白馬から

三澤洋史 

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新たな覚醒
 長野県白馬村にいる。後から後から雪がしんしんと降り続いている。あたりは幻想的な森の風景。時折枝の間から、重さに耐えきれなくなった雪のかたまりが、ドドッと雪煙をまき散らしながら落ちてゆく。まわりに点在している家の屋根からも落ちる。それが決して小さな音ではないので、都会から来たばかりの僕はいちいち驚いているが、きっとこの土地の人達にとっては何でもないのだろう。ちょうど線路際に住んでいる人が電車の音に気付かないように。

 日が暮れると、雪の森はますます凍り付き、家々は完全に閉ざされ隔離された世界となる。もうそうなるとどこにも出たくない。雪は人間から全ての行動力を奪う。同時に、その隔離感は、中に住む者の暖かさを引き立て、その暖かさを幸福感に変える。人が、こんな厳しい北国に住むのは、このささやかな幸福感故なのか?
 また、降り続く雪は、雨と違って地上から音という音も奪うようだ。しずかだ。雪国でしか体験出来ない圧倒的な大自然の沈黙。そして全ての醜いものも、無理矢理白一色のベールをかぶせられ、偽りの美しさに統一されてしまう。その美しさに僕たちは魅せられ、思考も行動もストップしてしまうが、それは、雪の静けさと白さによる麻痺に他ならない。
 でも、まてよ・・・・。トリスタンとイゾルデが、昼を偽りだと言ったように、これは麻痺などではなく、むしろ忙しい現実社会の方が偽りなのかも知れない。僕たちは、そこでいろいろな「価値あるもの」を「生み出し」「発展させ」ていると信じているけれど、同時に様々な「悪徳」をも「生み出し」「発展させ」ているのかも知れないのだから。

雪の音。雪の隔離感。家の中の暖かさ~幸福感。雪の沈黙。雪の麻痺。
ここにきてまだ間もないのに、僕の魂は研ぎ澄まされ、覚醒してきている。

雪という現実と戦う人達
 とはいえ、そこに住む人達にとっては、そんなロマンチックなことばかり言ってられない。この地の雪の降る量はハンパじゃないのだ。ペンション・ウルルのマスターは、一日に何度もブルドーザーを使って雪かきをしている。夜通し降り続いた雪によって、朝になってみると自分の家から一歩も出られない状態になってしまう。庭にとめてある車はこんもり盛り上がった丘のようになっている。車が庭から出せる状態にするまでが一苦労。雪かきはまさに命がけの必要不可欠な行為なのだ。
 ペンションからスキー場まではほんのわずかの距離なのに、もしその道が新雪のまま放置されたら、オーバーに言ったら遭難の危険すら生まれる。それを僕のウォーキング・シューズでも歩けるように誰かが整備してくれているのだ。ありがたいことである。
 街のあちこちに除雪車の姿がある。道を歩いている時に出くわすと、まるで戦地で敵の戦車に出くわしたような恐怖感を覚えるが、この人達のお陰で車が道路を走ることが出来、物資が運ばれ、人々の生活が滞りなく遂行されているのだ。

 こう考えるとね、スキー客などという人種は、雪国が避けることの出来ない多大なる労力に対して知らん振りをし、雪国がもたらす恩恵だけを最大限に受けようとするふとどき者に他ならないなあ。でも、そのスキー客によって、この地方に住む人達の産業が成り立っているとしたら、それはそれでいいのかも知れない。身勝手プラス身勝手イコールゼロ。だからみんな、冬になったらなるべくスキー場に行きましょう!

ペンション・ウルル
 さて、今回僕の親友角皆優人(つのかい まさひと)君の紹介で泊めてもらっているペンション「ウルルULLR」は、山小屋風の素敵な建物のペンション。白馬に泊まるならば、是非推薦する。本当に何もかも親切や心遣いが行き届いていて、言うことなし。食事も最高だし、僕が泊まった洋室も雰囲気良いし、高速バスのバス停まで車で迎えに来てくれるし、志保のリフト券もスキー・レンタルもみんなウルルが超割引で手配してくれた。
ペンション・ウルル
 なんといっても楽しいのは、ジャズが流れるラウンジ!白馬に着いた14日金曜日の晩は、夕食がサービスエリアでのいなり寿司とサンドイッチだったので、焼きそばを作ってもらってマスターといろんな話をしながら生ビールとウィスキーのソーダ割りでひとときを過ごした。
 二日目の土曜日には長女の志保がやって来て、今度は先代のマスターといろいろジャズの話などして盛り上がった。途中で女性客二人がカウンターにやって来たが、彼女たちとも意気投合し、時間が経つのを忘れた。
 このラウンジで語らう人達は、必ず白馬に来たら次もここに泊まろうと決心するそうで、お陰で長い間の常連客が沢山いると先代が語っていた。それもみんな先代のちょっとオトボケな人なつこい性格と、現役マスターの、キリリとして責任感溢れ、しかも善良さ溢れる性格の成せる業だと思う。
 とにかく、人のつながりの大切さをしみじみ感じさせてくれる素晴らしい宿だ。みなさん!是非ここに泊まってみて下さい。そして、泊まったら三澤の知り合いだと言って下さい。ちなみに、それを言ったからって何も出ません。あはははははは!

マイスキー
 さて、肝心のスキーだが、実はこの週末は、僕を白馬に呼んでくれた角皆君が居ない。彼はちょうどフリースタイル・プレイヤー達を連れて、乗鞍高原にスペシャル・キャンプに出掛けていっているところなのだ。でも彼は僕のためにいろいろ骨を折ってくれて、リフト券を用意してくれるとか(何とVIP券などと書いてあるやんけ。これで下手だとメッチャ恥ずかしい)してくれたが、なんといっても僕のためにスキー板とブーツを取っておいてくれたのだ。
 僕はこの地で自分の生涯初めてのマイスキー(ミシャ・マイスキーのことではないミサワ・マイスキー)とマイブーツを手に入れた。マイスキーと共にマイブーツはとても変わっていて(って、僕が知らなかっただけかも知れないけれど)、インナーブーツがあって、それを熱してから僕の足の形にフィットするようにリフォームするというもの。だから僕の足に完全にフィットしているのだ。どこかがきつかったり、反対にゆるゆるしたところがない! これは実に気持ちがいいぞう!
 スキー板は、最初見た時は、
「うわあ、でっかい!」
と思ったが、滑り込んでいく内に安定性抜群であることが分かってきた。これだけで、少しうまくなった気分。

ヤバイ量の食堂
 15日は、まず新しいブーツをはいて滑り、どこかが痛いとかあったらすぐにチューンアップの専門店である500マイルという店に来て下さいと言われていたけど、何も問題はなかった。ただ、少々重たいスキー板に体が慣れるまで時間がかかった。
 お昼に志保が来たので、一度中断してウルルのマスターの車で志保を高速バスのバス停まで迎えに出る。ペンションにチェックアウトさせたらすぐに二人でスキー場に行った。少しだけ滑ってから昼食をとる。ゲレンデの途中にある、なにやら曰くありげな昔ながらの食堂という雰囲気の店が朝から気になっていたので、志保を誘って入ってみる。
 いやはや、これが実にヤバイ店だった。ヤバイといっても味は決して悪くはなかったが、驚いたのはその量だ。どうも僕は尼崎でもそうだったけれど、志保と行くと、食べきれないくらいの量の料理に出くわす。それが運命なのだろうか?どうにもこうにも食べきれなくて、申し訳ないけど沢山残してしまった。

 その後、滑っていく内に、スキー板が自分にだんだんフィットしてくるのが感じられてきて、滑るのがとても楽しくなってきた。超大盛りカツカレー

プライベート・レッスン
 そして16日の日曜日は、半日スキーのプライベート・レッスンを受けた。講師は現役モーグル・プレイヤーのU氏であった。とは言っても、モーグルのレッスンではないよ。まずは基本をしっかりと学んだ。ところが、何事も基本が大事とはよく言いました。本当に、スキーというスポーツの神髄に触れた素晴らしいレッスンだったのだよ。
 僕は反省いたします。分かっていないことの何て多かったことか。いたずらにスピードのみ出そうとすることの何と愚かなことか。スキーというものはねえ、そんなもんやあらへんでえ(何故関西弁?)!

 でもさあ、僕だっていろいろスキーの本を買ったり、ビデオを見たりして研究はしていたんだよ。でも、所詮、音楽でもそうだけど、自分で体験するしかないんだな。「この感じ」なんてものは、本に書けるわけないだろ。
 ピアノだって、本を読んだくらいでうまくなったら苦労はしないわ。自分の筋肉ひとつひとつに、自分の感覚ひとつひとつに覚え込ませないといけないんだ。近道はないんだ。でも、どれが正しい道で、どれが間違った道かを理解することが全ての第一歩だ。
 スキーは、すごく音楽と似通っている。僕のスキーに現れる癖は全て、僕の音楽に現れる癖と一致している。

本格的天丼店どんどん亭
 お昼になってレッスンが終わり、志保と合流する。今日の昼食は、ウルル先代マスター推薦の天丼屋「どんどん亭」。レストラン情報は地元の人に訊くに限るね。ここの天丼は、スキー場という独占企業の甘えなど一切なく、その場で注文を受けてからお粉を付けて揚げて、タレをかけて出す、まさに「揚げたて」のこだわり店。そのサクサク感と食材のクォリティの高さに驚いた。

滑りが変わった!
 さて、昼食の間に、僕は偉そうに志保に向かって、教わったことを伝授した。すると、それだけで、午後の志保の滑りに変化が見られた。志保は志保で、僕にはない欠点(ってゆーか、僕と正反対)があったが、僕が見ている限りかなり修正されて。素人目には完璧に近くなった。

 で、肝心の僕の滑りだけれど・・・・・まず、コケなくなった。それと滑りが安定し、スピード・コントロールが思うようになり、以前は、
「うわあ、スピードが出てきちゃった。まあ、いっか。うわあ、と・・・止まんねえ!」
という感じだったが、スピードを出したい時に出したいだけ出せるようになったし、出したくない時には、必要に応じてコントロール出来るようになった。

 結構急な斜面も滑ったのだが、しっかりコケたのは一度だけ。しかし・・・・あろうことか、その一度だけのコケた瞬間に、偶然にも先ほどの講師のU氏が僕の側を通りかかったのだよ。
「大丈夫ですか?」
と、誰かが寄ってきたので見上げると、先生が心配そうにのぞいているではないか。いやあ、恥ずかしかった!教わったことが生きてない見本のようだ。
「あのね、転んだのはこの一回だけでね」
と言い訳しようかとも思ったが、そんなことしたって仕方ないので黙っていた。

凍える山頂
 山頂に行った。なんだろね、山に行くと山頂にすぐに行きたくなるっていうのは、指揮者の「トップの座征服願望」なのでしょうかねえ。でも、山頂は、夏に次女の杏奈達と行った所と同じ場所とは思えなかった。
 大体において、今週の週末は、どの天気予報を見ても、雪と暴風で大荒れと言われていたほどで、そもそもリフトが止まってスキー場が閉鎖になるのではと心配したほどだったのだ。山頂まで無事に辿り着いただけでもよしとしなければいけない。

 それにしても寒い。おそらく零下10度くらいだと思う。雪は朝から休みなく降っている。特に山頂付近は視界が悪く、吹き付ける風も強い。志保と二人で遭難するかとマジで思った。だって誰もいないんだ。日曜日の午後となると元より週末をねらったスキー客は帰り支度に入るので、山頂までは来ないのだ。だから滑っている人を見かけると、
「おーい!」
と声をかけたくなるくらいなのだ。
 山頂からのゲレンデは、降り積もった新雪のためスキーがもぐる。斜面はかなり急だが、新雪がクッションのようになってスピードは出ないので、全然怖くはない。でも、足の筋肉がとても疲れる。こんなことはなかなか他のスキー場では味わえないですね。

スキーの醍醐味
 4時頃になってふもと付近まで降りてきたら、ゲレンデは信じられないくらいすいてきた。もうマイゲレンデ感覚!ヤッホー!人にぶつからないかと気にしないで、どこ滑ってもいいんだ。スピードも出したい放題!これぞスキーの醍醐味。結局、志保と二人でリフトが止まるギリギリまで滑りまくり、最後まで動いているリフトの停止時間になって入り口に滑り込み、
「すみませーん、いいですかあ?」
と図々しくも頼み込んで、最後の客となって本当に誰も居なくなったゲレンデを滑り降りてウルルに帰った。

いよいよ角皆君と・・・・
 さて、明日の17日月曜日午前中は、以前にもこの欄に登場した若林美穂(わかばやし みほ)さんによるレッスンを受ける。そして午後はいよいよ乗鞍から帰ってきた角皆君と一緒に滑る。
 勿論美穂さんも、今度は講師ではなく友人として滑る。そして夜は角皆君のところに泊めてもらう。その様子は、また来週にでもお送りしたい。

 うーん・・・・・。ざっと読み直して、思った。今週の「今日この頃」は、スキーに興味のない人にとっては、何の面白みもない記事なのだろうなと・・・・。ま、我慢してくだされ。火曜日には東京に戻り、また音楽三昧の多忙な日々に入る。

 でも、きっと、めちゃめちゃリフレッシュして、充電完了状態で各仕事場に突入するから、音楽関係者はみんな覚悟しておけ!



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