モモちゃんが突然やってきた!

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

モモちゃんが突然やってきた!
 僕の家にはカメが三匹いた。最初にペット・ショップから買ってきたのが1990年代の最初だから、もう15年以上になる。よくある直径4センチくらいの緑亀だが、飼っている間にどんどん巨大化し、とても家の中には置いておけないので、軒先の水槽の中で飼っていた。
 「飼っていた」と過去形で言うのは、昨年夏にその三匹の内の二匹が逃走したのだ。あんな灼熱のさなか、逃げたところで水のありかにたどり着けずに、その辺でのたれ死にするのが関の山なので、あわててあたりを探したが、とうとう見つからなかった。
 三匹の中では、餌を食べるのも何をするのにも最ものろまで、従って一番育ちが悪く小さいマロンが一匹水槽の中に残った。日光浴をする島も他のカメたちに占領され、虐げられて生きていたマロンにとっては、今や水槽は自分だけのもの。餌も自分だけに与えられてのびのびと生活している。

 一方、僕達夫婦は、5月2日にパリから帰国してすぐに群馬の実家に帰り、そこで「おにころ」の稽古に明け暮れていた。6日土曜日に妻だけ国立の家に帰ったが、晩に妻から電話があった。
「あのねえ、カメがいるのよ。」
「そりゃいるだろうよ。それともなにかい?モネとナハ(正式名称アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク)が、逃亡を反省して戻って来たとでも言うのかい?」
「いいえ、そうじゃないの。聞いて!久し振りに帰った家で、庭の草取りをしようとして、カメの水槽の近くの草を取っていたら、土が盛り上がっているのよ。 何かと思って見たら、カメなのよ。最初死んでいるのかと思ったら、なんと動くじゃない。」
「どういうこと?」
「あたしにも分からないわ。ペット・ショップで売ってるくらいの緑亀。」
「・・・・ということは、もしかしてひょっとしてモネとナハの子供?」
「そうとしか考えられないけど、そうとも考えにくいわ。だって逃げたのが去年の夏だもの。」

 逃げた二匹のカメは、これまでにもよく卵を産んでいた。その卵が水槽の中で壊れて異臭を放ち、急いで水槽の水を取り替えたこともあった。だから考えられる可能性としては、彼等が逃亡した時に卵を産み落とし、それが孵ったということだ。でもそんなことがあり得るのかなあ。もしそれがあり得たとすると凄いことだなあ。
 とにかく、この予期せぬ新しい命に僕達は大喜びした。早速パリにいる娘達に知らせたら、彼女たちもびっくりして喜んでいる。なにせ彼女たちは、これまで飼っていたカメの名付け親なので、三澤家のカメに関しては断りなしに事を進めるわけにはいかない。

モモちゃん 同じ緑亀といっても、ちびカメは大きい水槽のマロンと一緒には飼えないので、妻はちびカメ用に小さい水槽や小石や島やヒーター、それに糸ミミズを買い込んできて飼い始めた。なんだかこういうのってワクワクするなあ。
 ちびカメは、最初はあまり動かなかったが、糸ミミズを食べ始めるとめきめき元気を取り戻し、今では水槽の中を所狭しと動き回っている。
カメは妻によってモモと命名された。
「モモかあ。いっそのことエンデのモモに出てくるカメのカシオペアっていうんじゃ駄目?」
と僕が言うと、
「だめだめ、モモちゃんの方が可愛いでしょ。」
「・・・・。」
 こういう場合、僕は指揮者といえども全く決定権がないのである。このカメの出現は自分にとってはかなりの事件だったのだが、すぐにホームページに書かなかったのは、途中で死んじゃったりしたら悲しいから。でも、もうここまでくれば大丈夫かなと思うので、こうして大々的に正式発表となったのである。

 可愛いモモちゃんを、これまでのマロン同様応援してね・・・・と書いていたら、横でタンタンが、自分のことも忘れないようにと目で訴えています。
 あ、そうそう。パリから帰ってきた日、半月ぶりに家のドアを開けたら、ちっこいヤモリがヨロヨロと飛び出してきた。三澤家には可愛い小動物が住みやすいらしい。ゴキブリだけはごめんだけどね。

新国立劇場来シーズン演目のチラシ
 皆さん!なにかの演奏会に行って、新国立劇場の来シーズンの演目のチラシをもらったら、必ず折り込み内側のエッセイを見てね。実は、来シーズンに向けてチラシを一新することになり、その中に僕のエッセイが載ることになったのだ。今週、「ドン・カルロ」のチラシが出来上がってきた。うわあ、載ってる、載ってる!
「三澤さんの文章、評判良いですよ。」
と、営業部のWさん。お世辞だとしても嬉しい。

 一応、年間を通して共通の文体で通したいという劇場側の意向に従って、来シーズンのチラシは、全演目僕のエッセイで統一するということになっている。まあ、クレームが来たらどうなるか分かんないので、あまりこの点は強調しません。
 とにかく「ドン・カルロ」に載ってるのは確実だし、原稿は「さまよえるオランダ人」までは書いて渡してある。僕は、「作品を知り、プロダクションを知っている内側から観た目」というコンセプトで、しかもほどほどに客観的に、という感じで書いてみた。どうかみなさん、読んで感想を聞かせてください。

ジャズ・コンサート
 ええと、はっきり言ってしまうといろいろ差し障りがあるので、奥歯に物のはさまったような言い方しか出来ないのだが、来週の木曜日(5月25日)に僕はひとつコンサートをする。そのコンサートは実はジャズ・コンサートなのだ。

 僕が昔ジャズをやってた事を聞きつけたある知り合いが立ち上げた企画で、最初は軽い気持ちで受けたのだが、話がだんだん大きくなってきてちょっとあわてている。
 メインは僕のピアノと、バークレー音楽院帰りの女性ジャズ・シンガーの奏でるジャズを聴くのが目的なのだが、共演するアルト・サックス、ベース、ドラムを知り合いに頼んで集めてもらったら、結構一流メンバーが集まってしまった。あわてた僕は、イタリア旅行の後のパリでの一週間をこのコンサートの練習にあてた。せっかくパリにいるのにジャズの練習をしていたのさ。

 本番は、グランド・ハイアット・ホテルのバンケット・ルームで、ディナー・ショーのようにして行う。昔、ベルリンに留学する前は、資金稼ぎのために随分仕事したが、その後しばらくそんな世界に浸かっていないから、指も動かないし、かなりあせるぜ。

 

スペース・トゥーランドット
 夏の新作子供オペラ「スペース・トゥーランドット」のチケットが発売になった。売れ行きはかなり好調だそうである。大人達にとって残念なのは、最初に親子券を売り出し、それから遅れて大人の券を発行する点だ。
 しかし皆さんに言っておくが、一度売り切れとなっても諦めないでください。子供の場合キャンセルすることが多いので、売り切れても一週間前には結構戻ってくるし、僕の知り合いで当日券が買えなかった人はいなかったのだ。

 こうした前評判をよそに、僕は「おにころ」が終わってからやっとフル・スコアを作成し始めた。これから7月頭までに死ぬ気になって書き上げないといけない。う~ん、綱渡りと言えば言えなくもないな。これで、
「あははは、曲が書き上がりませんでしたあ。」
と言えば、このプロジェクト全体がアウトだものな。どうかみなさん、僕の健康を祈ってください。

 オケの編成は、トランペット、アルト・サックス、トロンボーンというジャージーな管楽器編成に、パーカッション二人、ピアノ、エレクトーン二台、弦楽器五人という変則的なアンサンブル。今回はオリジナルの管弦楽にあまりこだわらずに自由に編曲する。

 エレクトーンの伊藤佳苗さんや塚瀬万起子さん、あるいはパーカッションの伊勢友一さんのように、演奏する人の顔を知っていると、曲って書き易い。予想では、かなり色彩的なサウンドが得られると思うんだけどな。「ジークフリートの冒険」のようにオケの音をなぞる編曲をすると、音が重なり合ってしまうけれど、今回は各楽器の特性を生かしながら、透明感のある音作りを心がけたい。これからまたしばらくは、寝る間も惜しんでの生活になる。

そんなわけで、アッシジの美しい日々を振り返る間もなく多忙な日々が続いているよ。



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