シャープレスは本当に“いいひと”か

三澤洋史 

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元気です!
 体調が戻ってきて、秋の青空がすがすがしい。耳鼻咽喉科に行ってアレルギーだと診断され、処方された薬を飲んだらすぐに鼻が通じるようになった。でも、アレルギーの薬って眠くなるんだよね。僕の場合、普段ほとんど薬を飲まないので、たまに飲むととても効いてしまう。京王線の中でちょっとの間に眠り込んでしまい、危うく初台を通り過ぎるところだった。お医者さんには症状が止まってもしばらく続けているように言われていたのだが、こう眠いとかなわない。それで、試しに薬を止めて様子を見て、大丈夫そうなのでそのまま止めてしまった。
 ただ、その後水泳は再開していない。10月27日、28日に尼崎のアルカイック・ホールで「蝶々夫人」を指揮するので、それまで控えていようと思う。尼崎の本番が終わったら、一度試しにプールに行って、アレルギーが起きなかったら再開してもいい。

 今はもっぱら自転車通勤。国立の自宅から初台まで約25キロ。往復で50キロの行程。僕には自転車が合っているね。晴れていれば二日に一度くらいの割合で行く。気温もちょうどいいし、気持ちが良い。自転車に乗って初台まで往復すると300gくらいは確実に痩せる。それをチェックし、様子見ながら食事を調整すると、体重管理が順調に行える。つまり自転車に乗った日には、いつもよりしっかり食事が取れるというわけだ。たかが300gくらいとあなどるなかれ!300g余計に食べられるかどうかは大きな問題なのだ!
 水泳した後でも、カロリーを消費した分の食事はしっかり取れるのだが、僕の場合、かなりハマッていたでしょう。ガッツリ泳いだ後は、飢える状態の方が先に来てしまい、満足感を得るよりも、空腹感をコントロール出来ない自分自身への自己嫌悪に陥ってしまうのだ。水泳が悪いというより、やり方に問題があった。今度やる時は、無理しないでゆったりユルユルと泳ぐんだ。別に大会とかに出るわけではないので。
 とにかく、自転車などのお陰で、夏にドイツに行って以来戻らなかった体重がやっと元に戻ってきた。体重が軽めの方が、行動も発想も全ての面においてよりアクティブでポジティブになる。今は、心身共に元気です!

 不思議なのは、愛犬タンタンが再び僕と一緒に一時間の朝のお散歩をするようになったこと。彼も季節の変わり目に体調を崩していたのかも知れない。もう10歳だから、老化が進んで辛くなったのかなと淋しく思っていただけに、また何食わぬ顔で長距離をスイスイ歩く彼を見ていると、なんだか嬉しい。彼って僕の体調と連動しているのかな?
 
 それにしても今年はおかしい。9月が暑かったので、曼珠沙華の咲く時期が遅れたのはすでに書いたが、こんな10月の中旬過ぎになってもまだ咲いている。枯れて茎だけ残っているものや、その茎の先にまるで幽霊の髪のように垂れ下がった花の残骸を晒している一邑に、一本か二本だけ、場違いのように鮮やかな朱色の花が咲き誇っている。その光景は、この時期を考えると実に不気味だ。毎年、暑い夏や冷夏などそれぞれに変動があっても、彼岸前の時期になると自然の至上命令のように花を咲かせ、僕を驚かせ感動させていた曼珠沙華の開花の時期は、今年初めてこんなにもずれたのだ。我々の背後で、大自然に人知れず大きな変動が起こっているように感じられてならない。蝉だって最近まで啼いていたんだぜ。

あこがれのモンマルトル
 次女の杏奈のパリのアパルトマンが決まった。なんとモンマルトルの丘のすぐ近くだ。サクレクール寺院のある丘に登るためにはケーブルカーを使うのが最も楽だが、そのすぐ左横の階段の道がとてもムードがあって素敵で、よく絵はがきやいろんな写真に使われている。杏奈の家はそのすぐ近く。
 家賃が高いパリで、そんなところでよくその値段で借りられたねと言ったら、エレベーターなしで6階の屋根裏部屋だということだ。うわあ、大変!でも、屋根裏部屋の割に窓は広くて、なかなかしゃれていて住み心地は快適だと言っている。妻はすごくうらやましがっていて、その内世話をしに行かなくちゃなんて勝手に楽しみにしている。一度パリに住んだことのある成人した娘なんだぜ。何も世話をすることなんかありはしないのに・・・・・。
 ところで、どんな所かなと調べるのにGoogle Mapを使うと、なんとあたりの景色が360度で見ることが出来るんだね。驚いた!住所を辿っていったら、杏奈の住むアパルトマンがストリート・ビューの写真でドドーンと見事に映っている。地図の見たいところに、左はじにある人形をドラッグアンドドロップして置くと、写真が現れるんだ。とても便利だけれど、なんだかプライバシーを侵害されているようで不安にもなるなあ。一人暮らしの女の子なんか、電話帳に自分の電話番号を載せなくったって、こんなところで勝手に見られているんじゃ落ち着かないね。ストーカの思うつぼじゃないか。いいのかなあ・・・・?

 モンマルトルのあたりは、僕にとってもあこがれの地。以前にも書いたことがあるけれど、僕のミュージカル「ナディーヌ」は、このモンマルトルの丘で生まれた。夕暮れともなると、丘の上の観光客は姿を消し、代わって現れるのはゆっくりとそぞろ歩くカップル達の姿。空は、刻々と色彩を変えながらコバルトブルーに落ちついてゆき、眼下に広がる街は、しだいに闇に沈み込んでいきながら、東京などとは違ってシックなネオンサインが、古い大都会のロマンチックな夜景を映し出してくる。
 かつて僕は、そこでボーッとしている瞬間に、この丘で最後の別れを惜しむ男女の物語を書きたいと思い立ったのだ。ラストシーンは丘の下のメリーゴーランドのある場所に決めた。それ以来、モンマルトルは僕の憧れの場所であり続けた。
 
 しかし、パリに詳しい人の中には、モンマルトル界隈と聞いただけで顔をしかめる人もいる。危ないから近づかない方がよいとも言われる。本当はモンマルトルの丘の近所よりも、少し離れた所のムーランルージュなどがある一画の方がもっとガラが悪いみたいなのだけれどね。
 以前、志保と杏奈が住んでいたのは、凱旋門とシャイヨー宮を結んだ線上に横たわる16区という地区。ここは日本で言えば田園調布や成城などのようで、
「え?高級住宅街じゃない!うらやましい!」
と言われていた。
 まあ、そこから比べると、モンマルトルは確かに高級という感じではないが、別にスラム街というわけでもない。昼間、観光客でごった返している時は、観光客目当てのスリやひったくりなどはあるらしいけれど、それでもローマやナポリの街角よりはずっと安全だろう。ましてや、毎日殺人事件や暴行事件が起こっているというわけでもない。とりあえずは住んでみて、何か問題があったらまた引っ越せばいいのさ。

 それにしても、いいなあ・・・モンマルトルに住むって!青春時代をモンマルトルで過ごしたかったよ。まったく、親をさておいて生意気な娘だこと。う・・・う・・・うらやましいー!  


シャープレスは本当に“いいひと”か?
 「蝶々夫人」に登場するシャープレスという人間に親近感を持つ人は多い。シャープレスは在日アメリカ領事館の領事だ。
「船乗りは世界中の美しい女をものにするのだ」
という軽薄なピンカートンに眉をしかめ、あまり軽はずみな行動をしないようにと忠告するが、反対にピンカートンによって、
「年取ると心配性になるんですね」
とやりこめられる。
 第二幕では、3年もの不在の後、アメリカで結婚した本妻を連れて再び日本を訪れるピンカートンの消息を伝えようと、手紙を持って蝶々夫人の家にやってくるが、あまりにピンカートンのことを信じ切っている蝶々夫人の前に、なかなか真実を告げることが出来ずに困り果てる。
 第三幕では、このむごい運命を作り出したピンカートンに、
「だから言ったではないか!」
と責めながら本妻のケートと蝶々夫人を引き合わせ、蝶々夫人に現実を受け容れるよう説得する。

 役柄として聴衆からとてもシンパシーを持たれ易い立場にあり、それが、
「シャープレスっていいひと」
という強い印象に発展するが、僕がいつも感じるのは、本当にこの人っていいひとなのかなという疑問だ。

 外国に住んで一度でも大使館や領事館に訪れたことのある人、あるいは何らかの理由で大使や領事という人の世話にならなければならない経験をした人、そうでなくても大使か領事という人に会ったことある人なら、もしかしたら僕のいわんとすることを分かってもらえるかも知れない。この種の立場の人に、いわゆる通常の意味で“いいひと”というのは、なかなか少ないように思うのは僕だけであろうか。勿論人によるので、もしこの文章を読んでそれは偏見だと怒る方がいたらごめんなさい。あるいは大使館の職員と大使をごっちゃにするのも良くないが、どうも僕個人は、自分自身の経験から、大使館とか領事館とか大使とか領事とかいうものにあまり芳しい印象を持っていないのだ。

 ちょっと横道にそれるかも知れないが、最近暇つぶしに読んだ村上春樹の「やがて哀しき外国語」(講談社文庫)という本の話をする。アメリカ、ニュージャージー州プリンストンに村上氏が住んでいた頃のエッセイを集めた本だが、その中の「ヒエラルキーの風景」というエッセイの中にこういう一節がある。

中にはまったくどうしようもない人がいる。そしてそういう人々の多くは、どういうわけかいわゆる「超エリート」である。会っていちおうの挨拶をした次の瞬間から「いや、実は私の共通一次の成績は何点でしてね」と、滔々と説明を始めるような人々である。だいたい僕らが大学に入った頃には共通一次なんてものはなかったので、のっけからそんなこと言われても何が何やらよくわからない。しかしもっとよくわからないのが、自己紹介がわりに共通一次の点数を持ち出す人の神経である。いったい何を考えているのだろうか。こういう人たちがエリートの役人として、日本で幅をきかせてエバッているのかと思うと(アメリカに来てもかなりエバッていた)、これはちょっと困ったことなんじゃないかなという気がする。
 これはアメリカで村上氏が会った、官庁や一流会社から派遣された日本人の話なので、在日アメリカ領事シャープレスとは直接何の関係もないし、シャープレスがそういう類の人間かどうか、何の確証もない。でも、僕が言いたいのは、エリートであるということと、人間性の良さとの間には必ずしも比例関係のようなものはないのではないか、それどころか、エリートの人たちに、エリート故の特権意識や一般民衆への無関心や、時にはある種の人間性のゆがみのようなものまで見られる場合があるのではないかという事である。
 大使や領事というのは、どの国でもエリート中のエリートであることは間違いない。彼らは国家というものをその身に背負っており、国家間で何か起これば、いろんな事を迅速に対処しなければならない。だから・・・一般市民になぞ関わってはいられないのだ。ただ、そんな大事態はいつも起こるとは限らないので、平常時は、一般市民に起こっている、彼等から見れば取るに足らない事柄に親身になって欲しいのだが、どうもそんなことには目がいかない傾向がある。
 話を「蝶々夫人」に戻すと、この領事シャープレスの人物像であるが、彼の中にエリート的エゴイスティックな面を表現してみてもいいのではないかと僕は思っている。たとえば当時のアメリカと日本の立場を考えると、アメリカ人は日本人を絶対に「上から目線」で見ていたはずで、シャープレスのような立場の人は、通常日本人の庶民とはほとんど話す機会はなかったと思われるし、機会があってもなるべく関わらないでいたいと思っていたのではないか。少なくとも交番のおまわりさんのようなフットワークの軽い身近な存在でなかったことは明白だ。
 たとえばタイコ持ちのようなゴローや、成金のヤマドリのような人にはあからさまな嫌悪感を持っていても不思議はない。結婚式が近づいてきて、蝶々夫人の親戚達がゾロゾロと現れた時などは、まるで未開の土地の先住民を見るような視線を送っていたのではないかと思われる。

 まあ、その中でヤマドリのような裕福で見栄っ張りな人は、アメリカ人の高官たちと知り合いになりたいがために、もしかしたらシャープレスのような立場の人を豪華な料亭に何度か招待していたりして、すでに知り合いという可能性もある。それでもシャープレスのヤマドリへの嫌悪感は変わらない。サルは、お金を持っていても派手な服を着ていても、所詮どこまでいってもサルに過ぎないと思っている。
 だから第二幕のヤマドリが蝶々夫人に求婚しにきた場面で、ヤマドリ、ゴロー、領事の三人が蝶々夫人の身の振り方について話すくだりでも、領事は二人の日本人に対してあまり親密さを見せない方がいいように思われる。後で蝶々夫人に、
「あきらめてヤマドリの求婚を受け容れたらいかがですか?」
と言うくだりも、ヤマドリと親しいので親切心からそう言ってしまうという風に聴衆に受け取られるよりは、
「まあ、ヤマドリも変な人物だけれど、彼とくっついてくれて、しだいにピンカートンのことを忘れてくれればそれで事は済む」
とシャープレスが思っていると受け取られた方がリアリティがあるように思う。

 ピンカートンに対してはどうであろうか?ピンカートンはアメリカ海軍中尉だ。こういうと偉そうに見えるが、シャープレスのような高官から見れば、たかが船乗りのチンピラにしか見えない。それが詐欺のような結婚をしようとしているので、
「こういうのがいるから変な事件が起きて困るんだよな」
と本当は思っている。
 しかし日本人は、この見るからに軽薄そうなピンカートンを疑ったりせずに、お人好しに受け容れているのだ。これには正直シャープレスは驚いただろう。さらに、斡旋屋のゴローはシャープレスに対し、
「花嫁はとびきり美人でっせ。しかもタダ同然、なんとわずか百円でさあ。旦那も、もしご所望ならば、いろいろいい娘(こ)を取りそろえていまっせ!ひっひっひ!」
などと手をこすり合わせながら言う。
「こいつら日本人はいったい何を考えているのか?どこまで愚かなのか?」
と、あきれてものが言えなかっただろう。彼等アメリカ人達から見た日本人とは、かくも無知で愚かでしかも卑屈で矮小な国民だったであろう。

 案の定、シャープレスはこの欺瞞に満ちた結婚を止めさせようとはしない。ピンカートンが彼の前ではっきり、
「いつの日か自分はアメリカで本当の妻を娶るつもりだ」
と言っているのを聞いているのですよ。それでいながらピンカートンに対しては、
「気をつけなさいよ!」
と言うだけで特に何もしない。
 もし彼が本当に誠実な人間ならば、このピンカートンの不実な思いを先方に伝え、こんなので本当にいいのですか?と念を押して、この大騒ぎの結婚式を止めさせようとしただろう。だってこれはアメリカ本国内で行われたら、明らかに結婚詐欺という犯罪行為だからだ。あるいはこの結婚自体が犯罪でないにしても、将来的に重婚という犯罪を引き起こすための伏線となる行為だからだ。
 芸者を買う行為や愛人関係を黙認する事とは違うのだ。なんてったって結婚ですからね。領事は警察官ではないが、ピンカートンのもくろみを中止するよう働きかけることは、どこまで強制力を持っているかはさておいて、出来ない事ではなかったように思われる。ここで蝶々夫人をぬか喜びさせておかなかったら、少なくとも彼女の自害で終わる悲劇は起きなかったのだから。
 でも彼は、面倒が起きることは分かり切っていながら、
「まあどっちもどっちか。こっちの知ったことではない」
という気持ちで放置したのだ。何故か?それは、ここがアメリカではなく日本だから。そして相手はアメリカ人女性ではなく、日本人女性。蝶々夫人は、かつては良家の娘だったかも知れないが、今はたかが芸者。これが政府高官の箱入り娘だったら、違っただろうな。家柄や社会的立場で人を評価し、態度を変えるのもエリートにありがちな傾向だ。

 というように、シャープレスに鼻持ちならないエリートという要素を与えただけで、これだけドラマの幅が広がり、面白くなってくるのだ。もともと「蝶々夫人」は、日本蔑視のオペラなのだが、その中でシャープレスだけがひとり勝ちして“いいひと”でいるという一般的な理解の仕方に僕はちょっと首を傾げていたのだ。

 ただオペラの難しいところは、仮にリアリティを求めてシャープレスの真実の姿を描いてみても、オペラが求めるところの「感動」からかえって遠ざかる可能性がある点だ。昨今のトレンドとなっている「読み替え」や「考え過ぎ」の演出の問題点もそれに似ているが、音楽と離れたところでリブレットを読み込み、ドラマとしてのリアリティのみを追求した場合、そのことによって音楽に没頭しドラマに入り込んでいこうとする聴衆の集中力が途切れてしまう、あるいは横にそらされる事が起こるのだ。
「あれっ、これってどうなのかな?」
という疑問や発見が舞台上にあることは、新たな興味をかき立てオペラに新鮮味を与えるが、行き過ぎると、そのオペラが本来持っている価値をそこねてしまうのだ。
 そう考えると、蝶々夫人の救いなき悲劇にとって、彼の暖かさが唯一の慰めになるともいえるこのシャープレス観は(とてもステレオタイプなのだが)、これはこれでいいのではないか。聴衆がシャープレスに共感したいなら、むしろそっとしておいた方がいいのだろうな。プッチーニの音楽の叙情性とも、その方がマッチする。僕自身も含めて、聴衆はオペラを観ながら、考えるよりも感じて、そして感動したいのだから。特に「蝶々夫人」は、数あるオペラの中でも最も“泣ける”オペラだからね。

 でもなあ・・・・シャープレスが本当にいいひとならば、終幕でケートと一緒に蝶々夫人の元から去っていったりしないだろうにな。確かに、在日米国領事としての仕事は、蝶々夫人の子供をケートの元に引き取る交渉が成功した時点で終わったのかも知れない。だが、その時の蝶々夫人の様子を見ていれば、これはただでは済まないことくらい予想出来ただろうに・・・・。
 ハラキリするかどうかは置いといても、常識的に考えてこうした場合、アメリカ人女性だって自殺するかも知れないでしょう。放っておいていいのですか、シャープレスさん!相手がアメリカ人女性だったら、
「じゃあ、そういうわけで」
って帰りますか?

 やっぱりあんたはどこかで冷たい人間なんだ!もうひとつ言ってしまうとね、あんたのそういう中途半端に庶民に首を突っ込んでいながら、大事なところで見捨ててしまうその無関心さが、蝶々夫人を自害に追い込んだんだぞう!
 まあ、シャープレスが事前にいろいろ働きかけて、この悲劇が起きなかったら、これが悲恋オペラにはならないので、元も子もないか・・・・・。そ・・・それを言っちゃあおしめーよ!



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