IKEAに行ってきました

三澤洋史 

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IKEAに行ってきました
 10月26日の日曜日は、珍しくOFFだったので、妻は僕と一緒に次女の杏奈を連れて山中湖の方にドライブに行きたがっていた。昨年は、多田武彦作曲男声合唱組曲「富士山」の準備をしていたので、富士山を見に行って、その雄大な姿に圧倒され、エネルギーをもらって帰ってきた。それを杏奈にも味わわせてあげたかったのだ。

 ところが、日曜日の朝になったら天気が良くない。僕は前の晩に群馬の新町歌劇団の練習に行き、実家に泊まって朝帰ってきたが、10時半頃家に着くと妻が、
「今日は富士山は見えないから、IKEAに行こう。」
といきなり言い出した。
「ええ?富士山とIKEAでは大違いじゃないか?」
「とにかく、11月後半になると志保も帰ってくるので、このへんで一度家の中を整理するんだから、今行っておいた方がいいの。」
「まあ、それはそうだけど・・・・。」
「IKEAってね、案外面白いわよ。」
「・・・・・。」
ということで、半ば強引にIKEAに行くはめになった。

 IKEAとは、いまさら説明するまでもないとは思うが、スウェーデン発祥の北欧家具の大型スーパーだ。僕達夫婦はもう25年以上も前にベルリンに留学していた時に、いろいろ家具を揃えるために何度も通ったし、パリでは杏奈が一人暮らしを始めた時に、やはり何度も通った。とにかく安いし、品物が豊富で、デザインも素敵なものがいろいろある。

 出発する時、妻が、
「お昼はIKEAのカフェテリアでいいわね。」
というと、杏奈は、
「ヤだ。あそこまずいんだもの。」
と反論している。
「杏奈は、この間までパリにいてIKEAに通っていたからそんなこと言ってるけど、パパなんか絶対なつかしがるから。」
僕は、不思議に思って、
「何?なつかしがるって?」
「まあ、行ってみれば分かるわ。」

 船橋のIKEAに着いて、まずカフェテリアに行った。なあるほど~。バイロイトのマルクト広場のデパートのカフェテリアそっくりだ。なつかしいといえばなつかしいな。しかしIKEAというのはおもしろいな。日本に作ったからといって、全く西洋風なカフェテリアのスタイルを妥協しないで貫いているなんて・・・・・。周りを見ると結構外国人の家族連れがいる。
 お盆を取って列に並んで、好きなものを取っていく。最初にオードブルとデザートが並んでいるのには驚いたな。オードブルは北欧らしくサーモンとかの盛り合わせ。どどーんと豪快に乗っている。デザートも・・・・うーん、日本人が飛びつく感じでもないな。ずーんとお腹に重たそうなケーキ。こ、これはノーサンキューだな。
 ソフトドリンクは、紙コップを取れば、ドリンクバーで好きな飲み物を飲めるが、デザートの脇にフランスの発泡ミネラル・ウォーターのBADOITがあったので、なつかしくてつい取ってしまった。ふと杏奈を見ると杏奈も取っている。
 メインの料理も、若鶏の半分のグリルだの、ローストビーフだのとってもアチラ風だ。僕が頼んだのはミートボール。5個入り、10個入り、15個入りとある。僕は10個入りを注文した。ミートボールが10個、それにクリームソースがかかっていて、じゃがいもがドドドーンと添えられている。それだけ。とてもシンプル。それからスープとサラダ、それにパンを取ってレジーにならんだ。これが結構安いんだ。

 で、味は・・・・というと、杏奈が反対した理由が分かった。同時に妻が、僕がなつかしがると言った意味も分かった。つまり、ヨーロッパの安いカフェテリアの味そのものなのだ。
 肉団子は、肉をただ団子にしただけの味がした。それをクリームソースでごまかして食べる。シャンピニオン・スープは、笑ってしまうくらいシャンピニオンの味だけがする。
「肉団子は、まさに肉の団子だし、シャンピニオン・スープはシャンピニオンのスープさ。あたりめーじゃねーか。何が悪い?」
と言われているような気がする。

 なつかしいねえ。このノリ。これって、さあ、思うんだけど、たとえば僕がいたベルリンでも、ドイツ・オペラ歌劇場の日常の公演に行くとがっかりするだろう。それと似ているよな。そういう劇場が、日本公演とかすると、素晴らしいゲスト歌手を沢山入れて、最上の公演をする。だから日本でそれを破格の高いお金を払って見ると、その金額の高さと相まって、
「こんなレベルの公演を一年中やっているなんて、日本では考えられないなあ。」
なんてみんな思ってしまう。やってないんだよなあ。これが。
 フランス料理でもそう。フランス人は毎日こんな素晴らしいものを食べているのか、なんて勘違いする人もいるかも知れない。ヨーロッパの料理というと、みな高級というイメージがある。でも、一般の人が普段食べているものって、この肉団子のような感じだよ。むしろ日本よりもずっとシンプルで、素朴なものなんだ。だからこそ生活に密着しているとも言える。
 オペラもね、何百円で毎日でも観れるんだ。本来は、一年に一、二度、数万円の大金をはたいて見にいくものじゃないんだけどな。日本に来ると、みんな楽しみ方が変わってしまうんだな。それを、このIKEAの素朴な料理は考えさせてくれたよ。

 さて、お昼を食べ終わって、いよいよお店に入る。今更ながら思うんだけど、IKEAのやり方って画期的だよな。実に合理的なんだ!
 店にはいると目につくものがある。あっちこっちにメモ帳と小さい鉛筆が置いてある。何のためかというと、商品名をチェックするためなんだ。まずお客は、数々の家具が美しく並べられ、一つの部屋のようになったデモンストレーション・コーナーを歩き始める。これがまるでテーマ・パークのようなのだ。
 そこを廻りながら、自分の買いたい商品を探すわけだが、気に入った商品を見つけても、そこで買うのではない。その商品名をチェックするだけだ。そうしてずっとデモンストレーション・コーナーを廻って、いろいろ商品をチェックしたら、最後にお客が辿り着くのは、巨大な倉庫の空間だ。

 そこにはすでに梱包された商品が、品目事に巨大な棚に整理されて並んでいる。お客は、空港でスーツケースを運ぶようなカートを押しながら、お目当ての商品を探し、カートに入れて、レジで会計をするというわけだ。
 面白いのは、たとえばソファーベッドや机一つ買う時も、買う時はいくつかのパーツに分かれていて、別々に買わなければならない。面倒くさいと言えばその通りなのだが、それによって色や形などの様々な組み合わせが可能なのだ。つまり本人の好みのまま、意のままにコンビネーションやトッピングが出来るシステムになっているのだ。

 凄いね!日本人には考えつかないね。考えついたとしても、お客にメモを強いるということは、「お客様は神様です」という日本では、とても勇気が要ることだ。僕はIKEAに行って、あらためて欧米人の合理主義の底力を見せられた気がして、目からうろこが落ちた。

風邪よ、寄るな!
 さて、今週はいろいろが忙しくて、過労気味。風邪を引く一歩手前までいったんだけど、今は絶対に風邪を引けない時なので、予防のためにあらゆることをした。その中で一番効いたのは何といってもニンニクの力。それから葛根湯。そしたら、なんとか持ちこたえられたようだが、まだ油断は出来ない。

 風邪って、引くときには、まるで何かに憑依されたようになるね。首筋から肩にかけてドーンと重くなって、
「来たな!」
と思うんだ。その時、うーんと踏ん張るのだけれど、体力が落ちていると抵抗する気力もなくなる。そうすると、あっけなくかかってしまう。
 逆に、その時に、
「なにくそ!」
と踏ん張ると、不思議と風邪は逃げていくのだ。

 今は「蝶々夫人」尼崎公演のプロダクションが始まり、僕は朝から立ち稽古に出ている。それをやりながら「リゴレット」公演もこなしているので、1日3コマの仕事を終えるともうヘトヘトだ。もう若くないのだから、体と相談して無理しないように頑張ろう。今週も1日3コマが続く。



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