テレビ浸けのヤバイ日々

三澤洋史 

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テレビ浸けのヤバイ日々
 やばい、やばいのである!普段、朝ドラとニュース番組しか見ていない僕が、ここのところテレビっ子になってしまって困っている。「地デジ」なんかにしたからだ。

 ある日、テレビ番組表で「東京ジャズ」という言葉を見た僕は、何気なくテレビをつけてみた。なんか音が良さそうな気がしたので、テレビをステレオにつないで音を出してみた。すると音がとても良いのにびっくりした。ビッグ・バンドのデューク・エリントン楽団の音が、昔の録音のようにひとかたまりになって聞こえてくるのではなく、ひとつひとつの楽器がきちんと分離して耳に入ってくる。ドラムのシンバルやタムがとてもリアルだ。
パンも左右にきちんと振ってあって見事なステレオになっている。へえー、地デジって映像だけじゃなくて音もいいんだ。
 はじめは途中まで見てからお風呂に入って寝ようと思っていたのが、気がついてみると最後まで見ていた。11時15分から12時45分までの時間帯にいろんなグループが登場してきて、それぞれのスタイルのジャズを演奏する。普段僕は自分の好きな時代の好きなプレイヤーしか聴かないので、こういったオムニバス形式はかえってバラエティーに富んでいて楽しい。
 長女の志保も隣にいて聴いている。彼女はパリに行ってから、友達に誘われてライブハウスに行ったりして、結構ジャズを聴くようになったのだ。僕は芋焼酎のソーダ割りをちびちび飲みながら、いろいろ悪口を言いながら聴いている。志保はロックで飲んでいる。こいつ、僕よりずいぶん強い。
「駄目だな。エリントン楽団とか言ったって、昔のメンバーなんか誰もいやしない。スタイルも微妙に違っていて、こんなのエリントン楽団と言えるかい。」

 昔、僕がジャズに興味を持った中学校時代には、随分テレビの音楽番組でジャズをやっていて、エリントン楽団やカウント・ベーシー楽団、ヴォーカルのエラ・フィッツジャラルドなどが出ていた。
 エリントン楽団にはジョニー・ホッジスというアルト・サックス奏者がいた。彼のプレイはとても変わっていて、なんとなく不真面目な感じで出てきて、フニフニッと吹くとすぐやめてしまう。それからまたホワホワッと吹いてまたやめてしまう。聴いていてだんだん腹が立ってきて、
「真面目にやれっ!」
と思うのだが、聴き終わってからしばらくたつと妙に頭の中に残る。
「あれっ?なんかまた聴きたくなったな。あのホワホワ。」
 アドリブのフレーズ自体はたいしたことないのだが、音の陰影とか、間の取り方とかがなんともいえず絶妙なのだ。「親の小言と冷や酒は後で効く」というが、ホッジスのサックスは後で効く。
 こんな個性的なプレイヤーがかつてのエリントン楽団にはザクザクいたのである。それに比べて現在の楽団のソロ・プレイヤーときたら、みんな当たり前すぎてちっとも面白くない。

そんな風に悪口をいいながらでも「A列車で行こう」などの名曲が出てくると、
「イケイケー!」
って感じで娘と二人で酔っぱらって盛り上がっている。それで終わりまで聴いてしまうと寝るのが遅くなっちゃうんだな。
 僕は次の朝7時半には起きてタンタンの散歩に行かなければならないので、寝不足気味になる。ところが「東京ジャズ」は次の晩もその次の晩もあった。とうとう四夜に渡る番組をみんな見てしまった僕は、すっかり寝不足になってしまったのだ。

 一口にジャズといっても「東京ジャズ」ではいろいろなスタイルが演奏された。昔ながらの4ビート・ジャズ、ゴスペルやソウル寄りのジャズ、フュージョンなどだ。特にフュージョンの場合は、時代的には一番新しいにもかかわらす、今聴くとかえって4ビートよりも古い感じがする。
 志保曰く、
「これってさあ、よくダイエーとかイトー・ヨーカ堂でかかっていた音楽じゃない?」

 一番がっかりしたのはテナー・サックス奏者のベニー・ゴルソンだ。ベニー・ゴルソンというと思い出すのは、トム・ハンクス主演の映画「ターミナル」で、主人公がアメリカに来た理由がベニー・ゴルソンからのサインを貰うためだった。そこで確か本人が映画に出演していたと思う。
「おお、まだ生きていたんだ!」
とその時は結構感動したが、今回のプレイは聴かないでおいた方が良かった。歳をとって指が動かないだけでなく、フィーリングまでかなり退化していたので、幻滅もひとしおだった。

 「ブルースマーチ」のソロがあまりひどいので、僕はテレビを止めて、
「志保、ベニー・ゴルソンのプレイはな、こんなものじゃないんだぞ。これから昔の演奏を聴かせるからな。」
とCDを取り出し、往年の「ブルースマーチ」のプレイを志保と一緒に聴いた。
「おお、勢いに溢れているね、パパ!」
「でしょでしょ!」
こんな風にテレビ浸けの毎日になってしまったよ。誰かなんとかしてくれー!

WOWOWにも入っちゃった
 「東京ジャズ」よりちょっと前のこと。いろいろチャンネルをいじっていたら、突然キングコングが車を蹴散らして街中暴れまくっているのが目に飛び込んできた。その映像は特撮使いまくりでとてもリアルだが、
「ん?あり得ない!」
というのと表裏一体となっていて、これこそシュール・レアリズムだ。
 キングコングが白いワンピースの美女を手に持ったまま超高層ビルをよじ登っていく。そうしててっぺん近くまで来た時に、キングコングを攻撃する飛行機の群れがやって来る。キングコングはジャンプして飛行機の翼に触れる。飛行機は翼をもがれて墜落する。バランスを失いかけるキングコング。そして美女。
「わあっ!落ちそう!」
と思ってハラハラする。そのビルの上から大都会の景色が地平線まで続く、日没の太陽と雲。その美しさにハッとする。鮮明な映像の力だ!

 「キングコング」はWOWOWのお試し放送だった。で、気がつくと僕はWOWOWに申し込んでいた。あらら、つい最近までBSも来ていなかったのに、なんという変化だ。でもその後、今日までめぼしい番組がないのでWOWOWは全然見ていない。無駄遣いの予感・・・。

 

フリードリヒ、肉団子と格闘
 ベルリン国立歌劇場合唱指揮者エバハルト・フリードリヒの日本滞在期間もあとわずか。「モーゼとアロン」公演は大成功の内に初日を迎えたという。本当は新国立劇場の「タンホイザー」公演に彼を招待したかったのだが、みんなベルリンの「トリスタンとイゾルデ」公演と重なっていて不可能。彼はせめて新国立劇場の内部を見たいというので、17日水曜日、奥さんのキャロリンとひとりの合唱団員と共に新国立劇場にやって来た。彼はまず遠山敦子理事長と会見した。通訳は僕がしてお互いの劇場の情報交換をした。それから劇場エリア、リハーサル・エリアなどを僕が案内した。

 お昼になったのでオペラシティのレストランでも連れて行こうかと思ったのだが、僕は2時から「タンホイザー」の本番があるのであまり時間がない。彼は3時からNHKホールで「トリスタンとイゾルデ」の本番。彼の方が余裕がある。するとフリードリヒは、
「カンティーネ(楽屋食堂)でいいじゃないか。日本の劇場のカンティーネを経験するのも悪くないよ。」
と言うではないか。そこで彼をカンティーネに連れて行った。

 日本にいる間に箸の使い方を随分マスターしたフリードリヒだが、肉団子は扱いづらいと見えて箸の間から離れてしまう。新国立劇場楽屋食堂の箸が円いせいもある。僕がちょっと席を離れて戻ってきてきたらまだ格闘している。僕は、
「突き通してしまったらいいじゃない。ほら、こんな風に。」
と見本を示したら、
「ああ、これはキャロリンの勝ちだ!」
と叫んだ。
「何のことだい?」
「いやね、妻のキャロリンが突き刺したらいいと言ったのだが、僕はそれはきっと日本では上品でないから駄目だろうと言ったんだ。でもキャロリンは、そんなことないよと反論したので、それじゃ賭けよう、ヒロが戻ってきたら訊いてみようと話していたのさ。」
「あはははは、確かに例えば遠山理事長と会食する機会があったら、あまりしない方がいいね。でも普段では大丈夫だよ。みんなやってる。」
「便利だね。箸って。切ったりつまんだり突き刺したり・・・。」

三澤家大晩餐会
 19日金曜日は、東京バロック・スコラーズの先日の演奏会「バッハとパロディ」におけるチケット販売数上位入賞者を招待した“三澤家大晩餐会”だった。これは僕から団員に贈った「三澤賞」だ。
 今回の演奏会は「ロ短調ミサ曲」と違って有名な曲でないので、チケット販売は困難を極めると誰しも思っていた。そこで販売を促進するためにみんなで知恵を出し合ったのだが、僕が妻と話し合った末に提供した「三澤賞」は、上位4人を僕の家に招待して、僕の手料理を食べてもらうことだった。
 その提案が功を奏して、かどうかわからないが、今回の演奏会も満席で黒字決算となった。チケット販売数第一位の団員は、なんと60枚も売ったのだ。こうなったらやっぱり腕によりをかけて僕からの感謝の念を示さなくては。東京バロック・スコラーズは、なんといっても“僕の”団体なのだから。

 当日の朝は、家の片付けから始まった。来客があると家がきれいになっていい。それから妻の車で二人で買い物に行き、材料を仕入れた。ドイツ料理が中心なので、勿論ノイ・フランクのソーセージははずせない。ブレッツェルも店にあるやつを全て買い占めてしまった。
 今回はシードルで始まって煮りんごで終わる。つまりアントレとデザートがりんご。秋の味覚シリーズだ。買い物から帰ってきて早速準備にかかった。

料理のメニューは以下の通り。

乾杯~シードル(リンゴ酒)
黒パンのカナッペ
カマンベール・チーズ
スモーク・サーモン
ノイ・フランクのケーゼ・シンケン(チーズ・ソーセージ)
キャビア 
野菜サラダ ルッコラと水牛モッツァレラ・チーズ入り
(ドレッシングは、エクストラ・ヴァージン・オリーブ油とワインビネガーのみ)
ブロッコリーと秋のキノコのチーズ焼き
ポーランド家庭料理~各種ソーセージ入りザウワー・クラウト煮込み
ボイルした馬鈴薯(メークイン)、ブレッツェル(めの字のドイツパン) 
デザート~煮リンゴの生クリームかけ

 飲み物は招待客が各自持参した。みんな舌が肥えていておいしいお酒を持ってきてくれたものだから、かなり酔っぱらったよ。でも楽しいひとときでした。

今入ってきた話
 ウィーンにいる「ジークフリートの冒険」の演出家、マティアス・フォン・シュテークマンから電話があった。声があわてている。
「ヒロ、ウィーンの子供オペラの練習は全てうまくいってる。でもひとつだけ大きな大きな問題があるんだ。お前のスコアとパート譜に欠けている場所がある。大至急送ってくれ。」

 何だって?僕は急いでパソコンを開けた。すると、あろうことかピアノ・ヴォーカルスコアではわずか2ページばかりの小曲を編曲し忘れていたことが分かった。何度も見直したけど分からなかったのは、セリフにはさまれていて、森の小鳥が何度も同じような短い歌を歌うそのひとつなので見落としやすいからだ。
「ごめん、忘れていた!すぐやる。」
 
 指揮者がスコアを参照しながらヴォーカル・スコアで立ち稽古している間に発見したのだろうな。まだ11月17日の初日まで間があるし、スコアは2日くらいですぐ仕上がるだろうが、来週初めのいろいろな予定に無理矢理食い込んでくるので、急に忙しくなったぜ!



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