胸キュンのラブ・ストーリー「愛の妙薬」

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

降って湧いた休日
 4月8日の木曜日は、思いがけなく休みになった。「愛の妙薬」の演出家リエヴィが連日続く舞台稽古で歌手達が疲れているのをねぎらってオフにしてくれたのだ。それが分かったのが、前の日すなわち7日の晩の練習の最中だったので、おっと、これはもしかしたらスキーに行けるかなと、一瞬気持ちがぐるぐる駆け巡った。
 休み時間にあわててインターネットで調べたら、僕がこれまで行ったスキー場では、中里や石打丸山はもう終了しており(当然さ、もう4月だもんな)、ガーラ湯沢だけが営業を行っている。でもなあ・・・・もう今シーズンは終わりと決心してしまったし、どうせ行っても天気が多摩湖悪かったら嫌だし(もう雨だけはご勘弁を・・・・)、逆に天気が良すぎて気温が上がったら確実に雪質が悪いだろうから、いろいろ迷った結果やめた。その代わりに自転車でどこかに行こうと思った。

 それで妻にお弁当を作ってもらって多摩湖(村山貯水池)へサイクリングに行くことにした。ところが家でパソコンを開けてぐずぐずしている内にお昼になってしまったので、そのお弁当を家で食べて(笑)、それから出掛けた。
 僕は、国立音楽大学声楽科に在籍していた時代に、西武拝島線玉川上水駅のすぐ近くに住んでいた。その頃たまに自転車で多摩湖に出掛けていったことがあるので、多摩湖には玉川上水を経由していくものだと勝手に決めている。国立駅の北口から弁天通りを通って砂川九番あたりに抜けて行く間に、ふと僕は大学時代に住んでいた家のあたりが今どうなっているのか見てみたくなった。そこで・・・・訪ねてみましたよ、立川市幸町。
 当然のことながら、そのあたりは随分変わってしまっていて、僕が住んでいたアパートは別な建物になっていたが、あたりの通りの具合から、
「ああ、ここだ!」
と感じられてとてもなつかしかった。
 そのかつて住んでいた家から10メートルくらいの芋窪街道沿いにはパチンコ屋さんがあって、当時はまだ手で一回ずつ打っていたんだよ。だからのんびり打てば百円で随分打てた。でもそれからすぐに電動になった。レバーを握ったら自分の目が追いかけられないくらい玉がどんどん出ていって、あっという間に終わってしまった。もともと勝負事に興味がある方ではないから、それを機会にやめてしまった。僕には夜店のスマート・ボールくらいの速さがちょうどいいのだ。
 そのパチンコ屋も影も形もない。それどころか、モノレールが出来る事で道路が拡張され、駅周辺は全く昔の面影がない。淋しいもんだ。ところであれから一体何年経っているのだ?ええと・・・・驚いた!計算したら、卒業してから30年以上経っているんだ。考えてみれば、ベルリンで生まれた長女の志保が26歳だもんな。全てが変わるわけだよ。

 さて、久し振りの多摩湖もなつかしかった。桜は満開のピークはやや過ぎていたけれど、まだまだ充分に楽しめたし、湖のまわりを一周しているサイクリング・ロードが快適で、とても気持ちが良かった。西武園遊園地のそばを通ったら、ジェット・コースターが動いていて、乗客がキャアキャア叫んでいる。上から真っ逆さまに落ちていったと思ったら、一回転してさらに右に左に容赦なく振り回される。面白そうだな。でも今日はパス。

 多摩湖の東側の土手の上からの眺めは最高。西側は湖、東側は街の景色がはるか遠くまで見渡せる。公園の桜もきれい。それから武蔵大和駅方面に自転車で猛スピードで下ってきて、東大和駅から立川方面に自転車を走らせ、立川で駐輪場に自転車をあずけた。
 休日だからのんびり過ごそうと、伊勢丹の隣のエクセルシオールでコーヒーを飲み、ビック・カメラのB1でプリンタのインクと紙を買ったが、ふと気がついたら向こうの方にお酒売り場がある。ビック・カメラって、なんとお酒も売っているんだよ。しかも、立川店は結構気合いが入っていて、カードに書き込んだガイドの言葉もきちんとしているので、選びやすい。
 その日はイタリア・ワインが飲みたい気分だったので、Chiantiキャンティのちょっと高いものを買った・・・・というか、たまったポイントを使ったのでお金を出さず得した気分。

 キャンティも、ミディアム・ボディーの安ワインというイメージがあるけれど、それなりの値段を出すと、どうしてどうして、きちんと樽で熟成したちょっとヘビー・タイプのおいしいものが飲めるよ。皆さん試してご覧よ。
 キャンティの長所は、どの値段でも決して失敗がないこと。だから、よく分からなかったらキャンティを買っておけばイタリア・ワインは間違いなし。まあ、ボルドーなんかと違って、元々イタリア・ワインは失敗も少ないかわりに、飛び切りおいしいワインも少ない。同じ値段だったらフランス・ワインよりイタリア・ワインの方がひとつ格が高いということも知っておいて損はない情報。

 こうして僕の降って湧いた休日は、おいしいキャンティ・ワインで幕を閉じた。これでめでたしめでたしと言いたいところだが・・・・でもなあ・・・・後でまたインターネットで確認したら、その日のガーラ湯沢は、前の日の積雪で新雪だったというし、天気は快晴だったが気温は低く、絶好のスキー日和だったということだ。畜生!まだ心のどこかで未練が残っている。あと一回滑りたかったなあ・・・・・。


写真: 多摩湖 by 三澤洋史

 

胸キュンのラブ・ストーリー「愛の妙薬」
 ネモリーノは、いかさま師の薬売りドゥルカマーラにすっかり欺され、アディーナの心を得る媚薬を買うお金欲しさに兵隊に志願する。ちょうどその時、ネモリーノのお金持ちの叔父さんが死んで、莫大な財産が彼の元に転がり込んでくる事が女の子達の間でニュースとなり、突然彼はモテ始める。彼はそれがドゥルカマーラから買った媚薬が効いてきたせいだと勘違いする。
 そこへアディーナ登場。ネモリーノは薬がアディーナにも効いていると信じ、わざと冷たいそぶりをする。アディーナはネモリーノに、
「何故軍隊になんか志願したの?」
と聞き、そのお金を払って志願を取り消してあげると言う。有頂天になったネモリーノは、その次にアディーナから出る言葉は、自分に愛を打ち明ける言葉に違いないと確信するが、意外にもアディーナが言ったのは、
Addio !「さよなら!」
であった。
 うろたえたネモリーノは、恥も外聞も捨てて本心を暴露する。
「愛してもらえないから、兵隊に行って死ぬんだ!」
その言葉を待っていたアディーナは、
T'amo !「愛しているわ!」
を連発し、さらに、
Ti giuro eterno amor.「あなたに永遠の愛を誓うわ」
と言ってネモリーノの胸に飛び込んでゆく。

 この瞬間、僕はいつも胸キュンとなる。愛の媚薬をめぐるこのストーリーの素晴らしいところは、男と女の恋のかけひきが絶妙のタイミングで行われる点にある。

 いつもネモリーノに言い寄られているアディーナにとっては、その状態が当たり前になっていたが、愛の媚薬のせいでネモリーノが自信を持ち、自分に冷たくあたるようになると、初めて自分がネモリーノを心の奥では必要としていたことに気がつく。こういうことはよくあるね。
 一方、ネモリーノは、いつもいつもアディーナへの愛が報われないという欲求不満状態でいたものだから、媚薬を得た今こそアディーナが自分からコクッてくるセンセーショナルな大団円を夢見ていた。でも、それが叶えられないと知るともう絶望的になり、思いのたけをアディーナにぶちまける。ところが、女性はね・・・・・まさに相手がなりふり構わぬ状態になるその瞬間を待っているものなのだ。そして今度はアディーナの方からの奔流のような告白!

 ドニゼッティは多作家で、なんと70作品ものオペラを書いた。その中で最も有名なのがこの「愛の妙薬」だ。つまり70もの中から選び抜かれた傑作というわけである。その理由ははっきりしている。本が良いのだ。プロットがちゃんとしており、ストーリー展開に無駄がなく、心の琴線に触れるポイントをはずさない。単なるラブ・ストーリーと軽く見るなかれ。ラブ・ストーリーは、万人が理解できる題材であるだけに、心の動きのリアリティに欠陥があると、観客がそっぽを向いてしまう、いわば最も難しいジャンルなのだ。

 僕は自分の知っている全てのオペラの中で、ハッピーエンドで終わるラブ・ストーリーの第一位に「愛の妙薬」を挙げる。ベルカント・オペラのコロラトゥーラ技法も楽しいし、ドゥルカマーラの機関銃のような早口の歌唱もユーモラス。勿論ヴェルディのような深みやワーグナーのような哲学的なものはないかも知れない。でも、いいではないか。「愛こそすべて」さ。難しい事は言わないで、素直に心を開いていけば、そこにとっても素敵な愛の物語がある。

 さて、チェーザレ・リエヴィ演出の舞台は、カラフルな色彩に溢れた飛び切り楽しいものとなってきた。先日、衣裳付きピアノ舞台稽古をやってみたが、衣裳の色彩感覚が抜群!基本的に右と左とが別の色になっているコスチュームで、靴も左右の色が違う。それにかつらにも色がついていて、遠くから見ていると人形が動いているよう。ドイツ人などは絶対に考えつかない、まさにイタリアンな色彩だ。それに照明も加わると、もうめまいがするほどだ。こういうのを毎日観ているからキャンティを飲みたくなるんだよ。

 オペラ初めてという人は、まず「愛の妙薬」から入っていってはどうだろう。これを観てつまらないと思う人は、どんな素晴らしい映画を観てもテレビ・ドラマを観ても、つまらないとしか言わない人だな。「愛の妙薬」は、新国立劇場で4月15日木曜日から25日日曜日まで5回公演。

プロジェクトX堂々完成!
 とうとう出来た!秘密裏に進めているプロジェクトXがとうとう完成した。これを読んでいる皆さんにとっては、何のことか分からないでしょうが、ここのところ余暇を全てこのプロジェクトに費やしていた僕にとっては、ある種の虚脱感を伴った大いなる満足感と安堵感に満たされているのだ。
 何か作品を創作している時は、自分の中に常にエネルギーを溜め込んでテンションを高めておかないといけない。とりわけそれが完成間近になってきた時は、エネルギーはもう全開状態になっているし、寝ても覚めても頭の中に常にその作品のことが重くのしかかっていて、あたかも臨月を迎えた妊婦のように早くそれを産み出してしまいたいと思うのだが、一方でしっかり吟味して育ててから出さないと後で後悔することになるとも思い、落ち着きのない辛い日々を送ることになるのだ。その辛さは、何かを長い期間かけて創作した者でないと分からないかも知れない。長くて暗いトンネルをはてしなく歩いているような気分といったら近いのかな。
 だから、それが完成した日は、自分にとってはまさに天にも昇る気持ちだ。ましてや自分なりに満足のいく仕上がりになった時には、その歓びはまたひとしおだ。同時に、
「明日からどうやって生きて行こう?」
という、人生の目標を失った虚脱感にもかられるから不思議なんだな。重荷でもあるし生き甲斐にもなっていたというわけだ。

 さて、これが出来たら、今度はそれの音資料を作ってプレゼンに備えなければならない。これが案外大変なので、本当は虚脱感にかられている場合ではない。譜面作成ソフトで作ったものをMIDIファイルに変換して、シーケンス・ソフトで回す。それにマイクで自分の歌を入れる。それを何重にも多重録音してトラック・ダウンし、WAVEファイルを作成。最終的には「ひとりCD」を作成するのだ。
 僕の声だけでコーラスが出来るんだよ。いろいろエコーを入れたり、定位を定めて声を右から出したり左から出したりしてステレオ効果を出す。遊びでやっているうちは結構楽しいのだが、プレゼン用ともなると楽しんでもいられない。
 セリフも同じようにして、全ての役を声のトーンを変えて録音するのだが、これをやっている最中は、同じ家の中で聞いている家族は僕のテンションについていけないみたいで、
「朝っぱらから大声で芝居しないでくれる?近所迷惑だしさあ。内容によっては、何か事件でも起こったかと、その内おまわりさんが来ちゃったりしてさあ・・・・」
となかなか不評である。

 いずれ発表出来る時がきたら真っ先に皆さんに言いますからね。その時までお楽しみに。はっきし言って、皆さんが想像できないような意表を突く題材で、意表を突くものに仕上がっていますよ。これは恐らく世界中で僕しか思いつかないし、僕しかここまで出来る人はいないでしょう。なんてったって、僕って天才だもの!

プロジェクトX・・・・うふふふふふふ・・・・・プロジェクトX・・・・・おほほほほほほほ・・・・・・プロジェクトX・・・・うわっはっはっはっはっは!




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