マーラーよ、僕を一体どこに連れて行く?

三澤洋史 

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名古屋から
 昨日(9月30日土曜日)から名古屋に来ている。(この原稿は日曜日の朝、ホテルで書いている)朝6時に国立の家を出て新幹線に乗り、10時からの練習に出た。本番は来週8日で、今週は土日かけてガシガシと集中練習だ。
 アルトの三輪陽子さんが10時に来て、まずマーラー「大地の歌」の終曲「告別」から練習開始。初めて2台のハープとチェレスタが来た。すごく心配だったけれど、みんなしっかりしていたのでかなり安心した。特にチェレスタの人は名古屋フィルの鍵盤楽器奏者で、けっして落ちたり迷ったりすることなくきちんと弾いてくれた。「告別」の最後でコケたら悲しいものな。

 アマチュア・オケでマーラーをやることの恐ろしさ!それぞれのパートがさりげなく超絶技巧を披露するんだ。
「えっ?これってどう弾くの?」
という箇所があっちにこっちにある。結局「告別」だけで午前中の練習が終わってしまった。それにしても、マーラーのオーケストレーションは凄いな。マーラーって、ある意味病んでいる音楽を書いているので、ひ弱な生活を送っていたのかなと思われがちだが、とんでもない!ウィーン国立歌劇場の音楽監督まで上り詰めた人で、普段は様々なオペラを何でもござれと指揮していたんだ。集中して作曲が出来るのはバカンスの間だ。普段指揮者としていろんな音楽のオーケストレーションに生で接しているので、どの楽器にどう演奏させたら何が出来るか本当によく知っている。その上に立ってギリギリまでのことをやらせるもんだから、
「これ、出来ねえや。」
と言いたいのだが、落ち着いてやれば演奏不可能ではない。その代わりアマチュアなんかだと時間がめちゃめちゃかかるのである。

 午後になったら高橋淳が来た。
「午前中に三輪さんの曲終わらせようと思ったけど、無理だった。」
で、午後は二人の曲を交互に混ぜながら、というか、つまり一曲目から曲順で練習を進めていった。
 3時に初鹿野剛君が来たが、マイスタージンガーの練習が始まったのは4時過ぎ。それから5時に合唱も来て結局なんだかんだで8時近くまでかかった。ふうっ!長い一日!

風来坊
 いや、長い一日はそれで終わらなかった。その後、東京勢がホテルにチェックインすると、みんなで「風来坊」に手羽先の唐揚げを食べに行った。

 名古屋の人は手羽先の唐揚げなんて日本中にあるだろうとごく自然に思いこんでいる。しかし関東では、あまり手羽先を食べる習慣がない。唐揚げして甘辛いタレに漬けコショーを振りゴマをかけるだけのシンプルなもの。でも名古屋に来るまでその存在すら知らなかった。
 僕の場合は、ヨーロッパ留学から帰って最初の定職が愛知県立芸術大学非常勤講師だったが、その時学生達から教わった。同時に味噌煮込みうどんなど名古屋グルメのデビューも果たした。あの頃は、声楽科大学院の重唱やオペラの授業の学内発表会とかあると、その後必ず打ち上げをして学生達と親睦を深めていたな。って、ゆーか、僕も30歳くらいだったし、ほとんど友達感覚だった。

 手羽先の唐揚げは、最近東京にも進出している「世界の山ちゃん」とかもあるが、「世界の山ちゃん」は辛口でコショーが効き過ぎている。僕には、「風来坊」のあのちょっと甘みの味付けがたまらないのだ。
 愛知芸大をやめる時、学生達と最後の飲み会をやった。会場は迷わず「風来坊」に決めた。その時集まった学生は10人ちょっとくらいだったが、手羽先をなんと50人前分頼んだのが今でも記憶に残っている。みんな血気盛んな若者だったので、女子学生もかなりいたにもかかわらず、全部たいらげたぜ。僕達の前に積み上がった骨の山を見て、なんか自分たちが野蛮人に見えたのがなつかしい。

 その「風来坊」に昨晩は歌手達を案内した。主催者達も来た。みんなうまいうまいと夢中で食べていたよ。手羽先には食べ方の作法がある。これも学生から教わった。まず真ん中の骨を取る。指で下から上に向かって押すと、ポコンって感じで簡単に取れる。それからガブッと噛みつくのだ。

 それにしても初鹿野君と高橋淳を一緒にした今回のプロジェクトはヤバイっす。二人ともなんだかよく似ていて、簡単にアホアホ・モードに突入してしまうのである。しかも初鹿野君は“歩くインターネット”と呼ばれているくらい、いろんなことを何でも知っていて、今回も日本の声楽界のゴシップで勝手に高橋淳と盛り上がり始めた。
 そこにさらに前半の「大地の歌」の練習だけで上がって別の仕事のオケ合わせに行って戻ってきた三輪さんが合流したもんだから、ますます座は盛り上がってもうどうにも止まらない!だ、誰かこいつらを止めてくれえ~!
 結局笑いすぎてお腹の筋肉が疲れた僕は、ホテルに戻ってくるとそのままベットに倒れ込み、バタン・キューで朝までぐっすり寝たぜ。

帰りの新幹線で思うこと
 今は帰りの新幹線。今日の練習は、午前中マーラー、午後はマイスタージンガーだった。
「大地の歌」は、どの曲もひとひねりふたひねりしてあって難しい。昨日は「告別」にかなり時間を割いたので、今日はそれ以外の曲を中心に練習をした。でもだいぶそれらしくなってきたぞ。

 やりながら気がついたことがある。マーラーにとって歌詞とは、音楽を導き出すインスピレーションを提供するが、マーラーの音楽自体は、とどのつまりは歌詞を描写しているのではないということだ。どの歌詞の上にどの音型を作ろうとも、マーラーの音楽が映し出しているものは、「この現世は仮の世界」ということと、「現世を超えたマーラーの楽園のイメージ」なのである。それは一見厭世的で投げやりな第五曲「春に酔える者」の中にも流れていて、これを歌詞に沿って理解しようとすると、マーラーの音楽への理解には永久に辿り着かない。

 一方、ワーグナーの「マイスタージンガー」は、ハ長調という明るい調性ではありながら、同時期に書かれた「トリスタンとイゾルデ」の音楽世界のショーペンハウエル的厭世主義の色が背後で流れ続けている。勝利の最中に流れるザックスの諦念のモチーフなどは、若い頃のワーグナーには決してなかったものだ。そう考えてみるとザックスとマルケ王とは案外似ているんだな。二人とも運命に逆らえないんだ。
一見ミスマッチに見える「マイスタージンガー」と「大地の歌」。曲想もなにもかも対極的でありながら、意外とコンビネーションとしては正解だったかなと思うよ。

 ホームページを御覧のみなさん。今週はこの二曲を勉強し、そして名古屋でオケ練及びオケ合わせしただけで終わってしまったよ。だからあまり書くことがありません。
 毎日ワーグナー、マーラーが頭の中に響いて離れません。実際の音を聴いているのだったら、スイッチを切れば止むけれど、勝手に頭の中でイメージとして鳴っている場合、どうしたって切れない。それはそれで結構辛いものがあるんだ。
 シューマンは、ある特定の音が頭の中で鳴っていて止まらないと言い出したが、それが彼の精神障害の第一歩だったという。とすれば僕もそうか。いや世界中の指揮者はみんなそうだよ。まあ、指揮者になろうと思うこと自体普通じゃないんだな。

前人未踏
 スコアを深く勉強していて、マーラー以外のどの作曲家にも思わないことは、これ以上勉強してマーラーに近づくとヤバいという変な自制心だ。バッハでもワーグナーでもやればやるほど充実して、生に対して肯定的になってくるが、マーラーだけは違う。やればやるほど、「ああ、自分は死ぬんだな。」と思えてくるのだ。だからヤバい世界にイッてしまうのだ。生と死との境目が薄れてくると言ったらいいのだろうか。それが、さっきも書いた、マーラーの楽園の世界なのかも知れない。でも僕は恐れないで行くよ。

 ともかく、これだけマーラーにのめり込んだのは初めてだ。ただ一音楽ファンとしてCDを聴いているのとは全く次元が違う。スコアの一音一音を憶え、自分の体と合体させるのだ。吐く息のひとつひとつからマーラーの息吹が出てきそうだ。そしてこれから8日の演奏会まで一週間、もっともっとのめり込んでいくと思う。
 どこまでイッちゃうんだろう?自分にとってみると前人未踏の境地。決して戻ってくることのない道に踏み込んでいくような空恐ろしい気もする。その時自分に何が見えてくるのだろうか?マーラーよ、僕を一体どこに連れて行く?



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