ヘルシー街道まっしぐら

三澤洋史 

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ヘルシー街道まっしぐら
 食事制限は引き続き頑張っている。妻は張り切って、カロリーは低いがみすぼらしく感じない食事を作ってくれる。食材は、以前から生活クラブ生協から取り寄せているが、それに加えて国立駅の近くにある「あひるの家」という有機農産物、有機加工食品の店で購入するようになった。今は外の本番も落ち着き、週末に地方へ出掛ける他は例によって新国立劇場サラリーマン生活に戻っているので、練習は基本的に午後からだ。だからほとんど3食とも家で妻の料理を食べる事が出来る。それが、これだけきちんとした食生活が続いている原因だな。

 満腹にほど遠いところで食事を打ち切るのは、最初は辛かった。
「ああ、とんかつ食べたい!」
とか思ったが、しばらくこうした生活を続けてきたら、不思議とそうも思わなくなってくるのだな。だんだん胃袋が小さくなってきたようで、以前のように空腹感を感じなくなってきたのだ。
 そういえば、僕が最初の頃「とんかつ食べたい」とこの欄で書いたら、東京バロック・スコラーズのS・Yちゃんが、それを読んで逆にとんかつを食べたくなり、
「食べちゃいました。」
と告白したっけ。あはははは。

玄米
 僕は好んで玄米を食べている。これも完全無農薬。昔、妻がマクロ・ビオティック(桜沢如一が提唱した玄米食、菜食を中心にした食事法)に凝っていて、僕も影響されてほとんどベジタリアンだった時期があったが、「肉はやめよう」という教育が行き届き過ぎて、娘達が学校の給食を食べられなくなってしまった。それで妻と相談の結果、とりあえず普通の食事に戻そうということになった。
 マクロビオティックをしていたのは、ちょうど小澤征爾さんの「さまよえるオランダ人」の副指揮者をしていた時期だった。ある時、僕が夕食休憩時間に玄米のおにぎりを食べていたら、小澤さんが近づいてきて、
「なんだいそれ?」
と言うから、
「玄米のおにぎりです。一個あげましょうか?」
「いやいや、結構。」
という会話をした覚えがある。

 玄米は、白米と違って沢山噛むので、今の僕には満腹感が得られるのだ。それに精米で失われてしまうビタミンやミネラルなど栄養分を沢山含んでいる。食事制限している今は、食べる絶対量が少なくなっているので、栄養分も不足しがちだ。だから玄米は、今の僕にはとても体に良いのだ。でも良く噛まないとかえって消化に悪い。箸を置いて50回噛むべきなのだ。

ああ、赤ワインがおいしい!
 現在、ヨハネ受難曲の本番をした時よりもすでに3Kg痩せている。お酒も、以前の浴びるように飲んでいた状態からすると、飲まないに等しい。全く飲まないわけではないが、3日に一度くらい、しかもダイエット・ビール一杯くらい。
 ダイエット・ビールなんておいしくないので、飲むと次の日にはもういらねえやという気になる。大体、こうなる前は、発泡酒なんて馬鹿にしていたのだからね。ビールはドイツ・ビールに限るのさ。日本ビールでは、まあ強いて言えばエビス・ビールだな。でも、もう長らく飲んでない。うううう・・・・・。
 先日、東京バロック・スコラーズのプロジェクト・チームのお疲れ会で、久し振りに赤ワインをちびっと飲んだが、なんておいしいのだろうと思った。夢のような味だ。でも近くでお医者さんのSさんが目を光らせていたので、怖くてあまり飲めなかった。自分を戒めるためにこの「今日この頃」で自らの血糖値を暴露したのだが、僕の所属する合唱団にはどこに行っても医者がいるのだ。そしてその医者達がみんな鬼の首を取ったような顔をして、
「先生、その数字はただごとじゃないですよ。」
と言ってくるんだ。分かってらい、そんなこと!おっとっとっと。そんなことを言ってはいけない。そういう人達が監視役をしてくれるのは有り難い事だし、そのために「今日この頃」で発表したのだからね。

指揮者の運動
 これだけ食事制限をしているが、食事だけではまだ不充分だ。僕は基本的に運動が足りないのだ。何?そんなことないって?僕が汗をかきながら指揮をする姿を見て、みんなはよくこう言ってくれる。
「あんな風に情熱的に汗をかきながら指揮をするのは相当な運動量ですね。さぞや体力を消耗するでしょう。」

 嬉しい事言ってくれるねえ。確かに指揮をすると腹がへるのだ。汗をかくので水を飲む。音に集中するので頭を使い、神経が疲れるので甘いものが欲しくなる。だからこれまで楽屋にチョコレートは不可欠だった。分かってくれるかい?
 ブッブー!ところがギッチョンチョンなのだ!上半身をどんなに動かしても、指揮で消耗するカロリーなんてたかが知れてるのだそうだ。全く、愕然とするよね。「サントワマミー」の歌詞じゃないけど、「目の前が~暗くなる~」だよね。その割に腹だけがへるので始末が悪いのだ。だからもう指揮だけはしたくないのだ。

 そんなわけで指揮は運動の内には入らないそうなので、もっと能率の良いことをする。皆さんが口を揃えて言うのは、何といっても歩くのが一番ということだ。足を使うとカロリー消費率は飛躍的に上がるそうなのだ。
 歩くといえば、僕は実はこれまでにも歩いてはいた。つまり愛犬タンタンのお散歩だ。これを拡大する事にした。今まで30分コースだったのを1時間コースにした。なーに、もうちょっと遠出すればいいのだと高をくくっていたが、これが案外大変なのだ。なにせ食事制限をしている上に運動が倍になるわけだから、朝食を取って散歩から帰ってくると、もう腹が減っているのだ。
 タンタンはわけもなく、
「ご主人様は、最近いっぱい散歩してくれるなあ。」
と思って喜んでいる。でも1時間歩くとね、運動したという満足感はあるな。体が若返ってくる感じがするよ。

自転車通勤
 ようし、こうなったらと欲が出てきた。僕は仕事に行くのに京王線を使っている。自宅から府中までは妻の車で送迎してもらったり、バスを使っていた。これをいっそのこと自転車で通勤しようと心に決めた。
 そこでまずリュックサックを買ってきた。僕の場合、大型スコアが入る大きさでないといけないので、普通の三角形のリュックサックでは駄目だ。長方形でないとね。それで、横にすれば普通のカバンになるし、肩からかけることも出来るスリーウエイのタイプを買った。

 次は自転車だ。家にはママチャリがあるが、指揮者がママチャリなんかに乗って誰かに見られでもしたら大変だ。昔、東響コーラスの練習の前に、大久保の吉野家で牛丼を食べていたら、団員に見つかって、
「先生、指揮者はヨシギュウなんか行ってはいけません。夢を壊します。」
と言われたが、それとおんなしだ。ママチャリになんか乗れるかいってんだ!決心した以上はマイ自転車じゃなくちゃ。そこで・・・・買いましたよ・・・・実は前から欲しかったマウンテン・バイク。

 妻と二人で大きな自転車屋に行って、最初に目に付いたのが車体が黄色いやつ。
「これだ!これ欲しい!」
そしたら妻が、
「やめてよ!そんなの恥ずかしい!」
と言うんだぜ。全く、ちょいワルおやじの心が分かってねえなあ。
「黒なんかだと目立たないだろう。交通事故にでも遭ったら大変だ。やはり目立つ色じゃないとな。」
「目立ち過ぎよお。」
いろいろ説得してやっと納得させた。僕は、最初からもうこれしかないと決めていたのだ。夜になって帰ってきた次女の杏奈に見せたら、意外と、
「いいじゃない。」
と言ってくれた。僕は調子づいて言った。
「そういえばさあ、この間プロジェクト・チームのお疲れ会で、アルトのNさんが『先生、髪を金髪に染めたらどうかしら。』なんて言っていたな。そしたら目の前のMちゃんが、『志保にパパ最低!って言われますよ。』と言ったよ。(Mちゃんは長女の志保と大の仲良しなのだ)でも自転車も黄色の買ったし、いっそのこと髪も金色にして、めがねのフレームも黄色にして、ザ・イエローおじさんになってやるか。」
「うわあ、パパ最低!」
志保に言われる前に杏奈に言われた!ガチョ~ン!

 可愛い黄色のマウンテン・バイク。何度も眺める。LOUIS GARNEAUというフランス語読みのメーカー。カナダのケベックの会社らしいな。ルイ・ガルノーと読みそうだが、日本語表記はルイガノ。子供の頃、新しい自転車を買ってもらった時って、きっとこんな気持ちだったんだろうな。乗りたくてワクワクするんだ。
 これで自転車通勤を始めた。府中までの道のりは、案外近い。仕事が終わって帰りの道は、間に合わせるべき電車の時間がないので、実にのんびりしたもんだ。府中駅近くの駐輪場を出て、甲州街道をずっと立川方面に向かう。今まで車やバスの中からぼんやり眺めていた退屈な景色は急に身近になって、ひとつひとつの路地に親近感や想い入れが生まれる。この建物の後でこれが現れるんだ。次は三叉路。それから本宿町二丁目のバス停と歩道橋。そして右側に東八道路、左側からは鎌倉街道が始まる十字路。角の交番のおまわりさん今晩は!
 今日は新しく開通した西府駅の方にそれて裏道から行ってみようかな。暗くなったらライトをつける。このライトが、昔とは違って、手でぐるぐるレバーを回すとしばらく点灯するタイプ。これをチカチカと点滅させるとかっこいい。
 前輪3段、後輪7段の21段切り替えが面白くて、ガチャガチャ切り替えては戻している。そのうち壊れると思う。まったく子供の時のまんまだぜ。

 急に健康的な生活になって、第二の人生が始まったって感じだよ。痩せたので、今までパンパンだったジャンバーに体がすんなり入る。太って着られなくなってタンスの中で眠っていたものも、引っ張り出してみたら着られる。しかもスリムになっているので、着た時の格好が昔より良いのだ。
 ヤベエなあ。カッコ良すぎるな。ナンパにでも行くか。
「ヘーイ、カノジョ、後ろに乗んな!」
あれ?荷台がないから乗れないや。不便だな、マウンテン・バイク・・・。
と、とにかく、ヘルシー・ライフ満喫だい!

ところで・・・・肝心の血糖値・・・・下がっているんだろうねえ・・・・・。

音楽的生活の今日この頃
 今週は、前半が「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の合唱先行立ち稽古。後半が「チェネレントラ」の音楽稽古。「ムツェンスク」の事は、まだ始まったばかりなので、その内まとめて書くつもり。
 「チェネレントラ」は、男声合唱の練習というのが和気藹々で楽しいのだ。僕は、姉二人の中で育ったので、人生に女性がいないと寂しいのだが、男声合唱と一緒になると、もう一つの顔、すなわち高崎高校グリークラブの顔が現れてくるのだ。それにロッシーニの音楽が、単純だけどテンポ感に溢れている。でも来週から「ムツェンスク」立ち稽古一色になるので、「チェネレントラ」の次の稽古は5月までおあずけだ。

 週末は地方に行く。土曜日は浜松バッハ研究会。日曜日は名古屋市民管弦楽団の練習。浜松バッハ研は「メサイア」、名古屋市民管弦楽団は「死と変容」を中心とした練習。今、僕のi-Podには「死と変容」だけで、ハイティンク、カラヤン、フルトヴェングラー、ケンペと4種類入っている。みんなそれぞれに良い。
 オケはベルリン・フィルが素晴らしいが、ケンペ版のドレスデン・シュターツカペレが演奏するシュトラウスには、ちょっと特別なものがあるな。あのビロードのような音はたまらない。
 ブラームスの一番交響曲は、フルトヴェングラー、ザンデルリンク、ジュリーニ、カラヤンが二種類と5種類。いつか時間がある時にi-Pod Actuelleにアナリーゼと聞き比べを書きたいのだが、アナリーゼする時間はあっても、それを原稿にする時間がねえ・・・・。5月の連休を一回お休みにして、その時書こうかな。
 ブラームスは面白いんだ。C-Cis-Dという半音階の3つの音で全曲を統一しようとする。これはダダダダーンというモチーフだけで運命交響曲を作り上げたベートーヴェンのミニマリズムからの受け売りだ。ちなみに「ドイツ・レクィエム」はF-A-Bで統一されているし(ドイツ・レクィエムのアナリーゼ参照)、第二交響曲のモチーフはD-Cis-Dだ。
 リヒャルト・シュトラウスもブラームスもワーグナーも、やっぱりフルトヴェングラーの演奏を聴くとインスピレーションを掻き立てられるなあ。でも今はあんな風には演奏できないなあ。勇気がないのかなあ。うーん、どうなんだろうなあ。時々不自然なアッチェレランドするけど、あれはちょっと出来ないな。でも、その後のギリギリの所での構築性は素晴らしいなあ。やっぱり希有な指揮者だよ。

 地方に行くのに何が心配かっていうと・・・・食事なのだ。外食をすると、妻が作ってくれる食事のように少量をバランス良く採る事が案外難しいのだ。カロリーの絶対量は少なくないといけないけれど、一方栄養が偏ってはいけない。だからレストランでは、下手をすると何種類も頼んでみんなそれぞれ残すなんてことになってしまう。
 それに加えて、さっきの話に戻るけれど、指揮するという事はカロリーは消費しないにもかかわらず、エネルギーは使うし、オーラを発散させていなければならないのだ。なかなか試練の毎日は続くのだ。

 話は変わるが、地方に行っている間に東京の桜が咲いてしまわなければいいな。日曜の夜に東京に帰ってきて、また月曜日から、タンタンのお散歩をしながら桜をたっぷり見物しようと思っているのだから。




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