7月27日(火)バイロイト
アイゼナハからローカル線を乗り継いでバイロイトに帰ってきた。和子さんがバイロイト駅まで車で迎えに出てくれた。僕たちは一度和子さんの家まで行ってから荷物を降ろし、一休みしてからバイロイトの街に出た。
旧市街の雰囲気はなんとなく変わっていた。見かけは変わらないのだが、僕たちがチューリンゲン地方を回っている内にバイロイト音楽祭では初日の幕が開き、街はただの地方小都市から国際都市に変わっていたのだ。
僕たちはワイン屋さんに入り、フランケン・ワインを試飲した後で何種類かのワインを注文し、日本に空輸で送ってもらうことにした。DHLで送るので輸送代は馬鹿にならないが、元のワイン自体がとても安いので、輸送代を入れても日本で買う値段の何分の一にもならない。それからいくつかの店に寄ってお土産を買う。
今晩はドイツ最後の晩。僕たちは面倒を見てくれたお礼にと、和子さんを食事に招待していた。何のことはない。自分たちが最後にもう一度ドイツ料理を食べたいだけの話。しかも場所はバイロイト郊外なので自分たちでは行けないため、和子さんに運転してもらう。なんて虫の良い話。
行く先は、毎年バイロイトに来ていた時、必ず何度も訪れていたSonnenhofというお気に入りのレストラン。ここのウィーン風カツレツが絶品なのだ。本当は正規の一人前を食べたいところだが、今の僕にはどう考えてもオーバ・カロリーなため、『小』を注文した。それでも日本人からすると充分な量。
僕は小麦ビールを注文。妻はピルスナー。そしてウィーン風カツレツの付け合わせは定番のフライポテト。うーん、おいしい!ドイツの味も今日で食べ納め。
7月28日(水)ミュンヘンの白ソーセージ
朝、バイロイト駅で和子さんと別れ、電車に乗ってニュルンベルク駅に着き、そこから地下鉄に乗り換えてニュルンベルク空港に向かう。行きはフランクフルトからニュルンベルクに来たが、帰りはミュンヘン空港を経由して日本に向かう。
ミュンヘン空港のトランジットでかなり時間があるため、昼食をとる。考えてみたら、ミュンヘンといえば、ミュンヘン風白ソーセージやんけ!またまたドイツへの名残惜しさが出てきて、白ソーセージを出してくれるレストランを探す。あった、あった!しかも焼きじゃがいも付き。そういえば、今回一度も焼きじゃがいもを食べていなかった。
このミュンヘン風白ソーセージは、淡泊な味で日本人にはぴったり!僕などは、バイロイトで働いていた時、茹でた白ソーセージに鰹節と醤油をかけて、ご飯の上に乗せて食べていたっけ。足が速いので、スーパーなどでは買ってその日の内に食べないと、もう痛んでくるのだ。
ということで、最後の最後まで未練たらしくドイツの味を堪能してから飛行機に乗り込む。
7月29日(木)日本着
今回、機内で音楽を聴いたり映画を観るのに、BOSEのノイズ・キャンセリングのヘッドフォンを持って行った。買った時に機内用のプラグがついているのだ。これが大正解!みなさん。ちょっと値は張りますが、だまされたと思ってBOSEを使ってみて下さい。もう通常の支給されるヘッドフォンなど聴けませんぜ。なにせ、超静かなんだから!
機内で一夜明け、午前中に無事日本に着いた。天気は曇りだったので、気温は覚悟していたほど高くなかったので助かったが、あの体中にまとわりつくような湿気はなんとかならないものか。熱帯に来たかと思う。この湿気が、全てのやる気を奪うなあ。困った。仕事がたまっているので、日本に着いてから時差ぼけをしている暇もなくいろいろやらなければならないが・・・・き、気力が出ない!
7月30日(金)頑張れ阿瀬見君!
午後の遅い時間に、新国立劇場合唱団員の阿瀬見貴光(あせみ たかみつ)君のお見舞いに行く。彼は、「カルメン」公演の後、家に帰る途中にバイクで事故を起こしてしまい、左足の膝より下を複雑骨折して入院中。ドイツに行く前に一度行きたかったのだが、スケジュールが重なっていてどうしても行けなかった。
病室に行くと、もっと落ち込んでいるかと思っていたが、思いの外元気で安心した。でも、話を聞けば聞くほど、よくその程度の怪我で済んだなと思った。結構大事故だったのだ。二度目の手術が成功して先行き希望が出てきたということで、上半身のストレッチ運動など始めている。本当に頑張り屋だ。
彼は演技が上手で、僕たちの用語でいわゆる『動ける』人材。僕が自作ミュージカル「愛はてしなく」でノアム役をお願いしたのも、彼が『動ける』からだ。いろんな演出家からも評判がすこぶる良い。早く治って、舞台でピンピン飛び跳ねて欲しい。
その後、高崎線に乗って群馬に向かう。
7月31日(土)
今日は午後から新町歌劇団の練習。翌週の演奏会のために、ソリストの田中誠さん、内田もと海さん、大森いちえいさんの3人のソリスト達が全員集合して、新町歌劇団と合わせの練習をする。ホールには照明の人もいるので、そちらの打ち合わせもしながらの練習。 今日は練習後、群馬には泊まらず、国立の家に帰った。明日の午前10時には名古屋の練習場にいなければならないのだ。日本の朝は、ヨーロッパの深夜にあたるため、明日の朝起きられるかどうか心配だ。
8月1日(日)トリスタンとマラ4のオケ練
朝5時過ぎに起きて5時半過ぎに家を出る。眠い。国立駅まで何で行こうかなと思っていたら、時差ぼけで一睡も出来ない妻が、やけっぱちで僕を車で送ってくれた。7時丁度の新幹線で名古屋に向かう。今日はマーラー・プロジェクトの練習。
オケは前回よりかなり良くなっていた。今日はトリスタンを丁寧に練習する日。前回出来なかった前奏曲と第三幕ラスト・シーンの「愛の死」を先にやり、第三幕のイングリッシュ・ホルンがらみの箇所と木製トランペットの部分を練習する。全く、なんて音楽だ!どの箇所をとっても真に独創的で、天才のひらめきに満ちている。
午後はマーラーの交響曲第4番。この第一楽章、大好きだ!最初はのどかで可愛いお伽噺。それがだんだん暗い森の奥に入っていくように不気味化してきて、ついに妖怪現る!という感じのなんとも奇っ怪な曲だ。
控え室が和室だったので、ごろりと横になれるのはいいのだが、休憩時間にうっかり横になるとそのままドロンと睡魔が襲ってくる。危ない危ない、そのまま永久に目が覚めなくなってしまう。時差ぼけの睡魔は、とんでもないときに突然襲ってくる。練習中であろうが容赦ない!
8月2日(月)三澤賞
今日は「三澤賞」の日。「三澤賞」とは、東京バロック・スコラーズの演奏会においてチケット販売の成績が優秀な上位4人を、僕が自宅に招待して夕食をふるまうという会。これまでにも何度か行っているが、今日は特別。何故かというと、ドイツから仕入れてきた食材を使って、日本では出来ない料理を出すというふれ込みなのだ。
ところが、今日は長女の志保も次女の杏奈も朝から多忙で、料理は基本的に僕と妻の二人で行うことになってしまった。まあ、ドイツ料理というものは、フランス料理など違って、そんなに手の込んだものでもないので、なんとかなるけどね。
ドイツから買ってきたものとしては、ニュルンベルグ風焼きソーセージと通常の焼きソーセージ、ザウワー・クラウト(酢漬けのキャベツ)、赤キャベツの煮込み、チーズ、生ハム、黒パン、半焼きBrotchen(ドイツ小丸パン)、サラダのドレッシングなど・・・・。つまりはソーセージを焼いてザウワー・クラウトやドイツ・パンなどと一緒に出せばいいわけよ。
ザウワー・クラウトは、「三澤賞」ではすでに何度も作っているので、チケット売り上げ上位の常連さんは、
「またか」
と思うだろうが、今回はちょっと趣向を変えてみた。先週の「今日この頃」の写真でも出ている「チューリンゲン風」に仕上げてみたのだ。とはいえ、本質的な変化はない。ただ多少甘口にして片栗粉でトロみをつけただけなんだけれど、印象は随分違うものになるんだ。
日本のドイツ料理屋は横着で、ザウワー・クラウトを缶詰から出してそのままお皿に盛って出したりするが、ドイツのレストランでは決してあり得ない。むしろその店によってどういう味付けで出すのかが勝負って感じでしのぎを削っている。では三澤家のレシピは、というと・・・・ウフフ・・・内緒!
作りながら思った。ドイツの主婦ってハードルが低いな。だいたい包丁を持っていない家庭も多いと聞く。キッチンバサミや皮むき器はあるのだが、この程度で、
「お前の料理は最高だよ!」
と夫に言われる人生って夢のようだと、横で妻は言う。
今日は、いつもよりちょっと早く5時に始めた。しかし、この一時間の差は案外重要なんだな。ドタンバになって杏奈と志保が戻ってきた時には、まだオードブルの準備が全然出来ていなかったので、手伝ってもらった。
狭い我が家なので、来客4人と家族4人、合わせて8人が居間に入ると一杯になってしまうが、楽しい語らいは夜半まで続いた。
8月5日(木)白馬
8月3日火曜日から5日木曜日まで2泊3日で長野県白馬に行っていた。高校時代からの親友である角皆優人(つのかい まさひと)君を訪ねたのだ。ずっと忙しくてなかなか行けなかったので、本当に久し振りだ。本当は家族全員で行くはずだったが、みんなそれぞれ用があってなかなか日程が合わず、いろいろすったもんだの議論を繰り返した果てにこの日程に決め、結局長女志保は不参加。次女杏奈は1泊だけして、4日の夕方に白馬を発つ高速バスで一足先に東京に帰って来ることになった。
で、犬はどうしようかという話になったが、試しにワンちゃんOKのペンションに泊まってみようという話になった。それでインターネットで探してプチホテル・グレートデンというペンションを予約したが、なかなか良かった。白い洋風の建物はシャレていたし、お庭が柵で囲まれたドッグランになっていたので、タンタンはのびのびと走り回っていた。
夕食はペンションで食べずに、食材を買ってきて角皆君の家で妻が中心となって2晩とも作った。そのことによって、彼の居間のリラックスした雰囲気の中で、ステレオを聴きながら、心ゆくまで音楽談義に花を咲かせることとなったわけだ。
いろいろ角皆君から紹介してもらった中で、特に僕の心を打ったのは、まだ二十代半ばのアルメニア生まれのヴァイオリニスト、セルゲイ・ハチャトリアンだ。若くして世に出るくらいだからテクニックは完璧だが、なんといっても表現力の豊かさにため息が出た。突飛な解釈をするとか、髪を振り乱してというのではなく、とても大人の音楽をする。
それと、僕がマーラーをやっているというので、いろいろな演奏を聴かせてくれたが、マイケル・ティルソン・トーマス指揮のマーラーの演奏は、バランス感覚に優れ、独特な色合いを持っていて好感を持った。ただ、マーラーの“毒”の部分の表出性に関してはどうなのかな?
角皆君の家は、白馬の有名な別荘地の真ん中に、これまたいかにも別荘というたたずまいをもって建っている。
8月6日(金)プール
午前中はいろいろな仕事をこなす。昼過ぎ、近くの西府プールに行く。ここは府中市民はなんと100円。市外の住民は倍料金。といったって200円。ここで先日角皆君や美穂さんに教わった通り、ボードを使ってバタ足の練習をしたり、平泳ぎの練習をする。平泳ぎはとても楽に泳げるようになった。これから可能な限り毎日プール通いする決心。
8月8日(日)コンサートin新町無事終了
新町歌劇団主催のコンサートin新町パート10の演奏会無事終了。ソプラノの内田もと海さん、テノールの田中誠さん、バリトンの大森いちえいさんという三人のソリストを迎えてのオペラとミュージカルのコンサート。曲目は第一部が「カルメン」「トスカ」「椿姫」という三大オペラからのハイライト。第二部は僕の自作のミュージカルからのハイライト。僕の解説でプログラムを進めていった。
特に後半のミュージカルの部では、オペラとミュージカルの違いについて説明し、さらに自分がどうして自分の舞台作品にオペラという名前をつけずにミュージカルとしたかという理由についても説明する。
え?そのことを知りたいって?ま、一番簡単に言うと、僕は自分の作品を「ヴォツェック」や「軍人たち」の後に位置づけるよりも、「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」の後に位置づけたかったということだな。それに踊りはバレーの人に任せてというのではなく、歌って踊ってセリフをしゃべってという全体性の回帰というものを舞台にもたらしたかったということでもある。さらに、内容については、殺伐とした内容で、終演後やりきれなくなる思いを抱かせる現代オペラへのアンチテーゼとして、シンプルなテーマ、すなわち僕の場合は「愛」というものを表現することによって、観た後に、
「なんか希望が湧いてきたぞ。明日から頑張ろう!」
と観客が思ってくれるような作品を提供したかったのだ。
こうして僕が自分の想いを話しながら、これまでに作った三つの作品の聴き所を披露していくと、予想以上に聴衆が引き込まれていくのを感じた。特に大森さんが「時には忘却こそ救い」で、
でもわたしは思うと歌うと、会場全体が音楽と言葉に集中していくのが感じられ、僕自身胸が熱くなった。
つらくても 報われなくても
それでも それでも
愛する人生は 素晴らしい
愛するために 愛するために
人生はある
苦しみも 涙も 生きている証