きめ細かいドイツ語

三澤洋史 

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épiでお誕生会
 19日の夜は、次女杏奈が現在アルバイトしているフレンチ・レストランépiで家族4人揃ってお食事。20日が杏奈の誕生日なので、1日早いお誕生会となった。その日は杏奈は勿論ウエイトレスとしてではなくお客としてお店に入った。

 秋になって親父の具合が悪くなってから、バタバタする日が続いた。11月終わりに志保がフランスから帰ってきて一家4人が揃ったが、それは国立ではなく群馬で、しかも親父の通夜の日だった。それ以後も落ち着きのない日々が続いて、家族4人がゆっくり外で食事をする日も持てなかった。
 また、妻も娘達も何度も群馬に通い、生前の親父や残されたお袋によくつくしてくれた。だからこの食事会は、杏奈のお誕生会と同時に久々の三澤家全員集合の外食会であり、親父にまつわる最近のみんなの行動に対するささやかなねぎらいの会でもある。

メイク?!
 杏奈は今、思うところあって音楽をちょっとお休みしている。今年の夏、マルメゾンのコンセルヴァトワールのクラリネット科を卒業して、秋に別の学校を受けようとしていたが、気が進まず、日本に帰ってきてしまったというところまでは、以前「今日この頃」で書いた。

 でも、本当はその時すでに、
「メイクの勉強をしたい。」
と言っていたのだ。最初は、
「何寝ぼけたことを言い始めるのだ!」
と思ったが、よくよく話を聞いてみると案外本気で、以前から舞台のメイク・アップにとても興味があったということらしいのだ。
 杏奈はパリにこのまま住んで方向転換すると言っていたのだが、これから全く新しいことを始めるのに、親の方には全く心の準備も出来ていない。それに外国にいるのは日本にいるのと違う。きちんとした学校に入らないと、ビザだって取得できないし、いろいろ心配なこともあるので、とにかく帰ってこいと言って帰国させた。

 で、杏奈が日本に帰ってきていろいろ話し合った。音楽をやめるとか、どうするかは考えていないのだが、自分としては一度しっかりメイクの勉強をしてみたいと言う。親とすればパリまでやってクラリネット3つも買ってやったのに、それをただちに生かそうともしないのか、という気持ちがないわけでもない。
 それに今から始めて才能があるかどうかも分からない。クラリネットだったら、少なくともコンセルヴァトワールでプリミエ・プリを取得したということで、今の時点でははるかに先に進んでいる。
 でも杏奈の様子を見ていると意欲満々で、この芽を摘み取るのもあまりよくない気がしてきた。まあ、まだ若いし、どこからでもやり直すことが出来るから、一度やりたいようにやらせてやるかと、親とすれば半ばあきらめムードで了承した。それで杏奈は嬉々としてこの秋から代官山にあるBe-Staff メイクアップ・ユニヴァーサルというメイクの学校に通っている。
「もうパリでひとつ学校を卒業しているのだから、学費は出してあげるけど、これからは少しでもアルバイトをして、自分の身の回りのものを自分で買えるくらいのことはしなさい。」
そしたら杏奈は、行き始めた学校から目と鼻の先にあるプチ・レストランépiでアルバイトをし始めたのだ。

épiの料理
 épiとはフランス語で麦などの穂の意味。le petit restaurant épiは、テーブルがわずか4,5個あるだけの本当に小さいお店だ。シェフと女性スタッフが一人、それにアルバイトがいるだけ。料理は全てシェフが一人で作る。アルバイトも何でもしなければならず、結構大変そうだ。杏奈はちゃんと務まっているのかいな。外観も内装もとても洒落ていて、雰囲気はとても良い。
 
 今回はビストロ・コースを注文した。どれも素晴らしかったが、特に二番目に出てきたアボカドのムース、まぐろと海老添えと、メイン・ディッシュの鴨肉ローストが最高だった。日本のフランス料理屋では、鴨肉というと薄くスライスした肉が上品に並んでいて、あっという間に食べてしまうが、パリではむしろ骨が付いたままのもも肉がダイナミックにお皿に乗っているのが一般的だ。
 もっとも本当に上品なレストランではパリでもスライスかも知れないけれど、行ったことないから分かりません。épiではダイナミックな肉塊ヴァージョンなので、ヤッホーと言いながら飛びついた。

 ナイフを入れると柔らかい肉が骨から簡単に離れた。漬け込んでいた味が絶妙で、最初にフッとほのかに酸味が感じられるが、すぐ消え、代わりに鴨肉の旨味がジョワーッと口の中に広がる。マスタードをつけて食べる。くー、たまらん!
 付け合わせのじゃがいもや豆との相性も良かった。親しみやすさを残しながらも、しっかりと料理と向き合って勝負していますなあ。パリで修行したシェフ、さすが!

 帰り際にシェフの所に挨拶に行った。
「三澤杏奈の父親です。娘がお世話になってます。アボカドと鴨が特においしかったです。」
「ホーム・ページ時々見てます。あのアボカドの青さを残しながら料理するの苦労しました。」
「鴨はフランスのレストランのようです。」
「そう思って頑張りました!」
明るくて責任感溢れる感じの良いシェフ。この人の作る料理なら大丈夫だ。

 みなさん!ここはお奨めです。夜は週三回くらい杏奈が働いていますので、いたら声をかけてあげて下さい。JR恵比寿駅から徒歩五分。ランチは気軽に食べれるそうです。でも夜は席数が少ないので、確実に行きたければ予約した方が良いです。特に年末の夜は要予約。

読響の第九始まる
 指揮者のギュンター・ノイホルト氏とはすぐ意気投合した。彼は僕のことをFranzと呼び、僕はギュンターと呼ぶ。マエストロ合唱練習では、僕が合唱団に伝えていた、ドイツ語の立体的表現や語感を最大限に生かした表現法、語尾の処理、強弱のあり方などを、彼がそっくりそのまま受け継いでくれたので、合唱団も安心して彼の指図に従うことが出来た。
 練習が終わると、帰り際に、
「三澤さんとマエストロは息が合いそうですね。」
と何人もの合唱団員が言ってきた。

 ギュンターは、
「日本に何度も来てドイツ語の発音が良い合唱団は知っていたが、ここまできめ細かくニュアンスを表現してくれた合唱団は初めてだ。ドイツでもないかも知れない。ブラボー、Franz!」
と肩を叩いて言ってくれた。
 僕がこれまで新国立劇場合唱団や東京バロック・スコラーズを中心として努力を続けてきた、まさにそのポイントに、ドイツ語を母国語としている彼が気づき、認めてくれたので僕は涙が出そうに嬉しかったよ。
 そうなんだよな。日本では音程を整えたり、大きい声を出したり、クオリティを追求したりすることばかりにやる人も聴く人も神経を集中するので、僕のやっていることはなかなか認めてもらえないのだけれど、地道に努力していれば、見る人は見ていてくれるのだな。これからも頑張ろう。

 オケ合わせになると、彼がなにかと僕をFranzと呼んでいろいろ聞いたり通訳をさせるので、オケの楽員達が不思議な目で見ている。
読売日本交響楽団はうまいオケだなあ。弦楽器の音色は整っていて厚みがあるし、管楽器は音程が良くしなやか。金管楽器の安定性は抜群。

 20日の池袋芸術劇場から6回の第九公演が始まった。26日まで。本番になると読響は集中力を増し、緊張感のある良い演奏をしている。ギュンターのテンポは速いけれど、せっついた感じはないし、音楽がよどみなく流れているのが良い。

 今日21日は横浜のみなとみらいで、明日のサントリー・ホールでの本番は、日本テレビが撮りに来るそうだ。みなさん、公演に来られない人は、テレビで見て下さい。ドイツ語のきめ細かい表現が見れるよ・・・・と自画自賛しておきます。

マイ・ブーム
 i-Pod Nanoになって16 GBものファイルが入るようになり、そう頻繁に曲を入れ替えなくともよくなった。今入っているのは、アンドラーシュ・シフの弾くバッハの平均率クラヴィーア曲集とピアノ協奏曲集。マイルス・デイヴィスのCDが10種類くらい。この辺は常連メニューで、順番通り聴くわけでもなく、その日の気分に応じてランダムに聴いている。

小野リサのクリスマスCD
 それにアクチュエルなマイ・ブームが加わる。今紹介しても皆さんにはもう遅いかも知れないけれど、ボサノヴァ歌手の小野リサが歌う二つのクリスマスCD。Boas Festas(TOCT-25192)と、Boas Festas2~Feliz Natal~(TOCT-25497)。
 
 第一集では「ウィンター・ワンダーランド」に始まり、「ホワイトクリスマス」など有名どころのクリスマス・ソングが並んでいて、いやでもクリスマス気分が盛り上がる。最後は「聖夜」のアカペラ・ヴァージョン。
 第二集はちょっとマニアックな上級者向けクリスマス・ソング。一曲も知っている曲がなかったが、録音やオーケストレーションはこちらの方がしゃれている。どちらも、いつも通り癒し系のハスキー・ヴォイスが耳に心地よい。

ビル・エヴァンスとキース・ジャレット
 今一番のマイ・ブームは、白人系ピアニストのジャズだ。僕は知らなかったのだが、ある雑誌に日本で一番売れているジャズのCDはビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー(Waltz for Debby)」というCDなんだと書いてあった。
 へえー!そうなんだ。これまで誰もそんなこと教えてくれなかったぜ。というので、持っていないと恥ずかしいような気がしたので、早速買ってきた。(UCCO-5001)
 
 ビル・エヴァンスは、マイルス・デイヴィスのバンドにいて、あの有名なKind Of Blueのアルバムを一緒に作ったピアニストだ。このアルバムは、ピアノ、ベース、ドラムスのトリオ演奏。全体的にソフト・タッチで美しく都会的だ。でもマイルスがモード手法で書いたマイルストーンズをエヴァンスがトリオで演奏するのを聴いて、僕は何故エヴァンスがマイルスの元を離れたのかが良く分かった。つまり、エヴァンスの表現の方向性はマイルスと全く違うのだ。
 マイルスは、エヴァンスの繊細さや詩情にあこがれていたが、彼の白人的感性については、半ば好き、半ば嫌いだったのだろう。マイルスが目指していたのは、何といってもブラック・ミュージックなのだ。
 
 というわけなので、つまりこのCDはとびきりおしゃれなのです。恋人と夕暮れ時に聴くのが最高という感じのエレガンス・ジャズ。僕は白人でも黒人でもないので、これもアリという感じで受け入れる。

 もうひとりの白人ピアニストはキース・ジャレットだ。昔、日本武道館まで彼のソロ・コンサートを聴きにいったことがある。だだっ広い空間にピアノがぽつんと一台だけ置かれていた。キース・ジャレットが登場。おもむろにピアノを弾き始める。マイクでガンガンに拡声するのかと思いきや、完全な生音でしかも最弱音。その音の美しいこと!その途端、ギューッと空間が凝縮するように日本武道館全体が完全なる静寂に包まれた。
 これは有名な「ケルン・コンサート」などと同じような、テーマも何もないすべていきあたりばったりのピアノ・ソロのコンサートだった。コンサートが終わっても、僕は泣いてしまってしばらく席を立てなかった。23歳くらいの時。

 今回買ったCDは、そうではなくてピアノ・トリオでスタンダード・ナンバーを演奏したもの。Keith Jarrett Still Live(UCCU-5326/7)という二枚組のCDだ。ソロ・アルバムは、聴く方にも集中力が要求されるので、今回はむしろお気楽に聴きたいと思ったから。でも彼の場合、あのソロ・コンサートと同じような気高さがどの曲からも流れているので、つい集中して聴いてしまう。
 
 作風はビル・エヴァンスを受け継いでいる部分が多い。でも和音の作り方やアドリブ・フレーズは彼独自のもの。ピアニストとしてのテクニックは、エヴァンスをはるかに凌ぐ、というよりキース・ジャレットの場合、そのピアノ表現の発想がクラシック的なのだ。
 彼は、なんとバッハの平均率クラヴィーア曲集のアルバムを出している。これが普通にクラシック・ピアニストとして聴くに値するのだからたいしたものだ。弱音の作り方、音のぼかし方、フレージングがクラシック的で、それがジャズ的表現とクロス・オーヴァーしたところに彼の魅力がある。
「枯葉」や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、「いつか王子様が」、「あなたと夜と音楽と」など、お馴染みのスタンダード・ナンバーが並んでいるので、これも恋人と夕暮れ時に聴くのが似合う。

 しかし・・・・何で白人ジャズって、「恋人と夕暮れ時に」となるんだ?こういう軟弱な雰囲気をマイルスが嫌いだったのだろうな。ビル・エヴァンスもキース・ジャレットも、マイルス・バンドに居た時は、もっとクロっぽく弾いていたが、あれは世を忍ぶ仮の姿?そしてマイルス・バンドを離れるやいなや尻尾を出しやがった。その尻尾が二人とも美しいのなんの・・・・・。




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