ギリギリ生活

三澤洋史 

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ギリギリ生活
 「NOAH~ノアの方舟」のオーケストレーションを早く進めなければいけなかったのに、映画を観たり小説を読んだり、いろいろ横道にそれていたため、ここにきてまたまた自分の首を自分で絞めるような状態になってきている。ただこれは僕の場合、ある意味宿命とも言える。

 普通のサラリーマンだったら、会社で仕事している時間以外は自由に使えるが、指揮者の僕の場合、練習初日には全ての準備を完了しておかなければならない。つまり指揮者にとって最も大切な“仕事”は、全て余暇を使ってやるように運命付けられている。
 加えて、もし本業以外に趣味があったりすると、さらにその合間を縫ってということになる。僕の場合、それが映画や読書になるわけだ。この趣味は、ある意味趣味とは言えないもので、僕の内面を支え、豊かにし、芸術的インスピレーションを与えてくれる。これがなくて、ただ日々の練習だけに明け暮れると、僕の内面は消耗するのみとなり、インスピレーションが枯渇してしまう。だから精神的充電の為に、趣味の時間も最大限に取りたい。
 そうすると何を考えるかというと、本業の仕事の時間は削れないから、その準備の勉強時間をなるべく短縮して、短い期間に一気に能率良くやる。その事によって、少ない余暇の時間から、音楽に関係ない時間を最大限に捻出するのだ。

「三澤さんって、いつも勉強をギリギリにやるんですね。よくそれで間に合いますね。」
とは、かつて僕の仕事ぶりを間近で見ていた新国立劇場制作部M嬢の言葉。今は出産して営業部にいるが、新国立劇場の中で合唱マネージャーのT氏と共に、最も有能な人材の一人であると僕は評価している。
 彼女は、僕がギリギリにならないと動き出さないのを、いつもハラハラしながら眺めていた。数日後から練習が始まるというのに、今頃基本的な資料を準備しようとしている。しかも、それが何かの手違いで入手出来なかった場合、僕がめちゃめちゃあせって動揺しているのを冷ややかな目で見てあきれていた。
 まあ、僕もね、そんな失敗を繰り返している内に、最近は少し利口になって、絶対に必要な資料だけは手元に早くから揃えておくことにしている。でも、準備を開始するのはやっぱりギリギリ。突発的な事が起こってうろたえるのは、ちっとも変わっていない。すみません、ご心配をおかけしましたが、これからもおかけします。

 ということで、例によってギリギリまで寝かしておいたNOAHを、さあ一気にやるぞう!と思った時に、どうしてもやらなければならない急ぎの編曲が飛び込んできた。オーケストラ・スコアだけしかない合唱付きオーケストラ曲をピアノ・ヴォーカル譜に直す仕事。その仕事自体は以前から依頼されていた。11月終わりに本番があるので、8月いっぱいかけてのんびりやればいいはずだった。ところが、一曲だけある独唱付き合唱曲で、ソロ歌手が7月しか集中して譜読みをすることが出来ない為、その編曲だけどうしても早く欲しいとのこと。
「うぎゃあ!絶体絶命!」
 普段、ベッドに入ると1分もしない内に熟睡してしまう僕だが、ギリギリまで放っておいたNOAHや、8月初めから合唱練習の始まるヴォツェック、東京バロック・スコラーズのBACH TAGEの為の講演会や、加藤浩子さんと行う司会の原稿準備など、ギリギリ生活の上に構築した全ての予定が根底からくつがえされたので、さすがに心配で眠れなくなってしまった。
 で、あらぬ時間にヌッと起き出して、パソコンのある部屋に行こうとした。
「ど、どうしたの?」
妻がびっくりして訊く。
「編曲が心配で眠れない・・・・。」
妻はよく不眠症で悩んでいて、僕がすぐ熟睡してしまうのを隣で妬ましく見ていただけに、
「あなたでもそんなことあるの?」
と驚いている。でも、一年に一日くらいはあるのだ。
 夜中にパソコンを立ち上げ、ガシガシッと編曲をした。即座に終わるべくもないのだが、それでも、あとこのくらいの労力で編曲が終わるという見通しがついたら、ホッと安心して途端に眠くなった。

 結局、編曲は昨夜終わった。で、これからNOAHを再び急ピッチでやらないといけない。新国立劇場では「ジークフリートの冒険」の練習が始まり、高校生の鑑賞教室「トスカ」の本番と平行して進んでいる。僕は、そのどちらにも関わっているため、劇場エリアと稽古場を行ったり来たりしていて、一年で一番忙しい時期。
 なんかここ数年、毎年夏になるとこんな思いをしているなあ。昨年も「愛はてしなく」のオーケストレーションに追われていたっけ。勿論、早くからやっておけば、土壇場でそんな思いをしなくて済むのは分かっているのさ。分かっちゃいるけど、やめられねー、あ、そーら、スーイスーイスーダララッタ、スラスラスイスイスイとくりゃあ!

こうして貧乏性の僕の多忙な日々は果てしなく続くのでした。

2つの便利なもの
 僕の身の回りに最近2つの便利なものがある。1つはプリンタだ。新しく買い換えた。前のプリンタはまだ動いていたが、プリンタヘッドが消耗し、これまでに3度修理に出している。最近になって、紙を巻き込んでエラーになる回数が増えてきたので、いよいよ寿命かなと思った。
 我が家のプリンタは、作曲や編曲をしている時のスコアやパート譜の量がハンパでないので、酷使された挙げ句に過労死という最期を迎える運命にある。でも動いている内に取り替えたのは初めて。

 さて、新しい機種をいろいろ選んでいた。僕は、最初はEPSON派だったが、途中からCANON派になった。理由は特別なものではない。EPSONのプリンタが、過去2度も壊れて買い換えたので、3台目を買う時にCANONにしてみただけだ。でも五線譜の印刷に格段の差があった。写真印刷は、はっきり言ってEPSONの方が美しい。でも、白黒の書類を高速で印刷するなら、何といってもCANONだな。CANONは速い!印刷を待っている間というのは、何かしようと思っても他にまとまったことは何も出来ない。だからちょっとの印刷時間の差でも、数が多いと仕事の能率に明らかな差が出てくるのだ。
 それにCANONのアフター・サービスは、保証期間が過ぎた後でも丁寧で安い。修理も迅速で、引き取りに来てくれて長くて数日なので、待つ間のストレスに悩ませられることもない。

 という理由で、今回選んだ機種もCANONの複合機。値段は多少張るが、有線、無線LAN付きにした。これがね・・・・想像以上に便利なのだ。

 USB接続だと、プリンタから直接つないだパソコンからしか印刷出来ないだろう。2台以上だと切り替え器も必要だ。でもLAN接続ならば、僕の家の中に4台あるパソコンのどれからも自由自在に印刷可能。しかも、プリンタ自体も無線LANが可能だから、どこに設置してもいいのだ。ね、便利でしょう。これは皆さんにお薦めです。これからのプリンタはLAN接続に限りますよ。

 もうひとつの便利なものは、PASMOの定期券。僕のようなおじさんは、どうしても昔ながらの磁気の定期券にこだわってしまって、あれを器械の中に通さないと落ち着かなかった。でも次女の杏奈が使っているのを見て、今月からPASMO定期にしてみた。これは、画期的に便利だぜ!
 たとえば、7月11日は、午前中、東京バロック・スコラーズの練習に行った後、文京福祉センターから新国立劇場まで移動した。地下鉄有楽町線の江戸川橋から市ヶ谷に出て、市ヶ谷から都営新宿線に乗り初台下車。しかし、電車はそのままでも、路線的には新宿初台間は京王新線で別料金となる。これまでは、市ヶ谷で一度精算しなければならなかったし、初台でうっかり定期で出ようとするとピンポーンと鳴って止められ、後ろに付いてきた人がドンとぶつかって、バツの悪い思いをしていた。
 でもPASMOにチャージしておけば、何路線にまたがっていても、ここからここは定期券の範囲だとか、そうでなければいくら必要なのか全部自分で判断してくれるので、江戸川橋と市ヶ谷と初台の駅で、それぞれピッとかざすだけで何も悩まなくてもいい。
 もう信じられない!夢の未来都市だあ!え?何?もうみんな知っているって?遅れてる?放っといてよ!




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