻がパリ邸に電話すると、志保が出て、
「あのね、さっきChronopostから電話があって、今上海(シャンハイ)を出ましただって。」
「はあっ?そんなこといちいち連絡してくるの?妙に律儀だね。さては深く反省したね。」
「でもなんで上海なんだろうね。」
僕はそれを隣のベットで聞きながら、
「やばいな。出発前に来てしまいそうだ。」
と思っていた。

 金曜日は二時から新国立劇場で「こうもり」の合唱音楽練習だが、出発前に買っておきたい楽譜があったので、午前中から家を出て渋谷のヤマハに行った。楽譜を買った後、お昼は久し振りに「うな纖」に行ってランチのうな重を食べた。みなさん、本当に騙されたと思って行ってみなよ。ここのうなぎは安くておいしいぜ。ランチうな丼980円、うな重1500円。

 食べ終わってごきげんになって初台に向かうバスに乗ろうとバス停に向かっていると、携帯にメールが入ってきた。
「航空券、今着きました。」

 妻からだった。ゲッ!着いちゃったのかよ。最低!妻は書留の判子を押しただろうから、パリのChronopostの方にも17日より前に着いたと通知が行くだろう。これで損害賠償を請求しても絶対却下されることが確実になった。こっちが抗議の電話をしても、向こうは遅れたのを謝るくらいはするだろうが、賠償問題になれば、出発前に着くという最低限の条件は満たしているわけだから、絶対弁償してはくれないよね。こっちが勝手に再発行したに過ぎないと言われるのがオチ。これで見事に一万円が無駄になったってわけね。まあ、見事な展開だわ!涙が出てくるね。

Chronopostの実力
 パリ時間で11日火曜日午後にパリを出た郵便が14日金曜日に僕の家に着いたその行程だけ見ると、Chronopostとしては素晴らしく正常に機能していたわけなんだね。Chronopostはその時だけ、その実力を発揮したというわけだね。それを僕が信用していさえすれば、「パリを出ました。」という通知を受けてあわてて再発行に走る必要はなく、むしろその通知で安心しなければいけなかったんだ。あるいは、JALプラザのおにいさんのいうように、ぎりぎりまで待ってみてもよかったんだ。
 でもね、でもね、その前がひど過ぎたから、僕はなんにも信じられなくなっていたから、今更そんなこと言っても無理だよ。

 それにしても、金曜日の午後に着いたというのが微妙だね。土日が休みに入ってしまうから、金曜日というのはチケット再発行してもらう最後のチャンスの日だもの。
 もし僕が、妻が言っていたように行動したとしよう。つまり金曜日までJALプラザに行くのを待っていたとする。午後から「こうもり」の練習があるから、僕は午前中に行ったでしょうね。書留が着くちょっと前くらいに再発行が済み、その直後に妻から「着きました。」とメールが入るんだ。これの方がドラマチックでよかったか。いいや、よかあないよ。

 やられたあ。最も微妙で最もどうにもならないタイミングで、航空券がパリの空から上海の空を通って一ヶ月の旅をして三澤家にやって来ました。僕は、待ちに待ったその航空券を使わずに、再発行された真新しい航空券でパリに飛びます。

 妻まかせでよく分かっていなかったんだけど、この元の航空券ね、マイレージのたまったポイントでゲットしたものだったんだ。だからただだったはずだけど、ただほど怖いものはない。ただといっても最初のロンドンからの発券の際、約一万円の手数料がかかっている。それからChronopostの七千円(畜生!普通郵便で送らせれば安いし、かえって問題なく着いたのによ!)と再発行の一万円で、しめて二万七千円。なんだい、ただどころか随分かかっているよ。

いってきま~す!
 というわけで、みなさんお元気で。
僕たち夫婦は、17日月曜日成田を発ち、その日の内にパリ入り。18日は、パリで一日旅の疲れを癒し、時差ぼけを調整。
19日水曜日早朝からイタリアに飛ぶ。ローマ空港を通り越して、そのままアシジ入り。アシジの女子フランシスコ会の施設に三泊する。
22日土曜日早朝にアシジを出発。またローマを通り越して、ナポリからソレントまで足を伸ばす予定。ここはまだ宿も取っていない。行き当たりばったりの旅。
23日日曜日、いよいよローマに入る。家族四人でバチカン・サンピエトロ寺院でのミサに出席するつもり。
パリには24日月曜日に帰り、あとのまるまる一週間は基本的にパリに滞在する。娘達はその頃には復活祭休暇が終わって、またレッスンをはじめとして忙しい学校生活が再開する。

 全てを忘れてのんびりするので更新はあてにしないでください。イタリアではインターネットにつなげるか保証の限りではないしね。
とは言っても、絶対何も書かないでは済まない性格。どこかでドッカーンとイタリア紀行、パリ散策などのスペシャル・ヴァージョンが届くと思います。うひひひひひ、楽しみ楽しみ!!


でも、本当に行けるんだろうかねえ・・・・。まだなんか起こりそうな気がするよ。そうだ!こうしよう。パリに着いたら掲示板にカキコするよ。
「無事着きました!」
ってね。
それではみなさん、本当にお元気で。バイバイ!Au revoir !



Cafe MDR HOME


© HIROFUMI MISAWA