セプテンバー

三澤洋史 

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セプテンバー
 あっというまに9月がやってきた。この歳になると、まるで夢を見ているように時が過ぎていく。タンタンの散歩をしていると、谷保の断層下の水田の稲がだんだん成長してきているのが日に日に感じられる。
 天に挑戦するかのように真っ直ぐ伸びた緑の葉が最初主役だった。その上昇エネルギーは潔く爽やかだった。しかしある時、葉の中から申し訳なさそうに穂が顔を出し始めた。それはみるみる内にたくましくなり、とうとう葉に対して主張し始めた。
「実は自分こそがこのドラマの主役だったのだ。」
稲は穂を結ぶためにあったのだ。これが稲の下克上。それに気がつき始めるということは、つまり収穫が秒読みに入っているということなのだ。

 まだまだ残暑が残るものの、蝉の声がいつしかディミヌエンドして、タンタンの鼻先を蜻蛉(トンボ)が涼しそうに横切るようになってきた。この頃になると毎年、僕はこの「今日この頃」で同じようなことを書く。
 つまり、何故誰も言わなくても、季節が移り変わり、それぞれの季節の主役が交代してゆくのだろうか?誰がそれを仕切っているのだろうか?あと半月もすると、また誰も何も言わないのに曼珠沙華が咲くんだ。

 金曜日の晩は、新国立劇場で一日仕事して楽屋口を出る時、久し振りに建物の中より外の方が涼しかった。
「ああ、これで今夜は妻と喧嘩しなくて済むな。」
と思うと、ささやかな歓びを感じた。

 元来僕は暑がりなのだが、それに加えて、夏の間日本を離れてバイロイトで過ごす生活を五年間も続けている間に、体がすっかりヨーロッパ仕様になってしまって、日本の夏の夜の暑さと湿気に耐えられなくなってしまった。
 で、暑い夜は、除湿つまりドライが欠かせないのだ。ところが妻は大の冷房機嫌い。その代わり扇風機をかける。僕は逆に扇風機がダメ。喉に影響があり、声が落ちてしまって涸れる。声楽関係の仕事している僕には致命的だ。
 そんなわけで、隣同士のベッドで寝ている僕と妻の間でいつも喧嘩が起きる。で、結局、たとえば最初の二時間だけタイマーをかけてドライ。その後妻が窓を開けて扇風機という具合に互いに妥協するのだけれど、互いに不満。
 夜中に暑くて起きて、妻が寝ているのを確かめ、しめしめと再び窓を閉めてドライをかけると、いきなり彼女は起きて寒い寒いと騒ぎ出す。チェッ!
 あるいは朝目が覚めると汗びっしょりかいている。一日の始まりから不快感。ふうっ!早く涼しくなってくれないと本当に困るよ。
 そんなに大変ならば別々の部屋で寝ればいいじゃないと思うだろう。ダメダメ。僕たちは愛し合っているんだから、別れて寝るなんて考えられないんだ。分かったあ?

貧しい音楽一家に愛の手を
 長女志保が8月28日月曜日にパリに帰って行ってから家の中が急に静かになった。志保は電話をかけてきて最初のうちこそ淋しそうだったけれど、すぐ慣れて、今はやる気に燃えて学校に行って練習室でピアノをガンガン練習しているようだ。
「パパあ、パリのワインはおいしいぜえ!」
なんてほざいている。
 次女杏奈はお姉ちゃんより一週間遅れて、明日9月4日に機上の人となる。何故一週間遅く帰って行くのかというと、クラリネットをやっている杏奈はコンクールを受けていたからだ。実は今年の夏は、杏奈は「おにころ」の準備などしながら日本で三つもコンクールを受けていたんだ。

 最初が中国音楽理事会主催の第9回“長江杯”国際コンクール大学生の部。これは第二位だった。それから国際芸術連盟主催の第11回JILA音楽コンクール。この本選は「おにころ」練習の真っ只中、8月18日金曜日だった。なんだか演奏中に失敗して入り損なって止まったらしい。
 「おにころ」オケ付き舞台稽古に遅刻して入った彼女は、もうさっぱりした顔をして、
「あーダメダメ。今日は最低。結果は知れている。」
と言っていたけれど、後日結果を見たらなんと三位だった。一番信じられないのは本人だった。
「うっそー!なんで?」
僕は言った。
「ミスはミスで減点の対象にはなるけれど、基本的にはもっと根本的な力量を見て判断するからね。ノーミスの人が一番になるとは限らないし、その逆だってあるさ。」
 そして第11回全日本ジュニアクラシックコンクール。これは8月28日に予選、29日に本選。結果発表は31日にあった。一位なしの二位だった。

 杏奈は本番に強いなあ。でも本当はまだまだ開発途上。「おにころ」をやっていると、やはり多少なりとも年の功か、コンセルヴァトワール伴奏科で鍛えられているお姉ちゃんの方はかなりしっかりしているが、杏奈はよく拍数を数え間違えたり、臨時記号を読み損なったりケアレスミス多発で、まだまだ一人前の音楽家としては頼りない。
「コラ!また間違えた!」
「えへっ!」
 曲想についても、ここはこういう感じと教えれば出来るんだが、まだ自分自身で様々な曲想に対応するだけのキャパシティが足りない。こうしたことは人に教わって出来る領域ではない。親としても何も出来ないし、してしまったら本人のためではない。だから僕はコンクールの練習を聴いていて、個人的にはいろいろ思っても、曲想に関してはほとんど何も言わなかった。
 今のこの歳の自分の感性で感じて、今の偽らざる演奏をして入らないんだったらそれまでよ。外側から作ってやって、その曲だけ不自然に仕上がりがよくて入賞して、本人勘違いして傲慢になられても困る。

 「このままじゃ、まだプロとしてはとても使えないよ。」
と僕はシビアに杏奈に言っていた。普段プロの演奏を聞き慣れているから、杏奈を見ていてもまだまだだとしか思えないのだ。こんな親を持つとどこまでやっても褒めてもらえないので苦労するだろうね。
 杏奈は当然一位を狙っていただろうけど、一位なしの二位というのは、今の杏奈の状態を良くあらわしている。もうひとつテクニックも完璧になって、説得力のある大人の音楽が出来るようにならなければ、僕が審査員だったとしても“一位”というものはあげられない。
 一方、杏奈がクラリネットを始めた中学生の頃から、僕は彼女がすでに自分の“音”を持っている事に気付いていた。“音”を持っているかどうかは、先天的なものなのだ。練習さえ積めばプロになれるわけではない。そこが分かれ目。
 しかしこうした天からのBegabungを持っているからといって、そのまま大成するという保証はどこにもない。最も危険なのは、適当なレベルで慢心すること。慢心によってつぶれていった有能な音楽家を僕は嫌というほど知っている。杏奈の完成までの道のりはまだ遠い。精進、精進!

 それで各コンクールが入賞者披露演奏会をするんだ。
「パパ、杏奈は向こうに行っているから無理だよね。」
「何言ってるんだ。こういうのは出なくてはダメだよ。」
「でも航空代がかかるし、それにチケット・ノルマがあるんだ。パリでも学期の途中だし。」「ダメダメ。中三日間でもいいから帰ってきなさい。少しでも人に知ってもらうことが大事だし、若いときはお金払って経験を買うものだ。」

 でも三つのコンクールがそれぞれ演奏会するので親の財布は楽ではない。日程を見てみたら長江杯コンクールとジュニアクラシックコンクールの日が11月26日で完全に重なっている。すでに長江杯に通知を出してしまった後なので、これはそちらに出るしかない。長江杯の披露演奏会は11月26日(日)曳舟文化センター大ホール。

 JILAの披露演奏会「エクセレント・アーティスト・コンサート」は、来年の1月27日(土)19:00か28日(日)13:00のどちらかだ。場所は東京オペラシティ・リサイタルホール。
 杏奈は今度の12月で20歳になり、来年1月には成人式なのだ。それで成人式には出られないが、この演奏会に合わせて帰国し、着物を着ておばあちゃん達に見せようということになった。またこの時期には志保も一緒に帰国し、杏奈と一緒に僕のお袋の縫った着物を着ておばあちゃん達に見せてから、演奏会では杏奈の伴奏をすることになった。だから40枚ノルマの切符も多少売りやすいかな。

 そこでみなさんに今からお願いしておきます。この二回の入賞披露演奏会のチケットをどうか買ってください。チケットやチラシを入手したら詳細をまたお知らせします。僕はチケットを常に持ち歩くことになると思うので、僕にたまたま会ったら練習場であろうと道であろうとトイレであろうとお気軽に声をかけて、
「杏奈ちゃんの披露演奏会のチケット。」
とただ言って下さればいいのです。
貧しい音楽一家に愛の手を・・・・。た、たすけて・・・!  


ドン・カルロ開演間近
 「ドン・カルロって、ある意味“弔いのオペラ”Traueroperだなあ。」
と僕の隣でノヴォラツスキー芸術監督がポツリと言った。オケ付き舞台稽古で全曲通して味わってみると、じわじわとそこはかとない寂寥感が漂ってくる。みんな一生懸命生きているのに、誰も報われない。誰も幸福を手にすることが出来ない。

 ヴェルディがパリのオペラ座のために華やかなグランド・オペラを作ったはずなのに、出来上がったものは、こんなに重苦しい内容だった。大合唱やバレエも含んだ最大の見せ場であるはずの第二幕第二場、すなわち「アイーダ」の大行進曲に相当する大スペクタクル場面は、なんと火刑台への行進だ。しかもテーマは新教と旧教との対立。この対立には出口がないのだ。これではパリでの成功は無理というものだ。

 しかし僕はこのオペラをこよなく愛する。終幕近く、ドン・カルロとエリザベッタが別れを惜しみながら歌う二重唱の音楽のはかなさを何とたとえよう。ミミッミ、ミミッミ、ミレレー、というメロディーに乗って、カルロが歌う。
「今、全てが終わり、あなたの手から僕の手を離す・・・君は泣いているの?」
それからエリザベッタが美しいメロディーを歌う。
「天上で逢いましょう。地上ではいつも逃げ去ってしまうしあわせを、あたしたちはかの地で見い出すでしょう。」
そして二人で名残惜しそうに、
「per sempre addio !  永久に・・・さようなら・・・。」
ううう、思い出すだけで鳥肌が立つよ。この無常観はたまんないね。

 今回のエリザベッタ役の大村博美さんは、「蝶々夫人」をやってもそうだったけど、実に清楚、可憐で、胸キュンとなるのだ。彼女は素顔でもそのまんま。稽古場でも実にひたむきに役に体当たりしていく。大村さんのような存在はヴェルディでも貴重で新鮮だ。

「ドン・カルロ」は9月7日(木)が初日。21日までに6回公演。

【事務局注】新国立劇場オペラトーク「ドン・カルロ」(2006.8.24)の原稿を予稿集に掲載してございます。併せてご覧下さい。



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