月へ行くのだ!
弱冠26歳のマエストロ
「フィデリオ」の指揮者、コルネリウス・マイスターは、なんと現在26歳!2年前からハイデルベルク歌劇場の音楽監督なんだって。ということは24歳でもう音楽監督になったんだ。まず名前がいいわなあ。僕たちは冗談まじりにマエストロ・マイスター(巨匠・巨匠)と呼んでいるが、本人も呼ばれて悪い気はしてないようだ。ノヴォラツスキー芸術監督に、
「どういう経緯で彼を呼んだの?」
と聞いてみたら、
「いや、とにかく、あっちからもこっちからも良い評判が聞こえてきたからね。試しに呼んでみたんだ。」
と言う。
これがイタリア人だったら、こんな若くして大活躍してたら、めちゃめちゃ鼻っ柱が強くて生意気だろうが、コルネリウスはどこでもいるような感じの良いあんちゃんって感じ。合唱団の女性達が早くも騒ぎ始めている。
「お肌なんか真っ白でつるつるだわ。」
「可愛いわねえ。」
お姉さん達、食べちゃわないでよ。まだ前途ある若者なんだから。
指揮のテクニックに関してはまだ100%仕上がっているわけではない。ところどころ分かりづらいところもある。無理もない。まだ普通だったら誰かについて習っている歳だもの。
でもオケ練習を聴いて驚いたことは、オーケストラから良い音が出ているんだ。なぜだか分からない。こんな経験どこかでしたことあるぞ。ええと、どこだったっけな。あっ、そうだ!シノポリだ!
コルネリウスとは振り方は全く違うけれど、バイロイトでシノポリの棒を見て、それから出ているオーケストラの音を聴いて不思議に思った記憶が甦ってきた。シノポリの棒は、肘を使いすぎてクニャクニャしてとても分かりにくかった。ある時なんか、分かりにくいくせにもっと合わせろと合唱に要求したもんだから、バイロイトの名物合唱指揮者バラッチと大喧嘩になったほどだった。
でもそんな棒なのに、オーケストラからは言いようのない艶やかな音が出ていたんだ。どのようなメカニズムでああいう振り方からああいう音が出るのか皆目見当がつかなかったけれど、確かに言えることは、それは偶然そうなっているのではなくて、シノポリが心の中に持っているイメージがそうさせているのだということだ。つまりテクニックではなくて、イメージさえあれば、最終的にはなんか伝わるのだということだな。
コルネリウスが他の若い指揮者にないものを持っているとすれば、そのイメージだ。彼も自分の“音”を持っているんだ。これだな。音楽家にとって決定的なものは。
彼に興味がある僕は、いろいろ聞き出してみた。
「どうやって、今日に至っているの?音大なんてそもそも行ったの?」
「行ったよ。ハノーファーの音大とザルツブルクのモーツァルテウム音楽院。でもハノーファー音大はもう16歳の時から行ってるんだ。で、20歳の時からハノーファー歌劇場で働きだした。音楽監督の下で練習プランを作ったり、歌手を相手にピアノ弾きながら稽古つけたりしていたのがとても役に立ったよ。その内にハンブルクやベルリンから現代音楽のプロジェクトのコレペティトールとして呼んでもらった。そして今いるハイデルベルクに音楽監督として呼んでもらえたというわけさ。」
「ふうん。よく若い指揮者でコンクールでいきなり一番を取ってしまって、そのまま大きなポストについてしまったものの、何も知らないということがあるじゃない。君はその点違うね。若いのに劇場というものがどういうものか知っている。」
「いろいろ失敗したよ。たとえば、劇場の袖に椅子が置いてあった。僕は暇な時にそこに座って、それからそれを邪魔じゃない所に片付けておいた。そしたら後で大問題になったんだ。その椅子は舞台道具で、大道具さんが必至で探したんだけど見つからなくて、結局歌手達は大事な椅子なしで演技しなければならない羽目に陥った。こんな風に劇場では全てが連動しているんだ。でも、それに気がついてきたら今度は劇場内で起こること全てに興味を持って全てが楽しくなったんだ。衣裳もメイクも舞台転換も、みんなオペラというものを支えているんだ。」
どうだい、若くてもなかなかしっかりしているだろう。それにしてもドイツという国もやっぱり凄いね。こういう人材をきちんと掘り出し、評価して、こんなに若くてもしかるべき地位を用意してあげる判断力と度量を持っているんだもの。日本人にはなかなか出来ないな。
「フィデリオ」の公演は11月30日木曜日が初日。超有名になる前のコルネリウス。一見の価値はあるかも知れない。初演の時も大評判を取った合唱団も頑張っているよ。
一方、12月1日金曜日初日の「セヴィリアの理髪師」の指揮者ミケーレ・カルッリは、まるで宇宙人のようで、音楽的ではあるがかなり素行が怪しい。合唱団のみんなは、彼が何か言う度に笑いをこらえるのに必至だ。本人至って大真面目なんだけどね。歌手の中では、アルマヴィーヴァ伯爵のローレンス・ブラウンリーという黒人歌手が断トツに素晴らしい。
この全くキャラクターの違う二つの公演をとっかえひっかえやることがどれだけ大変な事か。でもこの劇場は底力がついてきたんだな。どちらも最高のレベルでやってやるぜ。
ボジョレーと共に帰国
今、次女の杏奈が帰ってきている。長江杯コンクールの披露演奏会のためだ。22日の水曜日に着いて明日の日曜日が演奏会。28日火曜日には再び機上の人となる。あっという間だな。
彼女はボジョレー・ヌーボーをぶら下げて帰ってきた。今年のボジョレーが当たり年と以前書いたが、僕の勘違いだ。ごめんね。逆に今年は日照時間が短いので、甘みが出なかったそうだ。
でも、でもね、それが僕にとっては良かったのだ。僕は甘いボジョレーがとても苦手なのだ。なんだか葡萄ジュースに毛が生えたみたいで、よけい若くて未熟な感じがして嫌なのだ。その点、今年のボジョレーは僕には最高なんだ。やや酸味があってコクがある感じがする。だから解禁になってから随分飲んでるよ。巷の格付けがなんだい。僕は自分でおいしいと思ったものを飲んで楽しむまでさ。僕にとっては当たり年だい!