カリニャーニのこと

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

カリニャーニのこと
 新国立劇場「ナブッコ」で来日している指揮者のパオロ・カリニャーニ(以下、ファーストネームでパオロと呼ぶ)は、今の僕にとってはとても興味深い指揮者だ。どこが興味深いかというと、音楽的なこともあるけれど、なにより彼が一日おきに10kmのジョギングと3000mの水泳を交互に行っているスポーツマンであることだ。そこで僕は彼が来日するとすぐに話しかけていった。すると・・・・。

トータル・イマージョン
 パオロの口から最初に出てきた言葉は、トータル・イマージョンTotal Immersionという聞き慣れない言葉。いろいろ話していくうちに、それは彼が傾倒している水泳のメソードであることが分かった。それは短距離を出来るだけ速くという泳ぎ方とは対極にあって、いかにエネルギーを無駄に浪費することなく長い距離を安定したペースで泳ぎ通すかという方法だという。まさに僕が先週村上春樹の小説の感想文で書いていた、多崎つくる君の泳ぎ方そのものだ。
 「トライアスロンの種目のうち、自転車に乗ったり、走ることは誰だって出来るけれど、水泳だけはきちんと習わないとうまく泳げるようにはならない。お前もトータル・イマージョンを習った方がいいよ」
とパオロは言う。
 それは事実だ。僕は、トライアスロンには特に興味はないけれど、水泳に関しては、このあたりでもう一度きちんと習わなければと思っていた。僕の場合、理想は有酸素運動なので、水泳においてもノンストップで長い距離を泳げるに越したことはないのだ。

 そのトータル・イマージョンをインターネットで調べてみた。

 トータル・イマージョンは、アメリカ人のテリー・ラクリンが開発したメソード。世界中にスタジオがあるので、パウロはいろんな所に通ったが、日本のスタジオでレッスンを受けた時の講師が素晴らしくて、目から鱗というほど開眼し、即座に上達したそうだ。
 スタジオには、水が前から後ろに流れる水槽のような小さいプールがいくつもあって、そこでトレーニングをする。自分の泳いだ姿は、撮影してDVDにしてお持ち帰り出来るそうだ。
 パオロが説明する。
「片方の手が入水する直前までもう片方の手をなるべく前に伸ばしたままにしておく。リカヴァリーの肘の角度は90度。肘から先はなるべく力を抜いてブラブラにしておくこと。それから、これがとても大事なことなんだけど、入水のタイミングまでローテーション(体の左右の傾き)を待って、入水と共に一挙にローテーションするんだ。一回のストロークでなるべく遠くまで進み、ストローク数は少ない方がいい。キックは6ビートではなく、2ビートだ。疲れないようにね」
これはいい。まさに水泳で有酸素運動の理想的姿だ。僕も一度レッスンを受けに行ってみようと決心した。
 パオロは練習中にクロールのストロークをして見せながら、話し出すと止まらない。演出家が演技の修正を終わって、舞台監督から練習再開の指示が出る。僕は気が付いてパオロを促すが、まだしゃべっている。
「それではマエストロ、お願いします!マエストロ・・・マエストロおおお・・・」
「おっとっと・・・ええ?どこから?」
「24番の3小節からですよう!」
 アシスタントの冨平恭平君が休み時間に笑いながら、
「三澤さん、カリニャーニとずっと水泳の話をしていたのが、ジェスチャー付きだったのでみんなにバレバレでしたよ」
と言う。
 きっと、日本人の音楽家ってあんまり水泳をする人いないから、これまで何回か来日しても、話し相手がいなくて淋しかったのだよ。

パオロの指揮
 パオロの指揮ぶりは実にユニークだ。まるでプールのスタート台から水中に飛び込むように、あるいは野球のピッチャーがボールを投げるように振り始め、実に機敏でよく動く。僕がスポーツをするようになって、むしろ自分の無駄な動きをそぎ落としてフォームの美しさを追求するようになったのと正反対のアプローチ。でも、とっても分かりやすい。この振り方だったら、どんな難しいオペラでも、初めての劇場に誰かの代役で練習なしで飛び込んでも、本番振れるだろうな。
 それに音楽の作り方は実に正統的で、いわゆるマトモな「ナブッコ」が聴ける。テンポはどちらかというと早めだけれど、せせこましいことはなく、カンタービレの箇所はきちんと歌わせる。こういうところはさすがイタリア人!

外国人との付き合い方
 舞台稽古の2日目。そのパウロが突然キレた。昨日まではあんなに大人しく淡々と振っていたのに・・・・。合唱団がちょっとでも遅れると怒鳴り散らす。確かに、このセットの2階部分の奥に行くと、途端に響きがボヤケてしまって、遅れていなくても遅れたように聞こえる。
 特に第2幕のレビ人の合唱ではそれが顕著だ。歌っているのはバス達。序曲の中にも入っている速い箇所で、ピアノで言葉を立ててスタッカートで歌わなければならないが、舞台セットの響きのお陰でぼんやりしたサウンドになってしまっている。
「なんて緊張感がないんだ!」
彼が吐き捨てるように言うので、僕は即座に反応する。
「合唱団のせいじゃないよ。オケ合わせではきちんと歌っていただろう。舞台の響きがこうなんだ」
パオロは肩をすくめ、それから両手を挙げて大きな声で言う。
「こんなんじゃ音楽として成立しないよ。バス達を全員階下に降ろせ!さもないと俺はオリるぞ!」
出た!外人特有のこの理不尽な要求。しかし、ここであわててしまってはいけない。ましてや、なだめたりするモードになったら、もっといけない。
 僕は平然を装って言う。
「みんなを階下に降ろしたら、その前の退場や、次の場面への連結とかを全部変えないといけないから大変更になる。もう舞台稽古まで来てしまった今では難しいだろう。まあ、こっちはこっちで合唱団員には、遅れずにもっと硬く言葉を立ててマルカートで歌うようには言うけれど、彼らだって今日初めてこの舞台セットで歌ったんだ。みんなの立ち位置が気に入らないなら、演出家と相談してどこまで変えられるか決めることだ」
 でも彼は、演出家グラハム・ディック氏と直接話すつもりはない。僕も、合唱団にはいちおう注意してから放っておく。僕はパオロを無視するフリをする。
 すると、少し経ってから業を煮やたパオロが僕のところに来て言う。
「せめて、みんなが階段の一番上くらいにまで出てきたら許してやる。これが俺の最大限の妥協点だ」

 やはり、そうきた。予想通りの外国人のやり方。最初にダメ元で自分の最大限の要求を突きつけ、それが叶えられないならオリるくらいまで言うが、本人も言った時点で、実は全部叶うとも思ってはいないし、本気でオリるとも思っていない。でも、少なくとも俺は本気なんだぞと周りに思わせることが大事なのだ。そうしながら相手のリアクションを見ていて、その間に自分なりに妥協の落とし処を用意する。予想通りパウロはかなり冷静な人間。
 僕はディック氏のところに行く。
「マエストロがなんとかしろと言っている。どこまでなら変更出来る?」
普段はあんなに頑固な演出家なのに、ディック氏はこういう時は妙に聞き分けがいい。きっとさっきのマエストロのキレぶりを見ていて、彼は彼で、すでに妥協策を考えはじめていたのだと思う。
 結局、パオロの妥協点までは到達しなかったが、合唱団を前に出してもらうことは出来た。僕は、合唱団にこう言う。
「君たちの声が聞こえないんじゃないから、決して大きくは歌わないでね。マエストロは、君たちのソット・ヴォーチェで言葉を立てた表現を聴かせたいために、君たちを前に出したのだから」
 これを言っておかないと、不安になった合唱団員が声だけ大きくなってしまって逆効果だからね。そして演奏してみた。タイミングも表情もサウンドもバッチリ決まった。パウロは大喜び。
「ヒロ、ありがとう!」
 ところがその舌の根も乾かない内に、今度はこう言う。
「『想いよ、金色の翼に乗って』だけは、俺の思う通りの音が出ないと承知しないからな!」今度は僕がキレる番だ。
「僕にそういう言い方はするな。君はどうして演出家と直接話さないんだ。お前がディック氏と交渉して、自分の思い通りの配置に合唱団を変えればいいじゃないか!」
 僕は、自分がお前のパシリなんかじゃないぞ、れっきとした合唱指揮者だぞということをアッピールした。結局、パオロは嫌々ながら演出家と話をして、合唱団は急遽全員階下と階段の上で歌うことになり、サウンドがひとつにまとまった。それは僕達にとっても結局有り難いことだ。パオロはニコニコして言う。
「素晴らしいな、この『想いよ、金色の翼に乗って』の響きは!」
「当然さ、僕の合唱団だからね」
「ブラヴォー、ヒロ!」
「グラーツィエ!」

 僕は自慢したくてこの記事を書いているのではない。言いたいのは、日本人的謙譲の美徳は、こうした場では全く役に立たないということだ。
「これ、つまらないものですけど・・・」
と言いながら贈り物をあげると、
「つまらないものをくれるのか?」
と西洋人は怒る。彼らはそういう人間なんだ。そんな彼らが望むのは、僕が自分の合唱団を誇りに思っていること、そしてこのプロジェクトに「本気で」関わっていることだ。

 交渉は、彼ら欧米人にとってはゲームのようなものだ。先ほど書いたように、彼らはそれぞれ落とし処を自分で用意はしているのだけれど、同時に、自分が冷静に交渉をしていることを見破られて足元を見られたくない。だから、なるべく本気に見えるように怒って見せたりする。全部が演技でもないけれど、本当に本気でキレているわけでもない。
 そこで絶対にやってはいけないことを日本人はよくやる。何かというと、全部ハイハイと言うことを聞いてしまうことだ。これは最悪なのだ。何故かというと、そこで彼らが思うことが決まっているからだ。
「なんだ、最初からここまで出来たんじゃないか」
それで終わればいいのだが、次に彼らはこう思う。
「なんでNOと言わないんだ?ヘコヘコして・・・ははあ、さてはプライドがないんだな。卑屈な連中め」
そして馬鹿にし始める。さらに次の要求を試してみる。
「どこまで言うことを聞くのかな?どこまで要求したら怒り始めるかな?」
日本人は、怒るどころか、その都度とっても無理をしながら言うことをどんどん聞いてあげる。こう思いながら。
「もうそろそろ満足してくれてもいいし、こんなに言うことを聞いてあげているんだから感謝してくれてもいいのになあ・・・・」
 ところがね、彼らは全然違うことを考えているのだ。
「なんて狡い連中なんだ!ここまで出来たのだったら、何故最初からこの条件を提示しなかったのだ。しかも俺の言うことを全部聞くなんて、自分たちなりの意見や美学や行動原理はないのか。俺と対峙するものを何も持たないのか。命を賭けて守り抜くべき心の指針というものを何も持たないのか!」
残念ながら、これが、日本人と一緒に仕事をしている外国人の一般的な感想だ。彼らの誰一人として悪人でもないし、イジメているつもりもないのだが、完全に日本人とは思考回路が違うのだ。

友情成立の条件
 パオロがキレてみせたように、僕がキレてみせたことも必要なことだ。パオロが、
「俺はここまで本気だぞ!」
と言ったことに関して、僕も、
「僕だってここまで本気なんだ!君には負けない!」
と答えないといけないのだ。
 これがゲームであることは分かっていたけれど、キレた瞬間の僕は、結構マジだったかも知れない。
「おっとっと・・・案外こいつもマジだな」
という反応をパオロがしたのを僕は見逃さなかった。この瞬間に、僕とパオロとの間に友情が成立した。僕達は初めて、対等な音楽家同士として対等な対話の土俵に上がれたのだ。こうなるとしめたものである。以後は、互いに気兼ねなくものが言い易くなったし、反論も議論も出来るようになった。
それどころか、
「ヒロ、これでいいかい?」
「OK!」
という風に、僕が彼の音楽作りに満足しているか、彼の方から訊ねてくるようにもなった。

 僕とパオロは、その時を境にとても仲良しになった。時々彼は僕をつかまえて、様々な「正直な」感想を漏らす。
「お前だけに言うけどさ・・・あいつって、さあ・・・・」
僕が内心でいろいろな事を思っているように、パオロも、このプロダクションの事、ソリスト達の評価、実に様々なことを考えている。これを読んでいる読者は意外に思うかも知れないけれど、指揮者といえども、いつでも何でも周りに自由に要求出来るわけではない。いや、反対に、指揮者ほど周りの状況に気を遣う必要のある職業はないかも知れない。いろいろ力関係もあるしね。
 だから、マエストロだってつぶやきたい時はあるのさ。それだけに、パオロと本音で語り合えるのは楽しいし、僕にとって名誉なことでもある。いろいろ面白いネタはあるけれど・・・勿論ここで書くわけにはいきません。

マウンテンバイク
 練習の合間にいろんな話をする。たとえば、僕が自宅から新国立劇場まで約25kmの道のりを自転車で来ている事を話すと、
「その自転車って、シティバイク?それともマウンテンバイク?」
と即座に訊く。
「マウンテンバイクだけど・・・。東京で乗っていると、みんなにシティバイクにしたらと言われるんだけど、そもそも僕はマウンテンバイクというものが好きなんだ」
「やっぱりマウンテンバイクに限るぜ!俺も持っているのさ。イタリアの自宅に1台。ドイツに1台」
 スマートフォンで写真を見せてくれた。イタリア製のめっちゃ高そうなフル装備のやつだ。しかも高そうな山の頂で撮っている。ゲッ、自転車でここまで登ったのかい。
「このマウンテンバイクはね、車輪が29インチなんだぜ。いいだろう」
「あれ、僕のも29インチだよ」
「ほう、お前も持っているのか。足届くかい」
「ヤだなあ、勿論届くよ。ギリギリだけど・・・」
「今年とかに買ったのか?」
「昨年!29インチが街に出回った時に即座に買った。だから26インチとふたつ持っているよ」
「おお、ヒロやるね!」
「29インチは、動きだしちょっと重いけど、スピードが出て快適だよね」
「その通り!」
と、すっかり意気投合。
「ねえヒロ、富士山って自転車では登れないの?」
な・・・なんちゅうこと言い出すねん。
「無理無理。自転車では、とても登れないと思うよ。勾配が急なのは遠くから見たって分かるだろう。徒歩だって一日では登らない。山小屋に泊まって、次の朝に頂上で夜明けを迎えるのが普通だ。それに急なので落石とか危ない」
「稽古や本番の間に登りに行く事は出来るかい?」
「無理だね。登れるのは7月8月の間だけ。このプロジェクト中は不可能。前に山開きしていない時期にウィーン・フィルの団員が勝手に登って遭難して死んだよ」
「マジ?」
「危ないんだよ。ナメてはいけない」
「ふうん・・・」

 5月12日日曜日夜7時。オケ付き舞台稽古が終わった。あろうことか、パオロが明日の練習を休みにしたので合唱団やオケの人達は大喜びしている。僕がリュックサックを背負い、自転車用ヘルメットを持って帰ろうとしたら、楽屋の廊下にパオロがいた。
「お前のコーラス最高だよ!俺はねえ、明日は朝ジョギングをして、それからさらに東京体育館に泳ぎに行くんだ。」
「僕も、休みになったから、明日は久し振りに泳ぎに行ってみようと思っているんだ。君の教えてくれたメソードを試してみたいしね」
「東京体育館かい?」
「いや、休日には都心には出たくないので、近くのプールに行くよ。じゃあね!」
「ちょっと待て!ヒロ、お前のマウンテンバイクを見せろよ!」
「いいよ、駐輪場まで来るかい?」
 新国立劇場裏の駐輪場に二人で行くと、バイクで通っている数人のメンバーが、
「あっ、マエストロだ!」
と言いながら走り寄ってきた。大森いちえいさん、クボケンこと大久保憲さんをはじめとする、一見ガラの悪そうな連中が、放課後の校舎の裏で内緒でタバコでも吸ってそうな雰囲気で、バイクをふかしながらダベっている。だが、女番長風のFさんを含めて、みんな良い人達ばかりなんだ。僕も自転車に乗るようになってから駐輪場に出入りするようになって、そんな彼らにシンパシーを持つようになった。
 僕は彼らをあらためて紹介する。
「合唱団のメンバーだよ」
パオロはやさしく挨拶する。
「みんな、ありがとう!」
それから彼は僕の自転車を見ながら言う。
「なかなか良い色じゃないか」
「君のより全然安いだろうけどね。マウンテンバイクって言ったって、東京の街中を走るんだから、こんなんで充分なのさ」
「じゃあ、俺はこのまま歩いてホテルまで帰るよ。チャオ、ヒロ!チャオ、みんな!またあさって!A dopodomani !」
パオロの姿が闇に消えていった。

 なんとなく去りがたく、僕は、ライダー達のバイクを物色しながら無駄話をする。やっぱりイタリア製のDucatiがカッコいいな。彼らのバイクにはみんなオプションが付けられているが、それを装備するのはもっぱらクボケンの役目。
 クボケン自身のバイクを見て驚いた。でっかくてド派手なのはいいとして、ヘッドライトが大小いっぱい付いている。一番外側のライトなんか、色とりどりに点滅する。
「いいの?こんなことして?」
「よくおまわりさんにジッと見られる」
「あははははは!」

 僕は、彼らに別れを告げて駐輪場を後にした。最近開発した新しいルートを行く。水道道路から中野通りを右折し、方南通りに入る。それから大宮八幡の横の裏道にそれて、井の頭通りにクニュっと横入りする。その後、久我山駅あたりから井の頭線を越えなければならないのだが、人見街道は狭いし久我山駅の踏切りはごみごみして通りたくない。いろいろ研究したあげく良い裏道を発見した。
 井の頭通りと環八の立体交差の交差点を越えたらすぐに斜め左に道が伸びている。そこを入り、しばらく行ってから左折して、久我山駅がすぐ下に見える細い陸橋を越えて、ちょっとだけ人見街道に入り、クネクネ曲がって結局は東八道路に出る。この僕の説明をみんな分かる人は、僕に会った時に申し出て下さい。粗品を差し上げます(嘘です)。

 東八道路の途中の、ICUの裏の野川公園近辺の下り坂にさしかかった時、突然僕の胸に、パオロと一緒の今回の「ナブッコ」公演が、音楽的にとっても素晴らしいものになる確信が込み上げてきた。
僕はたまらなく嬉しくなって、ギアを最大限にして猛スピードで坂道を駆け降りていった。



Cafe MDR HOME


© HIROFUMI MISAWA