父親たちの星条旗

三澤洋史 

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読書三昧
 手当たり次第本を読んでいる。僕の場合、ひとつの本番が終わると、次の本番や合唱音楽練習初日のための勉強をいつから開始しようと決めて、その前に出来 るだけ本を読む。本番が多過ぎると、好きな本が読めないのでストレスになる。だから、それを見越してあまり本番が密集しないように心がけているんだ。音楽 だけやってると人間が一面的になってしまうからね。なるべく幅広く思考することが大事なんだよ。
 先日「月に行くのだ!」といって話題になった「月の扉」の著者、石持浅海(いしもち あさみ)のデビュー作、「アイルランドの薔薇」(光文社文庫)は、 推理小説としては「月の扉」より良く出来ている。北アイルランドという国の政治的特異性とストーリーとをよく組み合わせている。
 推理小説界の大御所、西村京太郎の「東京発ひかり147号」(祥伝社文庫)も面白かった。話が意外な方に展開していく。犯人が誰とかいうより、その広が り方が素晴らしいね。だいたい僕の場合、犯人なんて当たったためしがない。推理したってどうせドンデン返しになるんだもの。相手はドンデン返しのプロだか ら、最近はもう当てようなんて思うことは放棄して、ただ楽しく読んでいる。

 マーラー・プロジェクトの演奏会の後に、「ナチョ・リブレ」というプロレスラーになった修道士のバカバカしくも楽しい映画を見に行ったが、映画館で確か 隣でやっていたのが「父親たちの星条旗」という映画だった。そのことがなんとなく気になっていて、先日本屋で同タイトルの本を見つけたので買ってみた。 (父親たちの星条旗-イースト・プレス)
 読み進むにつれてどんどん惹きつけられていった。何に一番惹きつけられたかというと、アメリカ人の視点から見た日本兵の様子だ。

父親たちの星条旗
 太平洋戦争の激戦地、硫黄島。このちっぽけな島をアメリカ兵は5日で占領する予定だった。しかし実際は6800名の戦死者と2万1800名もの負傷者を出し、一ヶ月以上もかかってしまったのだ。
 なによりアメリカ兵にとって不可解、かつ恐怖だったのは、日本兵の命を恐れぬ戦い方だ。こういうと聞こえはいいが、それは残念ながら彼らにとっては決して「勇敢」とか「英雄的」という風には映らなかった。
 「投降」、「降伏」という言葉のない日本兵は、アメリカ兵が考え得る限界のはるか先まで戦った。すなわち「最後の一人」まで戦ったのだ。アメリカが硫黄島において勝利するということは、硫黄島の日本人2万2千人を最後の一人まで殺すことを意味する。
日本兵は、絶対に助からぬ状況に追い込まれても、
「天皇陛下万歳!」
と叫んで絶望的に突っ込んできて、あっけなくやられた。またある者は手榴弾で自害した。
 一方、アメリカ兵を生け捕りにすると、日本兵は考えられる限りの残酷な拷問、虐待をし、哀れな犠牲者の無惨な姿をわざと敵に見せつけて怒りを煽った。日本兵の戦い方には、人道主義はもとより人格や顔すらなかった。日本兵は徹底的に不気味な集団だった。

 この後味の悪さが、アメリカ人にトラウマを植え付けたのだ。僕はこの本を読みながら、何故「原爆投下は太平洋戦争の終結に貢献したことにおいて評価できる。」という意見を持つアメリカ人が未だに絶えないのか、ちょっとだけ分かった気がした。
 誤解しないでいただきたい。僕が原爆投下に対して肯定論者になったわけではない。でも、当時アメリカが日本に対してどれほどの「恐怖心」を持っていたか、その一端を理解できるようになったのだ。その「恐怖心」とは何か?それは人を殺し続けなければならない恐怖だ。

 誰だって自分自身や自分の仲間が殺されたくないと思うのと同じくらい、敵を殺さないで済むのだったらそれに越したことはないと思っているものだ。だから、硫黄島、沖縄を玉砕させて、いよいよ本土決戦となった時に、躊躇したのは日本の方ではなく、むしろアメリカ側だったと思う。
 彼らは、出来れば日本に“降伏”して欲しかったに違いない。降伏させてむしろ日本人を救いたかったに違いない。あるいは、今後予想される双方の大量な犬死にを可能な限り食い止めたかったに違いない。しかし日本はポツダム宣言を黙殺する。この時、アメリカはもうこの戦争はやめたいと思っても、決して後に引けない運命にあることを悟った。
 
 かつて日本は日露戦争において、モスクワに攻めていって首都を陥落し得たたわけではないのに、ロシアがこの戦争を放棄したことによって「勝った」と思いこんだ。今、アメリカが、「もうやめようよ。」と提案すれば、日本はアメリカとの戦争に「勝利した」と思い込むにきまっている。それはアメリカのプライドが許さなかった。
 しかしながら日本の戦い方を知っていたアメリカは、この戦いを続けて日本という国に究極的に勝利するためには、日本全国の全ての日本人を最後の一人まで殺すという選択肢以外ないという状況にとうとう追い込まれたのだ。
 現実に日本人はその覚悟をしていた。竹槍を持ちながら「一億玉砕」と言っていたのだから。天皇陛下が自分からやめようと言い出さなかったら、一体どうなっていたのだろう?

「畜生!早く降伏しやがれ!」
アメリカは、こう思いながら東京空襲や原爆投下を行ったのではないだろうか?それがアメリカの苦悩だったのではないだろうか?
この本を読んで、僕は初めてアメリカから見た日本の姿に思い至った。

映画を見に行く
 12月8日(金)は真珠湾攻撃の日。すなわち太平洋戦争が始まった日だった。午前中、僕はインターネットで「父親たちの星条旗」の予告編を見ていた。
「行かなくっちゃ!」
と思って、映画館情報を検索したら、大変!上映日は今日までなんだ!ええと、今日は、新国立劇場では「さまよえるオランダ人」の水夫になる男性団員の衣装合わせをやっているんだっけな。
 マティアス・フォン・シュテークマンの演出では、第一幕の終わりで男声合唱が一列に並ぶと、それぞれの模様を持った衣裳が集まって一隻の船の模様になるんだ。今日はそのスケッチをする。みんな身長や体格が違うので、紙の上だけでは決められない。それで実際に団員を並べてみるのだ。彼らを並べる時には、声部のことや「誰の横には誰が・・・」といった並びの問題もひっかかってくる。そこで僕も呼ばれている。4時頃行って、衣裳係の人たちと一緒にチェックをすることになっている。

 上演時間を見ながらちょうどいい時間があるかなと検索していくと、
「あった!」
新宿ミラノ座。13:00より。ええと、現在は11時過ぎ。急いで階段を下りて妻に言う。
「急に出掛けることになった。」
妻は、お昼の用意を始めたところだったが、
「あらっ!どこに行くの?」
「映画を見てくる。今日しかチャンスがないんだ。ごめんね。お昼は、チケットを買った後、上演時間までの間に急いでその辺ですませるよ。」

 映画「父親たちの星条旗」は良く出来ていたけれど、僕には本の方が衝撃的だったな。それに、映画だけ見た人には意味が良く分からないのではないかと思った。まあ、分からなければ分からないなりに「そういうもんかな」で終わってしまうのだろうけれど。
 
 映画の方は、硫黄島で星条旗を掲げた主人公達が、自分たちの思惑とは違ったところで英雄に祭り上げられ、戦争を続けていくための国債を買わせるキャンペーンにかり出されて街から街へと渡り歩いていく姿に焦点が合わせられている。つまり、アメリカの巨大なショー・ビジネスの世界に彼らが翻弄されていく悲劇が強調されている。これはこれで、今日に通じるアメリカという特異な世界を映し出していて興味深い。
 しかし戦闘シーンのリアルさとは裏腹に、彼らのトラウマの源泉のところがうまく描き切れているとは言い難いので、著者の意図はどこまで反映されたのかなという疑問が残った。まあ、これが映画化の運命みたいなものだね。

 映画を見終わって、新国立劇場に行くと、衣裳の作業場はまるで兵舎のようだった。男性団員達はみんな船乗りの格好をしていた。かつて、こういう連中がみんな戦争にかり出されたんだな。
「おはようございます!」
「ああ、ご苦労!」
みんなの挨拶に答えているうちに、僕はだんだん彼らの上官になった気がしてきた。
「こいつらも皆、母親や妻子や愛する者をそれぞれ持っているんだな。彼らを生きて国に返すのが俺のつとめだ。」
と勝手に妄想の世界に入ってひとりで胸を熱くさせていた。

 同じクリント・イーストウッド監督で、次の日12月9日(土)から「硫黄島からの手紙」が始まっている。これは同じ硫黄島の戦いを日本側からの視点で描いた作品。日本人の監督でないのが興味を引く。こちらの方が面白いかもしれない。また時間を作って行ってみようと思う。

エクセレント・アーティスト・コンサート
エクセレント・アーティスト・コンサート 次女杏奈のコンクール披露演奏会のチラシとチケットがやっと届いた。エクセレント・アーティスト・コンサートという大仰な名前が付いている。主催は国際芸術連盟。1月28日(日)13:00開演、東京オペラシティ・リサイタルホールで行われる。杏奈の出番は最後から二番目で、曲はプーランク作曲クラリネット・ソナタ。伴奏は長女の志保だ。
 チケット\3,000のところを\2,000でお譲りするので、みなさんどんどん買ってください。40枚もノルマがあるんだよ。これからどこに行くにも持って行きますので、
「杏奈ちゃんのコンサートの券。」
とひとことだけ言ってくれれば、
「はい、はい!」
とすぐ購入出来ます。全く、自分の演奏会のチケットだってこんなに一生懸命売らないのに、親馬鹿ったらありゃしない。

Wish絶好調!
 僕の新作パソコンの名前が決まった!Wishだ。命名してくれたあかねちゃんには、月に行く往復切符を差し上げた。嘘です。このマシーンは今後僕の希望や夢を乗せて大活躍するのだ。
 噂のCore2 Duoの性能はさすがだね。速さ及び安定度抜群!ハード・ディスクもシリアルATAのタイプにしたし、2GBのメモリーも一番高速のタイプ。グラフィック・カードも超優秀で、もうサクサクなんてもんじゃない。昔、小学校の時に、「速いぞ速いぞ夢の超特急!」というキャッチ・フレーズがあったけど、まさにそんな感じ。このWishで僕は新しい時代を切り開いていくのだ。
 Vistaに入っているのと同じInternet Explorer 7とWindows Media Player 10を入れてみた。いろいろ新機能を歌っているけど、別にたいしたことないなあ。これで実質的にはVistaと同じような感じになったんだ。
 でも、そんなに速くなって、一体どうすんの?

クリスマス・オラトリオ
クリスマス・オラトリオ 12月23日(土)に浜松カトリック教会で開かれる、クリスマス・オラトリオ演奏会のための勉強を始めた。この曲はもう何度もやっているので、思い出すのははやい。
 ドンドンドンと最初のティンパニーはダサいねえ。これがドイツのダサさってもんよ。でもクリオラは良い意味でノーテンキだから大好き。アリアもみんな素敵。
 第一部の途中に受難コラールが出てくるので驚くのだが(第六部の終曲もそう。今回は第三部までなので演奏しない。)、キリストがこの世にやってきたのが、「受難に集約されるように苦難に満ちた人生を送るため」というバッハの考えが織り込まれている。
 ああ、クリスマスがだんだん近づいてくるね。なぜだか知らないけれど、何歳になってもクリスマスって夢に溢れて楽しい。



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© HIROFUMI MISAWA