ヴァレンティーナ、何処へ行くの?
まったく僕の周りで起こってくる事というのは、まるで誰かがシナリオを書いているようだ。かならずオチがあるんだ。
可愛いヴァレンティーナのお陰でますますイタリア語の意欲が湧いていると書いていたろう。ところが、いきなりクラス間で教師達が交換することになってしまった。アンドレアは僕たちのクラスに残ることになったが、会話のクラスから文法のクラスに移った。 一方、文法のクラスを受け持っていたヴァレンティーナは別のクラスに行ってしまう。
「ヴァレンティーナ、何処へ行くの?」
と僕は訊く。
「初心者クラスよ」
「では僕もそこに移るよ」
「そういうわけにはいかないでしょ、ヒロ!」
ヴァレンティーナがフッと嬉しそうな顔をしたのを僕は見逃さなかったぜ。でも、もう僕たちの間は終わりなんだ(って、まだなんにも始まっていなかったけどね)。
アンドレアとナポリ・ピッツァ
明日から教師が変わると発表された日の午後。僕はアンサルド稽古場に行くためにポルタ・ジェノヴァ駅を降り、以前アンドレアが言っていたナポリ・ピザの店を探してそこでお昼を食べようとしていた。そこへあろうことかアンドレア自身が通りかかった。
「HIRO!何してんだい。こんなところで?」
「うわっ、何という偶然!アンドレアの言っていたピッツェリアを探していたんだ。この近くで今日は午後に練習があるんだよ」
「ちょうど僕も行くところだったよ。じゃあ、一緒に行こうか」
ということで、語学教師のアンドレアと二人でピッツェリアに行く。
アンドレアは、以前授業中にホワイトボードに絵を描き、
「こうやって生地のまわりが盛り上がっていて、モッツァレッラとトマトソースがあってバジリコの葉っぱが乗っかっている。これをピッツァという。つまりナポリ風マルゲリータだ。これ以外はピッツァと呼んではいけない。ミラノ・ピッツァは、あれはピッツァではなーい!」
と、ナポリ・ピッツァこそがピッツァであることを授業を中断してまで力説していたのだ。そこで僕が、たとえばミラノでは何処にあるのかと尋ねたら、ポルタ・ジェノヴァのすぐ近くにあると教えてくれたのだ。
そのお目当てのピッツェリアは、今まさに僕が通り過ぎて来たところにあった。店構えがあまりにモダンで全然ピッツェリア風じゃなかったから分からなかった。店に入って、僕は勿論マルゲリータを注文する。アンドレアはボンゴレ・スパゲティを注文した。
「先生が代わるんだね」
「そうさ。君はヴァレンティーナがいなくなるんで淋しいんだろう」
「何で知ってるのさ?」
「見ていれば分かるさ」
嘘ばっかり。アンドレアはきっとどの男子生徒にもこう言うのだろう。ということはアンドレア自身もヴァレンティーナに気があるのかも知れない。僕も適当に調子をかまして受け答えしておいた。
「僕は残るよ。不服かい?」
「そんなことないよ。君の授業は楽しい。退屈する瞬間が片時もないのがいい」
アンドレアは笑って、
「生徒を退屈させないことに命を賭けているんだ。そう言ってもらえると嬉しいな。何か助言することがあったら言っていいよ」
「ないね。すごく優秀だと思うよ、君もヴァレンティーナも。根気よくきちんとみんなが理解するまで分かり易く説明してくれる。僕が良い点を取れたのは君たちのお陰だ」
こんな風に、先生といえどもこちらではtu(君)で呼び合っているから、すぐ友達みたいな会話になる。それに一度学校を離れると、僕の方が歳は上だから、ますます先生と生徒という関係ではなく、いろんなことをざっくばらんに話すことが出来た。
「君の授業に出て一番ためになる事は、いろんなイタリアの素顔を知ることが出来ることだ。たとえば、いつか君は言ったろう。vorreiという言葉は、実際にはあまり使わないという事を」
「ああ、言ったね」
「あれには、生徒達みんなショックを受けていたよ」
「そうだったね」
「だって、どの国のどの教科書や旅行ガイドにも、何かを注文する時にはvorreiさえ使っておけば間違いないと書いてあるんだ。なので僕たちみんな得意になって使っていたんだよ」
「まあ、おそらく失礼な表現よりは、丁寧すぎる表現を使うほうが間違いはないんだと思うのだろうね。ああ、外国人だな、知らないんだなとは思っても、vorreiと言われて怒る人は誰もいないからね」
vorreiとは「・・・が欲しいのですが」という条件法の言葉だ。「私は欲しい」という言葉の直説法はvoglioなのだが、vorreiの方がより丁寧だと教わっていた。ところがアンドレアは、vorreiという表現は、高級レストランではいいけれど、日常生活ではまず使わないという。特にバールやタバコ屋で使ったらとても可笑しいというのだ。
じゃあ一体どう言えばいいのかと生徒達が聞いたら、自分の欲しい品物だけ言って、後でper favore(プリーズのような表現)でもつけておけば上出来だという。どうしても「欲しい」という動詞を使いたかったら、半過去のvorevo「欲しいと思っていたんだけど」を使ったらいいとも言う。そんなこと初めて聞いたよ。
「あのさあ、僕はピザだからいいけど、君はprimo piattoのボンゴレ・スパゲティだけ頼んだろう。これだで料理を終わらせていいの?」
「なんで、いけない?」
「いや、これもどこかに書いてあったんだ。ピッツェリアでピッツァだけ食べるのは良いが、primo piatto第1の皿(スープ、パスタ類)だけで済ますのは良くない。逆にprimo piattoを飛ばして、前菜からsecondo piatto第2の皿(メイン・ディッシュ)に行くのは良い。だから僕はいつも一人の時にはパスタが食べられなかったんだ。これだけでお腹いっぱいになっちゃうじゃないか」
アンドレアは大きな声で笑った。
「なんで自分の食べたいものを食べれないんだ!イタリアはもっと自分の思い通りになる国なんだぜ」
「そうだったのか・・・・」
「当たり前だろう。ただしね、ディナーの時間に高級レストランをわざわざ予約して、スパゲティだけ食べて帰って来るというのは、確かにあまり望ましくないかも知れない。でも、こんなピッツェリアだったら、逆に好きなものだけ頼んで構わないさ。誰にも遠慮することないんだよ」
どうも、僕たちはいろんなところで間違った知識を植え込まれているような気がする。アンドレアはそれを気付かせてくれるのだ。
ナポリ・ピッツァは、まさに本場の味で本当においしかった。しかもとても安かった。マルゲリータが600円くらい。それにビールをグラスで飲んで食後にコーヒーを頼んで、なんと800円くらい。
アンドレアは、この近くで別の語学学校のクラスを持っていて、これから午後の授業に出るという。僕たちは店の前で別れた。練習まで少し時間があるので、僕は、妻がミラノを発つ前の日に一緒に歩いたティチネーゼ門の界隈をすこし散歩してからアンサルドに向かった。この界隈は、古いミラノのとてもロマンチックな雰囲気が漂っているので、僕は大好きだ。あれからアンサルドで練習がある度にここに来ている。
サマンサ
さて、次の朝、語学学校に行ってみたら、アンドレアの代わりに入ってきたのは、まさかと恐れていたモーレツ・ウーマンだった。太っていて、いつも大きい声でベラベラとしゃべりまくり、激しく笑い、何かというとアンドレアが授業をしている最中に、ノックもしないでドカドカと入ってきて、窓をなおしてくれだの、聴き取り用のラジカセの使い方がよく分からないので教えてくれだの、ホワイトボード用マーカーを貸してくれだの頼んでいた、世界中でイタリアにしかいないようなコテコテのイタリア女性。語学学校でよく見かけていたが、あの人だけは避けたいと思っていたまさにその張本人・・・・・名前をサマンサという。
彼女が歩くと地鳴りがする。ヴァレンティーナのように、昨日は青地に白のストライプのワンピースで、今日はくるぶしが見えるくらいの短いパンツに淡い色のブラウス、明日は何を着てくるのかな、といった楽しみなど望むべくもなく、いつもドテッと真っ黒な服を着ていて、ズボンはダブダブ、ブラウスは逆にツンツルテンで、そのピチピチのブラウスから窮屈そうにハミ出たお腹の肉の真ん中に大きなおへそが見える。ショック!ヴァレンティーナと同じ女性とは思えない。
ところがね、恐れていたよりはまともな授業だった。今の僕には、彼女の機関銃のようなイタリア語のスピードは、聞き取りの練習になっていいかも知れないし、自分で授業を運ぶのが面倒くさいからかも知れないけれど、彼女は生徒達によくしゃべらせる。彼女に言わせると、僕たちのクラスは、他のクラスよりもずっとしゃべりたがり屋が集まっているので、どんどんしゃべらせて誤りを直していった方が効果的だというのだ。それは一理あるかも知れない。現に、みんな調子づいてどんどんしゃべるようになってきた。
今週は6月2日の木曜日がイタリア共和国建国記念日で休日。それに便乗して学校は金曜日もお休みにして日曜日まで連休を作ってしまった。なので授業は月火水の3日間だけ。そ、そんなあ・・・・って感じだ。騙された気分。
休日の過ごし方
6月2日はどこかの街に行こうかなとも思ったのだが、土曜日にブレーシアに行く約束をジェラールとしているし、イタリア語で長いメールを書かなければならない用があるので、午前中はそれに費やし、午後には、まだ知らないミラノを味わおうと思って、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館とリソルジメント博物館に行った。
国立科学博物館は、元来ベネディクト派のサン・ヴィットーレ修道院を博物館用にレイアウトして作られた。日本だったら恐らく浜松科学館のようにおもいっきりモダンな感じの建物にするのだろうが、修道院の雰囲気がそのまま残っている科学博物館というミスマッチ感がなんともいえない。
「ロメオとジュリエット」
いつも思うんだけれど、スカラ座というのは、本当に直前になって仕上がってくるのだ。
6月3日金曜日。公開ゲネプロが19:00からあるが、その前に16:30から17:30まで合唱練習室で声出し稽古があった。カゾーニ氏は練習の始まる時にジェラールを呼びつけ、前に来て発音の指導をしてくれとお願いした。
ジェラールはちょっと嬉しそうな顔をしてカゾーニ氏の横に立つ。ところが、ジェラールが口をはさむ間もない。初期の稽古ではないので、あまり細かいことにこだわってはいられないのだ。それでもジェラールは、不服そうな顔はしていなかった。
カゾーニ氏が30分ほど練習をつけると、それからマエストロのネゼセガンが現れた。前回のオケ付き舞台稽古のダメ出しをするのだが、実に手際がよい。前回うまくいかなかった個所がどんどんクリアになってくる。
そうやってゲネプロ直前にやった事が、ゲネプロで全て生かされた。不思議なんだけれど、どうして前回まであんなにテレテレやっていたものがここまで良くなるのだ。やっぱりこの合唱団は才能があるんだな(当たり前か)。オーケストラもそう。見違えるようになっている。それにゲネプロになったら、ソリスト達の歌も演技も豹変して、凄い名演に仕上がったよ。全く驚く他はない。だったら、もっと最初からちゃんとやったら、とも思うが、これが国民性の違いか?
さて、初日は6日の月曜日。凄く楽しみになってきた。
ブレーシア、サロ、デゼンツァーノetc.
6月4日土曜日。またブレーシアに行ってきた。でも今回の目的はブレーシアの街ではなくて、先日妻が行ったデゼンツァーノと、彼女が行きたかったのだが時間がなくて行けなかったサロを訪ねることだった。勿論ジェラールが車で案内してくれた。
列車がブレーシアの駅に着いた時、ドアが壊れて開かなかった。僕は他の乗客達とあせって別のドアに走っていった。なんと次のドアまでものすごく距離があった。ふうっ!もう少しでブレーシアを降り損なうところだった。なんでイタリアではこういう心配をしなくてはならないんだ!
ジェラールは、いつものようにタバコ屋の前で僕を待っていた。今日は、ひとり娘のクレールは母親(ジェラールの元妻)のコンサートについていて、一日外出中だという。ジェラールから聞くところによると、クレールの母親は、歌も歌うし作曲や指揮もする多彩な女性で、ミラノの音楽大学(アカデミア)では、週2回ソルフェージュの授業を受け持っているそうだ。地元ブレーシアのアマチュアの合唱団の指導をしていて今日はその演奏会。メイン・プログラムではフォーレ作曲「レクィエム」を指揮するそうである。ということでクレールが留守なので、まずジェラールの家に行った。
ジェラールの家
ジェラールの家は、ブレーシア郊外の静かな一画である聖アンジェラ・メリチ通りにある。隣は楽器屋でギターなどが沢山置いてある。店主は楽器を売るだけではなく、修理、調整を得意としているので、小さな店だがなかなか繁盛しているとのこと。
その店主はジェラールの部屋の真下に練習用の部屋をひとつ持っていて、自分も練習したり人に貸したりしているので、そこから四六時中音が出ている。だからジェラールも心置きなく練習出来る環境にあるということだ。
「すごく古くて小さなアパートだから驚くなよ」
とジェラールは言ったが、別に驚かなかった。確かに豪華な住まいとは言えないだろうが、クレールと二人で暮らすには充分だ。ご自慢のマックが置いてあり、その横にはカシオの電子キーボードがあった。こういうのがあるとすぐ触ってしまうのが僕の癖だ。ジャズを弾いたらジェラールが驚いていた。
「HIROはなんでもやるんだね。本当はクラビノーバが買いたかったんだけれど、高くてね」
「このカシオだってタッチとかなかなかいいじゃないか。僕も自分でスコアを勉強する時は、ボリュームを絞ってクラビノーバでやるんだ。ピアノだとうるさくて疲れてしまう」
年頃のクレールならば、一部屋を独立して持っているのかと思ったら、寝室は二段ベッドになっていて下がクレール、上をジェラールが使っている。ふうん、仲が良いんだな。どこからみても優しいお父さんだろうからな。でも、ジェラールが、
「いやあ、難しい年頃に入ってきて、難しいんだ」
と嘆くように、この頃の女の子はどんどん外に気持ちが向いていくだろうから、これから大変だろうな。
もしクレールが一人で住みたいなどと言い出したら、とてもとても淋しい思いをするだろう。ジェラールも目下の所は彼女とかいなさそうだし。一方、元妻の方は、さっさと別の人と結婚してしまっているそうだ。だからクレールはお父さんと住んでいるというわけだ。おっと、あまりこんな公の場で人のプランバシーに触れてはいけないな。ま、ここまでは、スカラ座合唱団の誰しもが知っていることなのでよいとは思うが。
サロSALO
さて、僕たちはガルダ湖目指して出発した。まず最初の目的地はサロだ。聖アンジェラ・メリチはデゼンツァーノで生まれたが、両親が亡くなると、一時サロに住んでいる叔父さんのところに引き取られて、そこでしばらく暮らしたという。
デゼンツァーノDESENZANO
さて、こうしてはいられない。早くデゼンツァーノに向かわなければ。丘を越えて車を走らせる。ジェラールは名前の知らない歌手のシャンソンをかけている。ちょっとジャズっぽい感覚の粋な歌。なるほど、ジェラールもいかにもフランス人らしいね。
丘の上の緑がビュンビュン後ろに飛んでゆく。その間から湖が垣間見える。ガルダ湖は、サロで見るのとは全く違って、その全容をあらわにしてきた。大きい!海のよう。うーん・・・・そうだ、びわ湖に似ている。
デゼンツァーノに着いた。でもどこに行っていいか分からない。ジェラールも元より分からない。だって、彼は、僕が来たいというから連れてきてくれただけだからね。一方、聖アンジェラ・メリチは妻の守護聖人であって僕のではない。だから、僕もよく調べないで来てしまった。本当に僕ってこういうところがヌケてるんだ。
それで妻に電話をかけた。
「あのね、今デゼンツァーノにいるんだけど、どこに行っていいか分からない」
妻は笑って、
「馬鹿ねえ。まずドゥオモの近くにアンジェラ・メリチの像があるからそれを見て、それからドゥオモに行くの。ドゥオモの左側にアンジェラの小聖堂があるよ。そこにアンジェラの腕が置いてあるからね。そこであたしのために献金してロウソクを灯してちょうだい。それからカステッロ通りに生家があるけれど、そこには一般の人が住んでいて入れないよ。その向かい側の壁に、ここが生家だと書いてあるからね。それから・・・・・」
「わ、分かった。いっぺんに言われても覚えきれないから、とりあえずそのあたりを回ってみるからね」
「日本に帰ってから、時差ぼけが手伝って、そのまま不眠症気味になっているので、よく眠れるようにロウソクを灯しながら祈ってちょうだい」
「はいはい」
シルミオーネSIRMIONE
ジェラールがいきなり口を開く。
「HIRO!実は、もう一個所行きたい所があるんだ」
「ん?何処?」
「ほら、あそこにずっと半島が突き出ているだろう。あの先端の街がシルミオーネと言うんだ。そこへ行かないか?」
「いいけどさ。僕が今日中にミラノに帰るんだということを忘れないでくれよ」
「大丈夫だよ」
ということで、半ば強引にシルミオーネに連れて行かれた。
地図を見てもらえると分かるのだが、デゼンツァーノからの眺めも、実はシルミオーネの半島で遮られていて入り江のようになっており、実際のガルダ湖の大きさの約半分くらいしか見えない。それが分かったのは半島に行ってから。反対側にもっと大きい湖が広がっているのが見えたからだ。
ここには古いお城と、その城内にこじんまりと広がる旧市街がまるで箱庭のように広がっていて、とても可愛くてロマンチック。時間があればもっとゆっくりしたかったが、残念ながらもう7時近くになっている。
エノテカENOTECA
さて、いそいでブレーシアに帰ってきた。本当はブレーシアの街中でまだ見てない所があるのだけれど、そんなのんびりしているととても今日中にミラノに帰れそうもない。とにかく夕飯を食べなくては。ということで、ジェラールがいつも気になっているのだけれど入ったことがないという店に行ってみた。
もう見るからに「ワインが売り!」って感じの店で、食べるものはサラミとか生ハムとかチーズとかいう冷たいものしかない。
「こんな所でもいいかい?」
「いいよ、お昼のピッツァが大きかったので、ガッツリ食べるという雰囲気でもない」
二人ともこの店は初めてなので、何を頼んで良いか分からない。店員の感じの良いお姉さんに、
「お薦めのものは何ですか?」
と訊いたら、とても親切にいろいろ教えてくれた。頼んだのはサラミ、生ハム、それに山羊のチーズが2種類。それにお任せの赤ワインをグラスで頼む。丸くて平べったい不思議な形のパンがついてきた。
どれもみな信じられないくらいおいしい。特に自家製サラミは、とても生っぽくて大丈夫かなあと思うほどだが、一度食べたらやめられない。山羊のチーズは匂いがあるので誰にでもお勧めというわけではないが、僕は何でも食べるからこの独特の味わいを堪能した。それに赤ワインがサラミやチーズにぴったりとマッチして大満足!
お姉さんが来て、
「どうですか?」
と訊くので、
「素晴らしい!このコンビネーションがピッタシ!ところで、この店はレストランでもないしトラットリアでもないし・・・・一体何ていうんですか?」
「ここはエノテカです」
おお!話には聞いていたが、こういう店がエノテカか。
エノテカとは、元はワインを中心に売る酒屋のこと。それが、店で軽いつまみを出しながら試飲したり出来るようになり、さらに、今まさに僕たちが味わっているように、自家製のものを出してワインを飲める店へと発展したということだ。
ロウソクの効能
店を出たのが9時半くらいだったので、急いで駅まで行った。本来だったら乗れないはずの各駅停車が遅れているので、安い切符を買った。自動券売機で6ユーロ25チェンテージミのお金を払おうとしたら、2ユーロ玉、1ユーロ玉、50チェンテージミ玉、20チェンテージミ玉、10チェンテージミ玉、5チェンテージミ玉しか受け付けてくれないと表示が出た。う、う、う、うっと・・・・おおお!ギリギリあった。何でこんな思いしなくっちゃならないんだよ!
それにしても変だな。6ユーロ25なんだから、5ユーロ札を入れてもいいじゃないか。要するにこの機械は、今はコインのみが欲しいのね。これって、もしかしてどんなに切符が高くても2ユーロ玉からしか受け付けてくれないのかな?おい!お前の要求に付き合ってられるかってんだ!この生意気な機械め!全く、このブレーシアの自動券売機は、いつ来ても最低だね。
おっとっとっと、こうしちゃいられないんだ。列車がホームに入ってきた!ジェラール、バイバイ!またあさって本番の日にね!
ということで、来た列車に飛び乗ってミラノに11時15分くらいに着き、夜中で本数の少なくなった地下鉄とトラムを乗り継いで、まさに深夜に家に着いたら妻から電話があった。向こうはもう朝の7時過ぎ。
「お陰でよく眠れたわよ!」
だって。
ホンマかいな、あんな電気のロウソクで。
いえいえ、信じる者は救われるのです。