「愛はてしなく」新町公演、初日大成功!

三澤洋史 

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8月3日(日)
 午後から夜にかけて群馬県高崎市新町文化ホールで「愛はてしなく」の立ち稽古。この日はメイン・キャストも加わって、最初から止めて直しながら全幕を通した。
 僕は演出家も兼ねているため、やらなければならないこと、気を配らなければならないことが沢山ある。こういうことをやっていると、指揮者だけしているのって、なんて楽なんだろうと思うね。
 さらに、作曲家も兼ねているため・・・・おっとっと、兼ねているのではなくて、そもそもこの作品を台本から全て作った張本人なので・・・・オーケストレーションも行っているのだが、3日の時点ではまだ仕上がっていなかった。明日の4日の11時から始まる二度目のオケ練習までには、なにがなんでも全曲仕上げて持って行かなければならない。

 新町での練習を終えて、振り付け師の佐藤ひろみさんや国立から参加しているミュージカル・ワークショップのメンバー達と20:44新町発の快速アーバン号に乗った。家に23時前に着いて、残っている「ゆくあてのない暴走列車」のオーケストレーションに着手。 この曲は、ディキシーランド・ジャズの曲なので、次女の杏奈の吹くクラリネットと、2番エレクトーン奏者が右手と左手で演奏するトランペットとトロンボーンのアドリブ・フレーズを考えなければならないので、最後まで取っておいたのである。

 午前3時。「ゆくあてのない暴走列車」のスコア完成。このままパート譜のレイアウトを行おうとも思ったが、一度寝ないと、11:00-17:00のオケ練習、19:00-21:00の立ち稽古というフル稼働のプログラムをこなせないので、ベッドに入る。10秒で意識がなくなり、熟睡。
 大体僕は、通常でもベッドに入ってから1分以内に意識がなくなってしまう。そして次の瞬間には朝になり、すっきり爽やかベッドから飛び起きる。時々不眠症に悩まされる妻などは、半ば嫉妬の気持ちで、
「本当にお気楽な人でいいわねえ。」
と褒めてくれる。この晩は、特に疲れ切っていたので、枕に頭がついた瞬間にもう意識がなくなっていたのではないかと思われるほどだ。

 午前7時。シャキンと起きてタンタンの散歩に行く。でもさすがに眠い。体を覚醒させるには散歩が一番。それから朝食を採って、パート譜のレイアウトと印刷にかかった。それからM7「メシア」の直後の、舞台転換のための短いBGMを完成させ、印刷をしたら、もう出発の時間になってしまった。ふう・・・・ぎりぎりもいいとこだぜ!

8月4日(月)、午後9時半
 長い一日が終わった。同時にそれは、長い間のオーケストレーションの重圧からの解放をも意味していた。作曲やオーケストレーションをしている時というのは、四六時中それが頭から離れることはないし、通常ならばくつろぐ自由時間は全てその作業にあてられるため、うっとうしい束縛感から逃れることが出来ない。とうとうそれから解放されたのだ!
 なので、今晩はその打ち上げだ。家の近くのちょっと高級な焼き肉レストランに家族で行った。ビールと焼酎でかなり酔っぱらった。今日は久しぶりに酔ってもいい日だ!

8月5日(火)
 今日は、仕事はオフ。ただし来客がある。東京バロック・スコラーズの演奏会でチケット販売で上位を占めた団員の苦労をねぎらって、4人ばかり僕の家に招待してある。今回は次女の杏奈が料理を作ると張り切っている。

 僕は、前日までの殺人的スケジュールでほとんどふぬけ状態。妻と杏奈と僕の三人で買い物に出掛け、材料を仕入れてきて、午後から料理の下ごしらえにかかった。僕もたまねぎやセロリを切ったりして手伝ったが、ここのところ絶対に実現のかなわなかった最高の贅沢である“昼寝”をしたり、たまっているメールに返事を書いたりしながら、オーケストレーションの終わった喜びを噛みしめていた。タンタンも、夕方の散歩の後お風呂に入って、来客に備える。

料理のメニューは以下の通り。
フランス人の知人からゲットしたブルゴーニュの野生イノシシのパテを使ったカナッペ
ほうれん草と厚切りベーコンのキッシュ 
ヴィシソワーズ(冷製スープ)
砂肝入りサラダ~ブルーチーズ・ドレッシング
ロースト・ビーフ~マスタードのソース
バニラ・アイスとゆずシャーベット
 これらの料理を杏奈がほとんど一人で作った。これに客人達が持ち寄ったシードル(リンゴ酒)やシャンパン、赤白ワインで、宴会はますます盛り上がった。
 もしかして、「この時までにまだオーケストレーションが間に合っていない」なんていう緊急事態が起こり兼ねなかっただけに、もはや自由をゲットした僕にとって、その晩の語らいは特に楽しく、お酒は格別な味がした。BGMには、マイルス・デイビスがBOSEのスピーカーから流れていたのは、いわずもがな。

8月6日(水)
 杏奈と二人で群馬へと向かう。今日からメイン・キャストやオーケストラのメンバーも全員群馬入り。13:00よりオーケストラ歌合わせ。夜は再びピアノ付きで“何があっても無理矢理通し稽古”。転換などでアクシデントがいろいろ起こったが、無視して通す。
 そのため、この夜、初めて上演時間が分かった。第一幕約70分。第二幕約80分。休憩時間やカーテンコールを入れて、約3時間。1995年の初演時よりだいぶ台本を手直ししたのが効いて、ちょうどいい時間に収まった。とはいっても正味2時間半の作品といえば、まあ大作の部類に入りますね。

 8月7日(木)は、オーケストラ付き舞台稽古。8日(金)は、ゲネプロ(総練習)。そして9日(土)の初日を迎えた。

8月9日(土)
 午後二時。オーケストラ付き合唱稽古。ソリスト達は、もう本番に賭けてコンディションを整えてもらうが、新町歌劇団のメンバーは、ゲネプロ時で、踊りに集中しすぎて声が前に出ていなかったり、細かいところでタイミングがずれたりしているので、ここでもう一度落ち着いて、一曲ずつ練習をしていく。こうした直前の指導というのは、実は最も効果があるのだ。ここで疑問点が全て解消され、志気が一挙に盛り上がる。

 ミュージカル「愛はてしなく」では、主役達が“罪”“許し”といった重いテーマに向かって一直線に進んでいく一方で、ミュージカルらしいエンターテイメントの部分を合唱が担っている。「ゆくあてのない暴走列車」のディキシーランド・ジャズや、「娼婦のキャラバン」のダンス・シーンも楽しい。僕の作品の、こうしたジャンルを超えた僕らしい部分を合唱団が一挙に担っているというわけだ。だから、合唱練習を最後の最後にとっておいた。

 本番が始まった。ソリスト達はさすが!ゲネプロ時の舞台上での感覚を元に、自己の中でそれぞれのイメージを熟成させ、ふくらまして、みんな見事なパワーアップを遂げている。僕自身、指揮していながら目頭が熱くなることしばしば。
 指揮しながら泣ける作品って、世の中にそんなに多くはない。だったら、そんな作品をむしろ自分で創って自分で演奏するに限るね。それこそ究極の自己満足だけれど・・・・・。でも、観客も同じようにウルウルしてくれているので、自己満足だけとも言えないな。

 「苦しむアンナの前で罪を許すと言われて、あたしが喜ぶとでも思ってるの?」
とイエスに食ってかかる、いわゆるマリアの逆ギレ・アリアから、アンナの目に奇跡が起きるまでの場面は、マリア役の國光ともこさん、アンナ役の佐藤泰子さん、イエス役の初谷敬史君の三人が白熱した演技と歌を繰り広げ、場内を大きな感動で包み込んだ。
 おお!自分で言うのもなんだけど、このミュージカルって、客観的に見てもかなり傑作だぜ。

 うぬぼれついでに言わせてください。現代において、こんなにも素直に“愛することの大切さ”、“信じることの尊さ”を訴えた作品というのは多くはない。13年前の自分が、世間に迎合することなど考えもせずに、そうしたテーマにまっすぐ真剣に向かい合っていた事に、今更ながら驚かされた。そして思った。これからの人生、僕自身も、この作品に負けないようにまっすぐに生きていこうと・・・・・。

「今からでも、遅くはないかも知れない・・・・」
これはマリアが生まれ変わろうとする決心の歌だが、みなさ~ん!新町公演は終わったけれど、8月16日、17日の国立公演はまだ残っているからね。今からでも遅くはないよ。絶対見た方がいいよ。
 国立の方は、まだチケットが沢山手元にあります。連絡をくれれば、チケットを受け付けに置いておきますので、ホームページのメールにアクセスしてみてください。本当に泣けますから。絶対に感動しますから。これで心が動かなかったら、オメー人間じゃねえや・・・・・・あ!うそうそ!今のは失言です。あははははは。少なくとも娼婦達の「カファルナウムへの道」は笑えます。




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