「ローエングリン」と悪

三澤洋史 

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「ローエングリン」と悪
 「ローエングリン」の第2幕。神の御前試合で見知らぬ騎士(ローエングリン)に敗れたフリードリヒ・フォン・テルラムントが、その妻オルトルートと共に復讐を誓っている。オルトルートはへりくだっているように見せかけながら、無防備なエルザに巧みに言い寄っていく。
 彼女は、それとなくエルザにローエングリンに対する疑いを植え付けようとするが、エルザは、
「信頼を通して分かち合っているしあわせを得ているあたしは、今、どれほど“疑い”というものから離れているでしょう。あなたにもそれを教えてあげましょう」
と無邪気に言う。
その言葉にオルトルートは内心キレる。
「なんと思い上がっているんだ、この女は!」
とつぶやくが、それが美しい2重唱に組み込まれているのが素晴らしい。
 その様子を陰から見ていたフリードリヒは、
「このようにして災いがこの家に忍び込むのだ」
So zieht das Unheil in dies Haus!
とつぶやく。この言葉こそ「ローエングリン」の物語の核心を象徴している。

 フリードリヒは、これから自分たちがしようとしていることがUnheilだと分かっているわけだ。ドイツ語のHeilは「幸福、平安、健康、繁栄」を現すが、その反対語であるUnheilとは「不幸、災厄、不吉」という意味である。人は悪いことだと分かっていて悪を行うのである。
 しあわせなエルザを妬み、相手を意図的に不幸に引きずり込もうとしているフリードリヒとオルトルートの暗い情念が第2幕前半で表現される時、僕は、オペラの世界の新たなる時代の到来を感じる。つまり、この作品は、人間の中に存在する「悪」という概念そのものを、オペラの中に持ち込んだのである。
 勿論その前にも、オペラの中には悪役がいて、悪行というものが舞台上で行われた。しかしながら、このように音楽によって見事に表現された「悪」そのものは、人類の歴史上「ローエングリン」第2幕の登場まで劇場では見られなかったのである。

 第2幕冒頭の音楽は傑出している。ティンパニーの連打にチェロがうねうねとしたメロディーを弾く。この陰鬱さ。まず、これを聞いただけで、僕の脳裏には、
「悪とは、光を避け、自ら心の暗闇に閉じ籠もること」
という定義が思い浮かぶ。
 そうして幕が開くと、たいていオルトルートとフリードリヒは、うずくまったりしてどんよりとしている。顔からは微笑みは失せ、肢体からはエネルギーが失せている。館の中かから祝宴のラッパが聞こえてくるのも厭わしい。
 元々、エルザを妻に得て国王の座を得ようとしたフリードリヒは、エルザに拒否されて逆恨みしている。そこで、エルザに弟殺しの罪を着せて追放し、再び国王に返り咲きしようとたくらんだ。それなのに、エルザを守る見知らぬ騎士が神の前での決闘を承認し、フリードリヒはみじめな敗北を味わうことになった。
 そこでやめておけばよかった。しかし恨みの情念はあまりに強く、フリードリヒはそれに抗しきれない。本当に堕落した人間は、他人を不幸にすることしか考えないようになる。考えてみると、実に可哀想な人間だ。どんなに他人を不幸にしたところで、そのことによって自分に平穏な満たされた日々が訪れる可能性はないのに。それでも人は何故悪から逃れられないのだ?悪に耽溺し、その暗闇を住みかとして住み続けるのだ?

 一方、聖杯の騎士ローエングリンは、どこまでも輝く“絶対的な善”という存在。結局、悪意に充ち満ちた地上とはどうしても相容れず、静かに立ち去っていくしかない。彼自身は、汚そうとしても決して汚れることなく、最後まで聖なる存在として輝き続ける。
 それこそ、かつて地上に降り立った救世主のパロディーなのだ。救世主の力を持ってしても、この地上にはびこった悪を全て善に変える事など出来なかった。それほど、人類は愚かであったのだ。

 救世主は去る。そして人類は、いつまでも罪の汚辱の中にまみれて生きることになる。我々は、それでもまだ、この地上に光が再び支配し、善意とよろこびと平和が溢れる世界を夢見ている。
 しかし、救世主を葬り去るという大それた事が出来てしまった我々人類は、この先よほど根本からその悪を断ちきる覚悟をしなければ、きっと何度でも、地上に降り立った救世主を葬り去るという愚行を繰り返すであろう。
 「ローエングリン」最後の歌詞が、合唱のWeh! (ああ、悲しい!)という言葉であることは限りなく痛ましい。しかしこれが世の現実であるという認識も持たなければいけないのかも知れない。それを赤裸々に描き出したワーグナーは天才である。

 「ローエングリン」とは、こんな内容の作品なのである。ワーグナーの宗教観が負の形で表現されたのである。それだけに、前奏曲など、ローエングリンの存在を表現する音楽は、ワーグナーのどの作品よりも美しい。僕は、こんな清らかで美しい音楽を、これまで聴いたことない!身も心もしびれるほどである。

「ローエングリン」は新国立劇場で今日が初日。

ベートーヴェンのピアノソナタ
 一般の人でも、ベートーヴェンの名前を知らない人はいない。クラシック音楽といえばベートーヴェンというのが一般的である。あるいは、
「ジャジャジャジャーン!あれでしょう!」
とくる。僕が高校生の頃は、音楽鑑賞といったらベートーヴェンの交響曲を入門として、そこから広げていくというのが常識であった。
 ところが、自分が音楽家になってみると、まわりにベートーヴェン好きが意外といない。それに、最近は音楽愛好家の間でも好みの細分化が進んでいて、ベートーヴェンをスルーしてマーラーから聴き始めたり、オペラにいったり、いきなりラベルなどの近代フランス音楽にハマッたり、いろいろだ。少なくとも、ベートーヴェンを中心に据えてという常識はもはや存在しないようだ。

 でも、僕にとってベートーヴェンは、最初にクラシック音楽に触れた時から、ずっと特別な存在であり続けている。また、ベートーヴェンが好きだという人に出会うと、特別な感情を持つ。オーバーに言えば、僕は、僕のまわりにいる人を、“ベートーヴェン好き”とそうでない人間とに分類しているかも知れない。
 ただ、ベートーヴェン好きの中には、逆に僕の苦手な人もいる。それは、ベートーヴェンが一番有名だから聴くとか、聴いただけで自分が偉くなったような気がする人間であって、基本とっても真面目で几帳面。ユーモアを解せず権威を好み、そして大抵の場合とても怒りやすい。昔の音楽愛好家にはよくいたタイプ。
 まあ、そういう類の人でも、ベートーヴェンの音楽が本当に退屈であれば、そういつまでも聴いていられるわけではないから、権威のみに寄り添って我慢して聴いているわけではなかろう。彼らの心にも、ベートーヴェンの音楽はしみとおり、何かを語りかけ、感銘を与え続けているのであろう。だから、やっぱり、ベートーヴェンの音楽が好きだという人は、あなどれない。

 さて僕は、ベートーヴェンの音楽が好きである。めちゃめちゃ好きである。自分にとってかけがえのない音楽家である。この「今日この頃」でも何度も言っているが、僕が仕事と関係なく趣味で聴く音楽は、たいていベートーヴェンである。それも、ピアノ・ソナタか弦楽四重奏が多い。
 今も僕のi-Podにはポール・ルイスのベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集が入っている。親友の角皆優人君からワケありでもらったCD全集であるが、ずっと聴き続けている。おっと、忘れるところであった!僕が音楽家になろうと思った頃に、ベートーヴェン好きであった角皆優人君と出遭ったことは、まことに運命的である。その角皆君と、今日も、こうしてベートーヴェンのCDをもらうような間柄なのだから。

 このピアノ・ソナタ全集であるが、僕は別に批評家でもないので、全てのソナタをくまなく聴くという必要性もないし、そんな意図も最初からなかった。つれづれに聴いて、つまらなかったらいつでもやめられたし、実際聴き続けられるとも思っていなかった。しかしながら、驚く事に、いっこうに他の演奏家や他の作曲家の曲に置き換えようと思わなかった。「ハンマークラヴィーア・ソナタ」なんか、何度聴いたか分からない。とにかく、いつまでも、だらだらと時間をかけて聴き続けていたのだ。
 で、最近気が付いた。どうやら32曲のソナタ全てを聴き終わっているようだ、と。それと共に、不思議な事にも気が付いた。今、僕には、ポール・ルイスについて熱く語ろうというモチベーションが特に湧かないのだ。それよりも、ベートーヴェンについて、いろいろ再発見があり、めちゃめちゃ語りたいのだ。そのことは、逆にポール・ルイスという演奏家の特性をいみじくもあらわしている。つまり、僕はこの全集を聴いて、ベートーヴェンの神髄から離れたところでの、ポール・ルイスのひとりよがりな自己表現を全く感じなかったということだ。少なくとも、
「これって嫌だな。あざといな」
とか、
「うーん・・・、この解釈には賛同できないな」
と感じた記憶がないのだ。これは実に驚くべき事なのだよ。勿論、僕も音楽家だから、
「ここ、自分の趣味としたら、もっと速く演奏して欲しいな」
とかあるよ。「悲愴ソナタ」のハ短調の和音も長過ぎるような気はする。でも、そうした自分の好みを脇に置いて、まっさらな気持ちで聴いてみると、全ての演奏には説得力があるし、その音楽的説得力はポール・ルイスから来るのではなく、ベートーヴェン自身から来るのだ。だから僕は、ベートーヴェンについて、いろいろ想いを巡らすことになるわけ。

 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ32曲を俯瞰してみると、これらの曲が音楽史の中にどれだけ大きな足跡を残しているのかが分かる。それぞれが、音楽作品として完成度が高いとか傑作であるかということは勿論のことだが、そんなことを越えて、そもそも、芸術と人間とのあり方について、根本的な問題を人類に問うているように感じられる。
 音楽という芸術は我々に何をもたらし得るのか?とか、人は何故音楽を必要とするのか?とか。演奏家である僕に対しても容赦ない。僕はどうして音楽家になったのか?誰のために、何のために演奏という行為をするのか?という具合である。しかし、それは決してうっとしいことでも辛いことでもない。何故なら、それらの答えが、すでにどのソナタの中にも見いだせるから。

 ここ数日間は、後期の作品群をかわりばんこに繰り返し聴いている。最後のソナタである32番ハ短調も、何度も聴いている。このソナタは、若い頃にはとても深遠な感じがしたものだが、今聴いてみると、ベートーヴェンといえども、そんなに悟り切っているわけではないことが分かる。少なくとも「解脱、涅槃」の境地にはいない。第2楽章の変奏曲には、晩年故の孤独感や諦念が感じられるが、第1楽章なんて、まだ苦悩している・・・ということは、まだ戦うエネルギーが余っているのだね。
 考えてみるとね、この曲が作曲されたのは52歳の頃なんだ。ベートーヴェンは、その後5年あまり生きて結局57歳で亡くなったけれど、僕はすでに61歳になっているんだ。だからといって、上から目線で眺めるわけではないよ。でもね、
「この曲は老年のベートーヴェンが書いた深遠な音楽だから、若者には理解出来るはずない」
と考える人がいたら、間違いだ。長い間作曲家生活を続けてきた揺るぎない巨匠の手による傑作である事は事実だが、この音楽の内容は、若者の感性にもそのまま届くであろう。
 一方で、この曲を演奏するという立場になると、若いピアニストには難しいような気がする。何故なら、若者はまだまだ自己顕示欲や名誉心などの様々な邪念に支配されている可能性が高いから。長い人生経験の間に、とんがり過ぎたところはへこまされ、ベートーヴェンを自分の表現のおかずに使おうなどという自意識がひっこんできて、はじめて後期ソナタを自然に演奏できる境地に到達するような気がするのだ。その意味で、ポール・ルイスの一見フツーな演奏は、実は希有なるものなのだ。才能うんぬんよりも、人間性が卓越しているのではないか。
 
 前期ソナタから中期ソナタにかけての作品群を辿っていくのは興味深い。第1番から11番までのソナタの全ての第1楽章は、ソナタの慣習に則って判で押したように、精力的なアレグロだが(第8番「悲愴」では序奏はあるけれど・・・)、第12番で、突然アンダンテの変奏曲から始まると、第13番もアンダンテで、第14番は、幻想的な「月光ソナタ」だ。
 ここで、一度「ソナタの第1楽章イコール速い」という概念を打ち破ったベートーヴェンは、むしろその制約から完全に自由になり、必然性に沿って速度や曲想を決めているように見える。
 たとえば、第15番「田園」では、アレグロではあるものの、ゆったりとくつろいだ曲想によって支配されている。長い保続低音(オルゲルプンクト)に乗ってニ長調の主和音から始まるように見えるが、和声的には下属和音(G-Dur)の属7である。このように、ちょっとだけ調性感がぼかされている。第17番の「テンペスト・ソナタ」第1楽章では、主部は確かに速いのだが、全体に緩急の交差が激しい。
 第15番もそうだったけれど、和声的にも、主和音から潔く始まるのを避ける変化球が出始めている。第18番変ホ長調は、2度和音からドッペル・ドミナントに行って、46の和音からドミナントに行き、8小節目にして初めて主和音に行くという和声上の離れ業をやってのける。この曲は、緩叙楽章がないので、とても精力的というか、せわしない感じがする独特の個性を持っている。
 アレグロ楽章の第1主題の扱いにもバリエーションが見られる。たとえば、第21番「ワルトシュタイン」では、テーマらしいテーマはなく、低いハ長調の和音の連打から開始する。あと、後期ソナタで第1楽章がアレグロなのは、第29番「ハンマー・クラヴィア」だ。ここでは、「極限まで肥大したソナタ形式をまとめあげる」という新たな挑戦にベートーヴェンが立ち向かう。こんな風に、実に多種多様なアレグロが見られる。平凡なアレグロなどひとつもない。いや、もともと前期の作品でさえ、平凡なアレグロはたったひとつもなかった。

 大事な事に気が付いた。
「ベートーヴェンは、バッハやモーツァルトと違って、作品を通して作曲家として一歩一歩成長していった」
などと、いろいろな人が語っているだろう。僕もなんとなくそう信じていたことろもあるけれど、それは嘘だということだ。ベートーヴェンも、バッハやモーツァルトと同じように、すでに作曲技法の基本は若い頃に完成されていたと思う。第1番のソナタが第32番に比べて、内容的に決定的に劣っていたとは思われない。「悲愴ソナタ」の完成度が32番の完成度よりも低いとは思われないのだ。
 ただ、こうは言えると思う。ベートーヴェンは、前期においては、ソナタという楽曲形式と徹底的に向き合い、ソナタ形式に精通し、これを自由自在に操るすべを覚えた。ある時期まで、それからはずれることはなかったのだ。その枠の中では、ベートーヴェンは、各作品に対して驚くほどの完成度を誇っている。なんてったって推敲の鬼ですもの。稚拙さをさらすことなど決してなかったのだ。
 しかし、あのアレグロ第1楽章から離れた時期からのベートーヴェンは、別の挑戦に興味の中心が移っていったのだ。すなわち、ソナタというものは、どこまで慣習から離れてもソナタであり得るのか、という“誰も考えなかったこと”に彼は挑み始めたのである。
 それは、「展開部をどれだけ論理的に構築するか?」ということから、「その中にどれだけ叙情性や個人的心情を持ち込む事が出来るか?」ということに興味が移っていった時期であり、それをしていながら、「どのように楽章を組み合わせていけば、説得力のある建築物に仕上がるのか?」ということに挑戦した時期である。これを人は中期と呼ぶ。
 ではソナタとは、究極的なところ一体何であろうか?たとえばソナタ形式を用いる用いないはともかく、ひとつの心象風景だけの楽曲は、ソナタとは認識されにくいだろうな。文章でいえば、エッセイはソナタではない。あるまとまった内容を持つ論文のようなものであれば、人はソナタと認めるのではないか。
 テクニック的にも歯ごたえがあり、聴衆にある種の深い感銘を与えることが出来るもの。それが可能な楽曲ならば、どんなものでもソナタと呼んでもいいのではないか?いや、呼ばせてみせる・・・・などという風に、中期のベートーヴェンは考えていたのではないかな。勿論その考えは後期にも持ち込まれていく。

 人は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを、その時その時の彼の日常生活から紡ぎ出された個人的な日記のようなものと言うが、いやいや、彼は、ソナタというものを単なる個人の心情の発露だけで終わらせていない。彼は、徹頭徹尾表現者なので、仮に個人の心情から始まったとしても、それが普遍的な表現として昇華するまで、曲としての体裁を整えている。
 後期ソナタにおいては、彼が好んで用いた独自の楽式アイテムが活躍する。すなわち変奏曲とフーガだ。細かい音符処理のアイテムとしてはトリルの多用があげられるであろう。それに加えて、シューマンに通じるような自由な幻想曲風の曲が随所に顔を出す。第30番の冒頭など、テンポも制約を解いて、まるで即興演奏のようである。これぞ、
「これでもソナタと呼ばせるのだ!」
という究極の挑戦だね。
 変奏曲はどれも素敵。第30番の第3楽章なんて大好き!しみじみと味わい深い。一方、フーガに関しては・・・うーん、ベートーヴェンのフーガというのは・・・バッハのフーガを知っているから・・・どうもインチキに感じられてならないし・・・実際、変なフーガもあるな。勇気を出して言ってしまうと、(ピアノ・ソナタではないけど)弦楽四重奏曲の大フーガなんて、どこがいいのかさっぱり分かんねー!その中で、第31番ピアノ・ソナタの第3楽章のフーガは、テーマの楽想も良いし、途中、変化があっていいな。

 もっとどんどん聴いていろんなことを考え、いろんなことを書きたい。でも、僕は学者ではないから、そこに労力を費やすよりも、指揮者としてやらなければならないことが山ほどある。残念だなあ。ずっとベートーヴェンに浸った毎日を送り、研究し尽くし、本でも書きたい。
やっぱり僕はそれほどベートーヴェンが好き!



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