スコア完成!シードルで乾杯!

三澤洋史 

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スコア完成!シードルで乾杯!
 とうとう「スペース・トゥーランドット」のオーケストラ・スコアが完成した。この作業がなくても忙しい毎日の仕事の合間を縫ってやっていたので、この一ヶ月は本当に大変だった。
 先週も書いたけど、スコアは大画面でないと出来ないので、本来くつろぎの空間であるはずの家庭が最も多忙な時間となった。「夜も寝ずに」と言いたいところだが、短期間ならともかく、長期間に渡って健康を維持しながらやらなければならないので、最低限の睡眠時間はどうしたって確保しなければならない。
 新国立劇場の公演や夜の練習から帰ってくると、まず食事を取り、それから、
「今日は1時に寝ることにして、さあ、今から2時間半あるぞ。この間に『M4時空を超えて』を仕上げるぞお!」
と、その都度目標を決めて取りかかる。
 ところが、本番や練習で疲れ切って心身共にやる気が失せていることもしばしば。そんな時は食事中のたった一杯のビールで酔っぱらってしまう。
「だめだ、こりゃあ。今日はこのまま飲んじゃえ。」
で、いつのまにかビールが赤ワインに変わっている。で、当然のごとく目標達成はどこえやら。作曲家のように、他の仕事をしないでどこかにカンヅメになって出来るのだったら、10日間くらいで完成するのになあ、と何度思ったことか。

 僕の場合、午前中が最も脳がクリアーで仕事がはかどる。この一ヶ月は7時半起床。そのまま愛犬タンタンの散歩に行って、帰ってくるとトマト・ジュースを飲み、朝食。このトマト・ジュースが体をしゃきんとさせていいんだ。
 タンタンの散歩と朝食ですっかり体が起きるので、8時半過ぎから仕事にかかる。ところが、午前中にはよく仕事上の大事な電話がかかってくるのだ。電話取材もある。またまた目標達成が・・・・。

 そうした数々の妨害にもめげずにやっと完成したんだ。明日からゆったりと暮らせるぞう。でも・・・・つまんないなあ。明日から僕は何を頼りに生きていこう?
 大変な仕事をする時はいつもこんな奇妙な気持ちになるんだ。やっている時は、あまりに大変なので早く終わらないかなと、そればっかし考えているんだが、実際にはその期間というのは精神的には充実しているんだな。だからそれが達成されてしまうと、生き甲斐が失せてしまって、なにか虚無感にとらわれるんだ。
 僕の人生ってそれの繰り返しだ。逆に言うと、虚無感のないような仕事って、それだけの価値しかない仕事だ。「楽ちん楽ちん!」なんていう仕事ばかりやっていたら芸術家は確実に駄目になる。だからこれも運命。

 そんなわけで、とうとう仕上がった!!昨日8日土曜日は、高校生のための鑑賞教室「カヴァレリア・ルスティカーナ」ゲネプロ前にスコアをライブラリアンに渡した。万歳!夜はミュージカル「おにころ」特別練習がくにたち市民芸術小ホールであったが、その後家に帰ってきてささやかなお祝いをした。長女志保がパリから買ってきてくれたシードル(リンゴ酒)
 僕は自分でトマト、バジル、オリーブ、サラミ、モッツァレラのサラダを作った。ドレッシングは使わない。オリーブ・オイルとバルサミーコだけ。食卓には妻が用意してくれたあさりの酒蒸しや焼き鳥などが並んだ。
 なんといっても楽しみだったのは、長女志保がパリから買ってきてくれたシードル(りんご酒)だ。これは発泡性が強いので、無事に持ってこれるかどうか心配だった。4月にパリに行った時、空けようと思ってコルクの周りに付いている針金を取っていたら、それだけでポン!と大きい音を出してコルクが天井にぶち当たり、僕はシードルの泡のシャワーを頭からもろに浴びた。
「うわあ!」
娘達は笑い転げている。気がついてみると、瓶の中のシードルは半分以下に減っていた。

「大丈夫かなあ?飛行機の中で割れないかなあ?」
と、今回もかなり心配したが、シードルは無事三澤家に辿り着き、昨日まで冷蔵庫の中で静かに眠っていた。
 でも昨晩、僕が針金を取ると、すでにハンカチで覆った後だったからよかったが、コルクはまたまた軽い音をたてて自分ではずれた。

 志保が買ってきたシードルは、コンクールで金賞を取ったと書いてあるだけあって、りんごの味が上品に香る柔らかな逸品だった。
「モン・サン・ミッシェルで飲んだのもこんな感じだった?」
と妻が聞く。
「ううん、もっと田舎っぽいの。もっと黄色っぽくて下に沈殿しているんだ。」
と志保が答える。
「でもこっちの方がはるかに飲みやすいね。」
と僕。
 京都弁ではこんな状態を、「ホッコリする。」と言うんだよな。標準語にはこの雰囲気を表現するふさわしい言葉がない。昨晩の僕は大仕事が終わってホッコリしたんだ。

ヤバイものが出来つつある~「スペース・トゥーランドット」
 それにしても、「スペース・トゥーランドット」は、はっきし言ってヤバイぜ。何がヤバイかというと、まず稽古場が楽しすぎる。キャスト達はノリノリだし、アドリブ連発でどこまで面白くなるのか想像がつかない。子供オペラというけれど、聴衆が子供ということなんか考えなくても、やってる本人達の感性が、そのままで完全に子供なのだ。もう笑いすぎてお腹が痛いんだ。

 たとえば・・・・。氷の女王トゥーランドットは、ラベンダー姫を助けにやってきた宇宙警備隊レオに向かって、姫を助けたければ三つのナゾナゾに挑戦するべきだと告げる。しかし一問でも間違ったら命を失うのよと脅かす。女王は突然銃を取り出し、言う。
「これは特別な冷凍銃イナバウアー。解けなかった場合、お前はこの銃の餌食になる。この銃で撃たれると、足はがに股になり、体は後ろに反り返ったまま絶体零度、すなわち零下273度で瞬間的に凍り付くのよ。ほら、こんな風に。」
 銃を取り出すシーンで、僕がアイデアを出す。
「ここにSE(効果音)をつけてもらうように音響に言おう。シャキーンというわざとらしい剣を抜く音がいいね。だから女王はタイミングを決めてサッと出してね。そうだ。SEが来るまで自分でいいながら銃を出して。」
 ところがオペラ歌手がオペラ的発声で、
「シャキーン!」
と言いながら銃を出すのがめちゃめちゃ可笑しい。あまり可笑しいのでみんな吹き出してしまって次に進めない。結局SEではなく口で言うことになった。

 女王が「ほら、こんな風に。」と言うと、スクリーンには冷凍銃を浴びて体がイナバウアーのように反り返る映像が映し出されるが、演出の田尾下君は、
「それではそこにいる全員がイナバウアーの格好をしよう!」
と言い出す。しかも、女王の手下のギャング、ペペ、ロン、チーノは、その格好のままで歌い出すことになった。体が反っているので良い声が出ない。でもその変な声がますます可笑しい。
「マエストロいいの?こんな声になっちゃうんだけど・・・・。」
「いい、いい。その方が百倍可笑しい。」
 大体指揮者からしてこうだから、誰もこの暴走を止める者がいない。って、ゆーか、この音楽とテキストの部分を考えたのがそもそも僕自身なんだからね。

 ナゾナゾのシーンはもっと可笑しい。ナゾナゾの第一問、第二問はガクッとくるようなしょうもないナゾナゾなんだ。ちょっと今日はネタバレするよ。

第一問。太郎さんが風邪で学校を休みました。そこで花子さんがお見舞いに行こうとすると・・・・、途中に牛がいて蝶々が飛んでいました。さてそこで問題です。太郎さんは、何の病気でしょう。

 ペペ、ロン、チーノがきて誤った答えを導くべく攪乱する。
「チーノちゃん、牛は何てなく?」
「モーウ、モーウ」
「でもってチョウでしょう。だから答えはモウチョ・・・」
「シーッ!」
「もうチョウっとで答えがばれるとこだった。」

 サイボーグでIQ500のタムタムは、すっかりだまされて、
「答えは盲腸だタム。」
と小声でレオに言う。
レオは、
「いや、違う。」
そして女王に向かって叫ぶ。
「あなたは、最初に言ったのだ。太郎さんが風邪で学校を休んだと。だから、答えは『風邪』だ!」

 このペペ、ロン、チーノの攪乱だけのために、かつて「スペインの時」の公演で使用したリモコン式の実物大の牛が登場する。びっくりするよ。それと針金の付いた蝶々も使う。みんな使い回しだけれど、こんなことが出来るのも新国立劇場ならではだね。
 ちなみに、このナゾナゾが、プッチーニの音楽に乗って行われるのだ。長女の志保は、
「最初、こういう部分はみんなパパの作曲かとおもっていたけど、伴奏譜をさらった後、トゥーランドットのDVDを見てみたら、ほとんどトゥーランドットの音楽から出来ているんでびっくりしたよ。よく組み合わせたね。」
と驚いていた。まあ、僕としてみると、作曲するのと同じなんだけどね。音のマテリアルが自分の音楽か他人の音楽かだけの違いなんだ。

 稽古ピアニストの志保は、初日こそ緊張していたけれど、しだいに慣れてきて、楽しそうに練習に参加している。朝、一緒に家を出て、10時、あるいは11時から始まる練習の前に二人で新国立劇場前のドトールに寄り、コーヒーを飲んでから出勤する。
 稽古場ではみんな、
「いいわねえ、親子で一緒に仕事なんて。」
とうらやましがったりからかったりするが、なんだか恥ずかしいような不思議な気持ちだ。

 僕と副指揮者の城谷君は交代しながらやっているが、志保だけは、一日3コマ完全参加。終わるとクタクタだと思うが、若いから元気だ。帰国して次の日から練習に参加したので、かえって時差ぼけ対策には効果的だったようだ。
 今日、日曜日はお休み。志保は、僕のスコアが出来上がったので、オーケストラ用の譜面をさらってから、バーゲンに行くって張り切っている。
 僕は、明日納品するパート譜を見直して、晩は再び「おにころ」特別練習。今晩は早く寝て、ワールドカップ決勝戦に備える。忙しいけど充実した夏。今、僕は人生が楽しくてしかたがない。



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© HIROFUMI MISAWA