100点満点!

三澤洋史 

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100点満点!
 六本木男声合唱団倶楽部のメンバーでもあり、外科医でもある赤羽紀武(あかば のりたけ)さんの紹介で、糖尿病やダイエットが専門の大野誠先生のところに行ってきた。とても親身になって丁寧に診察してくれた。その話の前に、先日の採血の結果を聞いてね。発表いたします!ジャジャジャジャーン!空腹時血糖値は、なんと97。ヘモグロビンA1c は5.6にまで落ちた。

「百点満点です。3ヶ月でよくここまで頑張りましたね。」
と大野先生は言ってくれた。別に褒めて欲しくて大野先生の処に行ったわけではないが、F病院担当医の無関心さとは雲泥の差だ。まずは今の努力の方向が間違ってはいないことを確認出来た。その上で今後の相談をする。
 この数値だけ見ると、もはや糖尿病でもなんでもない。完全に正常値だ。ただしこれは薬を飲んでいる状態での値。薬を止めれば当然これより数値は上がる。本当に止められる状態になるためには、今の時点で逆に低血糖状態くらいまで落ちてなければいけないと言われた。
「もう少し我慢して薬を飲んでいて下さい。一日3回はいらないでしょう。2回で充分。これからは時々低血糖状態になることが予想されるので、飴とかすぐ糖を補給出来るものを携帯しておいて下さい。」
だって。

 大野先生は、現在僕がF病院からもらって飲んでいる2種類の薬について、
「その薬はそのまま使いましょう。この薬はこれこれこういう役割と効果、こっちのはこれこれこういう働き。この二つは違ったタイプなので、たとえば運動を沢山した後はこの薬を一回くらい抜いてもいいです。食事が少ない場合にはこちらを抜いてみてもいい。」
という風に細かく説明してくれた。

 ただちに薬を止められないもうひとつの理由はこうだ。わずか3ヶ月足らずでここまで数値が落ちたのは評価出来るとしても、それまで長年に渡って高血糖でいた負の実績があるのは事実。僕と同じように食べて飲む人が全員僕と同じように糖尿病になるとは限らない。つまりこれは体質的問題が絡んでいる。
 今は一生懸命食事制限など努力しているのでこのように結果が出ているが、だからといって薬を急に止めてしまっても膵臓が完全に健常者と同じ働きをする保証はない。もう少し時間をかけて様子を見ないと、2,3ヶ月で単純に直ったと喜んでしまうのは早急だというのである。それはそうだね。3ヶ月足らずでこう出来たということは、裏を返せばまた3ヶ月足らずで元に戻る可能性だってある。
 ということで、半年後くらいを目標にだんだん薬を抜いていきましょうという話になった。

 さらに先日赤羽さんと一緒に見たCT画像を見ながら先生は、
「体脂肪が少ないです。脂肪肝もないし、内臓は全て完璧に健康ですね。今、メタボリック症候群が騒がれていますが、その観点からも理想的です。逆にもうこれ以上痩せない方がいいです。」
と言う。

やったあ!僕は健康です。僕は健康です。僕は健康です。僕は健康です。僕は健康です。頑張りまーす!

ウルトラミラクル・ラブストーリー
 また麻生久美子の出ている映画を見に行った。
「そんなに麻生久美子にぞっこんなのか?」
と思うかも知れないが、今回は彼女が目的というわけでもなかった。
 先週土曜日に封切りになったばかりの「ウルトラミラクル・ラブストーリー」という映画だ。興味の中心は横浜聡子という監督だ。まだ弱冠30歳の女性。奇才というので話題になっていた。

 これまで洋画中心だった僕は、「インスタント沼」「おと な り」と観て、日本映画も面白いなと思い始めていた。日本人同士なので発想が近いし、映し出される風景も身近だ。とはいえ、暇をもてあましているわけでもないので、ちょっと迷ってもいた。
「どうしようかなあ、わざわざ観に行くほどかなあ?」
そう思っていたら、数日前、朝日新聞に映画評が載った。結構肯定的に書いてあった。そこで、その批評に背中を押される格好になって出掛けた。

 で、結果は・・・・というと、行った事を後悔はしないが、映画が終わった瞬間、
「何これ?」
と思った。大部分の他の観客も同じ事を思ったに違いない。会場全体あっけにとられた雰囲気が漂っていた。

 物語はこんな風に始まる。

青森県で農業をしながら暮らす変わり者の青年、陽人(ようじん)は、臨時の保育士として東京からやって来た町子に一目ぼれ。そんな町子が青森を訪れたのは、事故に遭った恋人の死に疑問を抱き、ある占い師に相談するためだった。
 変わり者の陽人は確かにハチャメチャだけれど、映画の途中まではいわゆる普通の映画のように進行していく。陽人を演じているのは松山ケンイチ。恋人に死に別れた女性を演じている麻生久美子は、いつもより地味で暗い雰囲気だが、役作りとしては妥当。陽人がいきなりストーカーのようになって町子にまとわりつくので、困った事になったと当惑する表情が良い。
 観客はごく自然に、これが何かサプライズが起こって愛に発展していき、最後にどこか落とし処で納得させて映画を終えるのだろうと、通常の展開を呑気に期待している。ところがこれが甘かった。中盤を過ぎたあたりから「あれ?」と思い始める。そして、
「おっとっとっと、こうなっちゃラブストーリーとしてはマズいんでねえの?」
と思う時にはもう監督の思うつぼになっている。ラスト・シーンでは観客は完全に置いてけぼりを食っている。

 これ以上は言えない。興味のある人は自分で映画を観て下さい。で、僕に感想を言って下さい。あのさあ、僕はやっぱし古い人間なのだろう。こういうのは理解を超えているんだよな。別に映画に深い人生の真実とか感動とかをいつも求めているわけではないのだが、これは一体何が言いたいのかね。誰か教えて!
 シュールならシュールなりに、ナンセンスならナンセンスのタッチで最初から描いて欲しい。そしたらそのつもりで観るんだけど・・・・。それを途中までまともな映画の装いで見せるものだから、こっちは真面目に感情移入してしまうでねえの。
「冒頭の目覚まし時計とか、町子の彼氏の首が行方不明とか、農薬というアイテムとか、伏線はあるよ、観客が早く気がつかないのがいけない。」
と監督は言うつもりなのかも知れない。ったくよう、新聞評もひとこと「万人向けではないので気をつけて観に行くように」とか書いてくれればいいのに・・・・・。

 良いところもある。青森弁が異国の言葉に聞こえて新鮮だ。方言を使った映画やドラマは多いが、通常は観客に理解して欲しいのでここまで徹底しない。それが、理解されなくても別にいいと開き直っているものだから、場面によっては何言ってるんだかさっぱり分からない。しかも字幕がないから観客は理解する事を放棄し、日本語を音楽のように聞く。それがひとつの言語的宇宙を醸し出す。この感覚が新鮮。
 青森という処も、僕たちの知っているなつかしいふるさととか田舎とかのカテゴリーに属するのではなく、どこか遠い宇宙の果てのように感じられる。これが横浜聡子の世界といわれれば、納得出来ないわけではない。

 それと松山ケンイチの演じる陽人の描写は素晴らしい。一番良いと思ったのは、子供達と陽人との関係だ。子供達というのは陽人のような人間に対して、あんな風に接するものだ。親たちが陽人を馬鹿にし、
「あいつは馬鹿だから。」
などと子供の前で平気で言うだろうから、子供も最初から馬鹿にしてかかっている。さらに陽人のような人間の場合、子供との接し方が普通の大人と違って妙に親しみやすいので、子供達は馬鹿にしながらも陽人が大好きなのだ。本当に陽人の気持ちになり切れないと、ああいう風には描けない。僕も子供が大好きだからよく分かるんだ。

 だからこそ、陽人のような人間に、まともな方法で町子との愛を実らせて欲しかったと僕は思うのだ。農薬を浴びて町子好みの“普通の”人間になったりするのでなく、陽人が陽人のままでいて、その“普通でない”陽人の魅力に町子が気づくというようなストーリーだったらいいのに・・・・・と、ここまで考えて、僕は今考えつつあるある作品のプロットへのヒントを得た。
 そうだ!僕は自分でものを創り出すことが出来るからね。この映画はこの映画のままでいいや。僕は僕の道を行くのだ。ありがとう!「ウルトラミラクル・ラブストーリー」よ、僕にヒントをくれて。

とにかく、僕は陽人が好きだ。何故なら、僕も陽人みたいなところがあるから。

「重力ピエロ」
 もうひとつ気になっている映画がある。でもその前に原作を読もうと思って読んだら、それで満足してしまった。それでも観に行くかも知れない。あるいは行かないかも知れない。
 それは伊坂幸太郎著「重力ピエロ」という小説。ミステリーでいながら家族愛もテーマになっていて、多重的に楽しめる力作だ。冒頭の文章がいい。

春が二階から落ちてきた。
 男二人の兄弟の物語で、一人称で描く主人公は兄の泉水。春というのは弟の名前だ。この兄の弟を見る目が愛情に溢れていてまぶしい。弟も心に屈折したものを持ちながら、伊坂幸太郎の描き方が上手で、ある種の透明感に溢れている。父親の揺るぎない愛情と、母親のあでやかさ。シビアな事件を扱った小説でありながらも、読み終わった時にある種のカタルシスを呼び起こす。同時に、これはなかなか映画にならないんでねえのと思う。でも、だからこそというべきか、これをどう映画にしているのか、興味もあるのだ。  


沸きまくりの「チェネレントラ」
 新国立劇場では、「チェネレントラ」の本番と並んで「修善寺物語」の稽古が進んでいるが、合唱がないので本を読んだりする時間があるのだ。でもそんなに暇でもないよ。今月末にあるチョン・ミュンフン指揮の「椿姫」の音楽練習と、高校生のための鑑賞教室「トスカ」の練習が来週もドーッと入っている。
 「チェネレントラ」は今シーズンの演目のベストに入るプロダクションだな。シラグーザのアリアではアンコールも出て、ハイC伸ばしまくり。観客は沸きまくりだあ!こういうオペラは、理屈抜きで楽しいなあ。

うらやましい文学界
 僕はミーハーと言われるのを覚悟で、村上春樹の1Q84(新潮社)という本を買ってきて読み始めた。まだ読み始めたばかりなのでなんとも言えないが、かなり面白い予感。青豆という変わった名前を持つ、性格も結構変な女性と、天吾という“ものを書く”男性がふかえりという不思議な女の子と関わっていく二つの物語が交互に出てくる。
 この主人公達の描写からして、冒頭から読者を惹きつけてやまない。文章はあきれるほどうまいし、読み始めたら次がどうなるのか気になって本を閉じさせないストーリー展開には舌を巻く。
 それにしても文学界はうらやましいな。こんな風に新刊が待ち望まれて、発売と同時に書店にないほどフィーバーするのだから、まだまだ民衆と密着しているのだね。音楽の世界なんて、新しい作品など誰も待ち望んでいない。新作が期待されない芸術というのは、もう滅んだも同然なのだよ。うー、さみしー・・・・・。




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