夏が終わる

三澤洋史 

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夏が終わる
 あれだけ嫌だった、朝晩のモワッとしたまとわりつくような暑さと湿気がなつかしい。起きた時の爽やかさはうれしいのだが、同時に夏の終わりを感じて淋しい。道端に無造作にころがっている蝉の死骸。短い命を謳歌した祭りが終わった朝のような静けさ。その姿を僕は美しいと思う。散歩の間に、いくつかの蝉の死骸をそっと道端によけてあげる。
 「ナディーヌ」が終わり、モーツァルト200の演奏会が終わった。あと、9月11日には、愛知祝祭管弦楽団の「ラインの黄金」が控えている。これが終わると、今年の僕の夏が終わる。ほっとするだろう、と思うと同時に、まだ一週間前なのに、もうその終わりを惜しむ自分がいる。
 これさえ終われば楽になる、と思う自分と、終わってほしくない、と思う自分とがいる。大変であればあるほど、生き甲斐があるということだね。

最新マシーン
 「ナディーヌ」が終わった週の8月30日火曜日。更新原稿を仕上げようとノート・パソコンに向かったが、何もする気が起きない。本当は、週末のモーツァルト200合唱団の演奏会や、その次の週の「ラインの黄金」の勉強を再開しなければならないが、不思議なことに、そういったクリエイティヴなことをする意欲が全く失せてしまっているのだ。
 ではプールに泳ぎにいけばいいと思うが、外は台風で暴風雨。このままでは、1日ボケ老人のようにボーッと過ごしてしまう危険性がある。まあ、別に危険性といっても、ちっとも危険ではないのだが・・・。たまには、こんなこともあっていいし、誰に迷惑をかけるものでもない。迷惑がかかるとすれば、妻が僕を粗大ゴミのように感じるくらい。


最新マシーンのパーツ


 そういえば、自作パソコンのパーツを少しずつ集めていて、すぐにでも組み立てられる状態にはなっている。来週にでもやろうと思っていたのだが、これだったらそんなに頭を使わなくても出来るかなあ・・・・。
 ということで、試しに始めてみた。嫌ならいつでも中断できると思っていたのだが、案外スイスイいける。まあ、単純作業ではないけれど、スコアを覚えたりするのよりは、ずっと気楽な作業。

 今回は、ケースの高さにギリギリひっかかるくらいのNinjaと呼ばれる巨大なCPU冷却器と、Gigabyteから提供されている、Geforce 960という、ファンが3つついた長く大きなグラフィック・ボードが自慢。それだけに、これをマザーボードに取り付け、さらにコードがあっちこっち引っ掛かってグチャグチャにならないように配線するのは面倒くさそうだ。しかしながら、困難があるからこそ、自作パソコンは楽しい・・・って、なんかヘンタイっぽいね。まあ、音楽とは全然違う面倒くささなので、かえって新鮮で面白かった。
 CPUは、トップ・モデルのi7を避けて、あえて省エネかつコスト・パフォーマンスに優れるi5にした。性能の割に発熱が弱く消費電力も少ない。それらを見込んで、電源も500Wのものにとどめた。そして、なんといっても省エネで静かで速いと言われるSSD(260GBのスーパーSDカードです)をメイン・ディスクとして使い、サブとして2テラ・バイトの従来型ハード・ディスクを置くことにした。つまり速くて優秀かつ省エネ電力の僕らしいマシーンをめざした。


最新マシーンの格納


 午前中に取り付けを終了し、お昼を食べてから起動し、Windows 10を入れた。驚いたことに、昔OS(Windows)を入れるといったら、それだけで1時間以上かかっていたのに、数分であっという間にインストール終了だって。なんで?今までの苦労は何だったの? それから、マザーボードのドライバに始まり、Officeや一太郎などの書類ソフト、そして譜面作成ソフトのFinaleに至るまで、普段の僕のマシーンとして仕えるための様々なソフトをインストールした。それらを待っている間は何もしないでボーッとしていたので、午前中の作業と打って変わって、気が付いたら、これこそまさに「陽だまりのジージ」であった。

 悪名高いWindows 10と言われるが、なぜ評判悪いか良く分かった。たとえば、Just suite 2010と呼ばれる、Justsystem(一太郎の会社)の総合ソフトをインストールしたはずなのに、日本語変換ソフトにIMEしか入っていないのに驚いて、A-Tok2010をインストールし直そうとしたら、
「このWindowsではセキュリティ強化のため、このソフトはインストール出来ません」
という表示が出た。ふざけていると思うでしょう。あんた、何の権利があって、自社の日本語変換ソフトだけ認めるのさ、とマイクロソフトに怒鳴り込んでくれようかと思ったよ。
 そこでJustsystemのホームページを見てみたら、
「Windows 10対応の新しいA-Tok発売!」
って出ているじゃないの。
 なあんだ、みんなでグルになっているのか。ジャストシステムだって、この機会にもう一度新しいA-Tokを買ってもらえれば儲かるということか。その他、B's Recorderなど、いくつかのソフトが入れられなくなったけれど、要するにマイクロソフトは、いろんな会社に根回しをして、
「我が社のWindowsが、貴社の古いソフトをブロックしてあげますから、みんなで儲けましょうね」
という感じで、Windows 10という罠に追い込んでいたのではないか。そうじゃなければ、無料アップデイト・キャンペーンなんて損することをわざわざやるはずがないし、その無料期間が終わった今だって、Windows 7や8よりも最新の10の方が安いなんて、絶対おかしいでしょ。慈善事業じゃないんだから、なにか魂胆があるに違いないって思っていたよ。

 それだけではない。コントロールパネルの中で、アプリケーションをアンインストールする時に使う「プログラムと機能」という項目を見てごらん。沢山のプログラムが「使用不可」と出ているのだ。僕は、それに驚いて、いくつかのアプリをアンインストールしてしまったが、すでに快適に動いているFinaleにも不可と書いてあるので、
「ちっくしょう!騙された!」
と思って、再び入れ直した。それら「使用不可」のレッテルを貼られたソフト達は、やっぱり普通に快適に動いているのだ。要するに、「使用不可」と表示することによって居心地を悪くするだけのトリックなのだ。こんな姑息で卑劣なことをWindows 10はやっているのだ。

 ひどい話だ。日本語変換ソフトに関しては、IMEを使うのも癪なので、というよりA-Tokに勝るものはないので、その内新しいA-Tokを買って、ジャストシステムをわざと儲けさせてあげるよ・・・うーん、それでもなんか損した気分!いや、実際に損しているのだってば!

 さらにひどい話がある。だがこれはWindows 10とは関係ない。今週は、9月2日金曜日から、モーツァルト200合唱団演奏会のために名古屋に行く。3日土曜日に演奏会だが、もう一晩泊まって、4日日曜日は愛知祝祭管弦楽団の「ラインの黄金」の練習及び講演会がある。その「ラインの黄金」講演会では、話の内容に合った音楽を順番通り出したいために、僕は音源を編集し一枚のCD-Rにまとめる。その作業を9月1日木曜日の朝から新パソコンでやろうと思った矢先、あろうことか内蔵のブルーレイ・ドライブが壊れた。最初、接触不良かと思って何度もSirial ATAをつなぎ直したが、接触不良ではなかった。パソコンの画面上からもこのドライブの存在が消えている。つまり内部が機能を停止したということだ。
 これは限りなく初期不良に近いが、壊れる前に、確かにこのドライブでWindowsなどのソフトを立て続けにインストールしたわけだから、厳密に言えば初期不良ではない。だが、わずか2日くらいで壊れるってどうよ!それで、立川のSofmapに持って行った。最初店員は、
「初期不良交換の可能性を(上司に)訊いてみますね」
とやさしく言っていたのだが、どこかに行ってしばらく姿を消してもどって来たら、いきなり気むずかしい顔をして、
「やはり最初は動いていたというので、修理に出すのでお預かりします。修理には2週間から3週間かかります」
 おいおい、冗談じゃないぜ!2週間どころか、すぐにでも欲しいのだ。この時間に立川にいること自体もったいないのに・・・・しかし、このセリフは前にも聞いたことがあるのだ。その時も、保証期間中の部品を修理に出した。その際には、
「そんなに待てない!」
とゴネたのだが、どうもそういう規則があるらしくて、店員はどんなに抗議してもテコでも動かなかったのだ。

 ということでドライブを取られてしまった。もう、にっちもさっちもいかない。明日は朝から名古屋に向かって出掛けるので、今日中になんとしてでもCD編集を行いたいんだよう!それで僕は決心して走った。いや、走ったのは僕ではなくて電車の方。つまり僕は即決断して立川から新宿まで中央線で行って、よく行くパソコン・ショップで中古のDVDドライブを3千円くらいで買ってきて、新パソコンに入れた。ついでにWindows 10に対応するB's Recorderも買ってきたよ。ちょっと悔しいけど・・・。
 この中古ドライブさあ、サクサクと気持ち良いくらい(って、ゆーか、腹立たしいくらい)よく動くんだ。困ったなあ、3週間経って治ったブルーレイ・ドライブが戻ってきたらどうするんだ?
 それより思う。どうしてパソコン部品って、こんなに初期不良のようなものが多いのだ?普通の家電でこんなことになったら大騒ぎだろう。しかも3週間お預かりだなんて客をナメるのもいいかげんにしろ!

 というわけで、トホホと隣り合わせの状態だったけれど、その後、その中古DVDドライブとB's Recorderを使って、講演会の準備はバッチシ整ったのであった。

 ふうっ!でも考えてみれば凄いと思わない?だって、つい最近までWindows XPを意固地に使っていて、携帯もガラ携だったのだよ。それがどうだ!i-Phoneもi-Padも自在に使いこなし、Windows 10の最新スペック・マシーンをメインとして使い始めたのだ。再び僕ちゃんは時代の最先端を走っているのだ!おほほほほほ!

 でもねえ・・・正直言おう。今出来ていることは、全てWindows XPでも当たり前に出来ていたのだよ。それにXPを使っていたら、A-TokだのB's Recorderだのを新しく買い直さなくていいんだぜ!勝手なアップデートのお誘いもなく、平和そのものだったのだ。

うーん・・・なんか、最新マシーン作っても、気持ちは複雑・・・。

モーツァルト200合唱団演奏会無事終了
 9月3日土曜日は、名古屋モーツァルト200合唱団第25回演奏会が、金城学院大学のアニー・ランドルフ記念講堂で行われた。曲目はモーツァルト作曲、ミサ・ブレヴィスヘ長調KV192(186F)、交響曲第39番変ホ長調KV543。休憩をはさんで証聖者の盛儀晩課「ヴェスペレ」KV339というものであった。オーケストラは名古屋ムジークフェライン管弦楽団。アマチュアなので何度も練習を行ったが、そのお陰で、オケのみならず、ソリスト達、合唱団ともどもきめ細かいニュアンスに富んだ楽曲作りが出来たと思う。
 金城学院大学の講堂は、一般のホールと違って、必ずしも使い勝手が良いとはいえないが、僕は一週間前の「ナディーヌ」の公演を、やはり同じような学校の講堂で行っているので、特に驚きはしなかった。
 しかし、前日金曜日の練習時間が、当初6時から9時頃までと言われていたのに、行ってみたらなんと8時撤収と言われて、マジあせった。結局、その日は、ただ通すだけ。しかも交響曲は、全てのリピートを抜いての練習。その直し稽古を、当日のゲネプロの時間内で行わなければならなかったのは、演奏会当日無駄なエネルギー消費をみんなに強いることになって気の毒であった。

 交響曲第39番は、第1楽章第1主題のニュアンスがなかなか出せなくて、当日練習で何度も繰り返した。だが本番になったら、危機感を持ったムジークフェラインのみんなは集中して、とても良いフレージングを紡ぎ出してくれた。ちょっと硬かったけどね。願わくば、それらが、僕に言われてではなく、誰からともなく自然発生的に香り立ってくれれば、もっと自由に出来て良いのだが・・・・。だが、それはウィーン・フィルとか以外には期待できないかも知れない。とにかく、アマチュアでは最も難しい、こうした繊細な味わいにまで踏み込めたのは嬉しかった。

 モーツァルト200合唱団は、交響曲をはさんで演奏された2つの宗教曲を素晴らしく歌ってくれたね。よく思うのだけれど、キリスト教徒でもないのに、よく日本人はこうした宗教曲に取り組んで、しかも本場のヨーロッパ人よりも敬虔に演奏できるものだ。それは、日本人の西洋文化に対するリスペクトのお陰だと思うし、それだけではなく、実際に日本人には根本的に宗教心があるのだと思う。
 ミサ曲の最後のDona Nobis Pacem.という言葉に対して、僕は練習中にこう説明した。
「ミサというものの最終目的は平和なのだ。会衆は聖堂の中で平和による一致を体験し、その一致の中でパンを食し、そして今度は司祭によって派遣され、聖堂の外に出て行く。世界中に平和をもたらすために・・・」
 そうした事柄を真摯にとらえ、合唱団のメンバー達は一生懸命表現しようとする。そして、その気持ちは一般聴衆にも伝わる。
「ここで自分が平和を願ったところで、なんにもならないのに」
とドライに思っても不思議はないのに、なんて素直な人達なのだろう。すでに、その時点で、モーツァルト200の団員達は、一般のヨーロッパ人を凌駕していると思うよ。
 
これに関わってくれた全てのみなさん、ありがとう!僕は、モーツァルトの音楽は、いつでもどこでも、どんなシチュエーションでも、とにかく関わっているだけでしあわせなんだ。

 今、9月5日月曜日の朝7時。今日はこれから河口湖に行く。中央大学混声合唱団の合宿に一泊だけ参加するからだ。なので、朝のうちに原稿をコンシェルジュに送っておかないと、合宿に行ったら書けないことが目に見えているからね。
 来週、この原稿を書く頃にはもう「ラインの黄金」が終わっているんだね。愛知祝祭管弦楽団は熱いぞう!これをもっと書きたかったのだが、残念!みなさん、この演奏会には今からでも騙されたと思って来て下さい。けっして後悔はしないから。僕は、この団体を「行列ができるオケ」にしたいと思っている。それだけの魅力を備えているオケだと自負しているんだよ。



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