東京カテドラル50周年記念ミサ

三澤洋史 

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「オペラ座のお仕事」1000部の重版決定
 今日(12月8日月曜日)になって早川書房から連絡が入った。拙著「オペラ座のお仕事」が、売り上げ好調につき、1000部の重版が決定したとのこと。ついては、
「間違いも修正したいのでお知らせ下さい」
とメールに書いてある。先日「今日この頃」で書いた2カ所の間違いも、やっと修正してもらえる。
 嬉しい!原稿のひとつひとつに関しては、自分としても思い入れがあるものばかりであるが、それがひとつの本に結集されてみると、いかに担当編集者の坂口玲実さんの力が大きかったか驚くばかりだ。彼女は、若い割にしっかりしていて、僕はとてもリスペクトを捧げている。
 先日、「バッハのクリスマス」演奏会のカップリング講演会で、礒山雅先生が僕の本について触れてくださったが、この本の作り方こそバッハのパロディの作り方そのものだ。かつて「今日この頃」で書いたオリジナルの原稿を、新しいコンセプトに沿って章立てし、各章の分量や前後関係に配慮しながら、オリジナル原稿に修正を加え、別のまとまった作品に仕上げたというわけだ。坂口さんが選んで下さった原稿は、いろんな原稿の中でも特に興味深いもので、バッハも、パロディーが出来る背景には、そのオリジナルが優れたものであるという前提があるわけだな。
 あのねえ、この本の続編を望む人には、言っておきます。2004年から10年間書き続けている僕には、原稿のストックは山ほどあるので、続編を作るためのソースには決して困らないのだ。バッハが、晩年になるほどパロディーが多くなるように、僕もバッハのパロディー精神に習って何冊でも本を作れますから、どうかこの第一冊目がベストセラーになれるように、みなさんも買ってね!お願い!

東京カテドラル50周年記念ミサ
 12月7日日曜日。新国立劇場合唱団は、読売日本交響楽団と一緒に、所沢ミューズで小林研一郎指揮「第九」演奏会をやっているので、本当はそっちに行くべきなのであるが、今日は、東京カテドラル聖マリア大聖堂献堂50周年記念ミサ。1年以上前からこの日を念のために空けておくよう頼まれていたので、僕は、朝の10時の関口教会待降節第2主日ミサからカテドラルに詰めていた。第九の話は後で書く。
 記念ミサは3時半から始まって5時前に終わった。祭壇のところに司祭達が沢山いる荘厳なミサであった。僕はほとんど一日中カテドラルにいたわけだ。でも、ここは一日いてもいいなあ。こんな都会のど真ん中で、建物自体もコンクリートの打ちっ放しなのに、不思議なやすらぎの空間が支配している。やはり霊的に守られた特別な“場”なのだ。

 その巨大な聖マリア大聖堂の空間で、一般会衆を前に聖歌の指揮をする感覚はなんともいえない。当然ながら“指揮者が指揮して演奏会を行う”のとは全然違う。何が一番違うかというと、これは典礼の音楽なのだ。
 聖マリア大聖堂には“いのち”がある。空間としての存在感だ。ここのオルガンが、鍵盤とパイプだけではなく、この空間と合わせてひとつの楽器であるように、会衆が歌う聖歌も、ここの空間と合わさってひとつの楽器となるのだ。そのためには、僕は、会衆から出てきた“歌に乗せた気持ち”を、自分の邪念で邪魔しないように配慮しながら、“ひとつの祈り”にまとめあげていかなければならない。
 僕はこれを精神論だけで言っているのではない。聖マリア大聖堂に響き渡る歌声を、物理的にもひとつにまとめなければならない。典礼の音楽だからといって、日常的な「ズレた、ズレない」という価値基準は関係ないかというと、そんなことはない。音楽が合わないのは、気持ちが合わないからだ。あるいは合わなくてもいいと思っている、ないしは合わせようと努力しないからだ。それでは、ミサがめざすことのCOMMUNIO「一致」は得られようもない。
 その意味では、この大聖堂はとてもハードルが高い。空間は巨大だし、残響はとても長いし、2階にあるオルガンは遠い。12月6日土曜日の晩、「ドン・カルロ」公演後、僕は聖堂に来て、聖歌隊の人達及び何人かのオルガニスト達と練習をする。この晩行った練習は、降誕祭(クリスマス)のミサの聖歌が中心であったが、ここで聖歌隊とオルガニストとのタイミング合わせを行った。
距離があるから、互いに遅れて聞こえる。でも聴き合って歌ったり弾いたりしたらどんどん遅れてくる。聖歌隊はあまり指揮にダイレクトに合わせるのは危険だけれど、オルガニストに対しては、僕の腕の動きに合わせて、下から聞こえてくる歌声よりもかなり前にどんどん弾いてもらうことを要求した。彼らにとってはやりづらいだろうが、これでだいぶ合ってきた。
 そして当日午後の練習を経て、いよいよ50周年の記念ミサに到達したわけだが、驚いた!まだまだどの瞬間も完全というわけではないのだが、オルガン、それと聖歌隊、一般会衆、祭壇の司祭達の一群の歌声が合った瞬間がしばしば訪れた。すると、他の空間では決して得られないなんともいえない一致感が生まれたのだ!ひとつになった音楽が聖マリア大聖堂に満ちあふれ、こだまし、らせん状になりながら天に向かってゆったりと登って行くように感じられる。なんという至福感!

 僕はその時、ここの聖歌隊と関わるようになって本当によかったと思った。ここを自分の信仰のホームグランドに出来るということは、なんとしあわせなことだろうか!今年は、自分の著書を世に送り出すことが出来たり、いろいろあったけれど、関口教会聖歌隊指揮者になったことは、間違いなく今年の最大の出来事に違いない。

コバケンの炎の第九
 久し振りの小林研一郎さんは元気であった。しかも棒は明快で分かりやすい。解釈に関しては、あっちこっちびっくりするようなテンポ感やダイナミックスに出くわすが、何をやりたいのかはよく分かる。ベートーヴェンの意図を、時にはかなりデフォルメして伝えている。
 本番で第4楽章の歓喜の歌がチェロ、コントラバスで遠くから響いてくるのを聴きながら、思わず胸が熱くなってきた。この第九はベートーヴェンのみならず、人類の財産だと思った。人間が進化し、交響曲というものを生みだし、そしてこのような音楽を生みだしたことは、素晴らしいことだと思った。そう感じさせてくれたコバケンさんは、やはり偉大な指揮者に違いない。新国立劇場合唱団も熱演!みんな、ありがとう!

体幹!
 だんだん寒くなってくると、スキーがしたくてたまらない。手前味噌かも知れないが、夏の間スキーは全くしてないにもかかわらず、たぶん少しうまくなっていると確信出来る。何故なら、水泳において体幹的に進歩が見られたから。

 昔は、水泳とスキーとは関係ないと思っていた。スキーは下半身が中心だし、水泳は(特にクロールでは)なんといっても腕中心だ。ところが、少しレベルが上がってくると、このふたつがあるところでつながってくる。それは、ふたつのスポーツとも、水だのでこぼこの斜面だのというフワフワとしたよりどころのないところで、自分自身で体の座標軸を決めなければならない点が共通しているのだ。
 水泳は、水面に対して体がまっすぐに浮いていさえすれば、あとはオールのように漕いでいけばいい。理屈は実に簡単。ところが、この体をまっすぐにするのが思いの外難しい。息継ぎをした途端にわずかでも足が下がってしまうと、もうその次の泳ぎに影響する。
 僕は、競技とかに出る目的はないので、楽(らく)してゆったり泳ぐという目的でトータル・イマージョンのメソードを習ったが、「楽して」という概念は、水泳とは基本的に相容れないもののようだと気がつき始めた。何故なら「楽して」と思った途端に、体は反って足が下がる典型的な「ダメダメ姿勢」になること必至だからだ。
 水泳において体幹を維持するためには、背筋を伸ばしても決して「鳩胸出っ尻」になってはいけない。お腹を引っ込める姿勢を維持するべきなのだが、このためには最低限の腹筋の力のキープが不可欠なのだ。これは、普段運動をし馴れていない人にとっては、予想以上に「キツイ」ことなので、「楽して」の真逆なのである。
 でも、一度この腹筋を使うことが習慣化されたなら、これはあらゆることに使える。さらに、リカバリーを終わって入水した腕の反対側の脇腹を伸ばして、それと腰の回転運動を連動させてストロークをし終わるときの、腹筋及び背筋の感覚(X軸)を覚えると、これはスキーやテニスなど全てのスポーツの奥深いテクニックにつながってくるのだ。だから、ひとつのスポーツに精通している人は、必然的にスポーツ万能になるわけだな。

 つまり水泳は、この腹筋のキープと腰のグライドというベースの上に立って、あとの無駄な力を抜くようにすればいいのである。そして、この腹筋と腰の意識を磨けば磨くほど、スキーでコブを滑り降りる時のくの字姿勢のズラしのテクニックが磨かれてくると思うのだ。
 とはいえ、スキーの場合、実際の操作の意識はもっと足元の方にある。でも、上半身の体幹維持には、腹筋と腰の意識は欠かせないのだ。特に、コブのように3次元的に自分の体勢がグチャグチャになる場合、自分自身で重力を中心とした座標軸を定め、その座標軸の上に体の置き位置を決めていかなければならない。膝や足首でスキー板をきめ細かくさばいていくのと連動して、腹筋と腰とで体幹を維持していく。そのためには、あの水の中のとらえどころのない中での体勢維持がとても役に立っている。

 まだまだ初心者のテニスでも、先日の新国立劇場合唱団テニスクラブの例会で、インストラクターの先生に、
「三澤さん、以前より随分上手になりましたね」
と言われた。
 恐らくこの腹筋と腰のお陰である。バック・ハンドはまだまだ下手なのだが、フォア・ハンドの時には、腰からスイング出来るようになってきたので、ボールがテニスらしくカーブを描きながら飛んでいくようになった。

 忙しいので、なかなか頻繁には行けないが、今や水泳は、僕の生活をあらゆる面から支えてくれている。体幹が進歩したので、25メートルを16ストローク(両腕1セットの数え方で8ストローク)で泳げるようになってきた。でも、プルブイをして手だけでストロークしても18ストロークでいくので、まだまだキックとのコンビネーションが悪いのか分からないけれど、確実にもっとストローク数を減らせる。そうしたらスキーのズラしのアンギュレーションがもっと良くなり、テニスももっとうまくなるかな。
 
 とにかく、基本的に水泳をしているライフそのものが、僕の今の生活を根底から支えている。



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